1対1で教えると、何がどれだけ変わるのか
教育の議論には、ほとんど反論されない前提があります。「1対1で教えれば伸びる」はその代表です。教師の目が一人に向き、つまずきがその場で見つかる。理屈として疑う余地が少ないため、この前提はしばしば検証を経ずに使われます。
この前提には有名な数字が付いています。1984年の「2シグマ問題」です。1対1の指導を受けた生徒は通常の学級より2標準偏差高い成績を取った、という報告で、教育研究で最も引用される数字の一つになりました。
その後40年で、この数字は何十もの無作為化実験によって検証されてきました。結論を先に書きます。1対1や少人数の個別指導には平均して学力を上げる効果があるが、その大きさは2シグマの7分の1程度であり、規模を広げ、測定を厳しくするほど、さらに小さくなる。効かない条件もはっきりしてきました。
1. 2シグマ問題とは何だったか
Bloom(1984)が報告したのは、シカゴ大学の2人の博士課程学生が行った実験です。約30人の通常学級、同じ学級に到達度確認と補習を組み込んだ「完全習得学習」、そして1人(または2〜3人)に1人の指導者が付く個別指導の3条件を比べ、個別指導の生徒は通常学級より2標準偏差上の成績を取りました。2標準偏差の上昇とは、平均的な生徒が上位2パーセント程度の位置まで移動することです。Bloomが「問題」と呼んだのは、これを1対1以外の安い方法でどう再現するかという課題でした。
しかしこの数字は、後の研究で再現されていません。VanLehn(2011)は人間の個別指導と計算機による指導の効果を比べた実験を集め、通説では人間の指導者の効果量が2.0とされてきたが、集計すると0.79にとどまると報告しました。しかも計算機による「知能型」指導システムの効果は0.76で、人間とほぼ並んでいました。
Bloomの実験は対象が少数で、期間は短く、測定は実験のために作られたテストでした。後述するように、この3条件はいずれも効果量を大きく見せます。2シグマは個別指導の上限ではなく、小規模で条件の良い実験が出しうる数字と考えるのが妥当です。
2. メタ分析が示す平均的な効果
現在の基準になっているのは、Nickow、Oreopoulos、Quanによる無作為化実験のメタ分析です。メタ分析とは、同じ問いを扱った複数の研究の結果を統計的に統合する手法です。2020年の作業論文では全体の統合効果量が0.37標準偏差でしたが、2023年に学術誌に掲載された版では0.288に改訂されました。標準誤差は0.029で、統計的には明確に正の値です。
他の集計もおおむね同じ範囲です。Dietrichsonら(2017)は低所得層の小中学生向けの学力介入101研究から、個別指導という要素の効果量を0.36と推定しました。
| 研究 | 対象 | 統合効果量(標準偏差) |
|---|---|---|
| Bloom(1984) | 博士論文2本の実験 | 約2.0 |
| VanLehn(2011) | 人間の個別指導 vs 指導なし | 0.79 |
| Nickowら(2020 作業論文) | 就学前〜高校の無作為化実験 | 0.37 |
| Nickowら(2023 掲載版) | 同上、改訂 | 0.288 |
| Dietrichsonら(2017) | 低所得層向け介入のうち個別指導 | 0.36 |
| Kraftら(2026)全標本 | 無作為化実験263本 | 0.40 |
| Kraftら(2026)大規模・標準化テストに限定 | 同上の部分集合 | 0.16〜0.22 |
0.3標準偏差前後をどう読むか。正規分布を仮定すると、平均的な生徒が百分位で50から62程度まで動く大きさです。教育介入としては大きい部類ですが、2シグマの7分の1です。「1対1なら劇的に伸びる」という期待の根拠は、統合された証拠の中にはありません。
3. 効果を左右する条件
Nickowら(2023)は、効果量が何によって変わるかも分析しています。効果が大きかったのは次の条件でした。
- 指導者が教師または準専門職(訓練を受けた補助員など)である。ボランティアや保護者が教える場合は小さい。
- 低学年である。就学前から小学校低学年で最も大きく、学年が上がるにつれて小さくなる。
- 週3日以上の頻度で行われる。
- 放課後ではなく、授業時間中に行われる。
- 低学年では読解、高学年では数学の効果が大きい傾向がある。
人数も検証されています。Hsiehら(2026)が追跡した先行実験では、遠隔での早期読解指導において1対1は2対1のほぼ2倍の効果がありました。Carlana と La Ferrara(2024)のイタリアの実験でも、用量が多いほど効果が強く、グループ形式では小さいという結果です。
これらは裏返せば「効きにくい条件」の一覧です。訓練を受けていない人が、放課後に、週3日未満の頻度で、複数の生徒を相手に教える形は、研究上は効果が最も小さい組み合わせです。
4. 規模を広げると効果が減る
近年最も重要な知見は、効果量が実験の規模に強く依存するという事実です。Kraft、Schueler、Falken(2026)は無作為化実験263本を集め直しました。全標本の統合効果量は0.40でしたが、「大規模に実施され、独立した標準化テストで測られた」という政策判断に近い条件の研究に絞ると、0.16から0.22まで下がりました。減少の主因は、プログラムの規模が大きくなるにつれて効果量が急減することでした。
減衰は個別指導に限りません。Cheung と Slavin(2016)は教育介入の評価645本を分析し、公刊された論文、小規模な試験、実験者が作った尺度で測った研究では、未公刊・大規模・独立の尺度を使った研究に比べて効果量がおよそ2倍になることを示しました。小規模実験では研究者自身が指導者を選び、訓練し、毎回の実施を見ています。数千人規模では、その条件は維持できません。効果量を見るときは、その数字が何人規模の、誰が測った研究から来たかを確かめる必要があります。
5. 大規模な無作為化実験は何を示したか
シカゴの中等学校。Guryanら(2023)は、非営利団体が運営する高頻度の数学個別指導を2つの無作為化実験で評価しました。第1試験は2,633人で効果量0.16、第2試験は2,710人で0.37、あわせて0.18から0.40の範囲です。指導者は教員免許のない準専門職で、費用は生徒1人あたり年3,500ドルから4,300ドルでした。効果は翌年以降も残っていましたが、高校卒業率への影響は推定が不正確で結論が出ていません。
技術との併用。Bhattら(2024)は同じモデルで、4人組のうち2人が対面指導、2人が計算機教材で学び、隔日で入れ替わる形式を約4,000人で試しました。費用は2対1モデルより約30パーセント低く、数学の標準化テストで0.23の効果でした。
米国の外で。de Reeら(2023)はオランダの低所得地区の小学校3校で高頻度の数学指導を試し、1学年後に0.28の効果を報告しました。Carlana と La Ferrara(2024)のイタリアの実験は大学生ボランティアによる完全オンラインの指導で、週3時間の個別指導が数学を0.23(2020年)と0.20(2022年)押し上げました。
これらはおおむね0.2から0.4の範囲にあり、メタ分析の統合値と整合します。条件を整えた大規模実施で期待できるのは、この範囲です。
6. 効かなかった事例
正の結果ばかりを並べると、実像を誤ります。効かなかった実験も同じ重みで見る必要があります。
ニューヨーク市の中学校。Fryer と Howard-Noveck(2020)は、3年間で130時間以上の4対1の読解指導を学校単位で無作為に割り当てました。平均では、出席には正の効果があったものの、州の英語テストへの効果は正だが統計的に有意でなく、数学には効果がありませんでした。黒人生徒に限ると英語で年0.09の効果があった一方、ヒスパニック生徒では0.01にとどまり、著者らはこの差を各校に配置された指導者の特性で説明しています。同じ設計でも、誰が教えるかで結果はほぼゼロにも0.09にもなる。
感染症流行後の学習回復。米国では2020年以降、学力低下を取り戻すために個別指導が大規模に導入されました。Carbonariら(2026)は8学区の回復プログラムについて、数学12、読解15、合計27の「教科と介入の組み合わせ」を評価しました。多くは計画より少ない生徒に、計画より少ない量しか届けられませんでした。正で頑健な効果が確認されたのは5組だけで、教科に特化した個別指導は数学と読解の両方で0.22、少人数の読解指導は0.33でした。
用量が届かない。Shmoysら(2026)は、対面、ライブ遠隔、AIによる遠隔の3つの授業内モデルの実施を追いました。どのモデルでも、生徒が実際に受けた指導の量は計画を大きく下回っていました。障害は時間割の調整、指導者の質、遠隔での技術トラブル、AIモデルでは大人と生徒の関係が成立しないことでした。
共通するのは、「個別指導が効かなかった」というより「計画された個別指導が実際には行われなかった」という構図です。研究上の効果量は、指導が計画どおり届いた場合の値です。届かなければ、効果もありません。
7. 費用と、学力以外の効果
個別指導が政策として広がりにくい最大の理由は費用です。Guryanらの推定では1人あたり年3,500〜4,300ドル。Kraft と Falken(2021)は、米国の低所得校の小中学生に学校規模で提供した場合の費用を年50億から160億ドルと試算しています。Guryanらは便益費用比が成功した幼児期の介入と同程度だと述べていますが、それは効果が出た場合の計算です。用量が届かなければ、費用だけが残ります。
学力以外の効果も測られています。Leeら(2026)はワシントンDCの高頻度個別指導について、指導が予定された日の欠席が1.2ポイント、率にして7.0パーセント低いことを示しました。Carlana と La Ferraraの実験で見られた意欲や心理的な安定への効果は休校中に限られ、学校再開後の2022年には学力への効果だけが残りました。
8. 計算機は人間の代わりになるか
Maら(2014)のメタ分析は107の効果量を集め、知能型指導システムは教師主導の大集団授業に対して0.42、教科書やワークブックに対して0.35の効果があると報告しました。一方、人間による個別指導との比較では-0.11で、有意な差はありませんでした。
計算機が人間に匹敵するとも、人間の個別指導の効果がもともと計算機と同程度だとも読めます。どちらにしても、「人間が1対1で見ること」自体に特別な効果があるという主張は、実験の証拠からは支持されにくいことになります。効いているのは、つまずきの即時発見と、その子に合った進度という機能です。ただし、Shmoysらが報告した「大人との関係がないと生徒が参加し続けない」という実施上の問題は、効果量とは別に残ります。
9. 日本の文脈でこの証拠をどう読むか
ここまでの研究は、ほぼすべてが学校の中で、公的または非営利の資金で、学力に困難のある生徒を対象に実施されたプログラムの評価です。日本で一般に想定される、家庭が費用を払い放課後に受ける指導とは、条件が大きく異なります。
研究で効果が大きかった条件は、授業時間中、週3日以上、訓練された指導者、低学年、構造化された教材でした。家庭が購入する放課後の指導は、このうち複数を満たさないのが普通です。研究上の効果量を、そのまま日本の放課後の個別指導に当てはめる根拠はありません。その差を測った無作為化実験は見当たりません。
対象者にも注意が要ります。効果が測られているのは主に学力が遅れている生徒や低所得層の生徒で、平均以上の生徒がさらに伸びるかどうかは別の問いです。
10. 証拠の限界
第一に、証拠のほとんどが米国のものです。東アジアの学校制度で行われた無作為化実験は、確認できた範囲にはありません。
第二に、効果量は測定に依存します。研究者が作った尺度は効果を大きく見せます。標準化テストで測った効果だけを見るべきだというKraftらの主張は、この点を踏まえたものです。
第三に、追跡期間が短い。翌年以降の持続は確認されていますが、卒業や進学、就労といった長期の結果への影響は、推定がまだ不正確です。
第四に、公表バイアスがあります。Cheung と Slavinの分析では公刊された研究は未公刊のものより効果量がおよそ2倍でした。Nickowらの0.288という数字も、この偏りを完全には除けていません。
第五に、個別指導は単一の介入ではありません。指導者、頻度、教材、時間帯、人数によって別のものになり、「個別指導は効くか」に一つの数字で答えることは厳密には不可能です。
まとめ
1対1や少人数の個別指導は、無作為化実験の統合で平均0.29標準偏差前後の効果を示します。教育介入として小さくない数字ですが、40年前の2シグマの7分の1です。規模を広げ、独立した標準化テストで測ると、0.16〜0.22まで下がります。
効果を左右する条件は明確です。訓練された指導者、週3日以上の頻度、授業時間中の実施、1対1に近い人数、低学年。これらを満たさない形では効果は小さく、計画された量が届かなければ効果は出ません。
そして、これらの証拠は学校の中で困難を抱える生徒を対象にしたものです。家庭が放課後に購入する個別指導の効果を測った同水準の実験は、確認できませんでした。証拠が示しているのは、個別指導が効く条件であって、個別指導という名前の効果ではありません。
主な参照研究
- Bloom, B. S. (1984). The 2 sigma problem: The search for methods of group instruction as effective as one-to-one tutoring.
- VanLehn, K. (2011). The relative effectiveness of human tutoring, intelligent tutoring systems, and other tutoring systems.
- Nickow, A., Oreopoulos, P., & Quan, V. (2020). The impressive effects of tutoring on PreK-12 learning: A systematic review and meta-analysis of the experimental evidence.
- Nickow, A., Oreopoulos, P., & Quan, V. (2023). The promise of tutoring for PreK-12 learning: A systematic review and meta-analysis of the experimental evidence.
- Kraft, M. A., Schueler, B. E., & Falken, G. T. (2026). What impacts should we expect from tutoring at scale? Exploring meta-analytic generalizability.
- Dietrichson, J., Bøg, M., Filges, T., & Klint Jørgensen, A.-M. (2017). Academic interventions for elementary and middle school students with low socioeconomic status: A systematic review and meta-analysis.
- Cheung, A., & Slavin, R. E. (2016). How methodological features affect effect sizes in education.
- Ma, W., Adesope, O. O., Nesbit, J. C., & Liu, Q. (2014). Intelligent tutoring systems and learning outcomes: A meta-analysis.
- Guryan, J., Ludwig, J., Bhatt, M. P., Cook, P. J., Davis, J. M. V., et al. (2023). Not too late: Improving academic outcomes among adolescents.
- Bhatt, M. P., Guryan, J., Khan, S., LaForest-Tucker, M., & Mishra, B. (2024). Can technology facilitate scale? Evidence from a randomized evaluation of high dosage tutoring.
- de Ree, J., Maggioni, M. A., Paulle, B., Rossignoli, D., & Ruijs, N. (2023). Closing the income-achievement gap? Experimental evidence from high-dosage tutoring in Dutch primary education.
- Fryer, R. G., & Howard-Noveck, M. (2020). High-dosage tutoring and reading achievement: Evidence from New York City.
- Carlana, M., & La Ferrara, E. (2024). Apart but connected: Online tutoring, cognitive outcomes, and soft skills.
- Carbonari, M. V., DeArmond, M., Dewey, D., Dizon-Ross, E., Goldhaber, D., et al. (2026). Impacts of academic recovery interventions on student achievement in 2022 to 2023.
- Shmoys, R. J., McCormick, S., Bretas, S. S., Ready, D. D., & McCarty, G. (2026). The dosage dilemma: Implementation evidence on the barriers to high-dosage tutoring.
- Lee, M. G., Loeb, S., & Robinson, C. D. (2026). The effects of high-impact tutoring on student attendance: Evidence from a state initiative.
- Hsieh, H.-C., Gormley, A., Robinson, C. D., & Loeb, S. (2026). The power of personalized attention: Comparing pedagogical approaches in small group and one-on-one early literacy tutoring.
- Kraft, M. A., & Falken, G. T. (2021). A blueprint for scaling tutoring and mentoring across public schools.
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