一人の生徒で効果を確かめる——単一事例研究法
この連載では、ずっと大人数の比較を扱ってきました。無作為化比較試験、メタ分析、効果量。
しかし、目の前にいるのは一人です。
「この子に、この教え方は効いているのか」——この問いに、一人のデータだけで答える方法があります。
そして、その方法は特別支援教育とリハビリテーションの分野で、50年以上かけて磨かれてきました。低頻度の障害を持つ子どもを対象とする領域では、大人数を集めること自体が難しいからです。
一言でいうと(この記事の性格)
これは、個別指導塾のための方法論です。
単一事例実験デザイン(SCED)は、少数の対象に、反復測定と、介入の順次導入を組み合わせて、因果を検証します [1]。
ただし——この分野にも、深刻な出版バイアスがあります。「実験的統制を示せなかった研究は公表されにくく、既存の研究体は介入の効果を人為的に膨らませている可能性がある」 [2]。
そして1,425本を調べると、約6割が効果量算出の前提を満たしていませんでした [3]。
結論を先に8点書きます。
- 一人でも、因果の検証ができます。鍵は「反復測定」と「介入の順次導入」です [1]。
- What Works Clearinghouse は、この設計に3段階の判定基準を作りました [4]。
- 反証。実験的統制を示せなかった研究は、公表されにくい [2]。
- 1,425本のうち、59.88%が効果量算出の前提を満たしませんでした [3]。
- 「空の訓練期」を人為的に作ると、効果量が約4倍になりました [5]。
- 効果が検出できない最も多い理由は、ベースラインの長さ・傾向・不安定性です [6]。
- 行動を「増やす」介入のほうが、「減らす」介入より効果量が大きく出ます [7]。
- そして——個別の研究から一般化するときは、慎重さが求められます [8]。
1. 基本の考え方
単一事例実験デザイン(single-case experimental design, SCED)とは、次のような方法です [1]。
- 少数の対象(典型的には1〜3人)で介入の効果を検証する
- 反復測定——同じ指標を、何度も測る
- 介入の順次的(時に無作為化された)導入
- 方法固有のデータ分析——視覚分析と、この設計のための統計
一言でいうと(比較の相手は「他人」ではなく「過去の自分」)
集団比較では、介入群と統制群という別々の人を比べます。
単一事例では、同じ人の「介入前」と「介入中」を比べます。
——だから個人差の問題が、原理的に消えます。その子に効いたかどうかを、その子のデータだけで判定できます。
3つの基本設計
| 設計 | 手順 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 導入・撤回(ABAB) | 測る → 介入 → 介入をやめる → また介入 | やめると効果が消える介入(環境調整など) |
| 多層ベースライン | 複数の対象・行動・場面で、開始時期をずらして介入する | やめても効果が残る介入(技能の習得) |
| 交代介入 | 2つ以上の方法を、交互に試す | どちらの方法が良いかを比べたいとき |
設計の選択は「介入の効果が、やめたら消えるか、残るか」で決まります [6]。
一言でいうと(塾にとって重要な区別)
「やめたら消える」介入なら、ABABが使えます。——たとえば、座席を変える、時間帯を変える。
「やめても残る」介入には、ABABは使えません。——一度理解した解法は、やめても忘れません。
だから学習の介入では、多層ベースライン設計が中心になります。
2. 多層ベースラインを、具体例で
一言でいうと
「開始時期をずらす」ことが、統制群の代わりになります。
まだ介入していない領域が、その時点での比較対象になるからです。
——以下は当塾が作った説明用の例であり、実際のデータではありません。
1節の設計を、塾の場面に置き換えてみます。
状況——中学2年生。数学の「一次関数」「連立方程式」「確率」の3単元で、いずれも小テストの正答率が4〜5割で止まっている。「解く前に、問題文から分かることを書き出す」という手順を教えたい。
やってはいけない進め方
3単元すべてで、同時にこの手順を教える。——2週間後、正答率が7割になった。「効いた」と判断する。
一言でいうと(これでは判定できません)
2週間のあいだに、他のことも起きています。授業が進んだ、定期テストが近づいた、本人が慣れた。
——手順の効果と、それ以外の効果を、区別できません。
多層ベースライン設計
| 週 | 一次関数 | 連立方程式 | 確率 |
|---|---|---|---|
| 1〜3週 | 測るだけ | 測るだけ | 測るだけ |
| 4〜6週 | 手順を教える | 測るだけ | 測るだけ |
| 7〜9週 | 手順を継続 | 手順を教える | 測るだけ |
| 10〜12週 | 手順を継続 | 手順を継続 | 手順を教える |
この設計で、何が判定できるのか。
- 4週目に一次関数だけが上がり、他の2単元が動かなければ——上昇は手順によるものだと考えられます
- 7週目に連立方程式が上がり、確率が動かなければ——1回目の再現です
- 10週目に確率が上がれば——2回目の再現です
- 逆に、4週目に3単元とも上がったなら——手順以外の何かが効いています
一言でいうと(「まだやっていない単元」が統制群)
同じ生徒の、まだ介入していない領域が、比較の相手になります。
——だから統制群を作らずに、因果の検証ができます。これが多層ベースライン設計の核心です。
そして3回にわたって同じパターンが出れば、偶然では説明しにくくなります(3節)。
実務上の注意が2つあります。
- ベースラインは3〜5点は取る——8節のとおり、短すぎると比較の基準が定まりません [6]
- 3単元の難易度と測り方を揃える——測り方が変われば、比較が壊れます
この手続きに、追加の費用はかかりません。必要なのは「すぐに全部変えない」という判断だけです。
やめたら消える介入なら、ABABが使える
1節のとおり、効果がやめたら消える介入には、導入・撤回設計(ABAB)が使えます。
例:「授業の最初の5分を、前回の復習にあてる」という運用を検証する場合。
| 期間 | やること | 測るもの |
|---|---|---|
| A1(3〜4回) | 通常どおり | 授業終了時の確認テストの正答率 |
| B1(3〜4回) | 最初の5分を復習にあてる | |
| A2(3〜4回) | 元に戻す | |
| B2(3〜4回) | また復習を入れる |
一言でいうと(「元に戻す」のが要点です)
B1で上がり、A2で下がり、B2でまた上がる。このパターンが出れば、上昇の原因は復習の5分だと考えられます。
——多くの塾は「良くなったらそのまま」にします。だから本当にそれが効いたのかは、永久に分かりません。
元に戻すのは、勇気の要る判断です。そして、それが因果を見る唯一の方法です。
ただし注意があります。——戻したときに成績が下がる可能性を、保護者と本人に事前に説明する必要があります。受験直前期には使えません。これは当塾の実務判断です。
3. 何をもって「効いた」と言うか
この分野の判定は、伝統的にグラフの視覚分析で行われてきました [9]。
見るのは、次の点です。
- 水準(level)——介入の前後で、平均的な高さが変わったか
- 傾向(trend)——上昇・下降の向きが変わったか
- 変動(variability)——ばらつきが変わったか
- 即時性(immediacy)——介入の直後に変化が起きたか
- 重なり(overlap)——介入前と介入中のデータ点が、どれだけ重なっているか
そして、これらを複数回にわたって再現できたとき、機能的関係(functional relation)——つまり因果——が示されたと判断されます [8]。
一言でいうと(再現が要件になっている)
1回変わっただけでは足りません。
介入を入れる → 変わる/外す → 戻る/また入れる → また変わる。この繰り返しが、偶然では説明しにくい証拠になります。
——「やってみたら上がった」は、この基準を満たしていません。
4. WWCの基準——3段階の判定
2013年、米国の What Works Clearinghouse(WWC)が、この設計の公式な基準を策定しました(1,350引用)[4]。
判定は2段階で行われます。
| 段階 | 見るもの | 判定 |
|---|---|---|
| デザイン基準 | 方法論的な健全性 | 基準を満たす/留保つきで満たす/満たさない |
| エビデンス基準 | 報告された証拠の信用性(視覚分析の訓練を受けた評価者による) | 強い証拠/中程度の証拠/証拠なし |
この基準はその後も改訂が続いています [10][11]。2022年には特別支援教育の文脈で次世代のガイドラインが提案され、内的妥当性、一般性と受容可能性、報告についての新しい示唆が示されました [12]。
一言でいうと
「一人のデータだから緩い」ということはありません。
——むしろ集団研究より厳しい面があります。再現の回数、測定の信頼性、手続きの忠実度が、すべて要件になります。
報告の基準——何を書けば、検証可能になるか
基準はデザインだけでなく、報告の仕方にも及びます。
2018年の論文(83引用)は、方法論的な質について「必須(essential)」と「望ましい(aspirational)」の2水準の基準を整理しました [18]。著者らは「単一事例研究の実験の質を高めること」を強く求めています。
2026年には、データ分析の報告ガイドラインが提案されています [19]。既存の2つの枠組みを拡張したものです。
- JARS(Journal Article Reporting Standards)——量的介入研究の報告基準
- SCRIBE 2016 チェックリスト——単一事例の行動介入の報告ガイドライン
新しい提案の特徴は、視覚分析と統計分析の両方について、無作為化設計と非無作為化設計を区別してガイドラインを示している点です [19]。
一言でいうと(報告の基準が、検証可能性を決める)
何を記録し、何を書くかが決まっていなければ、後から検証できません。
——そして7節で見た「空の訓練期」は、まさに報告の基準の問題です。
記録しなかった期間は、なかったことになります。
5. 反証——効果が出なかった研究は、公表されない
この分野の最大の問題です。
2018年の論文(77引用)が、正面から指摘しています [2]。
「実験的統制の実証は、質の高い単一事例研究の証とされている。実験的統制を示せなかった研究は、研究者がそれを投稿しようとせず、雑誌も否定的な結果を公表しそうにないため、公表されないかもしれない(すなわち、お蔵入り効果)」
そして、帰結です。
「単一事例研究は、特別支援教育における介入研究の大きな部分を占める。したがって、主として実験的統制を示した研究から成る既存の研究体は、介入の有効性を人為的に膨らませている可能性がある」
一言でいうと(構造的な問題です)
この分野では「効果を示せたこと」が、質の高さの証とされています。
だから、効果を示せなかった研究は、質が低いと見なされ、公表されません。
——「質の基準」と「出版バイアス」が、同じものになっています。
これはゲーム学習で見た「負の効果が1件も見つからない」状況と、同じ構造です。
著者らは「完全な実験的統制を示せなかった厳密な研究も、公表される介入研究の体に含めることが重要である」と主張し、「非再現研究が介入の境界を発見する役割」を強調しています。
6. 効果量をめぐる混乱
視覚分析だけでは、研究どうしを統合できません。そこで効果量の指標が導入されました [13][14]。
ところが、これが新しい問題を生みました。
2024年、33の特別支援教育の雑誌から1999年から2021年の1,425本を無作為抽出して調べた研究があります [3]。
調べたのは、WWCが用いる「デザイン比較可能な効果量」の前提を満たしているかです。
結果——1,425本のうち 59.88% が、デザイン・参加者数・処遇の再現に関する前提を満たしていませんでした。
そして除外率は雑誌の焦点によって異なり、発達障害のある生徒を扱う雑誌で、最大の割合の論文が失われました。
一言でいうと(約6割が統合できない)
単一事例研究の多くは、統計的分析に必要な前提を満たしていません。
——これは研究の質が低いという意味ではありません。視覚分析のために設計された研究を、後から統計分析にかけようとしているためです。
そして最も除外されたのは、最も代替手段が少ない領域でした。
効果量の報告そのものが、まだ少ない
2001年から2025年の3つの主要誌を対象にした2026年のレビューは、1,969本を選別して194本の介入研究と124本のレビューを特定しました [15]。
- 効果量を1つ以上報告していたのは、介入研究の 42.27%、系統的レビューの 55.65%
- 最も多く使われた指標は「非重複データの割合(PND)」と「Tau-U」
- PNDへの依存は減り、Tau-U の使用が増えている
増やす介入と、減らす介入では違う
さらに、効果量の解釈そのものに関わる所見があります [7]。
「行動を減らすことを狙う処遇の効果量は、より制約されうる。意図される方向がゼロ(絶対的な下限)だからである。逆に、行動を増やす介入の効果量は、測定上の絶対的な上限がないため、制約が少ない」
実際、行動を増やす処遇の効果量の平均と範囲は、減らす処遇より有意に大きいという結果でした。
一言でいうと
「宿題をやる回数を増やす」介入のほうが、「私語を減らす」介入より、効果量が大きく出ます。
——介入の優劣ではなく、天井と床の違いです。
著者らは「増やす処遇と減らす処遇で、別々の基準を作る必要がある」と述べています。
7. 「空の訓練期」が、効果量を4倍にした
もう一つ、設計上の落とし穴があります。
多くの単一事例研究では、参加者が訓練を受けている期間のデータが記録されません。この「空の訓練期(empty training phase)」について、WWCは最低限の証拠基準を満たさないという見解を示しました [5]。
2024年の研究は、この影響を実際に検証しました。既存のメタ分析のデータから、人為的に「空の訓練期」を作ったシミュレーションを行ったものです。
結果——「人為的に設計された空の訓練期を持つシミュレーション研究の効果は、元の、改変していないデータの効果のほぼ4倍だった」
一言でいうと(記録しない期間が、数字を作る)
「うまくできなかった時期」のデータを落とすと、効果量が約4倍に膨らみます。
——これは不正ではなく、慣習的な記録の仕方から生じます。
塾で「できるようになった記録」だけを残すことも、構造的には同じです。
8. 効果が検出できないとき、何が起きているか
この節が、実務では最も役に立ちます。
2023年の総説は、SCEDで介入効果が検出されない最も頻繁な理由を挙げています [6]。
- ベースラインの長さ——介入前の測定が短すぎる
- ベースラインの傾向——介入前から既に上昇していた
- ベースラインの不安定性——介入前のばらつきが大きすぎる
一言でいうと(すべて「介入前」の問題です)
効果が見えない原因の多くは、介入そのものではなく、介入前の測り方にあります。
・短すぎると、比較の基準が定まらない
・既に上がっていると、介入の効果と区別できない
・ばらつきが大きいと、変化が埋もれる
——だから「まず何回か測る」ことが、この方法の中核です。
同じ総説は「実行可能なときはいつでも、N-of-1試験が他のSCEDや集団の無作為化比較試験より好まれるべきである」とも述べています [6]。多層ベースライン設計における無作為化と、無作為化検定に基づく検定力の計算も説明されています。
リハビリテーション分野の実務ガイド(319引用)も、同じ論点を扱っています [1]——反復測定する指標の選択、般化の評価、無作為化、手続きの忠実度、再現、そして所見の一般化可能性。
9. 一人の結果を、どこまで広げられるか
この方法の最大の限界です。
2018年の解説論文(66引用)は、明確に書いています [8]。
「我々の持ち帰るべきメッセージは、単一事例デザインは、ある指導的介入が生徒の成果の改善を引き起こすかどうかを判定するために使えるが、個々の単一事例研究から結果を一般化するときには慎重さが求められるということである」
一言でいうと(因果は言えるが、一般化は言えない)
「この子に、この方法が効いた」——これは言えます。因果の検証としては、むしろ強い設計です。
「だから他の子にも効く」——これは言えません。
——因果推論の記事で扱った内的妥当性と外的妥当性のトレードオフが、最も極端な形で現れています。
効果量の分布についても、同じ問題が報告されています。小学校の教室での131研究・645のA-B比較を分析した研究は、「効果量は異質であり、機能的関係の判定、障害の有無、実施の変数によって異なっていた」と述べ、「異質な結果を説明しうる追加の変数について、さらなる研究が必要である」と結論しています [16]。
別の系統的レビューも、効果量の分布のばらつきの一部は、従属変数の型・デザインの型・測定システムによって説明できると報告しています [17]。
10. 塾での応用——これは当塾のための方法論である
ここからは、当塾の実務判断です。研究がそう述べているわけではありません。
個別指導塾は、この方法の前提を構造的に満たしています。
| SCEDの要件 | 個別指導塾の状況 |
|---|---|
| 少数の対象 | 1対1または1対2 |
| 反復測定 | 毎回の小テスト・演習の記録 |
| 介入の順次導入 | 教え方を変えるタイミングを、こちらが決められる |
| 長期の観察 | 数か月から数年、同じ生徒を見る |
一言でいうと
大規模な比較実験は、塾にはできません。
しかし単一事例の検証は、塾にこそできます。
——そしてそれをやっている塾を、当塾は知りません。当塾も、体系的にはやってきませんでした。
最小限の手続き
研究の水準は必要ありません。この記事から取り出せる最小限は、次の4つです。
何を測るか
この方法の質は、何を反復測定するかでほぼ決まります [1]。
| 測りやすい | 測りにくい |
|---|---|
| 確認テストの正答率 | 「理解が深まった」 |
| 1問あたりの所要時間 | 「やる気が出た」 |
| 自力で解けた問題数 | 「集中していた」 |
| 途中式を書いた割合 | 「前より良くなった」 |
| 質問できた回数 | —— |
一言でいうと(右側を測ろうとしない)
右側は、測ろうとすると主観が入ります。そして主観は、介入を入れた側に有利に動きます。
——左側だけで判断するほうが、結果的に正確です。
これは学級経営の記事で見た「講師の手応えを判定に使わない」という論点と同じです。
なぜ、塾でこれをやる塾がないのか
理由は3つあると、当塾は考えています。実務判断です。
- 時間がかかる。ベースラインに3〜5回、介入に3〜5回。判定まで2か月ほどかかります。「すぐに手を打ちます」と言うほうが、保護者には安心です。
- 失敗が見えてしまう。5節のとおり、効果を示せなかった記録が残ります。それは塾にとって不利な資産です。
- 元に戻す判断が要る。2節のABABのとおり、良くなったものを一度戻さないと、因果は見えません。これは商売としては不合理です。
一言でいうと
この方法が塾で使われないのは、技術的な難しさではなく、利害の問題です。
——当塾も、その利害の中にいます。だからこの記事は、自分への要求として書いています。
11. この記事で言えないこと
- 「単一事例研究は集団研究より優れている」とは言えません。一般化の問題があります [8]。
- 「一人で効いたから他の子にも効く」とは言えません [8]。
- この分野には、質の基準と出版バイアスが同じものになっているという構造的な問題があります [2]。
- 1,425本のうち約6割が、効果量算出の前提を満たしていませんでした [3]。
- 効果量を報告している研究は、まだ半数未満です [15]。
- 研究の多くは特別支援教育・リハビリテーション分野です。通常の教科学習での蓄積は、相対的に薄い領域です。
- 「空の訓練期」の研究は、シミュレーションです [5]。
- 10節の運用は当塾の実務判断であり、研究水準の手続きではありません。
当塾の立場
先に、この記事が当塾にとって不都合な部分を書きます。
7節の「空の訓練期」は、塾の記録の取り方そのものです。
塾は、できるようになった記録を残します。できなかった期間の記録は、残っていないか、報告されません。そして7節のとおり、その記録の仕方は効果を約4倍に膨らませます [5]。
当塾の「指導事例」も、この構造の中にあります。うまくいかなかった生徒の記録を、当塾は公開していません。
さらに——この記事は「やるべきだ」と書きながら、当塾がまだ体系的にやっていないことを認めています。10節で「これをやっている塾を知らない。当塾もやってこなかった」と書いたとおりです。これは提案であって、実績の報告ではありません。
もう一点。5節の構造は、塾にも当てはまります。——「効果を示せたこと」を質の証とすれば、効果を示せなかった取り組みは、なかったことになります。
この記事の内容は、塾に来なくても実行できます
家庭でできることを書きます。費用はかかりません。
- やり方を変える前に、何回か測る——3〜5回。これをやるだけで、判断の質が変わります
- 一度に一つだけ変える——参考書と時間帯と場所を同時に変えない
- うまくいかなかった週の記録も残す——落とすと、効果が実際の約4倍に見えます
- 「増やす」目標と「減らす」目標を、同じ尺度で比べない——増やすほうが数字は動きやすい
- 一度良くなったら、元に戻して確かめる——やめたら消える介入なら、これで因果が見えます。ただし受験直前期にはやらないこと
- そして——測るのは「正答率」「所要時間」「自力で解けた数」など数えられるものだけにする。「理解が深まった」は測ろうとすると主観が入ります
これを読んで、塾に通わずに実行する方がいるなら、それでいいと考えています。自分で回せる家庭が月謝を払う必要はありません。
それでも塾に通いたい方へ
塾に通いたい、通わせたいという方には、武蔵野個別指導塾を勧めます。理由を3つ書きます。
塾を検討する際は、次のように聞いてみてください。
- やり方を変えるとき、何を基準に判断しますか
- 一度に何を変えますか
- 試してうまくいかなかったことは、教えてもらえますか
当塾がお答えできるようにしておくのが、こちらの仕事だと考えています。
まとめ
- 単一事例実験デザインは、少数の対象で因果を検証する方法——反復測定と介入の順次導入が鍵 [1]。
- 比較の相手は他人ではなく、過去の自分。だから個人差の問題が原理的に消える。
- 設計は「やめたら効果が消えるか、残るか」で選ぶ [6]。学習の介入では多層ベースラインが中心。
- 判定は視覚分析——水準・傾向・変動・即時性・重なり。そして再現が要件 [9]。
- WWCは2013年に3段階の判定基準を策定した [4]。
- 反証。実験的統制を示せなかった研究は公表されにくく、既存の研究体は効果を人為的に膨らませている可能性がある [2]。
- この分野では「質の基準」と「出版バイアス」が、同じものになっている。
- 1,425本のうち 59.88% が、効果量算出の前提を満たしていなかった [3]。
- 効果量を報告している研究は、介入研究の 42.27% にとどまる [15]。
- 「空の訓練期」を人為的に作ると、効果量が約4倍になった [5]。
- 効果が検出できない最も多い理由は、ベースラインの長さ・傾向・不安定性——すべて介入前の問題 [6]。
- 行動を増やす介入のほうが、減らす介入より効果量が大きく出る(天井と床の違い)[7]。
- そして——因果は言えるが、一般化には慎重さが求められる [8]。
- 多層ベースラインでは、まだ介入していない領域が統制群の役割を果たす。統制群を作らずに因果を検証できる。
- そして——この方法が塾で使われないのは、技術ではなく利害の問題である。時間がかかり、失敗が記録に残り、良くなったものを一度戻す必要があるから。
出典
本文中の番号に対応します。抄録に直接あたって確認したものだけを挙げています。結論に反する研究も、同じ基準で載せています。
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- 「1万時間の法則」は何を言っていないか——意図的練習研究の実際
- 学歴は何の対価か——人的資本とシグナリングをめぐる実証
- 学んだことはなぜ別の場所で使えないのか——学習の転移をめぐる100年
- 「分かったつもり」はなぜ生じるか——メタ認知的モニタリングの研究
- 試験で実力が出ないという現象——テスト不安とステレオタイプ脅威
- 就学前教育の効果はなぜ「消えて、残る」のか
- 宿題は効くのか——学年・内容・家庭環境で符号が変わる
- ノートは何をしているのか——手書き優位説の再検証
- 教育に技術を入れると何が起きるか——60年分の評価
- 外国語は早いほどよいのか——臨界期をめぐる実証
- グループにすれば学ぶ、わけではない——協同学習の条件
- 教育研究をどう読むか——因果推論と効果量の作法
- 教師の「質」は測れるか——付加価値モデルの実証と限界
- 少人数学級は効くのか——テネシーSTAR実験から40年
- 1対1で教えると何が起きるか——チュータリング研究の効果量と、効かない条件
- 「非認知能力」は何を指しているか——自制心・やり抜く力・マシュマロ実験の再検証
- 夏休みに学力は下がるのか——測定が結論を左右した研究史
- 試験で学校を評価すると何が起きるか——説明責任政策の実証とキャンベルの法則
- 保護者の関与はどこまで効くか——宿題の手伝いより、一行の連絡が効く理由
- スマートフォンと注意——学校の持込禁止、「そこにあるだけ」の害、マルチタスクの実証
- 数学不安は成績を下げるのか——相関の大きさ、因果の向き、介入の再現性
- 教師の期待は生徒を変えるか——ピグマリオン効果の60年が残した結論
