「意味は分かるが解けない」と「解けるが意味は分からない」
数学の学習について、二つの対立する主張が長く争われてきました。まず意味を理解させるべきだという立場と、まず手続きを習熟させるべきだという立場です。
米国では、この対立が数学戦争と呼ばれる論争になりました。概念理解を重視する改革派と、計算の習熟を重視する伝統派が、カリキュラムの内容をめぐって激しく争っています。
研究が示してきたのは、どちらが先かという問いの立て方自体が適切でないということです。この記事では、両者の関係についての実証的な整理を扱います。
1. 二種類の知識
議論の枠組みとして使われるのが、概念的知識と手続き的知識の区別です。
概念的知識は、なぜそうなるのかについての理解です。分数の割り算で逆数をかける理由、負の数どうしの積が正になる理由。原理と、原理どうしの関係についての知識です。
手続き的知識は、問題を解く手順の知識です。どういう場面でどの操作を行うか。実行できることが要件で、理由の説明は含みません。
素朴な想定では、この二つは順序関係にあります。理解してから手続きを覚える、あるいは手続きを覚えてから理解が追いつく。
ベサニー・リトル=ジョンソンらの研究が示したのは、反復的な関係です。概念の理解が手続きの習得を助け、手続きの習得が概念の理解を深める。どちらかが先行するのではなく、交互に進みます。
この整理は、実験的にも検証されています。概念の指導と手続きの指導を交互に行った条件が、一方に偏った条件より成績が高いという結果が報告されています。順序の問題ではなく、往復の設計の問題だということになります。
2. 分数という関門
数学の学習における特定の内容が、その後の成績を強く予測することが知られています。最も明確なのが分数です。
ロバート・シーグラーらの研究は、米国と英国の長期追跡データを用いて、小学校段階の知識と高校段階の数学の成績の関係を検討しました。多くの変数を統制したうえで、分数と除法の知識が、後年の数学の成績を強く予測したと報告しています。家庭の背景、他の数学領域の知識、言語能力を統制しても、この関連は残りました。
なぜ分数が特別なのか。説明として挙げられているのは、数の概念そのものの拡張を要求する点です。
自然数の範囲では、数は「いくつあるか」を表し、掛ければ増え、割れば減ります。分数はこの直観を破ります。分数どうしの積は小さくなりうるし、商は大きくなりうる。自然数で成立していた規則を、無自覚に適用し続けると誤ります。この現象は「自然数バイアス」として研究されています。
この観点からは、分数の困難は計算手続きの問題ではなく、数とは何かについての理解の再編の問題だということになります。手続きだけを教えると、誤った直観が温存されたまま計算だけができる状態になります。
3. 数学不安
数学の学習には、情動的な要因が強く関与します。数学不安は、数学に関わる場面で生じる緊張や恐れを指し、成績との負の相関が一貫して報告されています。
相関の解釈には二つの方向があります。不安が成績を下げるのか、成績が低いから不安になるのか。証拠は双方向を支持しています。
不安が成績を下げる経路として説明されているのが、作業記憶の占有です。シアン・バイロックらの研究では、不安が高い状態では心配に関する思考が作業記憶を使い、計算に回せる資源が減ることが示されています。
この説明は、重要な予測を持ちます。作業記憶への負荷が高い課題ほど、不安の影響が大きい。実際、単純な暗算より、繰り上がりや複数段階を含む課題で影響が大きいことが報告されています。前の記事で扱った認知負荷の枠組みと直結します。
もう一つ注目される知見が、不安の伝播です。数学不安の高い保護者が家庭で宿題を手伝った場合、子どもの数学の成績の伸びが小さく、数学不安が高まるという結果が報告されています。教員についても同様の報告があります。
この知見の含意は繊細です。関与を減らせばよいという話ではありません。報告されているのは、不安を伴った関与の影響です。介入としては、不安を持つ大人が使いやすい教材の形式を整える方向が検討されています。
4. 計算の自動化はなぜ要るか
概念理解を重視する立場から、計算練習は機械的で価値が低いとされることがあります。認知の観点からは、別の評価になります。
基本的な計算が自動化していない学習者は、多段階の問題を解くときに、各段階の計算に作業記憶を使います。問題の構造を保持する余裕が残りません。結果として、方針は分かっているのに解き切れない、という状態が生じます。
これは前の記事で扱った認知負荷理論の直接的な帰結です。自動化とは、処理が作業記憶を占有しなくなることを指します。自動化は理解の対極ではなく、理解を可能にする条件です。
一方、自動化を目的化する設計にも問題があります。計算だけを大量に練習させると、いつその操作を使うのかという判断の練習が抜けます。前の記事で扱った交互学習の論点です。単元ごとにまとめて練習すると、判別の機会がありません。
整理すると、次のようになります。基本計算は自動化するまで練習する。ただし練習は混ぜて行い、どの操作を使うかの判断を含める。そして、なぜその操作が成り立つのかの説明を、往復のなかで扱う。三つは対立しません。
5. 例題と自力解決の配分
数学は、例題効果の検証が最も多く行われてきた領域です。前の記事で扱った知見が、そのまま適用されます。
初学者には、問題を解かせるより解答の過程を示すほうが効果的です。探索に作業記憶を使っても、解法の構造は残りません。一方、習熟が進むと例題は冗長になり、自力で解くほうが効果的になります(熟達化逆転効果)。
実務的に有用なのが完成問題です。例題の後半を空欄にし、途中から自分で埋めさせる。段階的に空欄を増やしていけば、例題から自力解決へ滑らかに移行できます。
加えて、誤答を含む例題を扱う研究があります。誤った解法を提示し、どこが誤りかを説明させる方法です。正しい例題だけを扱うより、概念理解の指標で成績が高くなるという結果が報告されています。誤りの検討が、なぜその手続きが必要なのかを意識させるという説明です。
ただし条件があります。誤りを検討できるだけの知識が要るため、まったくの初学者には向きません。ここでも段階の見極めが必要になります。
6. 早期の数学力が後年を予測する
就学時点の能力と、後年の学力の関係を調べた研究があります。複数の縦断データを統合した分析では、就学時の複数の指標のうち、後の学力を最もよく予測したのは初期の数学的能力でした。読字能力や注意の指標より、予測力が高いという結果です。
この結果は、因果関係を示すものではありません。就学時点の差を生んだ要因が、その後も働き続けているだけかもしれません。ただし、数量の理解の差が早期から存在し、それが持続するという観察自体は、複数のデータで一致しています。
関連して、数の大小の感覚を測る課題の成績が、後の計算能力と相関するという報告があります。数直線上に数を置かせる課題で、位置の誤差が小さい子どもほど、後の成績が高いという関係です。ただし、この相関がどこまで因果を含むかについては、議論が続いています。数直線課題の訓練が算数の成績を上げるという介入研究もありますが、効果量は小さく、転移の範囲も限定的です。
実務上の含意は限定的に取るべきです。早期の差が大きいからといって、早期の訓練が差を埋めるとは限りません。ただし、数量感覚が弱いまま手続きだけを積み上げると、後で行き詰まりやすいという方向は、分数の研究と整合します。
7. 文章題とスキーマ
文章題が解けない理由は、計算ができないことではない場合が多くあります。研究が指摘してきたのは、問題の構造を認識する段階での失敗です。
足し算・引き算の文章題は、構造によって分類できます。変化型、合併型、比較型といった区別です。同じ「3と5」を使う問題でも、構造が違えば難易度が大きく変わります。比較型は、他の型より誤答率が高いことが繰り返し報告されています。
ここで観察されている誤りの一つが、キーワード方略です。「合わせて」があれば足す、「残りは」があれば引く、という表層的な対応づけです。この方略は多くの教科書問題で正解を出すため、強化されやすい。しかし構造が変わると破綻します。
「マリーはジョンより5個多く持っている」といった比較文で、多くの学習者が語の表層に引きずられて演算を誤ることは、古典的な研究以来、繰り返し確認されてきました。この誤りは、計算力の不足では説明できません。
対策として研究が支持しているのは、構造の明示的な指導です。問題を型に分類させ、同じ型の問題を図で表現させ、型が違う問題を並べて比較させる。この方法を用いた介入は、文章題の成績を改善させたという報告が複数あります。
ここでも、前の記事で扱った交互練習が関わります。単元ごとにまとめた練習では、型を判別する必要がありません。問題を見る前から演算が決まっているからです。混ぜた練習でなければ、構造認識の練習にならない。
8. 誤概念は消えない
数学の学習で繰り返し観察されるのは、誤った理解が正しい説明を受けたあとも残り続けるという現象です。
典型例が「掛けると増える、割ると減る」という理解です。整数の範囲では正しく、小数や分数では成り立ちません。0.5を掛けると減り、0.5で割ると増えます。この転換につまずく学習者は多く、正しい説明を一度受けただけでは修正されないことが知られています。
もう一つが、分数を「二つの整数」として扱う理解です。3/4を、3と4という別々の数として処理する。この見方をしていると、1/3と1/5の大小で誤り、分母どうし分子どうしを足す誤りが出ます。
科学教育の研究では、誤概念は上書きされるのではなく、正しい理解と併存し、条件によってどちらかが働くと考えられています。脳活動を測定した研究では、専門家であっても誤概念に対応する反応を抑制する処理が働いていることが示唆されています。つまり、誤概念は消去されたのではなく、抑制されている。
この見方を取るなら、指導の設計は変わります。正しい説明を与えるだけでなく、誤概念が発動する場面を意図的に作り、対比させる必要があります。誤答例の検討が効く理由も、ここにあります。
9. 数学戦争という事例
米国での論争は、1980年代末に始まる改革運動を契機としています。全米数学教師協議会が示した基準は、概念理解、問題解決、数学的コミュニケーションを重視するものでした。
この方向で作られたカリキュラムに対し、数学者や保護者から強い批判が起こりました。批判の要点は、計算の習熟が軽視され、標準的なアルゴリズムが教えられていないという点にありました。
この対立は、前の記事で扱った「指導の最小化」論争と同じ構造を持っています。学習者が自ら方法を見いだすことを重視する設計と、効率的な手続きを明示的に教える設計の対立です。
2008年に公表された全米数学諮問委員会の報告は、この論争に一定の整理を与えました。要点として挙げられたのは次のような内容です。概念理解、手続きの流暢性、問題解決能力はいずれも必要であり、相互に強化し合う。どれか一つを選ぶ設計は支持されない。分数の理解を含む準備が代数の学習の前提になる。
この整理は、研究の側の合意とおおむね一致します。論争が長引いた原因は、証拠の不足というより、対立の立て方にあったと見ることができます。
10. 日本の数学教育との対比
米国の研究者が参照してきた対象のひとつが、日本の授業です。国際比較の授業ビデオ研究では、日本の授業に共通する構造が観察されています。
報告されている特徴は、一つの問題に長く取り組み、複数の解法を比較し、最後に整理するという構成です。教員が最初に手順を示し、類題を多数解かせる構成とは異なります。
この観察は、前の記事で扱った生産的失敗の枠組みと接続します。探索を先に置き、そのあとに明示的な整理を置く構成は、研究が支持する順序と一致します。
ただし、注意が要ります。授業の形式が同じでも、実際に機能しているかは別です。複数の解法を発表させても、比較と整理が行われなければ、単に時間を使っただけになります。形式の移植が失敗する理由は、この点にあると指摘されています。
また、日本の数学教育には別の課題も指摘されています。国際調査では、成績が高い一方で数学を好きだと答える割合や、自信を示す割合が低い傾向が繰り返し報告されています。この乖離が何によるものかは、単純には説明できません。
11. 設計に落とす
ここまでの知見を、学習の設計に反映すると次のようになります。
概念と手続きを往復させる。どちらかを完成させてから次に進むのではなく、交互に扱う。手続きを練習したあとに「なぜこの操作が成り立つか」を問い、概念を扱ったあとに手続きで確かめる。
分数と除法に時間を割く。後続の学習への影響が大きい領域です。計算ができることと、数の大小や意味が分かっていることを分けて確認します。
基本計算は自動化まで、ただし混ぜて。単元ごとにまとめた練習では判断の練習が抜けます。既習の複数単元から混ぜた演習を、間隔を空けて配置します。
例題から自力解決へ段階的に。完成問題を挟む。習熟した学習者に例題を読ませ続けない。
負荷を管理する。不安は作業記憶を占有します。時間制限、人前での指名、競争の要素は、負荷の高い課題では成績を下げる方向に働きます。
誤りを素材にする。誤答例の検討は概念理解に効きます。ただし検討できる知識が前提です。
これらはいずれも、教材や制度を変えずに実行できます。この分野の知見が示しているのは、概念か手続きかという二択そのものが、実務上は誤った問いだということです。
文章題は型で整理する。キーワードに頼らせない。型の違う問題を並べ、どの型かを言わせてから解かせる。
誤概念を前提に設計する。「掛けると増える」「分数は二つの整数」といった理解は、正しい説明を一度与えても残ります。発動する場面を意図的に提示し、対比させる。
最後に、この分野の研究を読むときの注意を一つ。数学教育の介入研究は、効果量の報告にばらつきが大きく、対照条件の設定によって結論が変わりやすい分野です。「通常授業」と比較した研究は、通常授業の中身が記述されていないことが多く、何と比べて効いたのかが不明確になります。個別の研究の効果量を額面どおりに受け取るより、複数の研究で方向が一致している部分だけを実務に反映するのが妥当です。本稿で扱った範囲では、概念と手続きの相互依存、分数の重要性、不安の作業記憶への影響、例題から自力解決への段階的移行が、その条件を満たしています。
まとめ
- 概念的知識と手続き的知識は順序関係ではなく反復的な関係。交互に扱う設計が有効。
- シーグラーら(2012)では、分数と除法の知識が後年の数学の成績を強く予測した。家庭背景等を統制しても残る。
- 分数の困難は計算手続きではなく数の概念の再編の問題。自然数の直観を無自覚に適用すると誤る。
- 数学不安は作業記憶を占有して成績を下げる。負荷の高い課題ほど影響が大きい。
- 不安を伴った関与は伝播しうる。関与を減らすのではなく、形式を整える方向で検討されている。
- 計算の自動化は理解の対極ではなく理解を可能にする条件。ただし混ぜて練習し、判断を含める。
- 例題と自力解決の配分は習熟度で変わる。完成問題が移行を滑らかにする。
- 誤答を含む例題は概念理解に効くが、検討できる知識が前提。
主な参照研究
- Rittle-Johnson, B. ら 概念的知識と手続き的知識の反復的な発達に関する一連の研究。
- Siegler, R. S. ら(2012)小学校段階の分数・除法の知識と、高校段階の数学成績の関係。米英の長期データを使用。
- Ashcraft, M. H. / Beilock, S. L. ら 数学不安と作業記憶に関する研究。
- Maloney, E. A. ら 保護者の数学不安と子どもの成績・不安の関係。
- Sweller, J. / Kalyuga, S. ら 数学における例題効果と熟達化逆転効果。
- Durkin, K. & Rittle-Johnson, B. 誤答例を用いた指導の効果。
※ 効果は学習段階と課題の性質に依存します。数値は各研究の報告値です。
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