フィードバックはなぜ逆効果になりうるのか

三分の一は、成績を下げていた

フィードバックは教育の基本的な手段です。答案を返す、誤りを指摘する、助言を与える。これらが学習を助けることは自明のように扱われてきました。

1996年、アブラハム・クルーガーとアンジェロ・デニシが発表したメタ分析は、この前提に正面から疑問を投げました。フィードバック介入を扱った研究を集約した結果、平均としては成績を高めるものの、およそ三分の一の事例では成績を下げていたのです。

効果の平均が正であることより、この分散のほうが実務にとって重要です。フィードバックは与えれば効くものではなく、与え方によって逆向きに働く。この記事では、何が方向を決めるのかを扱います。

1. どの水準に向けられているか

クルーガーとデニシの説明の中心にあるのは、フィードバックが注意を向ける先です。

彼らの整理では、注意は三つの水準のいずれかに向かいます。課題そのものの処理、課題を遂行する手続き、そして自己。

課題や手続きに注意が向くと、学習者は次に何を変えるかを考えます。ところが自己に注意が向くと、処理資源が自己の評価に使われ、課題から離れます。「君は数学が得意でない」という指摘は、正確であっても課題の改善につながりません。

この枠組みを教育向けに展開したのが、ジョン・ハッティとヘレン・ティンパリーによる2007年の整理です。彼らはフィードバックの水準を四つに分けました。

課題水準。答えが合っているか、何が欠けているか。具体的で、初期の学習段階で有効です。ただし個別の課題に固有で、他へ転移しにくい。

過程水準。どういう手順でそこに至ったか、どこで方向を誤ったか。転移しやすく、深い学習に寄与するとされます。

自己調整水準。自分の進捗をどう監視し、どう修正するか。最も転移しやすいが、学習者の側にある程度の熟達が要ります。

自己水準。「よくできた」「賢いね」。この水準は学習にほとんど寄与しないと整理されています。

実務で最も多く与えられているのは課題水準と自己水準です。効果が大きいとされる過程水準と自己調整水準は、作るのに手間がかかります。

2. 賞賛はフィードバックではない

この整理から導かれる帰結のひとつが、賞賛と情報の区別です。

賞賛は、多くの場合、自己水準に向けられます。それ自体が悪いわけではありません。関係を維持し、継続を支える働きがあります。しかし、次に何を変えるかについての情報を含んでいません。

問題は、賞賛が情報と混ぜて提示されるときに起きます。「よく書けている。ただし、根拠の部分が弱い」という順序で伝えると、受け手は前半で処理を止めることがあります。研究では、賞賛と修正情報を同時に与えると、修正情報の利用率が下がることが報告されています。

前の記事で扱ったマインドセット研究とも接続します。能力への賞賛は自己水準への注意を誘導し、失敗の解釈を「能力の欠如」に寄せます。どの水準に注意を向けるかという問題として、両者は同じ構造を持っています。

3. 形成的評価という主張と、その検証

フィードバックの効果を最も強く主張したのが、ポール・ブラックとディラン・ウィリアムによる1998年のレビューです。授業中に学習状況を把握し、指導を調整する形成的評価が、大きな効果を持つと論じました。

このレビューは政策に広く影響しました。同時に、方法論上の批判も受けています。

批判1:効果量の統合。対象となった研究は、扱っている介入も測定も多様でした。異質なものを平均した効果量は、解釈が難しくなります。

批判2:定義の曖昧さ。「形成的評価」が何を指すのかが研究ごとに違います。短い確認テスト、口頭の質問、指導計画の変更。同じ名前で呼ばれる別のものが混在しています。

ウィリアム自身が後に、当初の効果量の提示が過大な期待を招いたと述べています。形成的評価が有効でないという意味ではなく、単一の数値で語れるものではないという整理です。

現在の穏当な理解は次のようになります。学習状況を把握して指導を調整すること自体は有効である。ただし効果は、把握の精度と、調整が実際に行われるかどうかに依存する。測定しても指導が変わらなければ、効果は生じません。

4. いつ与えるか

フィードバックのタイミングについては、一見矛盾する知見が並んでいます。

行動主義の伝統では、即時のフィードバックが推奨されてきました。誤りが定着する前に修正するという考え方です。

一方、遅延フィードバックのほうが長期保持に有利だとする結果もあります。即時に正解が示されると、学習者は自分で思い出す作業を省きます。少し時間を置くと、その間に検索の努力が生じます。前の記事で扱った望ましい困難の枠組みと整合します。

現在の整理は、学習の段階と課題の性質で分かれるというものです。

手続きの習得段階では、即時のほうが有利です。誤った手順を繰り返す時間が減ります。一方、すでに一定の知識がある段階での保持を目的とするなら、遅延のほうが有利になります。

また、フィードバックの内容によっても変わります。正誤の判定だけなら即時でよい。説明を含む場合、学習者が自分で考える余地を残してから与えるほうが利用されます。

5. 受け取られなければ意味がない

実務で最も見落とされるのが、フィードバックが読まれているか、使われているかという問題です。

大学の課題の返却について調べた研究では、詳細なコメントを付けても、学習者が読まない、あるいは点数だけを見て終わることが繰り返し報告されています。とくに、点数とコメントを同時に返すと、コメントの利用率が下がります。

この現象を扱った実験では、三条件が比較されました。点数のみ、コメントのみ、点数とコメントの両方。成績が改善したのはコメントのみの条件で、点数を併記した条件では改善が見られなかったと報告されています。点数が自己水準への注意を誘導し、コメントの処理を妨げたという解釈です。

実務的な含意は明快です。修正してほしい内容があるなら、点数と分けて返す。あるいは、コメントを読んで修正を提出してから点数を出す。この順序の設計だけで、同じコメントの利用率が変わります。

6. 脅威として受け取られるとき

フィードバックが逆効果になる経路のひとつが、自己への脅威として処理される場合です。

批判的な指摘は、受け手にとって自己の評価に関わる情報です。前の記事で扱った価値の自己確認やステレオタイプ脅威の研究と同じ枠組みが適用されます。

この点を扱った研究として知られるのが、教員が生徒に批判的なフィードバックを与える際の伝え方を操作した実験です。同じ内容の指摘に、「私がこの指摘をするのは、高い基準を持っており、あなたがそこに届くと考えているからだ」という一文を添える条件を設けました。

報告された結果は、この一文を添えた条件で修正版を提出する割合が上がり、修正の質も高かったというものです。効果は、教員からの評価に不信を持ちやすい立場の生徒で大きかったとされます。

解釈は、批判の意味を確定させることにあります。指摘が「見限られた」ことの現れなのか、「期待されている」ことの現れなのか。この解釈が定まらないと、受け手は前者を想定します。一文が提供しているのは、解釈の手がかりです。

なお、この種の介入は前の記事で扱った条件依存を免れません。教員との関係が既に良好な場面では、付け加える意味が薄くなります。

7. 相互評価は機能するか

教員の負担を考えると、学習者どうしのフィードバックは魅力的に見えます。研究の結果は、条件つきで肯定的です。

与える側の利得が大きい。他者の答案を評価する作業は、評価基準を適用する練習になります。複数の研究で、フィードバックを受け取ることより、与えることのほうが自分の成績を改善するという結果が報告されています。

受け取る側の利得は、質に依存する。学習者が与えるフィードバックは、表面的な指摘に偏りがちです。誤字や形式には言及するが、論理の構造には触れない。訓練と評価基準の提示がないと、この傾向は変わりません。

複数からのフィードバックは精度が上がる。一人の指摘は偏りますが、複数の指摘が重なる箇所は、実際に問題がある可能性が高くなります。

実務的な設計としては、評価基準を明示し、指摘すべき観点を限定し、複数人に割り当てるという形になります。「自由に感想を書いてください」という設計では機能しません。

8. 自動採点とフィードバックの質

採点の自動化が進むにつれ、フィードバックの性質も変わっています。この変化を、これまでの枠組みで評価できます。

自動採点が得意なのは課題水準です。正誤の判定、誤りの箇所の特定は機械化しやすい。即時に返せるという利点もあります。

苦手なのは過程水準です。どういう考え方で誤ったのかを推定するには、解答の途中経過が要ります。最終解答だけを受け取る形式では、原理的に過程水準のフィードバックを作れません。

この制約は、選択式の問題に顕著です。誤答が何を意味するかは、選択肢の設計に依存します。典型的な誤概念を選択肢に埋め込んでおけば、選んだ選択肢から誤りの種類が推定できます。これは自動化の問題ではなく、問題設計の問題です。

もう一点、自動採点は即時性ゆえに遅延フィードバックの利点を失います。すべてを即座に返す設計は、学習者が自分で確かめる時間を奪います。解答後に一定時間を置いてから解説を開く設計のほうが、保持の面では有利な場合があります。

9. 量を増やせばよいわけではない

フィードバックは多いほどよいという前提も、検証を受けています。

指摘の数が多いほど、受け手が処理できる割合は下がります。一つの答案に二十箇所の指摘があると、どこから手をつけるかの判断に負荷がかかり、結果として何も直されないことがあります。前の記事で扱った認知負荷の問題がここにも現れます。

ライティング指導の研究では、指摘を絞り、優先順位を示した条件のほうが、網羅的に指摘した条件より改善が大きいという結果が報告されています。

実務的な指針としては、一度に扱う観点を限定することになります。今回は構成だけ、次は根拠の妥当性だけ。網羅性を犠牲にして、実際に修正される確率を上げる設計です。

これは教える側にとっても合理的です。全項目を指摘する労力を、少数の項目を丁寧に説明する労力に振り替えられます。

10. 自分で自分に与える

他者からのフィードバックが常に得られるとは限りません。独学の場面では、自分で自分の遂行を評価する必要があります。

ここで障害になるのが、前の記事で扱った自己評価の精度の低さです。書いた直後の答案は、書いた本人にとって流暢に読めます。意図が頭に残っているため、書かれていない論理を補って読んでしまいます。

対処として研究で扱われてきた手続きを挙げます。

時間を置く。直後ではなく、翌日以降に読み返す。意図の記憶が薄れると、書かれていることだけを読めるようになります。

基準を外部化する。「何を満たせばよいか」を先に書き出し、それに照らして点検する。基準を思い出しながら評価すると、都合よく解釈されます。

模範と並べる。自分の答案と模範解答を要素ごとに突き合わせる。全体の印象で比較すると差が見えません。

他者の答案を評価する。相互評価の研究が示すとおり、与える側の利得は大きい。他者の答案で基準を適用する練習をしてから、自分の答案に戻ると精度が上がります。

いずれも、自分の判断を信用しないための手続きです。この分野の知見は、フィードバックが他者からのものであれ自分からのものであれ、同じ問題——注意がどこに向くか、情報が使われるか——に帰着することを示しています。

11. 「効果量ランキング」の読み方

フィードバックは、ハッティが多数のメタ分析を統合した一覧で上位に位置づけられ、そのことが広く引用されてきました。この種のランキングの読み方には注意が要ります。

批判1:メタ分析のメタ分析。統合されているのは個々の研究ではなく、メタ分析の結果です。元のメタ分析が扱った対象・年齢・測定はばらばらで、それらを平均した数値の意味は限定的です。

批判2:効果量の基準。一覧では0.4を目安として「効果あり」の線が引かれています。この基準の統計的な根拠には疑問が呈されています。研究デザインによって効果量は系統的に変わるため、異なる設計の値を同じ物差しで並べることはできません。

批判3:計算上の誤り。いくつかの項目について、統合の手続きに誤りがあるとする指摘が公表されています。

これらの批判は、個々の知見を否定するものではありません。フィードバックが重要だという結論は、他の証拠からも支持されます。問題は、順位表を「何をすべきかの優先順位」として使うことにあります。

実務的な読み方としては、順位ではなく元の研究が何をどう測ったかに降りる必要があります。「フィードバックの効果量は0.7」という情報からは、何をすればよいかが分かりません。「点数とコメントを分けて返す」という形になって初めて実行できます。

12. 設計に落とす

この分野の知見を、実際の手続きに落とすと次のようになります。

注意を課題と過程に向ける。「よくできた」ではなく「ここで根拠と主張が入れ替わっている」。人ではなく、答案について書く。

点数とコメントを分ける。コメントを読んで修正を出すまで点数を出さない設計にすると、同じコメントが使われるようになります。

指摘を絞る。一度に扱う観点を一つか二つに限定する。優先順位を示す。

期待を明示する。批判的な指摘には、それが何を意味するのか(見限りではなく期待)を添える。

修正の機会を用意する。フィードバックが行動に結びつく経路がなければ、情報は使われません。返却して終わりにせず、修正版を出す工程を置く。

与える側に回らせる。相互評価は、受け手より与え手の利得が大きい。基準を明示したうえで、他者の答案を評価させる。

これらはいずれも、追加の費用をほとんど必要としません。変えているのは、同じ情報をいつ、どの順序で、どの水準に向けて渡すかだけです。この分野が示しているのは、その順序が効果の方向を決めているということです。

まとめ

  1. クルーガーとデニシ(1996)のメタ分析では、フィードバック介入の約三分の一が成績を下げていた。平均効果より分散のほうが重要。
  2. 方向を決めるのは注意がどの水準に向くか。課題・手続きに向かえば改善につながり、自己に向かうと課題から離れる。
  3. ハッティとティンパリー(2007)の四水準。自己水準(賞賛)は学習にほとんど寄与しない
  4. 賞賛と修正情報を同時に与えると、修正情報の利用率が下がる。
  5. 形成的評価の効果量は当初の提示が過大だった。有効性は把握の精度と、調整が実際に行われるかに依存する。
  6. タイミングは段階次第。習得段階は即時、保持を目的とするなら遅延が有利。
  7. 点数とコメントを同時に返すとコメントが使われない。分けて返す設計が要る。
  8. 相互評価は与える側の利得が大きい。基準の明示と観点の限定が前提。

主な参照研究

  • Kluger, A. N. & DeNisi, A.(1996)フィードバック介入のメタ分析と、注意の水準による説明。
  • Hattie, J. & Timperley, H.(2007)フィードバックの四水準(課題・過程・自己調整・自己)の整理。
  • Black, P. & Wiliam, D.(1998)形成的評価に関するレビュー。効果量の提示については後に本人が留保を述べている。
  • Butler, R.(1988)点数のみ・コメントのみ・両方を比較した実験。
  • Yeager, D. S. ら 批判的フィードバックに期待を明示する一文を添える介入。
  • Shute, V. J.(2008)形成的フィードバックの設計に関するレビュー。

※ 効果の方向は条件に強く依存します。数値は各研究の報告値です。

教育学・認知心理学・社会心理学・行動経済学・教育経済学の研究をもとにした連載です。

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ryomiyagawa Founder
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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