「非認知能力」という言葉が背負いすぎているもの
やり抜く力、自制心、我慢強さ。学力テストでは測れないが人生の成否を左右するとされる力に、近年「非認知能力」という名前が与えられました。幼児期に育てれば一生の財産になる、という語られ方も珍しくありません。
この言葉の背後には確かに研究があります。4歳児がマシュマロを我慢できた時間が10年後の成績と相関した報告、幼少期の自制心が32歳時点の健康・資産・犯罪歴を予測した追跡調査、就学前教育の長期効果がIQではなく行動面の変化を経由していたという分析です。
ただし、それらがその後どう検証されたかはほとんど伝わっていません。結論を先に述べると、幼少期の自制心と後年の結果との関連は繰り返し確認されているが、その大きさは当初の報告より小さく、「やり抜く力」に独自の予測力があるという主張は支持されず、測定の方法によって結果が反転することさえある、というのが現在の到達点です。
1. 経済学者が名づけた「テストで測れない何か」
「非認知能力」は心理学の用語ではなく、経済学者が使い始めた言葉です。Heckman & Rubinstein (2001) は、米国の高卒認定試験(GED)の取得者が、認知テストの得点は高卒者と同等でも労働市場での成果は劣るという構図を示しました。学力テストが捉えていない「何か」に、認知能力に対する残余という意味で「非認知」の名が付きました。
Heckman, Stixrud & Urzua (2006) は、認知的スキルと非認知的スキルという少数の潜在要因が、賃金や就学年数から10代の妊娠や喫煙まで幅広く説明し、多くの成果について両者は同程度に重要だと報告しました。注意が要るのは、この定義が「残余」であることです。中身が自制心なのか勤勉さなのか社会的信頼なのか、当初の枠組みは特定していません。Duckworth & Yeager (2015) は、呼び名をめぐる議論が、何を測るべきかの実質的な合意を覆い隠していると指摘しました。「非認知能力」は一つの能力の名前ではなく、雑多な特性の入れ物です。
2. マシュマロ実験が示したこと
非認知能力の象徴として最も知られているのが、Mischel らの「マシュマロ実験」です。スタンフォード大学の付属保育園で4歳前後の子どもに、今すぐ1個もらうか待って2個もらうかを選ばせ、待てた時間を測りました。
Mischel, Shoda & Rodriguez (1989) は追跡結果をまとめ、就学前に長く待てた子どもは青年期に認知的にも社会的にも有能で、学業成績が高く、欲求不満やストレスへの対処も優れていたと報告しました。Shoda, Mischel & Peake (1990) は、お菓子が見えていて気をそらす方法を教えられていない条件の待ち時間が最も診断的だとしています。
この結果が広まる過程で、待ち時間を「生まれつきの自制心」とみなす読み方と、待てる子に育てれば人生がうまくいくという因果の読み替えが起きました。しかし追跡された人数は少なく、参加者は大学教員の子どもに偏っていました。相関の大きさ、対象の偏り、因果の向きのいずれも、後に問い直されます。
3. 再検証——半分になり、さらに3分の2が消えた
Watts, Duncan & Quan (2018) は、米国の大規模な発達コホートのうち母親が大卒でない家庭の子どもに絞り、4歳時点の待ち時間と15歳時点の学力・行動との関連を調べる概念的追試を行いました。
待ち時間が1分長いことは、15歳時点の学力の約0.1標準偏差の差と対応していました。しかしこの相関は原著の半分の大きさで、家庭背景、幼少期の認知能力、家庭環境を統制すると3分の2減りました。行動面の指標との関連はさらに小さく、有意になることは稀でした。加えて、学力の差の大部分は「20秒以上待てたか」で説明されました。
「マシュマロ実験は崩れた」と報じられましたが、そう単純ではありません。Falk, Kosse & Pinger (2019) は、追試の課題は最長の待ち時間が短く打ち切られており相関が小さく出る方向に偏っていること、統制変数に自制心の結果である可能性のあるものが含まれ、統制後の減少を「効果の消失」と読むのは難しいことを指摘しました。
Michaelson & Munakata (2020) は事前登録した計画で同じコホートを再分析し、原著の手法に沿えば検討した5つの結果のうち3つで有意な関連があり、問題行動との関連は複数のモデルで残ることを示しました。ただし解釈は原著と異なります。待ち時間が後年を予測するのは、子どもの自制心を測っているからではなく、周囲からの支援といった早期の環境を反映しているからだ、というのが彼らの結論です。
Kidd, Palmeri & Aslin (2013) の実験がこれを支えます。事前に「約束が守られる環境」か「破られる環境」を経験させてからマシュマロ課題を行うと、守られる環境を経験した子どもが有意に長く待ちました。待てない子どもは我慢が足りないのではなく、待っても報われない世界を学習しているのかもしれません。
4. 自制心の長期追跡——ダニーデン研究
マシュマロ実験より大きく、対象の偏りも小さい追跡研究として、ニュージーランドのダニーデン研究があります。Moffitt et al. (2011) は約1,000人を出生から32歳まで追い、幼少期に親・教師・観察者・本人の複数の情報源から評価した自制心が、成人期の身体的健康、物質依存、個人の財政状態、犯罪歴を予測することを示しました。
関連は「勾配」を成し、子どもの知能と家庭の社会階層を統制しても残りました。別コホートの約500組のきょうだいを比べると、同じ家庭で育っても自制心の低いほうが悪い結果になっていました。ただし観察研究であり、きょうだい間で異なる要因は残ります。著者らも、自制心への介入が社会的コストを減らす「かもしれない」と書くにとどめ、因果を断定してはいません。
5. 「やり抜く力」のメタ分析
2010年代に最も注目を集めた非認知能力が「グリット」です。Duckworth, Peterson, Matthews & Kelly (2007) はこれを「長期目標に対する粘り強さと情熱」と定義し、学歴、大学の成績、士官学校の訓練継続などを用いて、グリットが成功の分散の平均4%を説明し、誠実性と強く相関するがそれを超える予測力を持つと報告しました。
10年後、Credé, Tynan & Harms (2017) が88の独立サンプル、66,807人分の584の効果量を統合しました。結論は四つです。「粘り強さ」と「興味の一貫性」を束ねて一つの上位概念とする構造はデータから支持されない。グリットと成績・継続との相関は中程度にとどまる。グリットは誠実性と非常に強く相関し、別の概念とみなす根拠が乏しい。予測力を持つのは「粘り強さ」のほうで、誠実性を統制しても学業成績を説明するのはこちらだけである。著者らは、グリットを高める介入は成果にわずかな効果しか持たないだろうと述べています。
Credé (2018) はさらに、教育場面でグリットが特に優れた予測因子だという証拠も、介入に反応するという証拠もないと総括しました。グリットと自制心の違いも問われました。提唱者らは、自制心は目の前の誘惑に、グリットは年単位の上位目標に働くと時間軸で区別しましたが、Vazsonyi et al. (2019) が成人1,907人で構造方程式モデルを用いて検証したところ、両者は実質的に重なっており、グリットを独自の特性とは言いがたいという結果でした。
粘り強く努力する傾向が成績と関連することは確かだが、それは誠実性や自制心の言い換えである可能性が高く、「グリット」という新しい名前が加えた予測力はほとんどない、というのが現時点の評価です。
6. ペリー就学前計画が示す経路
因果を扱える実験的証拠として、Heckman らが分析したペリー就学前計画があります。計画の概要は早期教育の回で扱ったので、ここでは「非認知」に関わる部分に絞ります。
Heckman et al. (2010) は、無作為割付の不備を補正したうえで計画の社会的な内部収益率を年7〜10%と推計しました。非認知の議論で重要なのは Heckman, Pinto & Savelyev (2013) です。参加者はIQの上昇が数年で消えたにもかかわらず、成人期の成果は改善していました。この論文は、実験によって生じた性格特性の変化が成人期の効果のかなりの部分を説明することを示しています。ただし、ここで言う性格特性は統計モデル上の潜在変数であり、「何をどう育てれば再現できるか」はこの研究だけでは分かりません。
7. 測定の問題——質問紙は何を測っているか
最も見過ごされやすいのが測定の問題です。ほとんどの研究は、本人が答える自己報告の質問紙を使っています。West et al. (2016) は、米国ボストンの中学2年生1,368人の誠実性・自制心・グリットなどを自己報告で測りました。個人レベルでは出席、行動、学力の伸びと正の相関を示したのに、学校レベルでは、誠実性・自制心・グリットは学力の伸びと無関係でした。さらに、入学抽選を利用して因果効果を推定すると、チャータースクールへの通学は学力と出席を改善する一方、非認知的スキルの自己報告を悪化させていました。
著者らはこれを「参照バイアス」で説明します。「自分は自制心がある」と答えるとき、人は周囲の基準と比べて答える。要求水準の高い学校にいる生徒は比較の基準が上がるため、自分を厳しめに評価する。得点が下がったのは自制心が下がったからではなく、物差しが変わったからだ、という解釈です。Duckworth & Yeager (2015) も、現在利用できるどの測定法も学校間の説明責任の判断には適さないと結論しています。
もう一つの問題は、「自制心」という同じ名前の測定法どうしがあまり一致しないことです。Duckworth & Kern (2011) が282サンプル、33,564人分のデータで実行機能課題、満足遅延課題、質問紙の間の相関をメタ分析すると、収束は中程度(r = 0.27、95%信頼区間 0.24〜0.30)にとどまりました。名前は同じでも別のものを測っている可能性があります。
8. 介入は効くのか
非認知能力に注目が集まった最大の理由は、知能より変えやすいという期待でした。Smithers et al. (2018) は幼少期の非認知的スキルと後年の成果を扱った研究を系統的に検討し、9,553件から質の高い222件を解釈の対象としました。学力についてメタ分析できた実験・準実験研究14件の効果は0.16〜0.37標準偏差でしたが、読み書きの95%予測区間は-0.13〜0.79と負の効果も含み、漏斗プロットの非対称から小規模研究の効果が大きく出る偏りが疑われました。結論は、「関連の証拠はいくらかあるが、出版バイアスにより真の効果は過大評価されている可能性がある」というものです。
一方で、Alan, Boneva & Ertac (2019) は、イスタンブールの小学校で、失敗を能力の不足ではなく努力の過程として捉え直す内容を通常の授業に組み込む無作為化介入を実施しました。介入を受けた児童は、報酬が多く難しい課題を選ぶ傾向が強まり、失敗の後に諦めにくくなり、主要教科で最高評価を得る確率も約3ポイント高くなりました。行動の傾向は教室で変えられるという実験的な証拠です。ただし効果は成績で言えば数ポイントの範囲で、「非認知能力を鍛えれば学力が跳ね上がる」という期待とは桁が違います。
9. 実務上の読み方
「我慢できない子」という診断を急がない。待てないことは、待っても報われなかった経験の合理的な帰結かもしれません。約束が実行される環境を先に整えるほうが、我慢の訓練より筋が通っています。
質問紙の得点をそのまま信じない。参照バイアスがある以上、周囲の要求水準が高い集団ほど自己評価は下がります。
変えやすいのは特性より行動の枠組みである。介入で効果が示されたのは、失敗の解釈や課題の選び方といった具体的な行動の傾向です。性格を変えようとするより、難しい課題を選んだときに何が起きるかを繰り返し経験させるほうが証拠に沿っています。
10. 証拠の限界
第一に、長期追跡研究は観察研究であり、「自制心を上げれば結果が良くなる」という命題は導けません。第二に、実験的証拠は少なく、ペリー就学前計画の参加者は低所得層の少数の子どもで、Alan らの実験はトルコの小学校のものです。
第三に、批判の側にも限界があります。Watts らの追試には打ち切りの問題が指摘され、同じデータの再分析は異なる結論に達しました。「崩れた」と言い切ることも証拠に対して過剰です。
まとめ
「非認知能力」は、経済学者が「認知テストで説明できない残余」に付けた名前であり、雑多な特性の入れ物です。幼少期の自制心が後年の成果と関連することは追試でもダニーデン研究でも確認されていますが、相関は原著の半分になり、家庭背景を統制するとさらに3分の2が消えました。「やり抜く力」は誠実性や自制心の言い換えであり、新しい名前が加えた予測力はほとんどない、というのがメタ分析の結論です。
そして測定の問題がすべての上に覆いかぶさっています。自己報告の非認知尺度は周囲の基準に応じて動く物差しであり、集団間の比較には使えない。最初に問うべきなのは「それは大事か」ではなく、「それをどう測ったのか」です。
主な参照研究
- Heckman, J. J., & Rubinstein, Y. (2001). The importance of noncognitive skills: Lessons from the GED testing program.
- Heckman, J. J., Stixrud, J., & Urzua, S. (2006). The effects of cognitive and noncognitive abilities on labor market outcomes and social behavior.
- Duckworth, A. L., & Yeager, D. S. (2015). Measurement matters: Assessing personal qualities other than cognitive ability for educational purposes.
- Mischel, W., Shoda, Y., & Rodriguez, M. L. (1989). Delay of gratification in children.
- Shoda, Y., Mischel, W., & Peake, P. K. (1990). Predicting adolescent cognitive and self-regulatory competencies from preschool delay of gratification.
- Watts, T. W., Duncan, G. J., & Quan, H. (2018). Revisiting the marshmallow test: A conceptual replication investigating links between early delay of gratification and later outcomes.
- Falk, A., Kosse, F., & Pinger, P. (2019). Revisiting the marshmallow test: On the interpretation of replication results.
- Michaelson, L. E., & Munakata, Y. (2020). Same data set, different conclusions: Preschool delay of gratification predicts later behavioral outcomes in a preregistered study.
- Kidd, C., Palmeri, H., & Aslin, R. N. (2013). Rational snacking: Young children’s decision-making on the marshmallow task is moderated by beliefs about environmental reliability.
- Moffitt, T. E., Arseneault, L., Belsky, D., et al. (2011). A gradient of childhood self-control predicts health, wealth, and public safety.
- Duckworth, A. L., Peterson, C., Matthews, M. D., & Kelly, D. R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals.
- Credé, M., Tynan, M. C., & Harms, P. D. (2017). Much ado about grit: A meta-analytic synthesis of the grit literature.
- Credé, M. (2018). What shall we do about grit? A critical review of what we know and what we don’t know.
- Vazsonyi, A. T., Ksinan, A. J., Jiskrova, G. K., et al. (2019). To grit or not to grit, that is the question!
- Heckman, J. J., Moon, S. H., Pinto, R., et al. (2010). The rate of return to the HighScope Perry Preschool Program.
- Heckman, J. J., Pinto, R., & Savelyev, P. A. (2013). Understanding the mechanisms through which an influential early childhood program boosted adult outcomes.
- West, M. R., Kraft, M. A., Finn, A. S., et al. (2016). Promise and paradox: Measuring students’ non-cognitive skills and the impact of schooling.
- Duckworth, A. L., & Kern, M. L. (2011). A meta-analysis of the convergent validity of self-control measures.
- Smithers, L. G., Sawyer, A. C. P., Chittleborough, C. R., et al. (2018). A systematic review and meta-analysis of effects of early life non-cognitive skills on academic, psychosocial, cognitive and health outcomes.
- Alan, S., Boneva, T., & Ertac, S. (2019). Ever failed, try again, succeed better: Results from a randomized educational intervention on grit.
この連載の他の記事
教育学・認知心理学・社会心理学・行動経済学・教育経済学の研究をもとにした連載です。
- 反転授業は何を変えるのか——「動画を家で見る」が本体ではない
- 「わかった気がする」と実際の学習量はなぜずれるのか
- 検索練習——思い出す作業が記憶を作る
- 分散学習と交互学習——同じ時間の配り方で結果が変わる
- 認知負荷理論と「指導の最小化」論争
- 学習スタイル説はなぜ検証に耐えないのか
- マインドセット研究の現在——再現性の検証を経て何が残ったか
- 社会心理学的介入——短時間の介入が長期に効く条件
- 教育経済学——同じ費用で何が一番効くのか
- 行動経済学と教育——ナッジは何を変え、何を変えないか
- フィードバックはなぜ逆効果になりうるのか
- 読解は技能か知識か——背景知識が理解を決める
- リーディング・ウォーズ——初期の読み指導をめぐる論争
- 数学の概念理解と手続き習熟——どちらが先かという問いの誤り
- 作業記憶は訓練で増やせるか——「脳トレ」研究が示した転移の限界
- 能力別編成は誰の利益になるか——ピア効果と習熟度別指導の実証
- 睡眠は学習の一部である——記憶の定着、思春期の体内時計、始業時刻の実証
- 報酬は意欲を壊すのか——過剰正当化効果から大規模実験まで
- 「1万時間の法則」は何を言っていないか——意図的練習研究の実際
- 学歴は何の対価か——人的資本とシグナリングをめぐる実証
- 学んだことはなぜ別の場所で使えないのか——学習の転移をめぐる100年
- 「分かったつもり」はなぜ生じるか——メタ認知的モニタリングの研究
- 試験で実力が出ないという現象——テスト不安とステレオタイプ脅威
- 就学前教育の効果はなぜ「消えて、残る」のか
- 宿題は効くのか——学年・内容・家庭環境で符号が変わる
- ノートは何をしているのか——手書き優位説の再検証
- 教育に技術を入れると何が起きるか——60年分の評価
- 外国語は早いほどよいのか——臨界期をめぐる実証
- グループにすれば学ぶ、わけではない——協同学習の条件
- 教育研究をどう読むか——因果推論と効果量の作法
- 教師の「質」は測れるか——付加価値モデルの実証と限界
- 少人数学級は効くのか——テネシーSTAR実験から40年
- 1対1で教えると何が起きるか——チュータリング研究の効果量と、効かない条件
- 夏休みに学力は下がるのか——測定が結論を左右した研究史
- 試験で学校を評価すると何が起きるか——説明責任政策の実証とキャンベルの法則
- 保護者の関与はどこまで効くか——宿題の手伝いより、一行の連絡が効く理由
- スマートフォンと注意——学校の持込禁止、「そこにあるだけ」の害、マルチタスクの実証
- 数学不安は成績を下げるのか——相関の大きさ、因果の向き、介入の再現性
- 教師の期待は生徒を変えるか——ピグマリオン効果の60年が残した結論
