学校は何をしているのか
学歴が高いほど賃金が高い。この関係は、ほぼすべての国のデータで確認されています。教育経済学では、教育年数が一年増えるごとに賃金が何パーセント上がるかを推定し、教育の収益率と呼んできました。
しかし、この相関が何を意味するかについては、二つの説明が競合しています。
人的資本理論は、教育が生産性を高めると考えます。知識と技能が蓄積され、それが労働市場で評価される。学校は能力を作る場所です。
シグナリング理論は、教育が能力を伝達すると考えます。雇用者は応募者の能力を直接観察できません。学歴は、もともと能力の高い者だけが取得できる指標として機能します。学校は能力を選別し、証明する場所です。
この区別は、学問的な興味にとどまりません。もし学歴の価値の大部分がシグナルなら、教育を拡大しても社会全体の生産性は上がりません。個人にとっては投資として合理的でも、全体としては相対的な順位を競う消耗になります。政策的な含意がまったく異なります。
1. 相関から因果を取り出す
この問題を扱う難しさは明確です。教育年数は無作為に割り当てられていません。長く学校に通う人は、能力、家庭の資源、意欲においても異なります。単純な相関は、これらの効果を含みます。
経済学は、この問題に複数の方法で取り組んできました。
双生児を用いる方法。一卵性双生児は遺伝を共有し、家庭環境の多くも共有します。双生児間で教育年数が異なる場合、その差と賃金差の関係を見れば、共有された要因を除去できます。この方法による推定値は、単純な相関よりやや小さくなるものの、正の効果が残ると報告されています。
制度変更を利用する方法。義務教育年限の引き上げ、就学開始年齢の規則、学校の新設といった制度変更は、個人の選択とは独立に教育年数を動かします。これを利用した推定が多数行われてきました。
2. 義務教育年限の引き上げが示したこと
英国は、義務教育の終了年齢を段階的に引き上げてきました。ある年に生まれた人までは14歳で終えられ、翌年からは15歳まで通う必要がある。生まれた年の違いによって、教育年数が強制的に変わります。
この不連続を利用した分析では、強制された追加の一年にも、賃金を高める効果があったと報告されています。推定された収益率は、単純な相関から得られる値と大きくは変わりませんでした。
類似の分析は、米国の就学義務法、複数の欧州諸国の制度変更についても行われています。結果は完全に一致するわけではありませんが、多くの研究で正の効果が確認されています。
この所見は、シグナリング理論にとって説明が難しい部分を含みます。全員が強制的に一年多く通う場合、学歴は能力の指標としての機能を失います。それでも賃金が上がるなら、人的資本の蓄積が起きたと考えるほうが自然です。
ただし、反論もあります。義務教育年限の引き上げに影響を受けるのは、もともと早く辞めていた層です。この層での効果を、大学教育のような上位の段階に外挿することはできません。また、制度変更の効果と同時に起きた他の変化を分離しきれていないという指摘もあります。
3. 卒業証書効果
シグナリング理論を支持する所見として、繰り返し引用されるのが卒業証書効果です。
教育年数と賃金の関係を細かく見ると、直線ではありません。卒業の年に、不連続な上昇が観察されます。高校を三年間通って中退した人と、卒業した人では、教育年数がほぼ同じでも賃金が異なります。
人的資本理論の枠組みでは、この不連続を説明しにくい。最後の数か月で急に生産性が上がるとは考えにくいからです。一方、シグナリング理論では自然に説明できます。卒業証書は、一定の能力と忍耐を証明する離散的な指標として機能します。
これに対する反論もあります。卒業間近で辞める人には、辞める理由があったかもしれない。中退という事実そのものが、別の情報を伝えている可能性があります。また、卒業要件を満たす最後の段階で、実際に重要な内容を学んでいる可能性も否定できません。
それでも、この不連続は繰り返し観察されており、教育の価値の一部がシグナルとして機能していることを示唆する証拠と見なされています。
4. どの大学に行くかは効くのか
関連して、進学先の選抜度が賃金に影響するかという問いがあります。より難しい大学に入れば、収入は上がるのか。
DaleとKruegerは、この問題に独自の方法で取り組みました。同じ大学群に合格した学生どうしを比較するという設計です。選抜度の高い大学に合格しながら、別の大学を選んだ学生がいます。この学生と、合格した大学に進学した学生を比べれば、能力と意欲の差をかなりの程度統制できます。
結果は次のとおりでした。単純な比較では、選抜度の高い大学の卒業生の収入が高い。しかし、同じ大学群に合格した学生どうしで比べると、この差はほぼ消えました。
著者たちの解釈は、観察された差の大部分が、どの大学に出願し合格したかによって示される個人の特性を反映しているというものです。進学先そのものの効果ではない。
ただし、この所見にも条件がつきます。追加の分析では、低所得層や少数派の学生については、選抜度の高い大学に進学した効果が残ったと報告されています。家庭の資源が乏しい学生にとっては、大学が提供する人的つながりや情報が、代替の効かない資源として機能する可能性があります。
この非対称は重要です。平均としての効果が小さいことと、特定の層にとって効果が大きいことは両立します。
5. 何を学ぶかの効果
どこで学ぶかより大きな差を生むのが、何を学ぶかです。専攻分野による生涯収入の差は、大学の選抜度による差より大きいと報告されています。
ただし、この差の解釈にも同じ問題があります。専攻の選択は無作為ではありません。分野によって、入学時点の学力や志向が異なります。
この問題に対処した研究として、入学時の得点による不連続を利用したものがあります。特定の専攻への配属が得点の境界で決まる制度を利用し、境界の前後を比較する設計です。こうした研究でも、専攻による収入差の相当部分が残ると報告されています。
もっとも、収入は教育の価値の一部にすぎません。教育の効果として測定されてきたものには、健康状態、寿命、市民参加、子どもの教育水準なども含まれます。これらの指標についても、教育年数との正の関連が報告されています。ただし因果の同定は、賃金よりさらに困難です。
6. 強いシグナリング論
近年、シグナリングの比重をきわめて高く見積もる主張が提出されています。Caplanは、学歴の価値の大部分——推定としては過半——がシグナルであり、教育内容そのものはほとんど使われていないと論じました。
根拠として挙げられているのは次のような点です。学校で学ぶ内容の多くは、卒業後の職務と直接関係しない。学んだ内容の大部分は忘れられる。転移が乏しいという学習研究の知見は、学校教育が一般的能力を育てるという主張を弱める。そして卒業証書効果の存在。
この主張には、強い批判があります。
第一に、義務教育年限の研究と整合しにくい。全員に一年を課しても賃金が上がるなら、シグナルだけでは説明できません。
第二に、忘却は無効化を意味しない。具体的な内容を思い出せなくても、その内容を学ぶ過程で獲得された読解力、数量の扱い、文章の構成といった基盤は残ります。連載で扱ったように、読解力は知識に依存します。学校で得た知識の総量は、忘れたように見えても、新しい情報の処理を支えています。
第三に、雇用者の行動と整合しにくい部分がある。シグナルとして完全に代替可能なら、より安価な選別手段が普及するはずです。実際、いくつかの企業が学歴要件を撤廃する動きを見せていますが、大規模な置き換えは起きていません。
第四に、教育の効果は賃金だけではありません。健康や市民参加への効果は、シグナリングでは説明しにくい。
現在の研究の状況をまとめるなら、人的資本とシグナリングの両方が働いており、比率については合意がないということになります。教育段階、分野、国によっても異なると考えられます。
7. 日本の文脈
日本の労働市場は、この論点に関していくつかの特徴を持ちます。
新卒一括採用の慣行のもとでは、職務経験のない応募者を評価する必要があります。この状況では、学歴が持つ情報としての価値が相対的に高くなります。シグナリングの機能が働きやすい構造です。
一方、入職後の訓練を企業内部で行う慣行が強いことは、逆方向に働きます。学校で職務に直結する技能を習得することが期待されていないなら、教育内容と生産性の関係は間接的になります。
また、日本の大学教育の収益率は、国際比較では中程度と報告されることが多く、高等教育への公的支出の割合が低いことも指摘されてきました。個人が負担する費用が大きい分、個人にとっての投資判断としての性格が強くなります。
これらは、いずれも制度の観察であって、どうすべきかの答えではありません。ただし、「学歴に意味があるか」という問いが、国や時代によって違う答えを持つことは押さえておく必要があります。労働市場の構造が変われば、同じ学歴の意味も変わります。
8. 学歴の拡大と相対的地位
シグナリングの議論から導かれる予測があります。学歴がシグナルとして機能するなら、全員が学歴を上げても、誰の相対的地位も変わりません。上がるのは要求水準だけです。
実際、多くの国で高等教育の進学率は大きく上昇しました。かつて大卒が要件だった職務が、大学院修了を求めるようになった例も観察されています。
この現象をどう評価するかは、二つの理論で正反対になります。人的資本理論の立場では、進学率の上昇は労働力の質の向上を意味します。シグナリング理論の立場では、同じ順位を維持するために各人が余分な費用を負担する構造——順位を競う消耗——ということになります。
データは、どちらか一方を明確に支持していません。教育を受けた人が増えたにもかかわらず、その賃金プレミアムが長期にわたって縮小していないという観察は、需要側も同時に変化してきたことを示唆します。技能を要する職務の割合が増えたのであれば、供給の増加は吸収されます。
一方、同じ職務の要件だけが上がった領域も存在します。全体を一つの答えでまとめることはできず、職種と時期を区切って見るほかありません。
9. 測られていないもの——非認知的な特性
学歴と賃金の関係を検討する際、見落とされやすいのが、学歴が伝えている情報の中身です。
労働市場の分析では、認知能力の指標を統制しても、教育年数の効果が残ることが報告されています。残った部分に何があるのかを検討した研究群は、忍耐、計画性、対人的な特性といった非認知的な要素に注目してきました。
Heckmanらの一連の分析は、これらの特性が賃金だけでなく、健康行動や犯罪への関与といった幅広い結果を予測すること、そして幼少期の環境によって形成される余地が大きいことを報告しています。
この観点からは、学校が提供しているものの一部は、教科内容ではなく、期限を守る、指示に従う、長期の目標のために当面の満足を遅らせるといった振る舞いの習慣だということになります。シグナリング理論はこれを「もともと持っていた特性の証明」と読み、人的資本理論は「学校で形成された資本」と読みます。
ここでも、両者の区別は経験的に難しい。ただし、幼少期の介入が長期的な結果を改善したという無作為化研究の報告は、形成の余地があるという方向を支持します。
10. 収益率という指標の限界
教育の収益率という指標を読むとき、いくつかの注意が要ります。
平均は個人の予測ではありません。推定されているのは集団の平均的な関係であり、分散は大きい。同じ学歴の中での収入の幅は、学歴間の差より大きいのが通例です。
推定値は、誰を対象にした効果かに依存します。制度変更を利用した推定は、その制度変更に影響を受けた層の効果を示します。義務教育年限の研究が示すのは、早く辞めていた層の効果です。大学進学の判断に使える数字ではありません。
時代と地域によって変わります。技能への需要、産業構造、教育を受けた人の供給量によって、同じ学歴の価値は変動します。過去のデータから推定された収益率が、将来にも当てはまる保証はありません。
費用が含まれていない場合があります。賃金の上昇だけを見て、在学中の逸失所得と授業料を計上しなければ、投資としての評価になりません。
測れるものだけが入っています。賃金は測りやすい。学んだ内容が生活の質に与える影響は測りにくい。測りやすさによる偏りが、議論の重心を動かします。
まとめ
学歴と賃金の相関が何を意味するかについて、人的資本理論とシグナリング理論が競合してきました。義務教育年限の引き上げを利用した研究は、強制された教育にも効果があることを示し、人的資本の寄与を支持します。一方、卒業の年に生じる不連続な賃金上昇は、シグナルとしての機能を示唆します。
どの大学に進むかについては、同じ大学群に合格した学生どうしの比較で差がほぼ消えました。ただし低所得層では効果が残るという報告があり、平均の小ささが全員に当てはまるわけではありません。
現在の研究の状態は、両方の機構が働いており、比率については合意がないというものです。この不確実性は、実務的にはむしろ扱いやすい情報かもしれません。学歴が能力の証明としてのみ機能するのであれば、内容を学ぶ意味は薄い。しかしそうではないという証拠がある以上、同じ学歴を得るとしても、そこで何を身につけたかは残ります。連載で扱ってきた学習の原則が意味を持つのは、この点においてです。
主な参照研究
- Card, D. (1999). The Causal Effect of Education on Earnings.
- Angrist, J. D., & Krueger, A. B. (1991). Does Compulsory School Attendance Affect Schooling and Earnings?
- Oreopoulos, P. (2006). Estimating Average and Local Average Treatment Effects of Education when Compulsory Schooling Laws Really Matter.
- Hungerford, T., & Solon, G. (1987). Sheepskin Effects in the Returns to Education.
- Dale, S. B., & Krueger, A. B. (2002, 2014). Estimating the Payoff to Attending a More Selective College.
- Spence, M. (1973). Job Market Signaling.
- Becker, G. S. (1964). Human Capital.
- Caplan, B. (2018). The Case against Education.
- Heckman, J. J., Stixrud, J., & Urzua, S. (2006). The Effects of Cognitive and Noncognitive Abilities on Labor Market Outcomes and Social Behavior.
- Ashenfelter, O., & Krueger, A. (1994). Estimates of the Economic Return to Schooling from a New Sample of Twins.
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