選択の設計が結果を変える
人は、自分にとって有利な選択を常に行うわけではありません。将来の利益より目先の負担を重く見る、初期設定のまま変更しない、選択肢が多いと決めるのをやめる。こうした傾向は行動経済学の中心的な観察です。
教育の場面では、この傾向が具体的な損失として現れます。申請すれば受けられる支援を申請しない。進学が決まっているのに手続きが完了しない。勉強すると決めた時間に別のことをする。
この記事では、こうした問題に対する介入——ナッジ——が教育で何を達成し、何を達成できなかったのかを扱います。
1. 現在バイアスという中心概念
学習の先延ばしを説明する枠組みとして中心にあるのが現在バイアスです。
将来の利益を割り引いて評価すること自体は、合理的な行動と矛盾しません。問題は、割引の仕方が一貫していないことです。一年後と一年一か月後の比較では冷静に判断できるのに、今日と明日の比較になると、今日が極端に重くなる。この現象は双曲割引として定式化されています。
この非一貫性が、計画と実行の乖離を生みます。来週の自分は勉強すると予測して計画を立てる。来週になると、その日の負担のほうが重く感じられる。予測が誤っているのではなく、評価の基準が時点によって変わるという構造です。
ここから二つの帰結が導かれます。第一に、意志の弱さという説明は正確でないということ。時点間の評価の非一貫性は、意欲の量とは別の問題です。第二に、将来の自分の行動を現在の自分が拘束する仕組み(コミットメント装置)に意味があるということです。
2. コミットメント装置
先延ばしへの対処として検証されてきたのが、締切と拘束の設計です。
ダン・アリエリーとクラウス・ワーテンブロックによる実験は、この領域でよく参照されます。大学の課題について、三つの条件を比較しました。最終日に全部提出する条件、等間隔に締切を設定する条件、自分で締切を設定できる条件です。
報告された結果は次のようなものでした。成績が最も良かったのは等間隔に締切が課された条件、次いで自分で締切を設定した条件、最も悪かったのが最終日一括でした。
注目すべきは中間の条件です。自由に設定してよいと言われたとき、多くの学生は自分に締切を課しました。最終日にまとめてもよいのに、あえて前倒しの締切を設定した。これは、自分が先延ばしすることを予期していた証拠だと解釈されます。
ただし、自分で設定した締切は最適な配置ではなく、外部から課された等間隔の締切に劣りました。自分の弱さを認識していても、最適に対処できるとは限らないという結果です。
3. 摩擦の除去——最も確実な効果
教育分野のナッジで、最も安定した効果が確認されているのは手続き上の摩擦を取り除くタイプの介入です。
前の記事でも触れたベッティンガーらの実験が代表例です。奨学金の申請書類は複雑で、記入項目が多く、必要な情報も分散しています。この実験では、税務申告を支援する事業所を訪れた家庭に対し、その場で申請書類を作成する支援を提供しました。
結果は、申請率と進学率の明確な上昇でした。重要なのは比較条件です。同じ実験には、情報だけを提供する条件も設けられていました。奨学金の金額を伝え、制度を説明する。この条件の効果は、支援条件よりはるかに小さいものでした。
この対比は、この領域の中心的な知見です。人が行動しない理由は、知らないからではなく、面倒だからである場合が多い。情報を足しても摩擦は減りません。
同様の構造が、サマー・メルトへの介入でも確認されています。進学が決まった生徒が、夏の間の手続き(書類提出、住居手配、履修登録)を完了できずに入学に至らない現象に対し、期限と手順を携帯電話のメッセージで送る介入が検証されました。低費用で入学率が改善したと報告されています。効果が大きかったのは、家族に大学進学の経験がない層でした。
4. 初期設定の力
行動経済学で最も強い効果を示すのが初期設定(デフォルト)です。
臓器提供の意思表示や年金の加入率が、初期設定の違いで大きく変わることはよく知られています。加入が既定で脱退を選択させる制度と、加入を選択させる制度では、参加率が大きく異なります。
教育では、履修登録、補習への参加、貯蓄型の学資形成などで同様の設計が検討されてきました。「参加したい人は申し込む」から「全員参加、辞退する人は申し出る」へ変えるだけで、参加率が大きく変わります。
ただし、教育への適用には注意点があります。参加率の上昇が、参加者にとっての利益を意味するとは限りません。自ら申し込んだ人と、初期設定で参加した人では、動機づけが異なります。効果が薄まる可能性があります。
倫理的な論点もあります。初期設定の変更は、選択の自由を形式的には保ったまま結果を大きく動かします。何を既定にするかの判断が、実質的な決定になります。
5. ナッジの限界——効かなかった領域
ナッジが注目されたのは、低費用で効果が得られるという点でした。この期待は、その後の検証で修正されています。
大規模な実施では、効果が小さいか観測されない例が報告されています。米国の大学進学支援で、数十万人規模にメッセージを送る介入が、ほとんど効果を持たなかったとする研究が公表されました。小規模な先行研究では効果が確認されていた介入です。
この不一致の説明として挙げられているのは次の要因です。
対象の広さ。小規模研究では、問題を抱えている層が選ばれています。全体に広げると、支援を必要としない層が大半を占めます。
個別化の喪失。効果が確認された介入の多くは、相談員が個別に対応する要素を含んでいました。自動化して規模を拡大すると、この要素が失われます。
飽和。同種のメッセージが増えれば、注意は向かなくなります。
加えて、ナッジ研究全体について公表バイアスの指摘があります。効果があった介入は公表され、なかったものは公表されにくい。メタ分析でこの偏りを補正すると、推定される効果は大幅に小さくなるという報告があります。
6. インセンティブの設計
ナッジと並んで検証されてきたのが、金銭的・非金銭的な誘因の設計です。前の記事で触れたフライヤーの実験に加え、いくつかの論点があります。
損失回避の利用。スティーヴン・レヴィットらは、教員への報酬について、年度末に成果に応じて支払う方式と、年度初めに先に渡し、成果が基準に届かなければ返還を求める方式を比較しました。後者で効果が大きかったと報告されています。同じ金額でも、得るか失うかで行動への影響が異なるという予測に合致します。
この設計は、理論的には整合しますが、実施には抵抗が大きくなります。返還を求める仕組みは、受け手の心理的負担を高めます。効果があることと、受け入れられることは別だという例です。
非金銭的な誘因。表彰、順位の提示、公開といった手段も検証されています。効果は文脈に依存し、順位の提示が下位層の動機を下げる例も報告されています。
タイミング。報酬が行動の直後に与えられるほど効果が大きくなります。現在バイアスの枠組みからの予測どおりです。学期末の成績ではなく、その日の課題に対する即時のフィードバックのほうが行動を変えやすいという整理になります。
7. 自己制御をめぐる修正
教育と行動の関係を語るとき、しばしば引かれるのがマシュマロ実験です。目の前の一つを我慢すれば後で二つもらえるという状況で待てた子どもが、後年の成績や社会的成果で優れていたとする研究です。
この知見は、その後の再検証で修正されています。より大規模な標本で追試を行った研究では、家庭の社会経済的背景や認知能力を統制すると、待機時間と後年の成果の関連は大きく減衰しました。
さらに、待機行動そのものが環境に依存することを示す研究があります。大人が約束を守らない経験をした子どもは、待たずに食べる傾向が強まりました。この結果の解釈では、待たない選択は自己制御の欠如ではなく、約束が守られない環境における合理的な判断だということになります。
この修正は、教育の実務にとって重要です。行動の差を個人の特性に帰属させる説明は、環境の差を見えなくします。先延ばしや我慢のなさとして観察される行動が、実際には環境への適応である可能性を、常に検討する必要があります。
8. 何を既定にしてよいのか
ナッジをめぐる議論で避けられないのが、誰が、何のために設計するのかという問いです。
リチャード・セイラーとキャス・サンスティーンが提示したリバタリアン・パターナリズムという立場は、選択の自由を残したまま、本人の利益になる方向へ誘導することを正当化するものでした。選択肢は削らない。ただし並べ方を変える。
これに対する批判は複数あります。
批判1:本人の利益を誰が決めるのか。進学することが本人の利益だと前提して設計するなら、その前提自体が価値判断です。
批判2:透明性の問題。効果が認知の癖を利用することに由来する以上、仕組みを明示すると効果が減る場合があります。ただし、透明にしても効果が残るという報告もあり、この点は決着していません。
批判3:構造的な問題の代替にされる。手続きが複雑であること自体が問題なら、ナッジで補うより制度を簡素化すべきです。ナッジが複雑さを温存する働きをする可能性があります。
この第三の批判は、実務的に重要です。申請書類が複雑だから代行するのか、書類を簡素にするのか。後者のほうが根本的ですが、制度変更は費用が高く時間がかかります。ナッジが選ばれる理由は、しばしば効果の大きさではなく、実施の容易さにあります。
9. 学習者自身が使えるもの
ここまでは制度設計の話でしたが、同じ知見は個人の学習にも適用できます。
実行意図。「勉強する」ではなく「いつ、どこで、何をするか」を具体的に決める。この形式で計画を立てると実行率が上がることが、複数の領域で報告されています。ピーター・ゴルヴィツァーらの研究が基礎になっています。意欲を高めるのではなく、判断の機会を減らす設計です。
摩擦の設計。やりたい行動の摩擦を減らし、避けたい行動の摩擦を増やす。教材を開いた状態で置く、通知を切る、別の部屋に置く。意志で抑えるより確実です。
締切の外部化。自分で決めた締切は守られにくく、他者が関与する締切のほうが機能します。提出先がある、報告する相手がいるという構造が効きます。
即時のフィードバック。成果が遠いほど行動は起きにくくなります。日単位で確認できる指標——解いた問題数、思い出せた項目数——を持つと、現在バイアスの影響を減らせます。
いずれも、意志の強さを前提にしないという点で共通しています。行動経済学の知見が示しているのは、意志に頼る設計が失敗しやすいということです。
10. 連載を終えて——共通する構造
この連載で扱った十の主題は、分野としては認知心理学、社会心理学、教育経済学、行動経済学に分かれます。しかし、いくつかの構造が繰り返し現れました。
第一に、感覚と成果の乖離です。学習者は効果の低い方法を効果的だと感じ、教える側は摩擦の少ない授業を良い授業だと感じます。判断を感覚に委ねると、系統的に誤った方向へ進みます。
第二に、条件依存です。例題は初学者に効き熟達者には害になる。心理的介入は障害が存在する場合にのみ効く。ナッジは摩擦が原因の場合にのみ効く。「効く方法」ではなく「効く条件」を特定することが、この分野の実質的な内容でした。
第三に、効果量の縮小です。初期の報告は、検証を経て小さくなります。これは研究の失敗ではなく、手続きが機能している証拠です。実務は、最初の大きな数字ではなく、検証後の小さな数字を前提に計画すべきです。
第四に、個人への帰属の危うさです。学習スタイル、マインドセット、自己制御。いずれも個人の属性として語られがちですが、検証の結果はいずれも環境の関与を示しました。個人の特性として説明できることは、しばしば環境への適応です。
これらを踏まえたとき、教育研究が実務に提供できるのは、特定の方法ではなく、判断の枠組みだと言えます。何が効くかは条件によって変わる。変わらないのは、感覚を疑い、時間を空けて測り、条件を特定するという手続きのほうです。
11. 注意という希少資源
ナッジの議論では、注意が有限であることが前提になっています。この前提を教育の文脈で具体化すると、いくつかの実務的な論点が出てきます。
情報の量と決定の質。選択肢が多いほど良い決定ができるとは限りません。進学先、科目選択、教材。数が増えると、比較の負荷が上がり、決定が先送りされます。選択肢を絞って提示する設計が、かえって決定を助ける場合があります。
期限の明示。いつまでに何をするかが曖昧な課題は、注意の対象になりません。期限が明示され、直近であるほど行動が起きやすくなります。
通知の飽和。メッセージ介入の効果が大規模実施で縮んだ原因のひとつが、これです。同種の連絡が増えるほど、個々の連絡への注意は下がります。介入の効果は、他の介入の量に依存するという構造があります。
この点は、学校や塾からの連絡にそのまま当てはまります。連絡の数を増やすことは、既存の連絡の効果を下げることでもあります。
12. 資源の不足が判断を圧迫する
行動経済学が教育に持ち込んだ視点のひとつに、欠乏が認知資源を占有するという議論があります。センディル・ムッライナタンとエルダー・シャフィールによる研究群が代表的です。
彼らの主張は、経済的な困窮が、判断に使える認知資源そのものを減らすというものです。支払いの心配が作業記憶を占有し、他の課題の遂行が低下する。実験室の研究と、収穫期の前後で農民を比較した野外研究の両方が報告されています。
この知見には再現性の議論があり、効果量についての批判もあります。ただし方向としての含意は、教育の実務に直接関わります。
第一に、困難な状況にある学習者に「計画的に行動せよ」と求めることの困難さです。計画と自己管理には認知資源が要ります。資源が圧迫されている状態では、その要求自体が実行しにくくなります。
第二に、手続きの簡素化が、不利な層ほど大きく効く理由の説明になります。書類が複雑であることの負担は、誰にとっても同じではありません。ベッティンガーらの実験で効果が低所得層に集中したことは、この枠組みと整合します。
第三に、個人の特性としての観察が誤りうるという点です。計画性がない、締切を守らないという行動は、特性ではなく状況の反映かもしれません。前節のマシュマロ実験の再解釈と同じ構造です。
まとめ
- 現在バイアス——時点によって評価の基準が変わるため、計画と実行が乖離する。意欲の量の問題ではない。
- 締切の実験では、外部から等間隔に課された締切が最も成績が良く、自己設定がそれに次いだ。自分の弱さを知っていても最適に対処できるとは限らない。
- 教育分野で最も安定した効果は手続き上の摩擦の除去。情報提供より書類の代行のほうが効く。
- 初期設定の効果は強いが、参加率の上昇が参加者の利益を意味するとは限らない。
- 大規模化すると効果は縮む。原因は対象の広さ・個別化の喪失・飽和。公表バイアスの補正でも推定値は下がる。
- 誘因はタイミングが早いほど効く。損失回避を使った設計は効果がある一方、受容されにくい。
- マシュマロ実験の含意は再検証で修正された。待たない選択は、約束が守られない環境への適応でありうる。
- 行動の差を個人の特性に帰属させる説明は、環境の差を見えなくする。
主な参照研究
- Ariely, D. & Wertenbroch, K.(2002)締切の設定方法と課題成績に関する実験。
- Bettinger, E. P. ら 奨学金申請支援の実験。情報提供条件との比較。
- Castleman, B. L. & Page, L. C. サマー・メルトに対するメッセージ介入。
- Fryer, R. G. Jr. 生徒へのインセンティブ実験。投入と成果への報酬の比較。
- Fryer, R. G. Jr., Levitt, S. D., List, J. & Sadoff, S. 損失回避を利用した教員インセンティブの実験。
- Watts, T. W., Duncan, G. J. & Quan, H.(2018)マシュマロ実験の大規模な追試と再解釈。
- Kidd, C., Palmeri, H. & Aslin, R. N.(2013)待機行動が環境の信頼性に依存することを示した実験。
- DellaVigna, S. & Linos, E. ナッジの実地試験における効果量と公表バイアスの検討。
※ 効果は制度と文脈に強く依存します。手続きの複雑さは国ごとに異なるため、適用前に現地での検証が要ります。
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