報酬は意欲を壊すのか
勉強したらご褒美を与える。成績が上がったら金銭を渡す。この方法をめぐっては、正反対の助言が流通しています。
一方は、報酬が内発的な意欲を損なうと言います。もともと楽しんでいた活動でも、報酬を与えると、報酬のためにやる活動に変わってしまう。報酬をやめれば、やらなくなる。
他方は、報酬は行動を増やすと言います。実際、報酬を与えれば当面の行動は増えます。これは多数の実験で確認されています。
この対立は、1970年代から続いており、決着したとは言いがたい状態です。ただし、どういう条件で何が起きるかについては、かなりの部分が明らかになっています。
1. 過剰正当化効果
議論の出発点になったのが、Lepperらによる実験です。
設計はこうです。絵を描くことを自発的に楽しんでいる園児を三群に分けます。第一群には、上手に描けたら賞状がもらえると事前に予告します。第二群には予告せず、描いたあとで賞状を渡します。第三群には何も与えません。
数週間後、自由時間にどれだけ絵を描くかを観察しました。結果は、事前に報酬を予告された群だけが、自発的に絵を描く時間を減らしていたというものでした。予告なしに報酬を受け取った群には、低下が見られませんでした。
この結果の解釈が、過剰正当化効果と呼ばれるものです。人は自分の行動の理由を、外から推測します。報酬を約束されて活動すると、「報酬のためにやっている」という説明が成立してしまう。報酬がなくなれば、行動の理由も消える。
重要なのは、予告の有無で結果が分かれた点です。報酬そのものではなく、報酬が行動の理由として解釈されうる形式が問題だという示唆になります。
2. 自己決定理論の枠組み
DeciとRyanは、この現象をより一般的な枠組みに位置づけました。人の動機づけは、自律性、有能感、関係性という三つの欲求によって支えられるという理論です。
この枠組みでは、外的な出来事が動機づけに与える影響は、二つの側面から評価されます。
統制的側面——その出来事が、行動を外から統制していると受け取られる度合い。報酬、締切、監視、罰は、この側面を強めます。自律性の感覚を損なうため、内発的動機づけを下げる方向に働きます。
情報的側面——その出来事が、自分の有能さについての情報を与える度合い。予期しない称賛や、達成に対する具体的な承認は、この側面を通じて有能感を高め、動機づけを上げうる。
同じ報酬でも、どちらの側面が優勢かによって効果が変わる。これがこの理論の予測です。実験の操作としては、報酬を渡すときの言い方、選択の余地の有無、評価の基準の示し方などが、この区別に対応します。
この枠組みは、動機づけを「内発か外発か」の二分法ではなく、自律性の程度による連続体として捉え直します。外から与えられた目標でも、その価値を自分のものとして受け入れている状態は、強制されている状態とは区別されます。学習の現場で見られるのは、多くの場合この中間の状態です。
3. 反論——Cameron と Pierce
1990年代、この主張に対する体系的な反論が提出されました。CameronとPierceによるメタ分析です。
彼らの結論は、報酬が内発的動機づけを損なう効果は、全体としては小さく、条件を限ると消えるというものでした。とくに、口頭での称賛は動機づけを高め、成績に応じた報酬も条件によっては悪影響がないと報告しました。
これに対し、Deciらは再分析を行い、分析対象の選定と効果の分類に問題があると反論しました。行動指標と自己報告指標を分けると、結果が変わるという指摘です。
論争は数年にわたって続きました。現在までに、おおむね次の点では合意が形成されています。
口頭での承認は、動機づけを下げない。むしろ高める場合が多い。ただし、統制的な言い方をすると効果が反転します。
課題への従事そのものに対する報酬は、内発的動機づけを下げやすい。やること自体に対価が付くと、活動が手段化されます。
成果の質に応じた報酬は、影響が一様でない。有能感の情報を伴う場合、悪影響は小さくなります。
もともと興味のない課題では、失うべき内発的動機づけがない。この場合、報酬の悪影響は問題になりません。
4. 実際に金銭を払った大規模実験
理論的な論争とは別に、実務的な問いがあります。学力の低い層に金銭を支払えば、成績は上がるのか。
Fryerは、米国の複数の都市で大規模な無作為化実験を実施しました。数万人規模の児童生徒に、異なる基準で金銭を支払い、学力への影響を測定したものです。
支払いの基準は都市によって異なりました。ある都市では試験の成績に対して、別の都市では読んだ本の数に対して、さらに別の都市では出席や行動に対して支払われました。
結果は、基準によって大きく分かれました。
成績そのものに支払った場合、学力への効果はほとんど確認されませんでした。試験の点数を上げようという動機は生じても、どうすれば上がるかを知らなければ、行動は変わりません。
読書など、具体的な行動に支払った場合には、効果が観察されました。読んだ本の数に応じて支払った都市では、読解の指標に改善が見られたと報告されています。
この対比から、著者が引き出した解釈は次のようなものです。報酬は、何をすればよいかが分かっている行動に対してのみ機能する。成果への報酬は、成果を生む手順が分からない相手には無力です。
この所見は、動機づけ理論の論争とは別の次元にあります。意欲の問題ではなく、生産関数の問題です。努力をどう成果に変換するかを知らなければ、努力の対価を上げても成果は増えません。
5. 報酬が規範を置き換える
経済学の側からも、関連する知見が出ています。
よく引用されるのが、イスラエルの保育所で行われた研究です。子どもの迎えに遅刻する保護者に対し、罰金を導入したところ、遅刻はむしろ増えました。罰金を撤廃したあとも、遅刻の頻度は元に戻りませんでした。
解釈は次のとおりです。罰金の導入前、遅刻は保育士に迷惑をかける行為であり、道徳的な規範によって抑制されていました。罰金が導入されると、遅刻は対価を払えば購入できるサービスに変わります。規範による抑制が、価格による取引に置き換わった。
この現象は、金銭的誘因が既存の動機づけを締め出す効果として議論されてきました。献血への報酬支払い、廃棄物処理施設の受け入れに対する補償など、複数の領域で類似の観察が報告されています。
重要なのは、いったん置き換わった規範は、誘因を撤去しても戻らない場合があるという点です。報酬の導入は、可逆的な操作ではないかもしれない。
6. 称賛の内容が結果を変える
報酬の議論と並行して、称賛のかけ方についての研究があります。
Muellerらの実験では、課題に成功した児童に対し、一方には能力を称える言葉を、他方には努力を称える言葉をかけました。その後、難しい課題を提示し、行動を観察しています。
報告された差は次のとおりです。能力を称えられた群は、次に易しい課題を選ぶ傾向が強く、失敗後の成績低下が大きく、成績を偽って報告する割合も高かった。努力を称えられた群では、これらの傾向が弱かった。
解釈としては、能力への称賛が、成果を能力の証明として位置づけるためだとされます。失敗が能力の否定を意味するなら、失敗しうる課題は避けたほうが合理的になります。
この研究は広く引用され、実践にも取り入れられました。ただし、その後の検討では留保も付いています。称賛の言い方を変えるだけの介入は、効果量が小さく、追試で再現されない場合もあります。また、努力を称える言葉も、明らかに失敗している場面で使われると、能力が低いという含意として受け取られることが報告されています。
言葉の形式より、それが伝える情報のほうが効いていると考えるのが、現在の理解に近いでしょう。前の記事で扱ったフィードバックの原則——課題と手順に向け、自己に向けない——と同じ方向です。
7. 興味は育つのか
内発的動機づけを議論するとき、興味は所与のものとして扱われがちです。しかし、興味の発達過程についての研究もあります。
提案されている段階的な枠組みでは、興味は次のように発展するとされます。まず、外的な刺激によって一時的な関心が喚起される。それが繰り返されると、関心が持続するようになる。さらに、その領域についての知識と価値づけが蓄積されると、自発的に関わる状態になる。
この枠組みで注目されるのは、知識の蓄積が興味の維持に関わるという点です。何も知らない領域に対して持続的な興味を持つことは難しい。理解できるようになることと、面白いと感じることは、相互に支え合います。
この見方を取ると、「興味がないから学ばない」という説明は、順序が逆である可能性を含みます。学んでいないから興味が持てないという経路も同時に存在する。実務上は、興味の喚起を待つより、理解できる水準まで到達させることのほうが、興味の発生に近い場合があります。
ただし、初期の関心を喚起する工夫が無意味だという話ではありません。一時的な関心がなければ、最初の一歩が生じません。問題は、そこで止まる設計です。関心を引く演出が、理解の蓄積に接続しなければ、興味は持続しません。
8. 先延ばしは意欲の不足ではない
行動経済学は、この問題に別の角度から接近しています。やる気がないから始めないのではなく、時間の割引の仕方が一貫していないから始められないという見方です。
人が将来の利益をどう割り引くかを測ると、遠い将来どうしの比較では辛抱強いのに、目前の選択では急に短期を選ぶという非対称が観察されます。来月の月曜と火曜なら差はないのに、今日と明日なら今日を選ぶ。この性質は現在バイアスと呼ばれます。
この枠組みでは、先延ばしは選好の不整合として説明されます。将来の自分が困ると分かっていても、いまの自分は別の判断をする。意志の強さではなく、構造の問題です。
対処として研究されてきたのが、コミットメント手段です。将来の自分の選択肢をあらかじめ狭める仕組みを指します。
Arielyらは、大学の課題を用いた実験でこれを検討しました。学期末に一括提出する条件、等間隔の締切を課す条件、学生自身に締切を設定させる条件を比較したものです。
結果として、締切が課された条件の成績が最も高く、自分で設定させた条件がそれに次ぎました。自分で設定した学生の多くは、最適とは言えない遅い締切を選びましたが、それでも一括提出よりは良い結果になりました。
この所見は、実務的な含意を持ちます。意欲を高める働きかけより、締切を細かく刻むことのほうが、確実に効く場合がある。そしてそれは、本人の意欲を評価する必要がない介入です。
関連して、学習量の目標を自分で宣言させる、進捗を記録して可視化するといった方法も検討されています。効果量は大きくありませんが、費用がほとんどかからない点で、実務上の位置づけは悪くありません。
9. 証拠の限界
この領域の研究には、方法上の制約がいくつかあります。
第一に、内発的動機づけの測定が難しい。典型的には、自由時間にその活動をどれだけ選ぶかで測ります。しかし、この指標は実験状況に依存し、日常の行動を反映しているとは限りません。
第二に、実験の期間が短い。数十分の課題と数週間後の観察で測られた効果が、年単位の学習にそのまま当てはまるかは不明です。
第三に、もともと内発的動機づけが高い活動が選ばれやすい。絵を描く、パズルを解くといった課題での結果を、興味を持ちにくい学習内容に外挿することには無理があります。
第四に、この領域は再現性をめぐる検討の対象にもなっています。効果量が当初報告より小さくなる例が、複数の主要な知見について報告されています。
これらの留保のもとで、比較的頑健だと言えるのは次の点です。課題への従事そのものに対価を付ける形式は、もともと関心のある活動については、関心を下げる方向に働きうる。そして、報酬は、成果を生む手順が分かっている場合にのみ成果を動かす。
10. 設計に落とす
実務に翻訳すると、次のようになります。
報酬を出すなら、行動に出す。成果には出さない。「点数が上がったら」ではなく「毎日この量をやったら」。手順が分かっている行動でなければ、報酬は機能しません。
事前の予告つきで、活動そのものに対価を付けない。すでに関心がある活動を、対価のある作業に変える形式は避ける。
称賛は、達成した内容と使った手順に向ける。能力の評価として伝わる言い方を避ける。予期しない承認は、統制的に受け取られにくい。
選択の余地を残す。同じ課題でも、順序や方法に選択があるほうが、自律性の感覚は保たれます。
理解できる水準まで到達させることを、興味の前提として扱う。興味の喚起を待つより、できるようにするほうが速い場合があります。
締切を細かく刻む。意欲への働きかけより確実で、費用もかかりません。一括の締切は、最も成績が低い条件でした。
報酬の撤去を計画に入れる。導入した誘因を後で外すと、元に戻らない可能性があります。外す前提で設計するか、最初から導入しないか、どちらかを選ぶ。
まとめ
報酬が意欲を壊すかという問いには、条件付きの答えしかありません。事前に予告された、活動への従事そのものに対する報酬は、もともと関心のある活動については関心を下げる方向に働きます。予期しない承認や、有能感の情報を伴う反応は、そうではありません。
大規模な実験が示したのは、別の制約です。報酬は、成果を生む手順が分かっている行動にしか効きません。成果に対価を付けても、どうすればよいかを知らない相手の行動は変わりません。
そして、誘因の導入は可逆的とは限りません。規範による行動が価格による取引に置き換わると、誘因を撤去しても戻らない場合がある。報酬を使うかどうかは、効くかどうかだけでなく、その後どうするかまで含めて判断する問題です。
主な参照研究
- Lepper, M. R., Greene, D., & Nisbett, R. E. (1973). Undermining children’s intrinsic interest with extrinsic reward.
- Deci, E. L., Koestner, R., & Ryan, R. M. (1999). A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation.
- Cameron, J., & Pierce, W. D. (1994). Reinforcement, Reward, and Intrinsic Motivation: A Meta-Analysis.
- Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-Determination Theory and the Facilitation of Intrinsic Motivation, Social Development, and Well-Being.
- Fryer, R. G. (2011). Financial Incentives and Student Achievement: Evidence from Randomized Trials.
- Gneezy, U., & Rustichini, A. (2000). A Fine is a Price.
- Mueller, C. M., & Dweck, C. S. (1998). Praise for intelligence can undermine children’s motivation and performance.
- O’Donoghue, T., & Rabin, M. (1999). Doing It Now or Later.
- Ariely, D., & Wertenbroch, K. (2002). Procrastination, Deadlines, and Performance: Self-Control by Precommitment.
- Hidi, S., & Renninger, K. A. (2006). The Four-Phase Model of Interest Development.
この連載の他の記事
教育学・認知心理学・社会心理学・行動経済学・教育経済学の研究をもとにした連載です。
- 反転授業は何を変えるのか——「動画を家で見る」が本体ではない
- 「わかった気がする」と実際の学習量はなぜずれるのか
- 検索練習——思い出す作業が記憶を作る
- 分散学習と交互学習——同じ時間の配り方で結果が変わる
- 認知負荷理論と「指導の最小化」論争
- 学習スタイル説はなぜ検証に耐えないのか
- マインドセット研究の現在——再現性の検証を経て何が残ったか
- 社会心理学的介入——短時間の介入が長期に効く条件
- 教育経済学——同じ費用で何が一番効くのか
- 行動経済学と教育——ナッジは何を変え、何を変えないか
- フィードバックはなぜ逆効果になりうるのか
- 読解は技能か知識か——背景知識が理解を決める
- リーディング・ウォーズ——初期の読み指導をめぐる論争
- 数学の概念理解と手続き習熟——どちらが先かという問いの誤り
- 作業記憶は訓練で増やせるか——「脳トレ」研究が示した転移の限界
- 能力別編成は誰の利益になるか——ピア効果と習熟度別指導の実証
- 睡眠は学習の一部である——記憶の定着、思春期の体内時計、始業時刻の実証
- 「1万時間の法則」は何を言っていないか——意図的練習研究の実際
- 学歴は何の対価か——人的資本とシグナリングをめぐる実証
- 学んだことはなぜ別の場所で使えないのか——学習の転移をめぐる100年
- 「分かったつもり」はなぜ生じるか——メタ認知的モニタリングの研究
- 試験で実力が出ないという現象——テスト不安とステレオタイプ脅威
- 就学前教育の効果はなぜ「消えて、残る」のか
- 宿題は効くのか——学年・内容・家庭環境で符号が変わる
- ノートは何をしているのか——手書き優位説の再検証
- 教育に技術を入れると何が起きるか——60年分の評価
- 外国語は早いほどよいのか——臨界期をめぐる実証
- グループにすれば学ぶ、わけではない——協同学習の条件
- 教育研究をどう読むか——因果推論と効果量の作法
