数学はどこまで戻るべきか——戻り学習の判断と手順

数学だけは、戻らないと進めない

数学の点が取れないとき、「今やっている単元の演習量が足りない」と考えて問題集を増やす家庭が多くあります。しかし当塾で実際に手を動かさせてみると、詰まっている原因が今の単元ではないことが非常に多くあります。

数学は積み上げの科目です。分数の計算が怪しい高校生は、微分の計算でも必ず落とします。戻らずに進むと、どの単元でも同じ場所で失点し続けます。この記事では、どこまで戻るべきかの判断と、戻る作業を短く終わらせる方法を書きます。

1. なぜ戻ることが嫌われるのか

戻る勉強には、心理的な抵抗があります。高校生に中学の内容をやらせると、多くの生徒が嫌がります。「今さらこれをやっている場合ではない」と感じるからです。保護者からも「学校の進度から遅れませんか」と聞かれます。

この感覚は理解できますが、結果としては逆になります。戻らずに進んだ場合、進んだ範囲すべてで同じ失点が続くため、直すべき箇所が増え続けます。戻る作業は先送りするほど大きくなります。

もう一つ、戻る勉強が嫌われる理由は「時間がかかりそう」という予想です。実際には、原因を絞って戻れば数週間で終わることがほとんどです。中学3年分をやり直すわけではありません。

2. どこまで戻るかを特定する

戻る範囲を決めるには、間違えた問題の間違え方を見ます。答えが合っているかどうかではなく、途中式のどこで崩れたかです。

崩れた場所 戻る先
符号を落とす・分配法則を間違える 中1 正負の数・文字式
分数・約分でつまずく 小学校 分数の四則/中1
式変形の途中で移項を間違える 中1 一次方程式
因数分解ができない・展開が遅い 中3 展開と因数分解
平方根の扱いが怪しい 中3 平方根
関数のグラフが描けない 中2 一次関数/中3 二次関数
図形で補助線が引けない 中2 図形の証明
文章題で式が立たない 中1〜中2 方程式の利用

ここで重要なのは、戻る先は1〜2単元に絞れるということです。「中学数学を全部やり直す」必要はほとんどありません。実際に崩れているのは、たいてい計算の特定の操作です。

当塾が最初の面談で必ずやるのは、この特定です。解けなかった問題ではなく、途中式を見せてもらいます。答えだけでは、どこで崩れたかが分かりません。

3. 計算で崩れている場合

もっとも多いのがこれです。そして、もっとも短く終わる種類でもあります。

症状

  • 解き方は合っているのに答えが合わない
  • 符号のミスが毎回出る
  • 途中式を書かず、暗算で飛ばす
  • 分数が出てくると急に時間がかかる

手当て

該当する計算だけを、1日20問、2〜3週間。これで多くは通過します。ポイントは3つです。

  1. 途中式を必ず書かせる——暗算で飛ばした行が、ミスの発生源です。書かせれば、どこで間違えたかも本人に見えます。
  2. 時間を計る——正確さだけでなく速さも必要です。1問あたりの目安時間を決めます。
  3. 間違えた問題を種類で分類する——符号なのか、約分なのか、移項なのか。同じ種類が繰り返されるなら、そこが本体です。

計算が安定すると、上の単元での失点が一気に減ります。投入時間に対して効果がもっとも大きいのがこの層です。

4. 概念で崩れている場合

計算ではなく、意味が分かっていない場合です。関数のグラフが描けない、図形の証明で何を示せばよいか分からない、といった症状です。

ここは計算のような反復では通過しません。言葉で説明させるのが手当てになります。

  • 「一次関数の傾きは何を表しているか」を、式ではなく言葉で言えるか
  • 「この証明で、結局何が言えれば終わりなのか」を先に言えるか
  • 「なぜこの補助線を引くのか」を説明できるか

説明できない場合、解法を暗記しているだけです。暗記でも似た問題は解けますが、少し形が変わると崩れます。定期テストは取れるのに模試で取れない、という生徒の多くがこの状態です。

手当て

1問について、解いた後に「何をやったか」を口で説明させます。「まず〜を求めて、それを使って〜を出した」という筋が言えれば、その問題は自分のものになっています。言えなければ、まだ解法をなぞっただけです。

この作業は個別指導の形でしかやりにくい部分です。集団授業では、一人ひとりに説明させる時間が取れません。

5. 文章題で式が立たない場合

計算はできる、公式も覚えている、しかし文章題になると手が止まる。この場合、原因は数学ではなく情報の整理にあります。

手当て

式を立てる前に、必ず次の3つを紙に書かせます。

  1. 分かっていること——問題文から数値と条件を抜き出す。
  2. 求めるもの——何をxとおくかを決める。
  3. 関係——分かっていることと求めるものが、どうつながるか。

多くの生徒は、この3つを頭の中でやろうとして失敗しています。書かせるだけで解ける問題がかなりあります。

とくに2番目の「何をxとおくか」で迷う生徒が多く、ここは経験で決まる部分です。「求めたいものをxとおく」が基本ですが、それだと式が複雑になる場合は別のものをxにします。この判断は、10問ほど並べて比べさせると身につきます。

6. 「遅いだけ」の場合

時間をかければ解けるが、テストでは終わらない。この場合は、上の1〜3のどこかが完全には固まっていないことが多くあります。

ただし、本当に速度だけが問題である場合もあります。判別は簡単で、同じ問題をもう一度解かせて時間を測ることです。2回目が大幅に速くなるなら、手順を思い出すのに時間がかかっているだけで、定着が浅いということです。

この場合の手当ては、同じ問題集を2周目、3周目と回すことです。新しい問題集に手を出すより効きます。3周目で1問あたりの時間が半分になっていれば、定着したと考えてよいでしょう。

7. 定期テストと模試のずれ

定期テストは取れるのに模試が取れない、という相談は数学で特に多くあります。理由は出題の性質が違うからです。

定期テスト 模試・入試
範囲 直前の数単元 既習範囲すべて
問題 授業・課題で扱った形に近い 初見の形が混ざる
効く力 直前の暗記でも届く 手順の意味の理解が要る

したがって、定期テストの点数だけを見ていると、実力の判断を誤ります。模試の結果のほうが現在地に近いと考えてください。

逆に、定期テストで崩れているなら、それはもっと手前の問題です。範囲が限られ、扱った形が出るテストで取れないなら、その単元は入っていません。

8. ノートの取り方が結果を変える

数学のノートを見せてもらうと、生徒の状態がかなり分かります。次のようなノートは、成績が伸びにくい状態を示しています。

  • 答えしか書いていない——どこで間違えたか本人にも分からないため、同じミスが繰り返されます。
  • 間違えた問題を消しゴムで消している——間違いの記録が残らず、復習の材料が消えます。
  • 詰めて書いている——行が詰まると、途中式を飛ばす癖がつきます。
  • 丸つけだけして終わっている——正解した問題も、たまたま合っただけかもしれません。

当塾で指導するのは単純なことで、途中式を1行ずつ改行して書く/間違いは消さずに横に正しい式を書くの2点です。これだけで、復習のときに見るべき場所が明確になります。

とくに2点目は効果が大きく、自分がどの操作で間違えやすいかが視覚的に分かるようになります。符号なのか、約分なのか、代入なのか。これが分かれば、対策する場所が決まります。

9. 問題集の選び方と使い方

問題集を選ぶときの基準は、難易度ではなく解説の詳しさと、自力で解ける問題の割合です。

目安として、初見で6〜7割解ける難度が適切です。半分も解けない問題集は、実力より上すぎます。ほぼ全部解ける問題集は、確認にはなりますが伸びしろがありません。

使い方は次のとおりです。

  1. 1周目——解けた問題に○、解説を読んで分かった問題に△、解説を読んでも分からない問題に×をつける。
  2. 2周目——△と×だけを解く。○は飛ばす。
  3. 3周目——2周目で×だったものだけ。

この方法だと、周を重ねるごとに問題数が減るため、3周目は短時間で終わります。全問を3周するより、はるかに現実的で効果も高いやり方です。

×が多すぎて2周目が終わらない場合は、その問題集が実力より上です。1段階下げてください。ここで無理をすると、解説を写すだけの作業になります。

当塾の立場

戻る勉強を提案すると、抵抗されることがあります。当塾では、戻る範囲を先に示して、どれくらいで終わるかを伝えるようにしています。「中学からやり直し」ではなく「この計算だけを3週間」と具体化すれば、納得されることがほとんどです。

正直に書くと、戻る量が多い生徒の場合、学校の進度と並行して進めることになるため、一時的に負担が増えます。ここを隠して始めると続きません。最初に負担の見通しを共有することが、この方法を成立させる条件です。

また、戻ったことで下の層が固まると、上の単元の理解が速くなります。結果として、遅れを取り戻す速度は途中から上がります。この見通しも最初に伝えます。

まとめ

  1. 数学の失点は、今の単元ではない場所が原因であることが多い。
  2. 戻る先を決めるには、答えではなく途中式の崩れ方を見る。
  3. 戻る範囲は1〜2単元に絞れる。全部やり直す必要はない。
  4. 計算の崩れは2〜3週間で通過する。効率がもっとも高い層。
  5. 概念の崩れは反復では直らない。言葉で説明させる
  6. 文章題は「分かっていること/求めるもの/関係」を書かせる
  7. 定期テストではなく模試を現在地の指標にする。

この記事と関わりの深い記事です。あわせてお読みいただくと、判断の材料が揃います。

記事全体の見取り図は記事の索引——テーマ別に、どれから読めばよいかにまとめています。

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ryomiyagawa Founder
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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