法学部は「暗記の学部」ではない
法学部について、「六法を暗記する」「条文を覚える」というイメージを持つ高校生が多くいます。実際に学ぶ内容は、これとかなり違います。
法学で訓練するのは、条文という一般的な規則を、具体的な事例にあてはめて結論を出すという作業です。使うのは記憶力より、論理を組み立てる力です。
この記事では、法学部で何を学ぶのか、そして高校生のうちに触れておくとよいことを書きます。
1. 法学の中心作業——あてはめ
法律の条文は、抽象的に書かれています。「他人の物を盗んだ者は」と書いてあっても、「他人の物」とは何か、「盗んだ」とはどこまでかは、条文だけでは決まりません。
そこで必要になるのが次の3段です。
- 条文を確認する——どの条文が問題になるか。
- 要件を解釈する——条文中の言葉が何を意味するかを確定する。
- 事実をあてはめる——目の前の事実が、その要件を満たすか。
この3段は演繹そのものです。一般的な規則から個別の結論を導く。法学が論理の学問と言われるのは、この構造によります。
そして、2番目の解釈で見解が分かれます。ここが法学の面白い部分であり、同時に暗記では処理できない部分です。
2. 主な分野と、その性格
| 分野 | 扱うもの | 性格 |
|---|---|---|
| 憲法 | 国家と個人の関係。人権と統治機構 | 価値判断が正面から問われる。小論文と相性がよい。 |
| 民法 | 私人間の権利義務。契約・所有・家族 | 事例のパズル的な要素が強い。範囲が広い。 |
| 刑法 | 犯罪と刑罰 | 要件のあてはめが精密。論理の訓練になる。 |
| 刑事訴訟法 | 捜査と裁判の手続 | 手続の適正さと真実発見の緊張関係。 |
| 商法・会社法 | 企業の組織と取引 | 実務との距離が近い。 |
| 行政法 | 行政活動の統制 | 公務員志望に直結。 |
高校生が最初に触れて面白く感じやすいのは憲法と民法の事例です。憲法は価値判断が正面に出るため、小論文的な思考と接続します。民法は具体的な紛争を扱うため、パズルとして楽しめます。
3. 憲法から入る
憲法は、高校の公民でも扱われますが、法学部で学ぶ憲法はかなり違います。
たとえば表現の自由を考えるとき、「表現の自由は大切だ」で終わりません。
- なぜ表現の自由は特に手厚く保護されるのか(自己実現と自己統治)
- どういう場合なら制約が許されるのか
- 制約の合憲性を、どういう基準で判断するのか
- その基準は、どういう理由で使い分けられるのか
つまり、「大切だ」の先にある判断の枠組みを学びます。これは小論文で「表現の自由」を論じるときにもそのまま使えます。
判例を読む
憲法の学習では判例を読みます。最高裁の判決文は公開されており、高校生でも読めます。
読むときの手順は次のとおりです。
- 何が争われたか——事実関係を押さえる。
- 争点は何か——どの条文の、どの解釈が問題か。
- 結論はどちらか
- 理由は何か——ここが本体。
- 反対意見はあるか——あれば、その理由も読む。
5番目が有益です。反対意見は、多数意見の弱点を突いています。これは小論文の「反論」を学ぶ最良の教材でもあります。
4. 民法の面白さ
民法は範囲が広く、最初は取っつきにくく見えます。しかし、具体的な事例から入ると面白い分野です。
たとえば、こういう問題が扱われます。
- AがBに土地を売った。しかしAはその土地をCにも売っていた。土地は誰のものになるか。
- 本当は売買していないのに、書類上だけ名義を移した。それを信じて買った第三者は保護されるか。
- 未成年者が結んだ契約は、後から取り消せるか。
いずれも、誰を保護すべきかという価値判断と、取引の安全という要請のバランスで答えが決まります。単純な正解がないため、考える訓練になります。
5. 刑法の論理
刑法は、要件のあてはめが最も精密な分野です。
たとえば「因果関係」という論点があります。行為と結果の間に因果関係がなければ、その結果について責任を問えません。では、どこまでが因果関係の範囲か。
この判断には枠組みがあり、それを事例にあてはめて結論を出します。結論より、そこに至る筋道が評価されるのが法学の答案です。これは小論文の採点と同じ構造です。
6. 高校生のうちにできること
- 入門書を1冊読む——分野ごとに高校生向けの入門書があります。
- 判例を1つ読む——有名な憲法判例から。全文が公開されています。
- ニュースを法的に見る——「これは何の権利と何の権利の衝突か」と考える。
- 条文を引いてみる——法令のデータベースで、実際の条文を見る。
- 用語の読み方を知る——「善意」「悪意」など、日常と意味が違う語があります。
5番目は最初の壁です。法律用語の「善意」は「知らないこと」、「悪意」は「知っていること」を意味します。道徳的な良し悪しの話ではありません。この種の用語を10個ほど知るだけで、法律の文章がかなり読めるようになります。
7. 総合型選抜で法学部を狙う場合
法学部の総合型選抜・自己推薦では、小論文や口頭試問で法的な思考が問われることがあります。
準備としては次が有効です。
- 関心のある論点を1つ深める——広く浅くより、1つを深く。
- その論点の両方の立場を調べる——賛否がある論点を選ぶ。
- 関連する判例を読む——多数意見と反対意見の両方。
- 自分の立場と、その弱点を言えるようにする——面接で問われます。
ここでも、志望理由書の原則が同じように効きます。関心の由来(原体験)があり、そこから問いが立ち、先行する議論を踏まえている——この構造です。
8. 資格を目指す場合
法曹(裁判官・検察官・弁護士)を目指す場合、法科大学院を経て司法試験を受ける経路と、予備試験を経る経路があります。
高校生の段階で確認しておくとよいのは次の点です。
- 年数がかかる——学部4年に加え、大学院や試験準備の期間が必要です。
- 費用がかかる——予備校を使う場合、その費用も見込む必要があります。
- 学部を問わない場合もある——法学部以外からの進学経路もあります。
- 途中で進路を変える人も多い——法学部卒業後、一般企業に進む人のほうが多数です。
4番目は重要です。法学部=法曹という前提は実態と合いません。公務員、企業の法務、金融、その他一般職——進路は幅広くあります。
当塾の立場
当塾では、法学部志望の生徒に対して、早い段階で判例を1つ読ませるようにしています。理由は、法学が自分に合うかを判断する材料としては、これがもっとも直接的だからです。
判決文を読んで面白いと感じるなら、その先が続きます。読むのが苦痛なら、その作業を4年間続けるのは難しいかもしれません。学部選びで書いたとおり、大切なのは「好きか」より「その作業ができるか」です。
また、法曹を目指す場合の年数と費用については、最初にお伝えするようにしています。途中で方向を変えるのは自然なことですが、前提を知らずに始めるのは避けたいと考えているためです。
まとめ
- 法学は暗記ではなく条文の解釈と事例へのあてはめ。
- 構造は条文→要件の解釈→事実のあてはめという演繹。
- 入りやすいのは憲法(価値判断)と民法の事例(パズル)。
- 判例は反対意見まで読むと、小論文の反論の教材になる。
- 「善意/悪意」など日常と意味が違う用語を10個知ると読める。
- 総合型では1論点を深く・両方の立場。
- 法学部=法曹ではない。進路は幅広い。
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