原体験の掘り下げ方——「なぜ気になったか」を3段掘る

「原体験がない」と言う人ほど、掘り方を知らないだけ

総合型選抜の志望理由書では、しばしば「原体験」が求められます。その分野に関心を持つきっかけになった出来事のことです。ところが多くの受験生が、最初の面談でこう言います。「特別な体験なんてしていません」。

この言葉はほとんどの場合、事実ではありません。体験が無いのではなく、体験を掘る手順を知らないだけです。留学も入院も被災も起業もしていない。だから書くことがない——そう考えている限り、書けるようにはなりません。大学が読みたいのは出来事の珍しさではないからです。

この記事では、原体験をどう見つけ、どう掘り下げ、どこまで書くかを順に整理します。

1. 原体験についての3つの誤解

誤解 実際
珍しい出来事でなければならない 日常の出来事で構わない。珍しさではなく、そのあとの思考が読まれる
感動的な話でなければならない 感動は不要。違和感・不満・疑問のほうが問いにつながりやすい
ひとつの決定的な体験が要る 複数の小さな体験が積み重なった形でよい

とくに2つ目が重要です。心が動いた話より、引っかかった話のほうが使えます。感動は「よかった」で終わりますが、違和感は「なぜだろう」で続くからです。志望理由書は、その「なぜだろう」を大学で解こうとする文章です。

2. 原体験の探し方——出来事ではなく「引っかかり」を探す

探すときは、出来事の一覧を作らないでください。「納得できなかったこと」の一覧を作ります。次の問いに、思いつく限り書き出します。

  • この3年間で、おかしいと思ったけれど言わなかったことは何か。
  • 説明されたが腑に落ちなかったことは何か。学校の規則、授業の内容、ニュースの解説、大人の言い分。
  • 自分だけが気にしていたように感じたことは何か。周りが流したのに自分は引っかかった場面。
  • やってみたらうまくいかなかったことは何か。部活、委員会、アルバイト、家の手伝い、趣味。
  • 同じ話題が出ると、つい長く話してしまうことは何か。

この5つで出てこない受験生は、ほとんどいません。出てきたものが平凡に見えても構いません。平凡な出来事から立てた問いが平凡だとは限らないからです。

3. 3段掘る——「なぜ気になったか」を繰り返す

引っかかりが見つかったら、そこから掘ります。手順は単純で、「なぜそれが気になったのか」を3回繰り返すだけです。

問い 出てくるもの
1段目 何が起きたか 事実の記述
2段目 なぜそれが気になったのか 自分の判断基準
3段目 その基準はどこから来たのか 前提・価値観

例を挙げます。「部活で後輩が辞めた」が1段目。2段目で「引き留められなかったことが気になった」。3段目で「続けることが良いと自分は思い込んでいたが、その前提は正しいのか」。ここまで来ると、出来事の話から問いの話に変わります。

3段目に到達していない志望理由書は、読むと「感想文」に見えます。逆に3段目まで書けていれば、出来事自体は小さくても構いません。大学が知りたいのは、その学生がどういう基準でものを考えるかだからです。

4. 原体験を学問につなぐ——ここで多くが飛ぶ

掘り下げた問いを、志望する学問分野につなぎます。ここで多くの答案が論理を飛ばします。「部活で後輩が辞めた。だから教育学部で学びたい」——間に何段も抜けています。

間を埋めるには、次の3つを言葉にします。

  • その問いは、どの領域の問いなのか。心理学か、社会学か、教育学か、経営学か。同じ現象でも、扱う学問によって問いの立て方が変わります。
  • 自分ひとりで調べて、どこで行き詰まったか。本を読んだ、データを探した、人に聞いた。その結果、何が分からなかったか。
  • 行き詰まった理由は何か。データがない、方法を知らない、概念が整理できていない。ここが大学で学ぶ理由になります。

3つ目が書けていると、志望理由が「学びたい」ではなく「学ぶ必要がある」になります。この差は読み手に伝わります。

5. 書いたあとの点検——面接で崩れないか

志望理由書に書いた原体験は、面接で必ず掘り下げられます。次の質問に答えられるかを、書いた直後に自分で確認してください。

想定される質問 確認すること
それはいつのことですか 時期が言えるか。曖昧だと作り話を疑われる
そのとき、具体的に何をしましたか 行動が言えるか。考えただけで終わっていないか
ほかの見方はありませんでしたか 自分の解釈を相対化できるか
その後、何か調べましたか 関心が継続しているか
なぜ本学でなければならないのですか 大学固有の理由が言えるか

このうち3つ目と4つ目で崩れる受験生が多いという印象があります。自分の解釈が唯一の見方だと思い込んでいる場合と、書類を書いたあと調べていない場合です。どちらも準備で防げます。

6. 避けたほうがよい書き方

  • 盛る。役割を大きく書く、関わった期間を長く書く。面接で掘られて崩れます。
  • 他人の不幸を素材にする。家族や友人の病気・困窮を中心に置くと、本人の思考が見えにくくなります。触れるとしても、自分が何を考えたかに軸を置きます。
  • 抽象語で締める。「多様性の大切さを学びました」で終わると、何も言っていないのと同じです。
  • 複数の体験を並べる。字数が限られているため、1つを深く書くほうが伝わります。

7. 掘り方の実例——3つの分野で

抽象的な手順だけでは動きにくいので、実際にどう掘るかを3つ挙げます。いずれも、よくある平凡な出来事から始めています。

例1:文化祭の集客が伸びなかった(社会科学系)

内容
1段目 文化祭の広報を担当したが、来場者が前年より減った
2段目 SNSの投稿数は増やしたのに減った。量を増やせば届くと思っていたのが外れたことが気になった
3段目 「情報は量を出せば届く」という前提を疑っていなかった。実際には、誰に・どの経路で届くかで結果が変わるのではないか
調べたこと 広報の教科書とSNSの到達の仕組みを読んだ。投稿の量より接触の経路が効くらしいと分かった
行き詰まり 自校のデータしかなく、他校と比べられない。そもそも「届いた」をどう測るのかが分からない
学ぶ理由 測り方(調査設計)と、情報の伝わり方を扱う領域を学ぶ必要がある

例2:祖母の服薬管理が続かなかった(医療・看護系)

内容
1段目 祖母が処方された薬を飲み忘れることが続いた
2段目 本人は必要性を理解している。それでも続かない。知識があれば行動が変わると思っていたのが外れた
3段目 「分かっていればできる」という前提を疑っていなかった。生活の中でどう組み込むかの問題ではないか
調べたこと 服薬アドヒアランスという言葉があることを知った。要因が複数あるらしい
行き詰まり 要因の切り分け方が分からない。家族としての観察と、専門職の観察の違いも分からない
学ぶ理由 患者の生活に即した支援の方法と、職種ごとの役割の違いを学ぶ必要がある

この例では、祖母を素材にしているのに、書いているのは自分の思考の変化である点に注意してください。他人の状況を中心に置くと弱くなりますが、自分の前提が崩れた話として書けば成立します。

例3:プログラムが動かなかった(理工・情報系)

内容
1段目 作ったアプリが、自分の端末では動くのに友人の端末では動かなかった
2段目 コードは同じなのに結果が違う。「同じものは同じように動く」と思っていたのが外れた
3段目 動作は環境に依存する。ではどこまでが自分の設計の責任で、どこからが環境の問題なのか
調べたこと 実行環境の違いについて調べ、切り分けの手順があることを知った
行き詰まり 再現できない不具合をどう扱うかが分からない。試行錯誤以外の方法を知らない
学ぶ理由 体系的な検証の方法を学ぶ必要がある

3例に共通しているのは、「思っていたことが外れた」という形です。外れた瞬間が、問いの入口になります。うまくいった話より、外れた話のほうが掘りやすいのはこのためです。

8. 字数の配分——原体験に使いすぎない

志望理由書の字数は限られています。よくある失敗が、原体験のエピソードに字数の半分以上を使い、肝心の「大学で何を学ぶか」が数行で終わる形です。

要素 目安 書く内容
原体験 2割 出来事は簡潔に。3段目の気づきを中心に
問いの設定 2割 何を知りたいのか。条件を入れて絞る
自分で調べたこと 2割 何を読み、何が分かり、どこで行き詰まったか
大学で学ぶこと 3割 その大学・学部の何が、行き詰まりを解くのに必要か
その後の展望 1割 断定しない。方向だけ示す

指示がある場合は指示が優先です。ただし指示がないとき、原体験は2割で足ります。読み手は物語を読みたいのではなく、思考の筋道を見たいからです。

9. よくいただく相談

相談 考え方
部活も委員会もやっていない 活動の有無は関係ない。引っかかった経験があればよい。読書やゲーム、家庭内の出来事でも成立する
体験が志望分野と関係ない 関係づけを無理に作らない。問いのレベルまで掘れば、分野は後からつながることが多い
複数の分野に興味がある 絞れないこと自体は問題ではない。ただし書類では1つに決める。決められないなら、問いの解像度がまだ低い
昔の話でもよいか よい。ただし「その後も関心が続いている証拠」を添える
失敗の話でもよいか むしろ適している。失敗のあとに何を考えたかが書ける

10. なぜ原体験が書けなくなるのか——3つの詰まり方

手順を示しても書けない場合、詰まっている場所はだいたい3つのどれかです。自分がどれに当たるかを見分けると、対処が変わります。

詰まり1:出来事を「大きさ」で評価してしまう

留学した人、全国大会に出た人、家族を亡くした人。そういう話と比べて、自分の話は軽いと感じる。この比較が手を止めます。

しかし、書類を読む側は複数の受験生を並べて「体験の重さ」を採点しているわけではありません。読んでいるのはその出来事から何を考えたかです。重い出来事を書いても、そこから何も考えていなければ評価されません。逆に、日常の小さな出来事でも、前提が崩れた瞬間を書けていれば伝わります。

対処は単純です。他人の書類を想像するのをやめること。比較を始めた時点で、自分の記憶を掘る作業が止まります。

詰まり2:結論から逆算してしまう

「経済学部に行きたいから、経済に関係する体験を探そう」。この順序で探すと、たいてい見つかりません。見つかったとしても、取ってつけた話になります。

実際の順序は逆です。引っかかりを先に掘り、そのあとで、その問いがどの学問領域に属するかを調べます。「文化祭の集客」から始まった問いが、広告論にも社会心理学にも経営学にもつながりうる。どこにつなぐかは、掘ったあとで決められます。

志望学部が先に決まっている場合でも、順序は変えないほうが安全です。掘ってみたら別の学部のほうが合っていた、という結論もありえます。それは失敗ではなく、出願前に気づけた利益です。

詰まり3:記憶が「要約」されている

人は出来事を要約して覚えています。「文化祭は大変だった」「部活はきつかった」。要約された状態からは、何も掘れません。

解くには、場面をひとつ選んで、その日の具体を思い出すことです。誰がいたか、何を言われたか、そのとき何を思ったか。細部を思い出すと、要約では消えていた引っかかりが戻ってきます。

手を動かす方法としては、「その日のことを、時系列で15行書く」のが有効です。うまく書こうとせず、箇条書きで構いません。15行書いたあとで読み返すと、自分でも意外な箇所に引っかかりが見つかります。

11. 面接での掘り下げに、どこまで備えるか

原体験は面接で必ず掘られます。どこまで備えればよいかの目安を示します。

掘り下げの段階 質問の例 備えるべき深さ
第1段 その体験について教えてください 1分で話せる形。出来事は30秒、考えたことに30秒
第2段 そのとき、具体的にどう対応しましたか 実際の行動を2つ。うまくいかなかったことも含める
第3段 なぜそう考えたのですか 判断の基準。3段掘りの2段目にあたる
第4段 ほかの見方はありませんでしたか 自分と違う立場を1つ、具体的に述べられる
第5段 今、同じ場面ならどうしますか 調べたことを踏まえて、変わった点を言える

第4段と第5段で止まる受験生が多いという印象があります。第4段は「自分の解釈が唯一ではない」と認める質問で、第5段は「その後も考え続けているか」を見る質問です。どちらも、正解を言えるかではなく、考える姿勢があるかを見ています。

第5段に備えるには、書類を出したあとも関心を追い続ける必要があります。月に1回、関連する記事や本を1つ読んで、3行メモを残すだけで十分です。

12. 短い字数でどう書くか

志望理由書の字数が400字や600字と短い大学もあります。その場合、原体験に割ける字数は100字前後です。書き方を変える必要があります。

字数 原体験の書き方
400字 出来事は1文。「〜という経験から、〜ではないかと考えた」で問いに直結させる
800字 出来事2文+崩れた前提1文。合計3文程度
1200字以上 場面の描写を少し入れられる。ただし描写で終わらない

短いほど、削るのは描写、残すのは前提の崩れです。「文化祭の広報を担当し、投稿数を増やしたが来場者は減った」——これで出来事は足ります。ここに「量を増やせば届くという前提が誤っていた」を足せば、100字で原体験の役割を果たします。

13. 書いてよいことと、書かないほうがよいこと

原体験には、家族や友人が登場することがあります。扱いには配慮が要ります。

  • 他人の病気・障害・困窮を中心に据えない。触れる場合も、自分が何を考えたかに軸を置く。相手を「学びの素材」にした書き方は、読み手に悪印象を与えます。
  • 特定できる形で他人の失敗を書かない。学校名や個人が推測できる書き方は避けます。
  • 本人の許可を取れるなら取る。家族の話を書くなら、一言伝えておくほうが安全です。
  • 事実と異なることは書かない。面接で崩れるだけでなく、発覚すれば合格取り消しの対象になりえます。

最後の点は繰り返しておきます。盛る誘惑は、字数が埋まらないときに強くなります。埋まらないのは体験が足りないからではなく、掘れていないからです。盛る前に、3段掘りに戻ってください。

14. 60分でやる原体験の棚卸し

ここまでの手順を、実際の作業として60分に落とします。紙とペンだけで行えます。分からなくなったら、この順でやり直してください。

時間 やること 止まったときの対処
0〜10分 「納得できなかったこと」を思いつく限り書き出す。15個を目標にする 質を気にしない。ばかばかしいものも書く
10〜15分 書き出した中から、今でも話したくなるものを3つ選ぶ 迷ったら「人に話したことがあるか」で選ぶ
15〜30分 3つそれぞれについて、その日のことを時系列で15行書く 思い出せない箇所は「思い出せない」と書いて進む
30〜45分 3つに3段掘りを当てる。3段目まで届いたものを1つ選ぶ 届かないものは、まだ要約されている。細部に戻る
45〜55分 選んだ1つについて「自分で調べたこと」と「行き詰まったこと」を書く まだ調べていないなら、ここが次の宿題になる
55〜60分 面接の5つの質問に、声に出して答えてみる 詰まった質問が、次に埋める穴

60分で完成させる必要はありません。1回目は穴が見つかれば成功です。多くの場合、45〜55分の「調べたこと」が空になります。それが分かった時点で、次にやることが決まります。

15. 学年別に、いつ何をするか

原体験は出願直前に作るものではありません。学年ごとにやることが違います。

時期 やること やらなくてよいこと
高1 引っかかったことをメモに残す習慣をつける。月1行でよい 志望学部を決めること。まだ早い
高2前半 メモを見返し、繰り返し出てくる話題を見つける 活動を新しく始めること
高2後半 その話題の入門書を1冊読む。専門用語を拾う 学術論文を読むこと。まだ負荷が高い
高3春 3段掘りをして、問いの形にする 完成させること。この時点では粗くてよい
高3夏 書類を書き、面接の5質問で点検する 体験を追加すること。深さを足す時期
高3秋 出願。面接では「その後調べたこと」を話せる状態にする 新しい問いに乗り換えること

高1・高2で大事なのはメモを残すことだけです。何かを成し遂げる必要はありません。3年後に掘る材料があるかどうかで、書類の質が決まります。

すでに高3で、メモが何もない場合でも間に合います。記憶から掘るのがこの記事の手順だからです。ただし、45〜55分の「調べたこと」に充てる時間は確保してください。ここが薄いと、面接で必ず見抜かれます。

16. 読み手はどこを見ているか

最後に、読む側の視点を整理しておきます。志望理由書の原体験のところで、大学の教員が見ているのは次の4点だと考えられます。

見られている点 何で判断されるか
その問いが本人のものか 細部の具体性。借り物の問いは細部がない
自分の考えを疑えるか 前提が崩れた記述があるか。断定だけで進んでいないか
関心が続いているか 体験のあとに何をしたかが書かれているか
大学で伸びるか 行き詰まりを自覚し、言語化できているか

4つとも、体験の派手さとは無関係です。逆に言えば、この4つを満たしていれば、どんな体験からでも書けます。「特別な体験がない」という悩みは、ここに気づいた時点でほぼ解消します。

当塾の立場

当塾は総合型選抜の指導を行っています。その前提でお読みください。

そのうえで、原体験を作るために活動を始めることは勧めていません。出願のために始めた活動は、面接で掘り下げられたときに動機の薄さが出ます。すでに起きたことの中から掘るほうが、結果として強い書類になります。

また、指導者が原体験を提案することもしません。本人が引っかかっていないことを書くと、面接で答えられなくなるからです。掘る手順は示しますが、何を書くかは本人が決めることだと考えています。

まとめ

  1. 原体験が無いのではなく、掘り方を知らないだけのことが多い。
  2. 探すのは出来事ではなく「納得できなかったこと」。感動より違和感。
  3. 「なぜ気になったか」を3回繰り返す。3段目で前提が出てくる。
  4. 学問につなぐには「ひとりで調べてどこで行き詰まったか」を書く。
  5. 書いたら面接の5つの質問で自己点検する。
  6. 盛らない。出願のために活動を始めない。

総合型選抜の選考内容・評価方法は大学ごとに異なり、毎年変更されます。実際の出願にあたっては志望校の最新の募集要項をご確認ください。

この記事と関わりの深い記事です。

記事全体の見取り図は記事の索引——テーマ別に、どれから読めばよいかにまとめています。

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ryomiyagawa Founder
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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