スマートフォンは、学びの何を奪っているのか
授業中、机の上に置かれたスマートフォン。通知が鳴らなくても、そこにあるだけで気が散るのではないか。学校に持ち込ませなければ、成績は上がるのではないか。こうした直感は広く共有されていますが、実証研究の答えは一枚岩ではありません。
この主題には三つの研究の流れがあります。学校の持込禁止の政策評価、スマートフォンが「そこにあるだけ」で認知資源を奪うという実験研究、そして複数のメディアを同時に使う習慣(メディア・マルチタスキング)と注意・学業成績の関連を調べた研究です。
結論を先に述べます。持込禁止の効果は研究によって大きくばらつき、「そこにあるだけ」の害は追試で再現されず、マルチタスクの習慣と注意の関連は小さく、因果の向きも確定していません。ただし、授業中や学習中に別の作業をすればその場の学習が落ちるという点だけは、比較的安定して示されています。この記事では、何が確かめられ、何が確かめられていないのかを順に整理します。
1. 持込禁止で成績が上がった——イングランドの調査
この議論の出発点になったのは、BelandとMurphyによるイングランドの研究です。バーミンガム、ロンドン、レスター、マンチェスターの4都市の中等学校に2013年春に調査を行い、携帯電話に関する校則の変遷を集めました。回答した91校の情報を全生徒の行政記録と結合し、禁止の導入前後の成績の変化を、導入しなかった学校と比べています。
結果は、禁止の導入後に平均で標準偏差の6.41%分、試験成績が上がったというものでした。標準偏差は成績のばらつきの幅で、その6%というのは小さな数字です。しかし内訳を見ると様相が変わります。事前の成績が下位4分の1の生徒では標準偏差の14.23%分の改善が見られ、上位4分の1の生徒には正負どちらの影響もありませんでした。また、禁止が広く守られていない学校では有意な改善は見られませんでした。
費用のかからない政策で最も苦しい生徒に最も大きな利益が生じる、と読めたため、この研究は広く引用されました。ただし無作為化実験ではなく、禁止に踏み切った学校で同時期に他の改革が行われていた可能性は排除できません。
2. 追試の結果——スウェーデンでは効かず、ノルウェーでは女子に効いた
Kesselらは、同じ設計をスウェーデンのデータで再現しました。学校調査の回答率を約75%まで上げて調べたところ、禁止の効果はなく、小さな改善さえ統計的に棄却できるという結果でした。国を越えて一般化しない可能性を示した最初の追試です。
一方、ノルウェーの中学校を対象にしたAbrahamssonの研究は、別の像を示しました。行政データと学校の方針調査を結合した分析で、禁止の導入後に女子の成績(GPA)が上がり、進学向けの高校課程に進む確率も上昇しました。同時に、女子の心理的な症状での受診が減り、男女ともいじめが減少しました。効果は、社会経済的に恵まれない家庭の女子で大きくなっていました。
スペインでは、BeneitoとVicente-Chirivellaが、2015年から2つの地域で導入された禁止を、他地域と比べる方法(合成対照法)で評価しました。ガリシア地方ではPISAの得点が数学で0.6〜0.8学年分、理科で0.72〜1学年分に相当する上昇を示し、いじめの発生も減少しました。
最も規模が大きいのは、Allcottらによる米国の評価です。授業中にスマートフォンを施錠する袋(ポーチ)を導入した学校を、GPSの位置情報、標準テスト、学校の管理記録、袋の販売記録を組み合わせて追跡しました。袋の導入は実際にスマートフォンの使用を減らしましたが、テスト得点への平均的な効果は一貫してゼロに近いものでした。高校では数学を中心にわずかな改善、中学校ではわずかな悪化が見られ、導入初年度には問題行動の報告が増え、生徒の主観的な幸福感が下がりました。幸福感は後年には改善に転じています。
3. まとめて見るとどうなるか
これらを総合したレビューも出ています。Campbellらは22の研究を対象にした範囲レビュー(スコーピングレビュー)を行い、無作為化比較試験が一つもなく、研究ごとに設計・標本・「禁止」の定義(部分的か全面的か)・成果の測り方が異なるため、結果を突き合わせること自体が難しいと結論しました。
BöttgerとZiererは、数量的な結果を持つ5つの研究を統合し、全体の効果量としてd = 0.162を報告しました。dは2群の差を標準偏差の何倍かで表す指標で、0.2未満は「小さい」とされる水準です。効果は学業成績よりも、いじめの減少など社会的な側面で大きく出ていました。
健康面の証拠も一致していません。Goodyearらはイングランドの30校(制限的な方針の20校、許容的な方針の10校)に通う12〜15歳の1,227人を比較しました。制限的な学校の生徒は、学校にいる間のスマートフォン使用が0.67時間、SNS使用が0.54時間少なかったものの、精神的な健康度(WEMWBS)には差がなく(調整後の差 −0.48、95%信頼区間 −2.05〜1.06)、平日・週末を通した使用時間にも差はありませんでした。学校で制限しても、一日全体の使用量は変わらない、という結果です。
並べてみると、持込禁止の効果は「国と設計によって、有益・無効・わずかに有害のいずれも観察されている」と言うほかありません。
4. 「そこにあるだけ」で認知資源が奪われるか
持込禁止を支持する理論的な根拠として、しばしば引かれるのがWardらの実験です。彼らは、自分のスマートフォンが近くにあるだけで、容量に限りのある認知資源の一部が占有され、他の課題に使える分が減るという「ブレイン・ドレイン(脳の流出)」仮説を立て、作業記憶(情報を一時的に保持しながら操作する能力)と流動性知能の課題で検証しました。
2つの実験の結果、スマートフォンを触らずに我慢できている場合でも、それが近くにあるだけで利用可能な認知資源が減ると報告され、この効果はスマートフォンへの依存度が高い人ほど大きいとされました。直感に合う主張で頻繁に引用されましたが、その後の追試は厳しい結果を突きつけています。
5. 追試と統合——効果はほぼゼロ
Ruiz PardoとMindaは、Wardらの第2実験を、同じ課題・同じ条件で事前登録のうえ直接追試しました。スマートフォンの位置(机の上・ポケットか鞄・室外)と電源(オン・オフ)を組み合わせた6条件で比較したところ、作業記憶課題でも抑制課題でも、位置による差はまったく見られませんでした。
メタ分析も出そろっています。Parryは56の効果量(7,093人)を統合し、複数の認知機能のうち作業記憶容量にのみ統計的に有意な負の効果が見られ、他の機能では効果がゼロと区別できないことを示しました。その効果も当初の理論が想定したより小さく、領域全体の統計的な検出力が低いとも指摘しています。
Hartantoらは、33研究・53標本・4,368人から166の効果量を集め、より大きな統合を行いました。結果はd = −0.02(95%信頼区間 −0.06〜0.01、p = .246)で、スマートフォンの存在は認知課題の成績に有意な影響を与えていませんでした。参加者の属性、スマートフォンへの依存度、存在の操作方法、課題の種類のいずれによっても、効果は変わりませんでした。
学校の教室で直接検証した研究もあります。le Rouxらは、2つの高校(男子校と女子校)で、通常の授業の中で教師が実施する形の実験を行いました。机の上、鞄の中、教師の机の上と置き場所を割り当てて流動性知能の課題を解かせたところ、机の上に置くことで成績が下がるという明確な証拠は得られませんでした。スマートフォンから離されても、生徒の不安は高まっていませんでした。
「そこにあるだけで害がある」という主張は、現時点では支持されていません。ただし検証されたのは使わずに置いてある状態の影響だけで、「使っても害がない」という意味ではありません。
6. メディア・マルチタスキングと注意
三つ目の流れは、複数のメディアを同時に使う習慣が、注意の制御を損なうかという問いです。始まりはOphir、Nass、Wagnerの研究でした。複数のメディアを並行して使う「重いマルチタスカー」は、無関係な刺激や記憶に干渉されやすく、課題の切り替えでも成績が悪いと報告されました。
この結果も、追試に耐えませんでした。WiradhanyとNieuwensteinは、2つの追試で計14の検定を行い(平均検出力0.81)、マルチタスクの多い人ほど気が散りやすいという方向で有意になったのは5つ、より保守的なベイズ分析で残ったのは2つだけでした。39の効果量を統合したメタ分析では関連はd = 0.17と小さく、小規模研究の偏りを補正すると有意でなくなりました(補正後 d = 0.07、別の補正法では0.001)。
Parryとle Rouxは、原著から10年後に118の評価を統合し、関連は全体として小さく、測定方法と成果変数によって大きさが変わると報告しました。Kongらの青年・若年成人を対象にしたメタ分析(43研究、118の効果量)では、重いマルチタスカーは抑制の制御と作業記憶で劣る一方、認知的な柔軟性には差がなく、やはり測定方法によって結果が変わりました。UncapherとWagnerのレビューが述べるとおり、証拠の重心は「重いマルチタスカーの成績がやや悪い」側にありますが、差を見いださない研究も多く、因果の向きは未確定です。
7. 教室で別の作業をすると何が起きるか
「習慣」ではなく「その場の行動」を見ると、結果はもっと安定しています。Sana、Weston、Cepedaは模擬教室で、講義中にノートパソコンで無関係な作業をする条件を設けました。作業をした参加者は講義後のテストの成績が低く、さらに作業をしている人が視界に入る席の参加者も成績が低下しました。
MayとElderは、メディア・マルチタスキングと学業成績に関する研究を総説し、授業中と自習中の両方で、GPA、テスト成績、想起、読解、ノートの取り方、自己調整に負の影響が報告されていることをまとめました。学生は自分がどれだけ損をしているかを正確に見積もれない、とも指摘しています。
ここで区別すべきなのは、「授業中に別の作業をすれば学習は落ちる」という命題と、「マルチタスクの習慣が注意の能力そのものを損なう」という命題です。前者は実験で安定しており、後者は上で見たとおり証拠が弱い。教室での対策の根拠になるのは前者です。
8. 相関と因果を分けて読む
読むときの基本は、何が操作され、何が観察されただけかを区別することです。持込禁止の研究は、学校が自ら決めた方針を事後に観察したものがほとんどで、無作為化された試験はありません。禁止に踏み切る学校は、規律や指導の面でも他と違う可能性があります。
マルチタスクの研究は、習慣の多い人と少ない人を比べる相関研究が中心です。もともと注意の制御が苦手な人がマルチタスクに引き寄せられるのか、マルチタスクが注意を損なうのかは、この設計では分かりません。一方、「そこにあるだけ」の実験は、置き場所を無作為に割り当てた真の実験です。そこで効果が再現されなかった以上、最も因果を語れる設計で、最も効果が出なかったことになります。
9. 日本の文脈で
日本の学校でも持込や使用の扱いは自治体や学校ごとに揺れてきました。研究の含意を持ち込むなら、次の点に注意が要ります。
第一に、持込禁止の効果は「守られているか」に依存します。イングランドの研究では、禁止が広く守られていない学校では改善が見られませんでした。米国の袋の研究では、使用は実際に減ったのに成績は動きませんでした。
第二に、学校で制限しても一日の使用量は変わらないというイングランドの結果は、家庭での使い方が別の問題として残ることを意味します。学習中に別の画面を開けば理解は落ちるという結果は、教室にも自宅の机にも当てはまります。根拠があるのは「学習中は別の作業をしない」であって、「スマートフォンを視界から消せば集中力が戻る」ではありません。
第三に、禁止の初年度に問題行動や幸福感の悪化が観察されたことは、導入の仕方に工夫が要ることを示しています。効果が出るとしても大きさは標準偏差の1割前後で、研究によっては出ません。
10. 証拠の限界
第一に、持込禁止の研究は国や制度が異なり、「禁止」の中身も部分的なものから全面的なものまでさまざまです。ばらつきの一部はこの定義の違いによります。
第二に、「そこにあるだけ」の実験は大学生が中心で、短時間の課題で測っています。学校環境での検証は、le Rouxらの研究を除けばほとんどありません。
第三に、マルチタスクの研究では原著の標本が小さく、追試とメタ分析で効果が縮んでいきました。初期の結果を引用する際は、その後の統合結果を併記する必要があります。
第四に、この記事は学業成績と注意に絞っています。いじめや心理的な健康については禁止を支持する結果も複数あり、成績で効果がないことは政策として無意味であることを意味しません。
まとめ
学校でのスマートフォン持込禁止は、イングランドの研究では下位層の成績を改善しましたが、スウェーデンでは効かず、米国の大規模評価でも平均効果はゼロに近いものでした。効果が出る条件として、禁止が実際に守られていることが繰り返し指摘されています。
「そこにあるだけで認知資源が奪われる」という仮説は、事前登録の直接追試で再現されず、最大のメタ分析では効果量が −0.02 と、ゼロと区別できませんでした。マルチタスクの習慣と注意の関連も、統合すると小さく、因果の向きは分かっていません。
一方で、授業中や学習中に別の作業をすれば、その場の学習は落ちるという結果は安定しており、周囲の生徒にも影響が及びます。根拠のある助言は「見えないところに置く」ではなく「学習中は使わない」です。この二つを混同しないことが、最も確かな教訓です。
主な参照研究
- Beland, L.-P., & Murphy, R. (2016). Ill Communication: Technology, distraction & student performance.
- Kessel, D., Hardardottir, H. L., & Tyrefors, B. (2020). The impact of banning mobile phones in Swedish secondary schools.
- Abrahamsson, S. (2024). Smartphone bans, student outcomes and mental health.
- Beneito, P., & Vicente-Chirivella, O. (2022). Banning mobile phones in schools: Evidence from regional-level policies in Spain.
- Allcott, H., Baron, E. J., Dee, T., et al. (2026). The effects of school phone bans: National evidence from lockable pouches.
- Campbell, M. A., et al. (2024). Evidence for and against banning mobile phones in schools: A scoping review.
- Böttger, T., & Zierer, K. (2024). To ban or not to ban? A rapid review on the impact of smartphone bans in schools on social well-being and academic performance.
- Goodyear, V. A., et al. (2025). School phone policies and their association with mental wellbeing, phone use, and social media use.
- Ward, A. F., Duke, K., Gneezy, A., & Bos, M. W. (2017). Brain drain: The mere presence of one’s own smartphone reduces available cognitive capacity.
- Ruiz Pardo, A. C., & Minda, J. P. (2022). Reexamining the “brain drain” effect: A replication of Ward et al.
- Parry, D. A. (2024). Does the mere presence of a smartphone impact cognitive performance? A meta-analysis of the “brain drain effect”.
- Hartanto, A., et al. (2024). The effect of mere presence of smartphone on cognitive functions: A four-level meta-analysis.
- le Roux, D. B., Parry, D. A., & Feldman, J. (2025). Does the mere presence of smartphones impact cognition in the high school classroom? Cyberpsychology: Journal of Psychosocial Research on Cyberspace.
- Ophir, E., Nass, C., & Wagner, A. D. (2009). Cognitive control in media multitaskers.
- Wiradhany, W., & Nieuwenstein, M. R. (2017). Cognitive control in media multitaskers: Two replication studies and a meta-analysis.
- Parry, D. A., & le Roux, D. B. (2021). “Cognitive control in media multitaskers” ten years on: A meta-analysis.
- Kong, F., et al. (2023). Cognitive control in adolescents and young adults with media multitasking experience: A three-level meta-analysis.
- Uncapher, M. R., & Wagner, A. D. (2018). Minds and brains of media multitaskers: Current findings and future directions.
- Sana, F., Weston, T., & Cepeda, N. J. (2013). Laptop multitasking hinders classroom learning for both users and nearby peers.
- May, K. E., & Elder, A. D. (2018). Efficient, helpful, or distracting? A literature review of media multitasking in relation to academic performance.
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