宿題は効くのか、という問いの立て方
宿題をめぐる議論は、教育の話題のなかでも特に感情的になりやすい部類に入ります。量が多すぎるという主張と、家庭学習の習慣が要るという主張が、証拠を挟まずに衝突しがちです。
この主題は、実証の対象になっています。ただし、因果を取り出すのが非常に難しい領域でもあります。宿題の量は無作為に割り当てられておらず、多くの宿題を出す教員、多くの宿題をこなす生徒、それを支える家庭には、それぞれ別の特徴があります。
この記事では、何が確かめられ、何が確かめられていないのかを分けて整理します。結論を先に書けば、効果の有無より、学年・内容・家庭環境によって符号が変わるという構造のほうが重要です。
1. メタ分析が示した学年差
この領域で最も引用されるのが、Cooperらによる一連のレビューです。数十年分の研究を統合したものです。
報告された中心的な所見は、学年による違いでした。
高校段階では、宿題の量と成績の間に中程度の正の関連が見られました。中学校段階ではそれより小さく、小学校段階ではほぼゼロでした。
この差の説明として、いくつかの要因が挙げられています。低学年ほど、自力で集中を維持する時間が短い。家庭の支援への依存度が高い。宿題の内容が単純な反復に偏りやすい。
また、量と成果の関係は直線ではないことも指摘されています。一定量を超えると、追加の時間に対する成果の増分が小さくなり、場合によっては負に転じる。目安として、学年ごとの推奨時間が提案されてきましたが、これは経験則であり、厳密な実証から導かれた値ではありません。
重要な留保として、これらの分析の大部分は相関研究です。宿題の量が多い生徒の成績が高いという関係は、宿題が成績を上げたことを意味しません。逆の経路も、第三の要因も考えられます。
2. 因果を取り出そうとした研究
相関の問題を回避しようとした研究もあります。
一つの方法は、同じ生徒が異なる科目で異なる量の宿題を受ける状況を利用するものです。生徒の固定的な特性を統制したうえで、科目間の宿題量の差と成績の差を対応させます。この設計による分析では、数学については正の効果が報告される一方、他の科目では効果が小さいという結果が示されています。
もう一つは、宿題の量や有無を実験的に変える設計です。大学の入門科目などで実施された研究では、宿題を課した条件の成績が高いという報告があります。ただし、対象と期間が限定的です。
これらを総合すると、内容が明確で、練習によって習熟する種類の課題では、効果が確認されやすいという整理になります。逆に、課題の性質が曖昧なもの、家庭の資源に依存するものでは、効果が見いだされにくい。
3. 何を出すかが量より効く
連載で扱ってきた学習の原則は、宿題の設計にそのまま適用できます。
検索練習の形にする。教科書を見ながら埋める課題と、閉じた状態で思い出す課題では、後の保持が大きく違います。同じ時間でも、形式によって効果が変わります。
間隔を空けて既習内容を混ぜる。その日の授業内容だけを反復する宿題は、分散学習と交互練習の条件を満たしません。過去の単元を一定割合で混ぜるだけで、設計としては改善します。
フィードバックが返る設計にする。提出して終わりの課題は、誤った手順を固定する危険があります。連載のフィードバックの記事で扱ったとおり、確認のない練習は練習として不完全です。
自力でできる難度にする。家庭で解けない課題は、支援を受けられる家庭とそうでない家庭の差をそのまま成績に転写します。
これらは、量を増やさずに実行できます。宿題の議論が量に集中しやすいのは、量が観察しやすいからであって、効果が量で決まるからではありません。連載の能力別編成の記事で述べた、観察しやすい変数に議論が集まる構造と同じです。
4. 宿題には複数の目的がある
効果を論じる前に、何のための課題かを分けておく必要があります。目的が違えば、評価すべき指標も違います。
研究で区別されてきた目的を挙げます。
習熟。授業で扱った手続きを、自力で実行できるまで反復する。最も一般的な目的であり、効果が確認されやすいのもこの型です。
準備。次の授業で扱う内容に事前に触れておく。連載の反転授業の記事で扱った形式が、この型の拡張に当たります。
拡張。授業で扱っていない状況へ適用させる。転移を狙う課題ですが、自力での達成は難しく、支援がなければ空転しやすい。
統合。複数の単元にまたがる課題を、長い期間で仕上げる。計画性を要し、家庭の資源への依存も大きくなります。
この区別を置くと、議論の噛み合わなさの一部が説明できます。「宿題は効く」と言う人は習熟型を、「宿題は無意味だ」と言う人は拡張型や統合型を念頭に置いていることが多い。同じ語で違うものを指しているなら、証拠を並べても結論は一致しません。
実務的には、目的を宣言してから設計するだけで、内容の適否が判断しやすくなります。習熟が目的なら、量より形式と間隔が問題になる。準備が目的なら、授業との接続がなければ意味がない。
5. やってこない、という問題
効果の議論とは別に、実務で最も頻繁に生じるのは、課題が実行されないという問題です。
この問題は、しばしば意欲の不足として扱われます。しかし連載の動機づけの記事で扱ったとおり、先延ばしは選好の不整合として説明できる部分があります。将来の利益を割り引く仕方が一貫していないため、着手の判断が先送りされる。
この枠組みからは、意欲に働きかけるより構造を変えるほうが確実だという帰結が出ます。検討されている操作を挙げます。
着手の障壁を下げる。最初の一問だけをやる、という形にする。着手さえすれば継続する確率は上がります。
実行の意図を具体化させる。いつ、どこで、何をやるかを事前に書かせる。この形式の効果は複数の領域で報告されており、費用がかかりません。
締切を刻む。一括の締切より、細かく分けた締切のほうが成績が高いという実験結果があります。
提出の確認を自動化する。確認されない課題は、実行率が下がります。人の注意力に依存させない。
いずれも、課題の内容を変えずに実行できます。「やる気がない」という説明を採用する前に、構造の側で打てる手が残っていないかを確認するほうが、対処の順序としては合理的です。
もう一点、実行率を下げる要因として見落とされやすいのが、課題の総量が複数の科目から同時に課されることです。個々の教員が適量と判断しても、生徒の側では合計が上限を超えます。各科目で最適化された量の合計は、全体として最適にはなりません。この調整は個々の教員の裁量では行えず、制度の側の問題になります。
連載の睡眠の記事で扱ったとおり、課題の総量は睡眠時間の上限を直接圧迫します。削るべきものが睡眠になっている場合、翌日の注意と作業記憶が低下し、授業の効率が下がる。宿題の効果を論じるなら、この副作用を含めて評価する必要があります。
6. 家庭環境という交絡
宿題は、学校の外で行われる学習です。この一点が、証拠の解釈を難しくします。
報告されている観察を挙げます。
静かな学習場所の有無、机の有無、参考書へのアクセスに差があります。同じ課題が、環境によって違う難度になります。
保護者が支援できるかどうかに差があります。内容を説明できる、質問に答えられる、進捗を管理できる。これらは家庭の学歴や就労状況と相関します。
時間の確保に差があります。きょうだいの世話、家事の分担、アルバイトなど、家庭の事情によって使える時間が異なります。
したがって、宿題の量を増やすことは、学校外の環境差を成績に反映させる度合いを高める方向に働きます。学力の測定としても、環境の差が混入します。
一方で、宿題を減らせば格差が縮まるとも言い切れません。学校外での学習機会は、宿題がなくても存在します。学習塾や家庭教師の利用は家庭の資源に依存するため、学校が課す課題を減らすことが、必ずしも平等化に働くとは限らないという指摘があります。
この論点は、証拠だけでは決着しません。どこまでを学校の責任範囲とするかという制度設計の問題が含まれます。
7. 保護者の関与は効くのか
宿題への保護者の関与については、直感に反する報告が積み重ねられています。
複数の分析で、保護者が宿題を手伝う頻度と、子どもの成績の伸びの関係は、正とは限らないと報告されています。負の関連が報告されることもあります。
解釈には注意が要ります。成績が低い子どもほど手伝いを受けるという逆の因果が、当然存在します。関与の頻度だけを見た分析では、これを分離できません。
ただし、関与の質に着目した分析では、一定の整理が得られています。
効果が報告されやすい関与は、環境を整える、期待を伝える、計画の立て方を助ける、といった間接的なものです。
効果が乏しい、あるいは負に働きやすい関与は、内容を直接教える、答えを与える、過程を細かく監視する、といった直接的なものです。
前の記事で扱った数学不安の伝達も、この文脈に関わります。不安を伴う関与は、関与しない場合より結果が悪いという報告がありました。
実務的な含意は、関与の量ではなく形式を問題にすべきだということになります。
8. 自律性と宿題
連載の動機づけの記事で扱った枠組みも、ここに適用できます。
宿題は、外から課される課題です。統制的に受け取られやすく、自律性の感覚を損ないやすい。一方、選択の余地を残す設計は、同じ内容でも受け取られ方が変わります。
検討されている操作として、次のものがあります。課題の順序を選ばせる。複数の課題から選ばせる。取り組む時間帯を自分で決めさせる。なぜその課題が必要かを説明する。
これらの効果量は大きくありません。ただし、費用はほとんどかからない。
また、締切の設計も関わります。連載の動機づけの記事で扱った実験では、細かく刻まれた締切が課された条件の成績が最も高く、一括提出が最も低いという結果でした。長期の課題を一括で課すことは、先延ばしの構造を利用しない設計になります。
9. 国際比較が示すこと
国際学力調査のデータを用いた分析もあります。
報告されている所見の一つは、国レベルでは、宿題の平均時間と平均成績の関係が明確でないというものです。宿題の時間が長い国の成績が高いとは限りません。
ただし、同じ国の中で見ると、宿題時間と成績に正の関連が見られることが多い。集団のレベルと個人のレベルで関係が異なるという、この種のデータでよく生じる構造です。
国レベルの比較が難しい理由として、学校制度、授業時間、学校外教育の普及度、宿題の内容の違いが挙げられます。同じ「宿題の時間」という変数が、国によって違うものを測っています。
日本については、学校外での学習時間の分布が、他国と比べて特徴的です。学習塾の利用が広く普及しているため、学校が課す宿題と、家庭が選択する学習の境界が曖昧になります。宿題の効果だけを取り出すことは、この構造の下ではさらに難しくなります。
10. 証拠の限界
この領域の証拠は、連載で扱ってきた他の主題より弱い部類に入ります。
第一に、無作為化された研究がほとんどありません。宿題の量を無作為に割り当てる実験は、倫理的にも実務的にも実施が難しい。
第二に、測定が粗い。宿題の時間は自己報告で測られることが多く、誤差が大きい。また、時間は内容の質を反映しません。
第三に、効果量の報告にばらつきが大きい。同じデータを別の方法で分析すると、結論が変わる例が報告されています。
第四に、成績以外の指標が測られていません。睡眠時間、余暇、家庭内の対立といった副次的な影響は、ほとんど定量化されていません。連載の睡眠の記事で扱ったとおり、課題量は睡眠時間の上限を圧迫します。
まとめ
宿題の効果は、学年によって大きく異なります。高校段階では中程度の正の関連が報告される一方、小学校段階ではほぼゼロです。ただし、これらの分析の大部分は相関研究であり、因果として読むことはできません。
より確かなのは、量ではなく設計が効くという方向です。閉じた状態で思い出す形式にする、既習内容を混ぜる、フィードバックが返る、自力でできる難度にする。いずれも量を増やさずに実行できます。
家庭環境は、この主題における最大の交絡であり、同時に最大の実務的論点です。宿題は学校の外で行われる以上、環境の差が成績に転写されます。保護者の関与についても、直接教える形より、環境を整え計画を助ける形のほうが、報告されている結果は良好です。
そして、この領域の証拠は連載の他の主題より弱い。「宿題は効く/効かない」と一般化して述べられる水準の証拠は存在しません。学年、科目、内容、家庭環境を指定しない議論は、実証の裏づけを持ちません。
主な参照研究
- Cooper, H. (1989). Homework.
- Cooper, H., Robinson, J. C., & Patall, E. A. (2006). Does homework improve academic achievement? A synthesis of research, 1987–2003.
- Trautwein, U. (2007). The homework–achievement relation reconsidered: Differentiating homework time, homework frequency, and homework effort.
- Rønning, M. (2011). Who benefits from homework assignments?
- Eren, O., & Henderson, D. J. (2008). The impact of homework on student achievement.
- Patall, E. A., Cooper, H., & Robinson, J. C. (2008). Parent involvement in homework: A research synthesis.
- Robinson, K., & Harris, A. L. (2014). The Broken Compass: Parental Involvement with Children’s Education.
- Gollwitzer, P. M., & Sheeran, P. (2006). Implementation intentions and goal achievement: A meta-analysis of effects and processes.
- Dettmers, S., Trautwein, U., & Lüdtke, O. (2009). The relationship between homework time and achievement is not universal.
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