学習スタイル説はなぜ検証に耐えないのか

証拠がないのに広く信じられている

視覚型の学習者には図を、聴覚型には音声を、体感型には体験を——学習者にはそれぞれ得意な入力の様式があり、それに合わせて教えると学習が進む。この考えは学習スタイルと呼ばれ、教員向けの研修や書籍を通じて広く流通してきました。

この主張には、支持する実証的証拠がほとんどありません。この点は、心理学と教育研究の双方で繰り返し確認されてきました。にもかかわらず、信念としての普及率は高い水準を保っています。

この記事では、何が検証され、何が見つからなかったのか、そしてなぜこの考えが消えないのかを扱います。

1. 検証すべき主張の形

議論を正確にするには、何が主張されているのかを特定する必要があります。学習スタイル論には、区別すべき三つの命題が混ざっています。

命題A:人には好みの様式がある。図で説明されるほうが好きだ、聞くほうが頭に入る気がする——こうした選好が存在すること自体は、争点ではありません。質問紙で測れば、回答は分かれます。

命題B:好みに応じて得意不得意がある。視覚的な情報の処理が得意な人と、聴覚的な処理が得意な人がいる。これも、個人差としては存在します。

命題C:好みに合わせて教えると、学習成果が上がる。これが学習スタイル論の実践的な主張であり、検証の対象です。

AとBが正しくても、Cは導かれません。好みや得意不得意が、指導様式との組み合わせで成果を変えるかどうかは、別に確かめる必要があります。この構造を「交互作用」と呼びます。

2. 何を確かめれば検証になるか

2008年、ハロルド・パシュラー、マーク・マクダニエル、ダグ・ロアー、ロバート・ビョークは、この分野の証拠を体系的に検討したレビューを発表しました。

彼らはまず、主張を検証するために必要な研究設計を明示しました。要件は次のとおりです。

第一に、学習者を何らかの方法で学習スタイルによって分類する。第二に、各群の学習者を無作為に複数の指導様式へ割り当てる。第三に、全員に同一のテストを行う。

この設計で確かめるべきは、交差する相互作用です。視覚型は視覚的指導で成績が高く聴覚的指導で低い、聴覚型はその逆になる。両群の成績の線が交差することが、主張の成立条件です。

単に「視覚型は視覚的指導で成績が良かった」だけでは足りません。視覚的指導が全員にとって優れているだけかもしれないからです。

3. レビューの結論

この要件を満たす研究を探した結果、該当する研究はごくわずかしか存在しませんでした。学習スタイルに関する文献は膨大にあるにもかかわらず、検証の形式を備えたものは少数だったということです。

そして、要件を満たしたわずかな研究のうち、交差する相互作用を見いだしたものはほとんどなく、複数の研究は明確に否定的な結果を報告していました。

著者らの結論は慎重な言い回しですが、内容は明快です。学習スタイルに合わせた指導を支持する十分な証拠はない。したがって、限られた教育資源をこの方針に投じることは正当化されない。

その後に行われた検証も、おおむね同じ方向を示しています。学習者を視覚型・聴覚型に分類し、それぞれに合う様式と合わない様式で学習させた実験では、分類と指導様式の組み合わせによる成績の差は観測されませんでした。学習者が自分の好みに合うと報告した条件でも、実際の成績は変わりませんでした。

4. では、何が指導様式を決めるのか

学習スタイルが成果を左右しないとすれば、様式は何によって決めるべきでしょうか。研究が示しているのは、学習者の属性ではなく、学習内容の性質だという答えです。

地図の位置関係を学ぶなら図が要ります。発音を学ぶなら音が要ります。手順の実行を学ぶなら実際に手を動かす必要があります。これは学習者の好みとは無関係に決まります。

この観点を明示したのが、ダニエル・ウィリンガムの議論です。彼は、人が視覚・聴覚・運動の情報をそれぞれ処理する仕組みを持っていることと、学習内容がどの様式を要求するかを区別すべきだと論じました。幾何を学ぶのに聴覚型だから音声で、というのは、内容の要求を無視しています。

もう一点、重要な指摘があります。多くの学習内容が最終的に要求するのは「意味」の記憶であって、表層の様式ではないということです。歴史の因果関係を覚えるとき、それを図で見たか文章で読んだかは、後の想起にほとんど影響しません。残るのは意味だからです。

5. なぜ信じられ続けるのか

証拠がないにもかかわらず普及率が高いという現象自体が、研究の対象になっています。いくつかの要因が挙げられます。

要因1:部分的に正しい。前述のとおり、好みが存在することも、認知的な個人差があることも事実です。正しい部分があるため、全体が正しいように感じられます。

要因2:直感に合う。人は自分の学び方に癖があると感じています。この実感に説明を与えてくれる枠組みは、受け入れられやすくなります。

要因3:肯定的な含意。学習がうまくいかない原因を、能力ではなく様式の不一致に帰属できます。誰も否定されない説明であり、教育の場で好まれやすい構造を持っています。

これは実は重要な論点です。学習スタイル論が果たしてきた機能のひとつは、「できない」を「合っていないだけ」に読み替えることでした。この機能自体には意味があります。問題は、読み替えの根拠として誤った命題を使っている点にあります。

要因4:検証の形式が知られていない。交差する相互作用が必要だという設計上の要件は、専門外には伝わりにくいものです。「視覚型に図を見せたら成績が上がった」という報告は、要件を満たしていなくても説得的に見えます。

要因5:産業の存在。診断テスト、研修、教材が商品として流通しています。流通の規模が、信念の維持に寄与しています。

6. 同じ構造を持つ他の通説

学習スタイル論は孤立した例ではありません。教育の場で流通する通説には、共通の構造を持つものがあります。

右脳型・左脳型。大脳半球に機能の偏りがあることは事実ですが、個人が一方の半球を優位に使っているという主張には裏づけがありません。安静時の活動を大規模に調べた研究では、個人ごとの半球優位性は見いだされませんでした。

脳の10%しか使っていない。神経科学の知見と整合しません。画像研究では、ほぼ全領域に活動が観測されます。

学習ピラミッド(聞いたことの5%、体験したことの75%が残る、等)。しばしば具体的な数値とともに提示されますが、この数値の出所となる実証研究は特定されていません。数値が丸すぎること自体が、測定から得られたものでないことを示唆します。

これらに共通するのは、①一部に事実が含まれる、②直感に合う、③実務上の含意が明快、④出所の検証が難しいという性質です。教育の通説を評価するときの点検項目として使えます。

7. 実害はあるのか

効果がないだけなら、信じていても害はないのではないか。この反論に対しては、いくつかの具体的な懸念が指摘されています。

懸念1:資源の配分。診断や研修、教材に費やされる時間と費用は、有効性が確認された方法に回すこともできたものです。機会費用が発生します。

懸念2:固定化。「あなたは視覚型だ」と分類されることが、学習者の自己認識を固定する可能性があります。文章を読むのが苦手だと分類された学習者が、読む練習を回避する理由として使う——この構造は、後の記事で扱うマインドセットの議論と接続します。

懸念3:内容の要求を無視する。内容が特定の様式を要求する場合に、学習者の分類に合わせて様式を変えると、学習そのものが成立しなくなります。楽譜を読む練習を、聴覚型だからという理由で音声に置き換えれば、読譜は身につきません。

懸念4:本当の原因が見えなくなる。学習が進まない理由が前提知識の不足にある場合、様式の不一致という説明を採用すると、対処の方向を誤ります。

一方、過度に断罪すべきでもありません。多様な様式で提示すること自体は、内容によっては有効です(マルチメディア学習の研究が示すとおり、図と説明の組み合わせは効果を持つ場合があります)。問題は、学習者ごとに様式を割り当てるという部分にあります。

8. 個人差は存在しないのか

学習スタイルが否定されることは、個人差が存在しないという意味ではありません。効果が確認されている個人差は複数あります。

前提知識。最も強く成果を予測する個人差です。前の記事で扱った熟達化逆転効果は、この差にもとづきます。同じ教材が、知識量によって有効にも有害にもなります。

作業記憶の容量。個人差があり、複雑な課題の成績を予測します。ただし、指導様式を変えることで補償できるかについては、証拠が限定的です。

読解力・言語能力。あらゆる教科の学習に影響します。

動機づけと自己調整。学習時間の配分や継続に影響します。

これらはいずれも、「様式の好み」とは別の次元の変数です。指導を個別化する根拠を求めるなら、こちらのほうが実証的な基盤があります。とくに前提知識にもとづく個別化は、認知負荷理論の枠組みから具体的な設計指針が導かれます。

9. 普及率はどの程度か

この信念がどれだけ広がっているかを調べた調査が、複数の国で行われています。

教員を対象とした調査では、学習スタイルに合わせた指導が有効だと考える割合が、国を問わず高い水準で報告されています。英語圏の複数国を対象にした調査で、回答者の大多数が肯定したという結果が繰り返し得られています。

注目すべきは、教育や心理学の訓練を受けた層でも割合が下がりにくいという点です。神経科学の入門的な知識を持つ層のほうが、かえって脳に関する誤った通説を信じやすいという結果を報告した研究もあります。断片的な知識が、通説に説得力を与えてしまう構造が示唆されます。

この事実は、対策の方向にも影響します。情報を提供するだけでは信念は変わりにくい。誤りを直接指摘する説明と、正しい代替案の提示を組み合わせる必要があるとされています。単に「それは間違いだ」と伝えると、反発を招くか、記憶に残るのが誤りの側だけになる場合があります。

10. 置き換えるべき問い

学習スタイルを捨てたあと、実務は何を問えばよいのか。研究から導かれる代替の問いを挙げます。

問い1:この内容は、どの様式を要求しているか。学習者ではなく内容から出発します。空間的な関係なら図、時間的な変化なら動き、手順なら実行。内容が決めます。

問い2:この学習者は、何をどれだけ知っているか。前提知識は、指導の量と足場の必要性を決める最も強い変数です。

問い3:同時に処理する要素はいくつか。作業記憶の制約が効くのはここです。要素数を減らす、順に扱う、まとまりを作る、といった対処ができます。

問い4:学習者は出力しているか。入力の様式を調整するより、出力の機会があるかどうかのほうが成果を左右します。検索練習の知見が示すとおりです。

問い5:測定はいつ行っているか。直後か、時間を空けてか。この違いが、方法の評価を左右します。

これらの問いは、いずれも実証的な裏づけを持ち、かつ実務で答えられる形をしています。学習スタイルという問いを捨てても、個々の学習者に合わせるという目的は失われません。合わせる次元が変わるだけです。

11. 通説をどう扱うか

最後に、この事例から一般化できることを整理します。教育の場には、検証されていない主張が流通し続けます。

出所を辿る。数値が示されている場合、その数値がどの研究のどの測定から来たのかを確認します。学習ピラミッドのように、辿れないものがあります。

検証の形式を確認する。その主張が正しいなら、どんなデータが得られるはずか。逆に、どんなデータが得られたら間違いと言えるか。後者に答えられない主張は、検証されていません。

部分と全体を分ける。正しい部分が含まれていることは、全体の正しさを意味しません。学習スタイル論では、命題AとBが命題Cの根拠として流用されていました。

否定されない説明を疑う。誰にとっても都合のよい説明は、受け入れられやすいぶん、検証を経ずに広まります。

代替案を用意する。誤りを指摘するだけでは、実務は動きません。学習スタイルが担っていた機能——学習者ごとの調整、失敗の非人格的な説明——を、別の枠組みで置き換える必要があります。

この最後の点が、実務にとっては最も重要です。通説は、それが満たしていた必要が残っている限り、否定されても戻ってきます。

12. 学習スタイルが担っていた役割を、何が引き継ぐか

誤りを指摘するだけでは実務は動きません。学習スタイル論が果たしていた機能を、証拠のある枠組みで置き換える必要があります。機能ごとに対応を整理します。

機能1:学習者ごとの調整の根拠。これを引き継ぐのは前提知識にもとづく調整です。何をどこまで知っているかで、必要な説明量と足場の量が変わります。認知負荷理論の熟達化逆転効果が、この調整に具体的な指針を与えます。測定も、様式の質問紙より確実です。事前テストで分かります。

機能2:失敗の非人格的な説明。「あなたに合っていなかっただけ」という説明の機能は重要でした。これを引き継ぐのは方略への帰属です。「この方法では届かなかった」という説明は、能力を否定せず、かつ次の行動につながります。帰属理論の枠組みがそのまま使えます。

機能3:多様な提示の正当化。図も音声も体験も使うという実践自体は、内容によって妥当です。これを引き継ぐのは内容の要求にもとづく様式選択と、マルチメディア学習の設計原則です。学習者ではなく内容が決める、という形に置き換わります。

機能4:学習者の自己理解。自分の学び方を知りたいという需要は残ります。これを引き継ぐのは方法の効果を自分で測る手続きです。二つの方法を試し、時間を空けて比較する。診断テストより手間はかかりますが、得られる情報は本物です。

四つとも、代替が存在します。学習スタイルを手放しても、失われる機能はありません。失われるのは、質問紙に答えるだけで自己理解が得られるという手軽さです。

13. この事例の一般的な含意

学習スタイル論の事例は、教育における通説一般について、いくつかのことを示しています。

第一に、流通している主張の強さと、証拠の強さは相関しない。普及率の高さは、検証の結果ではなく、直感との一致と実務上の使いやすさを反映しています。

第二に、否定は難しい。証拠が示されても信念は残ります。とくに、その信念が実務上の必要を満たしている場合はそうです。代替案を用意せずに否定すると、元の信念が戻ります。

第三に、部分的な正しさが全体の正しさに流用される。好みは存在する、個人差は存在する。この二つが、指導様式を合わせると成果が上がるという別の命題の根拠として使われました。主張を命題に分解する作業が、この種の誤りを防ぎます。

第四に、検証の形式を知ることが防御になる。「交差する相互作用が必要だ」という要件を知っていれば、支持する証拠として提示されるものの多くが要件を満たしていないと分かります。この判断は、専門的な統計の知識を必要としません。

教育の実務者にとって、個々の通説の正誤を覚えることより、主張を分解し、検証の形式を問うという手続きのほうが長く使えます。新しい通説は、これからも現れ続けるからです。

まとめ

  1. 学習スタイル論には三つの命題が混在する。好みの存在(A)、認知的な個人差(B)、好みに合わせると成果が上がる(C)。検証対象はCだけ。
  2. Cの検証には交差する相互作用が必要。「視覚型に図を見せたら成績が上がった」では不十分。
  3. パシュラーら(2008)は、要件を満たす研究がほとんど存在せず、満たしたものは否定的な結果だったと報告した。
  4. 様式を決めるのは学習者の属性ではなく学習内容の性質。地図には図、発音には音が要る。
  5. 信念が残る理由は、部分的に正しい・直感に合う・誰も否定されない説明である・検証の形式が知られていない・産業が存在する、の五つ。
  6. 同じ構造の通説に、右脳左脳型、脳の10%説、学習ピラミッドがある。数値が丸すぎるものは測定由来でないことが多い。
  7. 実害は、資源の配分・自己認識の固定化・内容の要求の無視・原因の誤診。
  8. 効果が確認された個人差は前提知識・作業記憶容量・読解力・動機づけ。個別化の根拠を求めるならこちら。

主な参照研究

  • Pashler, H., McDaniel, M., Rohrer, D. & Bjork, R.(2008)学習スタイル仮説の証拠に関する体系的レビュー。検証に必要な設計要件を明示。
  • Willingham, D. T. 学習者の様式の好みと、学習内容が要求する様式との区別についての議論。
  • Rogowsky, B. A. ら 学習スタイルの分類と指導様式の組み合わせを検証した実験。交互作用は見いだされなかった。
  • Nielsen, J. A. ら(2013)安静時の脳活動における半球優位性の検討。個人ごとの優位性は見いだされなかった。
  • Kirschner, P. A.(2017)学習スタイル論が持続する要因についての議論。

※ 本稿は「多様な提示が無効だ」という主張ではありません。否定されているのは、学習者ごとに様式を割り当てる方針です。

教育学・認知心理学・社会心理学・行動経済学・教育経済学の研究をもとにした連載です。

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ryomiyagawa Founder
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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