「統計が怖い」は、院試の点を下げているのか
心理学・教育学・社会学・経済学・看護学など、多くの分野の大学院で、研究法と統計の知識は避けて通れません。入試の専門科目で統計の問題が出ることもあれば、研究計画書の分析方法で統計の理解が問われることもあります。
そして、この分野を目指す人の中には、「数学が苦手で文系に来たのに、統計がある」という人が少なくありません。社会人の方なら、学部で統計を学んだのは10年以上前、ということもあるでしょう。
この「統計が怖い」という感覚は、統計不安(statistics anxiety)という名前で、1つの研究領域になっています。数学不安一般の研究は数学不安は成績を下げるのかで扱いました。この記事では、大学生・大学院生の統計不安に固有の研究——その正体、成績との関係、減らす方法——を見ていきます。
一言でいうと(この記事の結論)
統計不安は、数学不安と強く相関しますが別物で、先延ばしを通じて成績を下げていました [3]。
ただし——統計不安が高い学生のほうが試験の点が高かったという研究もあり [4]、統計不安そのものを確実に減らす介入は、まだ見つかっていません [5]。
——だから院試対策では、「不安を消す」ことより、「不安が引き起こす先延ばしを、仕組みで止める」ことを目標にするのが、研究と整合します。
結論を先に7点書きます。
- 統計不安は多次元の構成概念で、学業成績を損なう効果が報告されてきました [1]。
- 40研究の系統的レビューで、学習方略・先延ばし・自己効力感・自己認識が統計不安の予測因子でした [2]。
- 225人の縦断研究で、統計不安は先延ばしを増やし、それを通じて間接的に、また直接にも成績を下げていました [3]。
- 反証。同じ研究で、数学不安はむしろ成績と正の関係でした [3]。別の202人の研究では、統計不安が成績と正の関係でした [4]。
- 反証。11研究・1,786人のレビューで、統計不安を確実に減らした介入はありませんでした [5]。
- ただし、自己効力感と統計への態度を改善した介入はありました [5]。
- 課題を必修にした支援的な授業では、先延ばしとテスト不安が減り、成績が上がりました [10]。

1. 統計不安とは何か——数学不安との違い
統計不安の研究をまとめた2003年の包括的レビューは、統計不安を「多次元の構成概念」として扱い、学業成績を損なう効果があると整理しています [1]。そのうえで、統計不安の性質・原因・有病率、先行要因(気質的・状況的・環境的なもの)、測定尺度、そして不安を減らす介入を概観しました [1]。
統計不安は、数学不安の言い換えにすぎないのでしょうか。この問いに正面から答えたのが、心理学専攻の学部生225人を学期の3時点で追った研究です [3]。
| 時点 | 測定したもの |
|---|---|
| 学期はじめ | 数学不安、一般的な不安傾向、高校の成績、属性 |
| 学期末の2週間前 | 統計不安、学習行動(先延ばしなど) |
| 学期末 | 統計の試験の点 |
結果は、数学不安と統計不安は高く相関したものの、構造方程式モデルの比較では、2つは学習行動と試験成績に対して、それぞれ固有の、しかも正反対の寄与をしていたというものでした [3]。
一言でいうと
「数学が苦手だから統計が怖い」は、半分だけ正しい。
——統計不安には、数学不安と共有する部分と、統計に固有の部分があります [3]。だから、数学の復習だけで統計不安が消えるとは限りません。
2. 統計不安は、どうやって成績を下げるのか
同じ研究 [3] が示した経路が、この記事の実務の中心になります。
- 統計不安は、先延ばしを増やした
- 先延ばしを通じて、間接的に試験の成績を下げた
- それとは別に、成績への直接の負の影響もあった(著者らは、試験中の緊張や心配が増えるためと推測)
- 数学不安は、統計不安を通じて成績に負の寄与をした [3]
統計不安を扱った40研究の系統的レビューと、17研究を用いた6つのメタ分析も、学習方略、先延ばし、自己効力感、自己認識が統計不安の予測因子であることを見出しています [2]。
ほかの研究も、統計不安と結びつく要因を示しています。
- 英国の心理学専攻100人——統計の自己効力感(統計の課題をやり遂げられるという信念)は、統計不安のすべての側面と負の関係にあった [11]
- スロベニアの大学生512人——6つの下位尺度のうち、平均点が尺度の中央付近に達したのは「試験と授業の不安」だけで、数学や統計を脅威と感じている学生ほど統計不安が高かった [14]
- 英国の高等教育の学生279人のネットワーク分析——統計不安に影響していたのは、問題を否定的に捉える傾向と、不確実さへの耐性の低さだった [13]
- 統計不安の尺度項目のネットワーク分析——非常に不安が高い学生への介入は、「統計で成功するには高い数学力が前提だ」という誤った認識に特に取り組む必要がある [7]
一言でいうと(院試受験生にとっての意味)
統計不安の害は、「試験本番で頭が真っ白になる」より前に、「統計の勉強を後回しにする」という形で現れます [3]。
——院試の準備期間で統計の単元だけが手つかずになっているなら、それは能力の問題ではなく、不安が引き起こす先延ばしの典型です。
3. 【反証】不安が高いほうが、点が高いこともある
「統計不安は成績を下げる」という2節の話には、はっきりした反証があります。
まず、2節と同じ研究 [3] の中で、数学不安は、驚くことに成績と正の関係にありました。著者らは、数学不安の一部が「失敗を避けたい」という外発的な努力の動機を強め、試験準備への努力を増やした可能性を挙げています [3]。
英国の心理学専攻の学部生202人を対象にした2023年の研究では、統計の試験への不安は、自分で予測した試験の点とは負の関係にありましたが、実際の試験の点とは正の関係にありました [4]。著者らは、統計の試験には最適な不安の水準があるのかもしれないと述べています。
中国の大学生1,607人を分析した研究は、統計不安を「軽い試験不安」「中程度の試験不安」「重い統計不安」の3つの潜在クラスに分けられ、各クラスと学習成果の関係は一貫していなかったと報告しました [12]。統計不安と成績の関係について、これまで一貫した結論が出ていないことも、この研究の出発点でした [12]。
一言でいうと(「不安をなくせば解決」への反証)
不安が高いこと自体は、必ずしも点が低いことを意味しません [4]。
——不安が準備を増やす方向に働く人と、準備を避ける方向に働く人がいる、と考えるほうが、証拠と整合します [3] [12]。
問題は不安の量ではなく、不安が行動をどちらに動かしているかです。
4. 【反証】統計不安を減らす介入は、まだ確立していない
では、不安そのものは減らせるのか。ここにも厳しい結果があります。
統計の授業を受ける大学生を対象に、心理的介入(授業内容を変えずに、認知・感情・行動に働きかけるもの)を評価した2025年の系統的レビューは、11研究・1,786人を分析しました。研究間の異質性が大きくメタ分析はできず、叙述的に統合した結果——
- 統計不安を減らすことに決定的に有効な介入は、1つもなかった
- いくつかは有望で、特に「曝露(不安の対象に段階的に触れる)」と「対処方略」を組み合わせたもの
- 一方、統計の自己効力感と統計への態度を改善する介入は見つかった [5]
統計不安のある女子心理学専攻生45人に、2週間の認知的再評価(状況の捉え直し)の訓練を行った研究では、肯定的な捉え直しの量は増え、脳波にも接近的な対処を示す変化が出ましたが、統計不安と統計への態度には変化がありませんでした [8]。
比較のために、統計に限らない大学生のテスト不安を見ると、44件の無作為化比較試験(2,209人)のメタ分析で、介入はテスト不安を減らし(g = −0.76)、成績を上げました(g = 0.37)。ただし出版バイアスの証拠があり、報告の質が低いため、結果への確信は割り引くべきとされています [6]。
一言でいうと
「気の持ちよう」を変える訓練だけで、統計不安が消えるという証拠はありません [5] [8]。
——変えやすいのは、不安そのものより、「自分は統計の課題をこなせる」という自己効力感と、統計への態度でした [5]。
5. 行動の側から変えた研究
不安を直接減らすのが難しいなら、2節の経路——不安 → 先延ばし → 成績低下——の真ん中を断つ方法が考えられます。
イスラエルの学部生を対象にした予備的な研究では、統計の演習を必修にした支援的なオンライン授業(37人)と、演習が任意の通常授業(32人)を比べました。介入群では学期末に先延ばしとテスト不安が減り、比較群ではテスト不安が増えました。介入群は学業の自己効力感と成績も高かったと報告されています [10]。ただし無作為割り当てではない前後比較で、標本も小さい研究です。
心理学の統計の授業で、75分の「成長マインドセット」の説明と、統計を学ぶための方略を伝える介入を行った研究では、75人の学生で、介入を受けた群のマインドセットがより成長志向になり、それが不安の減少と成績の上昇に関連していたとされています [9]。著者ら自身がこれを「予備的なデータ」と位置づけています。
一言でいうと(ここが実務の核)
「やる気が出たら統計をやる」ではなく、「決まった日に決まった量の演習をやる」を先に決めること。
——必修の演習を組み込んだ授業で、先延ばしも不安も減っていました [10]。ただし証拠はまだ予備的です。
6. 実務——院試の統計を「後回しにしない」ための手順
- 最初の週に、統計の範囲を「1回30分で終わる単位」に分割する。先延ばしは、課題が大きく曖昧なときに起きやすくなります。記述統計、確率分布、推定、検定、回帰……と、30分で1つ終わる大きさまで刻みます。
- 曜日と時刻を固定し、週3回以上、統計の演習を入れる。必修の演習が先延ばしと不安を減らした研究があります [10]。「空いた時間に統計」は、統計不安のある人にとって「統計をやらない」と同じ意味になりがちです。
- 最初の2週間は、確実に解ける問題だけを選ぶ。自己効力感は統計不安と負の関係にあり [11]、介入で改善しやすい要素でした [5]。「できた」の記録を先に積みます。
- 「数学ができないと統計はできない」という前提を、書き出して点検する。高い不安の中心にある認識でした [7]。院試で問われる統計の多くは、計算の速さより、「どの場面でどの手法を使い、結果をどう解釈するか」です。
- 毎回の演習のあと、「分かったこと」と「分からないこと」を1行ずつ書く。不確実さへの耐性の低さは、統計不安と結びついていました [13]。「分からない」を具体的な1行にすると、次にやることに変わります。
- 本番1か月前からは、時間を計って過去問を解く。統計不安が最も高かったのは「試験と授業」の場面でした [14]。試験形式に慣れる機会を、本番前に意図して作ります。
- 不安の強さで自分の出来を予測しない。不安が高くても点が高い人はいました [4]。予測は模試や過去問の点で行います。
この記事で言えないこと
当塾の立場
まず、塾に来なくてもできることです。
- 統計の範囲を30分単位に分割する
- 曜日と時刻を固定して、週3回以上演習する
- 最初の2週間は、確実に解ける問題で「できた」を積む
- 「数学ができないと無理」という前提を書き出して点検する
- 毎回、「分かったこと」「分からないこと」を1行ずつ書く
それでも個別指導を使う理由を、この記事の研究に即して3つ挙げます。
統計の指導を受ける先を選ぶときは、次のように聞いてみてください。
- 数学が苦手な受験生に、どこから統計を教えますか
- 統計の勉強を後回しにしてしまう人に、どう対応しますか
- 研究計画書で使う分析と、試験の統計を、どうつなげますか
まとめ
- 統計不安は多次元の構成概念で、成績を損なう効果が報告されてきました [1]。
- 学習方略・先延ばし・自己効力感・自己認識が、統計不安の予測因子でした [2]。
- 統計不安は数学不安と別物で、先延ばしを通じて、また直接にも成績を下げていました [3]。
- 反証。数学不安は成績と正の関係 [3]、統計不安が成績と正の関係の研究もあります [4]。
- 反証。統計不安を確実に減らす介入はまだありません [5]。再評価訓練でも不安は変わりませんでした [8]。
- 自己効力感と態度は、介入で改善し得ました [5]。
- 演習を必修にした授業で、先延ばしと不安が減りました(予備的) [10]。
- そして——院試の統計対策の目標は「不安を消す」ことではなく、「不安があっても、決まった日に決まった量を解く」仕組みを先に作ることです。
出典
本文中の番号に対応します。抄録に直接あたって確認したものだけを挙げています。結論に反する研究も、同じ基準で載せています。
- 【統計不安の包括的レビュー】Onwuegbuzie, A. J. & Wilson, V. A. (2003). Statistics Anxiety: Nature, etiology, antecedents, effects, and treatments—a comprehensive review of the literature. Teaching in Higher Education. DOI: 10.1080/1356251032000052447
- 【統計不安の系統的レビューとメタ分析】Trassi, A. P. et al. (2022). Mediating factors of statistics anxiety in university students: a systematic review and meta-analysis. Annals of the New York Academy of Sciences. DOI: 10.1111/nyas.14746
- 【数学不安と統計不安・225人縦断】Paechter, M. et al. (2017). Mathematics Anxiety and Statistics Anxiety. Shared but Also Unshared Components and Antagonistic Contributions to Performance in Statistics. Frontiers in Psychology. DOI: 10.3389/fpsyg.2017.01196
- 【反証・不安と成績の正の関係】Hunt, B. W. et al. (2023). Statistics anxiety and predictions of exam performance in UK psychology students. PLOS ONE. DOI: 10.1371/journal.pone.0290467
- 【反証・心理的介入の系統的レビュー】Mendes, R. A. et al. (2025). The Effect of Psychological Interventions on Statistics Anxiety, Statistics Self-Efficacy, and Attitudes Toward Statistics in University Students: A Systematic Review. Educational Psychology Review. DOI: 10.1007/s10648-024-09979-7
- 【大学生のテスト不安介入・44RCT】Huntley, C. D. et al. (2019). The efficacy of interventions for test-anxious university students: A meta-analysis of randomized controlled trials. Journal of Anxiety Disorders. DOI: 10.1016/j.janxdis.2019.01.007
- 【統計不安のネットワーク分析】Siew, C. S. Q., McCartney, M. J. & Vitevitch, M. S. (2019). Using network science to understand statistics anxiety among college students. Scholarship of Teaching and Learning in Psychology. DOI: 10.1037/stl0000133
- 【反証・再評価訓練で不安は不変】Perchtold-Stefan, C. M. et al. (2024). Learning to be inventive in the face of statistics: A positive reappraisal intervention for statistics anxiety. Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry. DOI: 10.1016/j.jbtep.2023.101913
- 【マインドセット介入・予備的データ】Smith, T. & Capuzzi, G. (2019). Using a Mindset Intervention to Reduce Anxiety in the Statistics Classroom. Psychology Learning & Teaching. DOI: 10.1177/1475725719836641
- 【必修演習と先延ばし・予備研究】Kadosh, M., Hen, M. & Ferrari, J. R. (2023). Reducing statistics anxiety and academic procrastination among Israeli students: A pilot program. Teaching Statistics. DOI: 10.1111/test.12356
- 【統計の自己効力感と不安】Bourne, V. J. et al. (2024). Exploring statistics anxiety and self-efficacy in psychology undergraduate students. Psychology Teaching Review. DOI: 10.53841/bpsptr.2024.30.2.17
- 【反証・統計不安の3クラスと不一致】Huang, F. et al. (2023). Distinct Classes of Statistical Anxiety: Latent Profile and Network Psychometrics Analysis of University Students. Psychology Research and Behavior Management. DOI: 10.2147/prbm.s417887
- 【不確実さへの耐性・279人】March, J. J. et al. (2025). A network analysis of statistics anxiety symptoms and their antecedents in UK higher education students. Annals of the New York Academy of Sciences. DOI: 10.1111/nyas.15350
- 【大学生512人の統計不安】Puklek Levpušček, M. & Cukon, M. (2022). That Old Devil Called ‘Statistics’: Statistics Anxiety in University Students and Related Factors. Center for Educational Policy Studies Journal. DOI: 10.26529/cepsj.826
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