「先生に期待されると伸びる」は、どこまで本当か
教師が生徒に高い期待を抱くと、その生徒は本当に伸びる。1968年に発表された「教室のピグマリオン」以来、この考えは教育の常識のように扱われてきました。逆に言えば、教師が低く見積もった生徒は、その見積もりどおりに沈んでいく、という含意も持ちます。
ところがこの研究は、発表直後から統計の専門家に厳しく批判され、追試と再分析が半世紀にわたって続きました。結論を先に述べると、教師の期待が生徒を変える効果は実在するが、典型的には小さく、期待と成績の相関の大部分は「期待が当たっている」ことで説明されます。
ただし近年、経済学の手法で長期の進路を追った研究が、小さい効果でも無視できない場面があることを示しています。この記事では、元の実験から批判、メタ分析、長期追跡、介入研究までを順に整理し、実務でどう読むべきかを考えます。
1. 1968年の実験は何を示したか
Rosenthal と Jacobson (1966, 1968) は、ある小学校の18学級で、各学級のおよそ20%の児童を無作為に選び、担任には「知的な伸びが期待できる子ども」だと伝えました。実際には何の根拠もない、くじ引きで選ばれた児童です。
8か月後、この「伸びると言われた」児童は、残りの児童より知能検査の得点が有意に大きく伸びていました。効果は主に低学年で観察されました。教師の頭の中にある期待だけが操作され、それが児童の測定値を動かした。これが自己成就予言、いわゆるピグマリオン効果の原型です。
この結果は教育界の外にも広く伝わりました。Dusek (1975) の総説によれば、一般向けの記事では「教師に子どもを高く評価させるだけで学校の成績が上がる」と単純化して受け取られたと記録されています。
2. 発表直後の批判——測定と統計の問題
専門家の反応は、熱狂とは逆でした。Dusek (1975) の総説が記録しているとおり、Thorndike (1968) の書評と Snow (1969) の「未完のピグマリオン」と題した論評が、結果の信頼性と妥当性に深刻な疑問を呈しました。
決定的だったのは Elashoff と Snow (1971) による元データの再分析です。報告書は設計・基礎データ・分析の記述が不完全で、本文と表の間に矛盾があり、統計の扱いに誤りがあると評価されました。再分析の結論は、3年生から6年生では期待の効果は認められず、1、2年生については効果があるともないとも言えないというものでした。分析の方法を少し変えるだけで結果が大きく揺れる、というのが再分析の核心です。
つまり元の研究は、「効果があった」とも「なかった」とも確定できない状態で世に出た、というのが当時の専門家の評価でした。しかしこの研究がなければ、その後の数百の追試も生まれなかったことも事実です。
3. 追試を統合すると何が残るか
追試が積み上がると、結果は研究によって大きくばらつきました。効果が出る研究と出ない研究の違いは何か。Raudenbush (1984) は、小学生を対象に知能検査への効果を測った18の実験をメタ分析し、一つの規則性を見いだしました。
期待を植えつけた時点で、教師がその児童をよく知っているほど、効果は小さくなる。学年の初めに、まだ児童の顔と名前が一致しない段階で「この子は伸びる」と伝えれば教師はそれを信じますが、数週間も一緒に過ごした後では、教師は自分の観察を優先し、外から与えられた情報を信じません。
この所見は、ピグマリオン効果の解釈を大きく変えました。効果が実在するとしても、それは「教師が根拠のない情報を信じた」ときに限られる。日常の教室で教師が持つ期待は、外から植えつけられたものではなく、生徒の行動を見て自分で形成したものです。実験で作られた状況と、教室の現実は違います。
4. 期待はどう伝わるか
期待が生徒に影響するとすれば、教師の行動を通じてです。Brophy と Good (1970) は、4つの1年生学級で、担任に児童を学力順に並べさせ、上位と下位の児童それぞれに対する教師の接し方を観察しました。
教師は、高く見積もった児童にはよりよい答えを要求し、答えられると褒める傾向がありました。低く見積もった児童に対しては、不十分な答えをそのまま受け入れ、良い答えが出ても褒めることが少なかった。ただし著者ら自身が、観察された差の多くは児童の行動の客観的な違いで説明できるとも述べています。
より新しい研究では、この経路が意外に弱いことも示されています。Gentrup ら (2020) はドイツの64学級、1,026人の1年生を追跡し、教師の期待には実際の学力や認知能力で説明できない「ずれ」があること、そのずれが学年末の学力を予測することを確認しました。根拠なく高い期待は読みと算数の両方で成績を押し上げ、根拠なく低い期待は読みの成績を下げていました。しかし、授業のビデオから測った教師のフィードバックは期待に応じて変わっていたものの、期待の効果をほとんど媒介していませんでした。期待は何らかの形で伝わるが、その通り道はまだ特定されていない、というのが現状です。
5. 期待は「当たっている」から成績と相関する
ここで、実験と観察研究を分けて考える必要があります。教室で教師の期待と生徒の成績を測ると、両者は強く相関します。しかしこの相関は、期待が成績を作った証拠にはなりません。教師が生徒をよく見ていて、期待が当たっているだけかもしれないからです。
Jussim と Harber (2005) は、35年分の研究を総括し、次の結論を示しました。教室での自己成就予言は実際に起きる。しかしその効果は典型的には小さく、教師が変わっても年を重ねても大きくは蓄積せず、むしろ消えていく傾向がある。そして、教師の期待が生徒の成績を予測する主な理由は、期待が自己成就するからではなく、期待が正確だからである。
同時に彼らは、二つの留保もつけています。一つは、強い自己成就予言は、社会的に不利な立場に置かれた集団の生徒に選択的に起きうること。もう一つは、期待が知能そのものに影響するのか、全体として益より害が大きいのかは未解決だということです。
「期待が当たっている」という結論は、教師を免責するようにも聞こえます。しかし正確な期待にも問題はあります。正確な期待とは、いま学力が低い生徒に低い期待を持つことでもあるからです。この論点は、次の長期研究で別の形で現れます。
6. 小さい効果が長く残る——長期追跡と進路
短期の学力への効果が小さいとしても、期待が進路の分岐点に働くなら話は別です。de Boer ら (2010) はオランダで、1999年に中等教育に入学した約11,000人を5年間追跡しました。教師の期待のうち、事前の学力・知能・学習意欲では説明できない「偏り」の部分を取り出し、その後の成績との関係を調べたところ、偏りの効果は最初の2年で部分的に薄れたものの、その後は安定して残っていました。消えてなくなるわけではない、という所見です。
Papageorge、Gershenson と Kang (2020) は、米国の全国代表サンプルで、10年生の生徒一人ひとりについて二人の教師が「この生徒はどこまで進学するか」を予測したデータを使いました。同じ生徒に対する二人の教師の意見の食い違いを利用して、期待のうち生徒の実力を反映しない部分だけを取り出す設計です。推定された大学卒業の期待に対する弾力性は0.12でした。教師の期待が1%高いと、その生徒が実際に大学を卒業する確率が0.12%高くなる、という大きさです。
この数字自体は大きくありません。しかし同じ研究は、教師は平均すると生徒に対して楽観的すぎること、そして白人教師は黒人生徒に対しては楽観の度合いが小さいことも見いだしました。Gershenson、Holt と Papageorge (2016) は同じデータで、黒人生徒を教える非黒人教師の期待が、黒人教師の期待より有意に低いこと、その差が黒人の男子生徒と数学の教師でとくに大きいことを示しています。
ここに、「正確な期待」の落とし穴があります。楽観が進路を押し上げるなら、楽観の配分に集団差があること自体が格差を広げます。Papageorge らは、楽観に見返りがある限り、期待を「より正確に」することは逆効果になりうると論じました。
7. 同じ属性の教師——無作為割当で見た長期効果
期待の格差が進路を左右するなら、期待の持ち方が違う教師に出会うことで結果は変わるはずです。Gershenson ら (2022) はテネシー州の学級規模実験 STAR のデータを使い、幼稚園から3年生の間に無作為に黒人教師の学級に割り当てられた黒人児童の、その後を追いました。
少なくとも一人の黒人教師に当たった黒人児童は、そうでない同じ学校の黒人児童に比べて、高校卒業率が9ポイント(13%)、大学進学率が6ポイント(19%)高くなっていました。白人児童には有意な長期効果はありませんでした。進学の増加は2年制大学が中心で、不利な家庭背景の男子に集中していました。著者らは、役割モデルとしての効果が経路の一つでありうると考えています。
この研究は期待そのものを測ったものではなく、教師の属性の効果を測ったものです。期待の差がどれだけを説明するかは分かりません。しかし、幼い時期の数年間の担任の違いが10年以上後の進路に残るという事実は、短期の学力テストだけを見ていては見えない効果の存在を示しています。
8. 期待は変えられるか——介入研究
期待が効くのなら、教師の期待を高める働きかけは生徒の成績を上げるはずです。de Boer、Timmermans と van der Werf (2018) は、教師の期待に働きかけた19の介入研究を統合しました。介入は三つの型に分けられます。高い期待を持つ教師の行動を教える型、期待の効果への気づきを促す型、期待の背後にある信念に働きかける型です。
結果は、教師の期待に対して Hedges の g = 0.38、生徒の成績に対して g = 0.30 という統合効果でした。教師の期待を高めることは可能で、それに伴って生徒の成績も上がりうる、というのが結論です。ただし著者らは、介入の型による差は見られず、効いたのは教師がその介入を支持していたかどうかだったと述べつつ、研究の本数が少なく、この点を統計的に確かめることはできなかったと明記しています。
この分野は、批判の歴史が重すぎて介入研究が育たなかった、という指摘もあります。Weinstein (2018) は元実験の50周年に際して、「再現できない、小さい、消える、教師の期待はおおむね正確」という結論が定着したことで、効果が最も強く出る条件の探究と、前向きな期待を作る介入への投資が抑えられてきたと論じました。介入研究が少ないという事実は、効果がないことの証拠ではありません。
9. 実務でどう読むか
ここまでの知見を、教える立場でどう使うかを整理します。
「期待すれば伸びる」を単純に信じない。1968年の実験は再分析で確定できず、統合された効果は小さい。期待は魔法ではありません。教師の期待が成績と相関する主な理由は、期待が当たっているからです。
「当たっている」ことに安住しない。正確な期待は、いま低い生徒に低い期待を持つことでもあります。長期研究は、楽観に見返りがあること、楽観の配分に偏りがあることを示しています。「この生徒には無理だろう」という判断が正確であるほど、その判断が進路の分岐点で働く可能性を意識する必要があります。
期待の差は行動に出る。Brophy と Good が観察したのは、低く見積もった生徒の不十分な答えをそのまま受け入れ、良い答えが出ても褒めない教師の姿でした。何を要求し、何を褒めるかは、期待を伝える最も具体的な通り道です。
期待は学年の初めに作られる。Raudenbush の分析が示すように、教師が生徒を知ってしまえば外からの情報は効きません。逆に言えば、最初の数週間の印象が期待を固定します。前年の成績表や周囲の評判で最初の期待を作るなら、その時点で偏りが入ります。
10. 証拠の限界
第一に、元の実験の効果は、当時の再分析で確認できていません。この分野の出発点は、統計的に確定した事実ではなく、確定できなかった主張です。
第二に、実験で期待を「植えつける」設計と、教室で自然に形成される期待は別物です。Raudenbush のメタ分析が示すように、植えつけた期待は教師が生徒を知ると効かなくなります。自然な期待の効果は、観察研究で推定するしかなく、因果の特定は常に不完全です。
第三に、長期研究の多くは米国の人種構成を前提にしています。教師と生徒の属性の一致が日本でどう働くかは、そのままでは分かりません。ただし、家庭背景や前年の成績による期待の偏りという構造は、どの国にもあります。
第四に、介入研究は本数が少なく、どの型の介入が効くかは確かめられていません。統合効果量は中程度ですが、研究が増えれば下がる可能性があります。
まとめ
教師の期待が生徒を変える効果は、実在しますが小さい。半世紀の研究がたどり着いたのは、この地味な結論です。1968年の実験は再分析に耐えず、追試を統合すると効果は教師が生徒を知らない条件に限られ、教室での期待と成績の相関はほとんどが期待の正確さで説明されます。
しかし「小さい」は「無視できる」ではありません。期待の偏りは数年後も残り、進路の分岐点では大学卒業の確率を動かし、その偏りは生徒の属性によって配分が違います。幼い時期にどの教師に当たるかが、10年以上後の進学に痕跡を残すことも確認されています。
教える側にとっての含意は、期待を高く持てば生徒が伸びるという楽観ではなく、自分の期待がどこで作られ、どの行動に出て、誰に対して低く配分されているかを点検することにあります。期待の効果が小さいからこそ、その小さい効果が誰に向いているかが問題になります。
主な参照研究
- Rosenthal, R., & Jacobson, L. (1966). Teachers’ expectancies: Determinants of pupils’ IQ gains.
- Rosenthal, R., & Jacobson, L. (1968). Pygmalion in the classroom.
- Thorndike, R. L. (1968). Review of Pygmalion in the Classroom.
- Snow, R. E. (1969). Unfinished Pygmalion.
- Elashoff, J. D., & Snow, R. E. (1971). Pygmalion reconsidered.
- Brophy, J. E., & Good, T. L. (1970). Teachers’ communication of differential expectations for children’s classroom performance: Some behavioral data.
- Dusek, J. B. (1975). Do teachers bias children’s learning?
- Raudenbush, S. W. (1984). Magnitude of teacher expectancy effects on pupil IQ as a function of the credibility of expectancy induction: A synthesis of findings from 18 experiments.
- Jussim, L., & Harber, K. D. (2005). Teacher expectations and self-fulfilling prophecies: Knowns and unknowns, resolved and unresolved controversies.
- de Boer, H., Bosker, R. J., & van der Werf, M. P. C. (2010). Sustainability of teacher expectation bias effects on long-term student performance.
- Gershenson, S., Holt, S. B., & Papageorge, N. W. (2016). Who believes in me? The effect of student-teacher demographic match on teacher expectations.
- Papageorge, N. W., Gershenson, S., & Kang, K. M. (2020). Teacher expectations matter.
- Gershenson, S., Hart, C. M. D., Hyman, J., Lindsay, C. A., & Papageorge, N. W. (2022). The long-run impacts of same-race teachers.
- de Boer, H., Timmermans, A. C., & van der Werf, M. P. C. (2018). The effects of teacher expectation interventions on teachers’ expectations and student achievement: Narrative review and meta-analysis.
- Gentrup, S., Lorenz, G., Kristen, C., & Kogan, I. (2020). Self-fulfilling prophecies in the classroom: Teacher expectations, teacher feedback and student achievement.
- Weinstein, R. S. (2018). Pygmalion at 50: Harnessing its power and application in schooling.
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