夏休みに学力は下がるのか
夏休みが明けると、生徒の計算が遅くなっている。漢字を忘れている。春には解けていた問題で手が止まる。米国ではこの現象に「サマー・ラーニング・ロス(summer learning loss)」という名前がつき、1970年代から半世紀にわたって研究されてきました。
「夏に学力が落ちる。とくに低所得層の子どもで大きく落ち、それが格差の主因になる」という結論は、1990年代から2000年代にかけて定説になりました。ところが2010年代後半、同じデータを別の尺度で測り直した研究者たちが、定説の根拠の一部が測定の人工物だったと指摘します。
先に要点を述べると、「夏に学びが止まる、あるいは少し戻る」ことは概ね支持されるが、「夏が格差を生む主因である」という強い主張は、テストの尺度と分析の方法に強く依存しており、再現性が確かめられていない、というのが現時点の見取り図です。
1. 「ひと月分」——Cooperのメタ分析
最初の到達点は、Cooperら (1996) のメタ分析です。夏休み前後のテスト得点を比べた39本の研究を集め、そのうち比較的新しい13本を統計的に統合しました。
結果は、夏休みの間に得点は平均で「学年相当尺度で約1か月分」、標準偏差にして約0.1だけ下がるというものでした。効果量としては小さい部類ですが、方向は一貫していました。
低下は読解より算数で大きく、なかでも計算とつづりで顕著でした。算数は家庭で自然に練習する機会が少なく、手続き的な知識は概念的な知識より忘れやすい、というのが著者らの説明です。学年が上がるほど夏の低下は大きくなる一方、性別や人種による差は見つかりませんでした。
そしてもう一つ、後の議論の中心になる所見があります。読みの認識テストで、中流層の子どもは夏の間にむしろ伸び、低所得層の子どもは下がっていたのです。夏休みの影響は家庭環境によって違う、という見方はここから広がります。
2. 蛇口理論——ボルティモアの追跡調査
夏を「学校の外」を観察する窓と見なす発想は、Heyns (1978) のアトランタの調査までさかのぼります。学年中の伸びと夏の伸びを分けて測れば、学校の効果と家庭の効果を切り分けられる。季節比較研究と呼ばれる設計です。これを最も長く続けたのが、EntwisleとAlexander (1992) に始まるボルティモアの「学校開始研究(Beginning School Study)」で、小学1年生の入学時点から子どもたちを追い、春と秋に標準学力テストを実施しています。
Alexander, Entwisle, Olson (2001) の分析では、学年中の伸びは家庭の社会経済的地位(SES)によらずほぼ同じである一方、夏の伸びには大きな差があった。上位SESの子どもは夏の間も(学年中よりは遅いが)伸び続け、下位SESの子どもの伸びは平均すると横ばいでした。
ここから「蛇口理論(faucet theory)」という比喩が生まれます。学校が開いている間はすべての子どもに学習資源の蛇口が開き、夏には閉まって家庭の資源だけが残る、という説明です。
同じデータを高校まで延ばしたAlexanderら (2007) は、9年生時点の高SES群と低SES群の得点差は、主に小学校時代の夏の学習差に由来すると結論しました。格差は学校の外で生まれる——この主張は教育政策に大きな影響を与えました。
3. 「学校は平等化装置か」——全国データでの再検証
ボルティモアの調査は一つの都市の一つのコホートにすぎません。全米規模の追跡調査 ECLS-K(1998-99年に幼稚園に入ったコホート)を使ったのが、Downey, von Hippel, Broh (2004) です。
この研究は、SESや人種では説明できない「学習速度のばらつき」そのものが、学年中より夏の間にはるかに大きいことを示しました。学習速度の不平等のうちSESと人種で説明できるのは1割未満です。ほぼすべての格差が学年中より夏に速く広がり、例外は黒人・白人間の差だけでした。題名の問いへの答えは、この時点では「そうだ」でした。筆頭著者と第2著者は、のちに自らの結果を修正する側に回ります。
4. 尺度が結論を作っていた——von Hippelらの指摘
転機は、テストの「尺度」への疑いから来ました。von HippelとHamrock (2019) は、先行研究の食い違いが少なくとも2種類の測定の人工物で説明できると論じました。
第一は尺度の広がりです。年齢が上がるにつれて得点の散らばりが自動的に広がる尺度を使うと、格差は「成長した」ように見えます。学年相当得点がその典型です。項目反応理論(IRT)に基づく間隔尺度に近い得点で測り直すと、格差の成長はずっと小さく見えました。
第二は春と秋で異なるテストを使うことです。別の版を同じ物差しに乗せる「垂直等化」のわずかなずれが、学年中の変化よりずっと小さい夏の推定値を丸ごと動かしてしまいます。
von Hippel, Workman, Downey (2018) は、2004年の「偉大な平等化装置」論文を、同じECLS-Kのより適切な得点と新しいコホートで追試しました。結果は、幼稚園入学時点で得点のばらつきはすでに大きく、その後2〜3年は広がるどころか縮むというものでした。幼稚園以降の格差の変化は小さく、学年・教科・コホートをまたいで一貫して再現されませんでした。著者らはこれを「部分的修正」と呼んでいます。得点全体のばらつきは多くの夏に広がり多くの学年中に縮む、SESによる差は学年中に縮み夏に広がる、黒人・白人間の差は逆に動く——方向は残ったが、大きさは当初の推定よりずっと小さかった、というのが修正の中身です。
von HippelとHamrock (2019) は、ボルティモアの学校開始研究と ECLS-K、そして NWEA の新しいデータを並べ、この二つの人工物が過去の研究の格差成長を誇張してきた可能性を示しました。人工物を取り除いたあとに最も再現性が高い所見は「格差は就学前にすでに大きく、その後はあまり成長しない」であり、学年中と夏のどちらで速く広がるかは、はっきり言えない。これが彼らの結論です。
5. 340万人のデータで見直す——NWEAの分析群
測定の問題が指摘された後、研究の重心は、春と秋に同じ尺度で測り続ける大規模データへ移りました。米国のNWEAが提供する適応型テスト MAP Growth は、多数の学校で秋・冬・春に実施され、垂直等化された単一の尺度を持っています。
Kuhfeld (2019) は、このテストを受けた340万人の生徒のデータから、夏の低下は「よくあるが、避けられないものではない」と報告しました。夏に大きく下がるのは、前の学年で大きく伸びた生徒でした。
AtteberryとMcEachin (2020) は、同じNWEAデータで「誰が」下がるかを見直しました。従来の研究はほぼ人種とSESに注目してきましたが、夏の変化のばらつきのうち、人種とSESで説明できるのは約4%にすぎません。学年中の伸びの速度を夏も維持する生徒がいる一方、学年中の伸びをほぼ全部失う生徒もいる。そして英語の読み書きでは5年連続で毎年夏に下がる生徒が52%に上りました。夏の変化は、個人の中で繰り返される傾向があるのです。Johnson, Kuhfeld, Soland (2021) は同種のデータで、農村部の生徒が中学までに逆転される差も主に夏の低下の違いで生じていると示しています。
このデータにも人工物の疑いは向けられました。秋のテストは学年の初めに受けるので、生徒が本気で解いていないだけではないか、という批判です。Kuhfeld, Soland, Register, McEachin (2023) はこれを直接検証し、春と秋の受験態度の差が夏のパターンの主要な原因であるという証拠は見つからなかったと報告しています。ただし、だから実際に下がっていると断定できるわけでもない、と留保をつけています。
6. 再現しないという所見
では、新しいデータでは結論が安定したのでしょうか。Workman, von Hippel, Merry (2023) は、2010年代の米国の小学生を追った3つの独立したデータ源——ECLS-K:2011、NWEA、Renaissance——を並べ、同じパターンが見えるかを比べました。
結果は、この分野の100年の歴史をなぞるものでした。ほとんどのパターンは、一つのテストの外では再現されませんでした。夏の低下はあるテストでは大きく、別のテストではほとんど見えない。所得・民族・性別による得点差も、得点全体のばらつきも、広がるテストと広がらないテストがある。広がるテストでも、学年中より夏に速く広がるとは限りませんでした。
Quinnら (2016) は、ECLS-K:2011で、学校が遅れている集団の学習を速める効果は一貫して維持されず、ときに逆転すること、格差を「得点差」で定義するか「相対的な順位」で定義するかで見える動きが変わることを示しました。Downey (2023) の総説も、SESによる格差は夏に広がる傾向がある一方、黒人・白人間の格差はむしろ学校がある間に速く広がることが多い、とまとめています。
7. 何が生き残ったか
研究史は「発見→定説化→測定の見直し→縮小と条件付け」という経路をたどっています。生き残った所見と、支持を失った主張を分けておきます。
生き残った所見は三つです。第一に、夏の間、読みと算数の学習は学年中より遅くなる。下がるか横ばいかはテストによりますが、学年中と同じ速度で伸び続けることはありません。第二に、夏の変化は学年中の変化より個人差がはるかに大きい。夏は「ばらつきが生まれる時期」として理解するほうがデータに合っています。第三に、SESによる差は夏に広がり学年中に縮む方向が複数のデータで観察されている。ただしその大きさは、当初の推定よりかなり小さいと見るべきです。
支持を失った主張は、「9年生時点の格差の大部分が夏に由来する」という強い形の蛇口理論です。この推定は一つのコホートと間隔尺度でないテストに依存していました。格差の主因を夏に求めるのは、現在の証拠では無理があります。
もう一つ落ちたのは、「夏の低下は低所得層に固有の問題である」という単純化です。誰が下がるかは、家庭の所得よりも、前の学年でどれだけ伸びたか、どの教科か、何のテストで測るかに左右されます。
8. 米国の夏は長い——日本への持ち込み方
以上の研究は、ほぼすべてが米国のデータです。米国の公立学校の夏休みはおおむね2か月半から3か月に及び、「夏の低下」はその長さを前提にしています。日本の夏休みは多くの地域で1か月あまりと米国の半分程度で、米国の数値をそのまま持ち込むことはできません。
短い休みについては、欧州の研究が参考になります。Broekmanら (2021) は、オランダの小学2年生932人を6週間の夏休みの前後で調べ、暗算の成績が標準偏差で0.26下がったと報告しています。興味深いのは、オンライン教材で実際に練習したことが観測されている子どもでは低下が有意に小さかった一方、「練習した」という自己申告は低下と関係しなかったことです。
ShinwellとDefeyter (2017) は、英国の低所得地域の小学生77人を7週間の夏休みの前後と、新学期の7週間後に調べました。つづりの得点は夏休みの前後で有意に下がり(平均26.57から25.38へ)、新学期の7週間後には夏前を上回りました(27.61)。単語の読みには夏の影響が見られませんでした。
これらは小規模で、一つの教科の一つの尺度に基づく研究です。ただ、Cooperら (1996) 以来の「計算とつづりは落ちやすく、読みは落ちにくい」という所見と方向が合っており、休みが短くても、手続き的な技能の低下は起こりうることを示唆しています。日本の夏休みについて同種の季節比較研究は乏しく、ここから先は推測になります。
9. 証拠の限界
この主題の証拠を読むときの留保を、順に述べます。
第一に、結論がテストの尺度に依存することが、この分野の核心的な限界です。IRT尺度でもECLS-KとNWEAで結果が食い違い、どの尺度が「正しい」かはテストが何を測るべきかという価値判断を含みます。
第二に、季節比較研究は観察研究です。夏に何が起きたかは記述できますが、夏休みを短くすれば格差が縮むか、という因果の問いには直接答えられません。
第三に、分析上の選択で結果が動きます。Helblingら (2021) は、夏の伸びを「無条件」に測るか、出発点の得点を条件づけて測るかという定式化の違いだけで、同じデータから不平等の異なる動きが読み取れることを示しています。
第四に、個人差の所見は米国の特定のテストを受けた学校の集団に基づき、NWEAのデータは全国代表標本ではありません。第五に、「夏に学びが遅くなる」ことと「夏に何かをすれば取り戻せる」ことは別の問いです。この記事は前者だけを扱いました。
まとめ
夏に学力は下がるのか。半世紀の研究を経た答えは「少し下がるか、伸びが止まる。ただしその大きさと誰に起きるかは、測り方に強く依存する」というところに落ち着いています。
Cooperら (1996) は平均で標準偏差0.1程度の低下を報告し、ボルティモアの追跡調査は夏を格差の主因とする蛇口理論を打ち立てました。しかしvon HippelとHamrock (2019) らの見直しは、その推定が尺度の広がりと春秋のテスト形式の違いという人工物に支えられていたことを示し、格差は就学前にすでに大きく、就学後の成長は小さいという所見に置き換えました。大規模なNWEAデータは個人差の大きさを示し、Workmanら (2023) はほとんどのパターンが一つのテストの外で再現されないと報告しています。
実務上の読み方としては、「夏休みに学力が大きく落ちる」という一般論を前提にするより、落ちやすいのは計算やつづりのような手続き的技能であり、誰がどれだけ落ちるかは事前には分からないと考えるほうが、証拠に忠実です。米国の長い夏休みを前提にした数値を、日本の短い夏休みにそのまま当てはめることはできません。
主な参照研究
- Cooper, H., Nye, B., Charlton, K., Lindsay, J., & Greathouse, S. (1996). The effects of summer vacation on achievement test scores: A narrative and meta-analytic review.
- Heyns, B. (1978). Summer learning and the effects of schooling.
- Entwisle, D. R., & Alexander, K. L. (1992). Summer setback: Race, poverty, school composition, and mathematics achievement in the first two years of school.
- Alexander, K. L., Entwisle, D. R., & Olson, L. S. (2001). Schools, achievement, and inequality: A seasonal perspective.
- Alexander, K. L., Entwisle, D. R., & Olson, L. S. (2007). Lasting consequences of the summer learning gap.
- Downey, D. B., von Hippel, P. T., & Broh, B. A. (2004). Are schools the great equalizer? Cognitive inequality during the summer months and the school year.
- von Hippel, P. T., Workman, J., & Downey, D. B. (2018). Inequality in reading and math skills forms mainly before kindergarten: A replication, and partial correction, of “Are schools the great equalizer?”
- von Hippel, P. T., & Hamrock, C. (2019). Do test score gaps grow before, during, or between the school years? Measurement artifacts and what we can know in spite of them.
- Quinn, D. M., Cooc, N., McIntyre, J., & Gomez, C. J. (2016). Seasonal dynamics of academic achievement inequality by socioeconomic status and race/ethnicity: Selection and measurement.
- Kuhfeld, M. (2019). Surprising new evidence on summer learning loss.
- Atteberry, A., & McEachin, A. (2020). School’s out: The role of summers in understanding achievement disparities.
- Johnson, A., Kuhfeld, M., & Soland, J. (2021). The forgotten 20%: Achievement and growth in rural schools across the nation.
- Kuhfeld, M., Soland, J., Register, B., & McEachin, A. (2023). Testing an explanation for summer learning loss: Differential examinee effort between spring and fall.
- Workman, J., von Hippel, P. T., & Merry, J. J. (2023). Findings on summer learning loss often fail to replicate, even in recent data.
- Downey, D. B. (2023). How does schooling affect inequality in cognitive skills? The view from seasonal comparison research.
- Helbling, L. A., Tomasik, M. J., & Moser, U. (2021). Ambiguity in European seasonal comparative research: How decisions on modelling shape results on inequality in learning?
- Broekman, F., Smeets, R., Bouwers, E., & Piotrowski, J. T. (2021). Exploring the summer slide in the Netherlands.
- Shinwell, J., & Defeyter, M. A. (2017). Investigation of summer learning loss in the UK: Implications for holiday club provision.
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