社会人の大学院受験——仕事は学業を邪魔もするし助けもする、分かれ目は仕事と研究の「重なり」だった

働きながら大学院を目指すとき、何が学びを途切れさせるのか

社会人の大学院受験では、勉強の中身より先に、時間の問題が立ちはだかります。平日は仕事、週末は家族。まとまった時間は取れず、繁忙期には何週間も参考書を開けない。そして入学後も、仕事と研究の両立は続きます。

成人の学び手が学業を続けるか中断するかは、成人教育・高等教育の研究で「持続(persistence)」と「中退(dropout)」の問題として調べられてきました。また、仕事と学業がぶつかり合う「仕事と学業の葛藤(work–school conflict)」と、逆に仕事が学業を助ける「促進(facilitation)」も、組織心理学で研究されています。

この記事では、それらの研究から、社会人が院試の準備期間と入学後に「学びを途切れさせない」ための条件を取り出します。一般的な学習計画の立て方は学習計画が続かない理由で扱っているので、ここでは社会人に固有の問題に絞ります。

一言でいうと(この記事の結論)
働く学生の成績を下げていたのは「働くこと」そのものより、仕事の要求と労働時間が生む葛藤でした。一方、仕事と学業の内容が重なり、仕事の裁量が大きいほど、仕事は学業を促進していました [1]
ただし——「家族や職場の支援があれば続けられる」という通説は、研究によって結論が割れています [4] [8]
——だから社会人の院試対策は、「時間を捻出する」だけでなく、「仕事と研究テーマを重ねる」「自分の学習を自分で監視する仕組みを持つ」の3つを同時に設計することが、研究と整合します。

結論を先に7点書きます。

  1. 働く大学生253人で、仕事の要求と労働時間は葛藤を増やし、葛藤は成績を下げていました [1]
  2. 仕事と学業の内容の一致と、仕事の裁量は、促進を増やし、促進は成績と満足度を高めていました [1]
  3. 働く学生が自分の仕事を主体的に組み替える「ジョブ・クラフティング」は、促進の分散の53%を説明しました [2]
  4. オンライン講座の成人147人では、職場の支援と講座の関連性が、中退と継続を特に強く分けていました [4]
  5. 反証。別の成人169人では、家族や職場の支援は継続と中退を分けず、分けたのはメタ認知的な自己調整と学業の統制感でした [8]
  6. 反証。学生の就労は、成績(特に卒業)より、学業への関与や進学の決定に強く悪影響を持つようでした [11]
  7. 494人の成人学生で、役割の葛藤から退学を考えた女性の多くは、実際には退学しませんでした [5]
マインドマップ図解:社会人の大学院受験——仕事は学業を邪魔もするし助けもする、分かれ目は仕事と研究の「重なり」だった
図:この記事の構造(Mapifyで作成したマインドマップ)

1. 仕事は学業を邪魔するのか、助けるのか

「働きながら勉強すると成績が下がる」——これは半分だけ正しい、というのが組織心理学の研究の答えです。

フルタイムで在学しながら働く大学生253人を、構造方程式モデルで分析した研究は、仕事の特徴を「資源を減らすもの」と「資源を増やすもの」に分けて検討しました [1]

仕事の特徴 つながった先 学業への影響
仕事の要求の多さ 葛藤が増える 成績が下がる
労働時間の長さ 葛藤が増える 成績が下がる
仕事の裁量(自分で決められる度合い) 促進が増え、葛藤が減る 成績と満足度が上がる
仕事と学業の内容の一致 促進が増える 成績と満足度が上がる

葛藤と促進はどちらも、仕事の特徴と学業成果の関係を媒介していました。資源を増やす特徴と減らす特徴の交互作用は見られませんでした [1]

仕事と学業の関係のモデルを批判的に検討したレビューも、葛藤は健康の悪化を、促進は学業の良い成果を生むと整理したうえで、既存のモデルに抜けや限界があるとして新しい統合モデルを提案しています [3]

そして、働きながら学ぶ学生233人の研究は、学生自身が仕事を主体的に組み替える「ジョブ・クラフティング」——仕事の進め方、仕事の捉え方、職場の人との関わり方を自分で調整すること——に注目しました。仕事・本人・学業の特徴が、作業面・認知面・対人面のクラフティングをそれぞれ予測し(説明率46%・56%・25%)、認知面と対人面のクラフティングは、仕事と学業の促進の53%を説明しました [2]

一言でいうと(社会人受験生にとっての意味)
「仕事を減らせないなら勉強は無理」ではありません。
——研究テーマを仕事と重ねる、仕事の中に研究の材料を見つける——こうした「内容の一致」は、仕事を学業の資源に変えていました [1] [2]
社会人の研究計画書で、職業上の問題意識を問いの出発点にすることには、動機の説明以上の意味があります。

2. 成人学生のストレスは、どこから来るか

成人の大学生を対象に、仕事・学業・生活のストレスがどう心理的な結果につながるかを検証した研究があります [6]

  • ストレス要因と役割間の葛藤から、心理的な結果への道筋を、「状況の評価(どう受け止めるか)」と「対処」が部分的に媒介していた
  • 肯定的な評価と、適応的な対処は、想定どおり良い結果につながった
  • 成人学生にとって特に大きなストレス要因は、「家族と学業の葛藤」「学業と仕事の葛藤」「仕事のストレス」だった [6]

ポルトガルの、働きながら子育てをする学生73人の研究では、学業と家族の「葛藤」と「充実(互いに良い影響を与えること)」が同時に存在していました。そして、その先行要因には男女差がありました [7]

一言でいうと
家族との葛藤と、家族からの充実は、同じ人の中で両方起きます [7]
——「家族に迷惑をかけている」とだけ捉えるか、「家族との生活が学びを支えている面もある」と捉えるかで、対処の仕方が変わり、結果も変わり得ます [6]

3. 続けた人と、やめた人は何が違ったか

成人のオンライン学習では、中退率の高さが長く問題とされてきました。その要因を探った研究から見ていきます。

過去10年のオンライン講座の中退研究をまとめたレビューは、中退に影響する69の要因を特定し、「学生の要因」「講座・課程の要因」「環境の要因」の3つに分類しました [9]

米国中西部の大学のオンライン講座で、中退した人と修了した人、計147人の成人を比べた研究では、家族の支援・職場の支援・満足度・講座の関連性(自分にとって役立つと感じるか)で両群に差があり、特に職場の支援と講座の関連性が中退と継続を強く予測しました [4]

米国の大規模公立大学の25歳以上の学部生494人を扱った混合研究法の研究は、成績と「卒業できる」という自信が、男女ともに継続を高めていたと報告しています。女性ではパートタイム在籍のほうがフルタイムより継続しやすく、役割の葛藤から多くの女性が退学を考えたものの、ほとんどは退学せず、「続ける意志」で障害を乗り越えていました [5]

一言でいうと(支持する側の証拠)
職場の支援と、学んでいる内容が自分に関係あると感じられることが、成人の継続を支えていました [4]
——そして、パートタイムで無理のない負荷にすることは、少なくとも女性の継続では有利でした [5]

4. 【反証】支援があれば続けられる、とは限らない

3節の話と食い違う結果が、複数あります。同じ分量で書きます。

オンライン講座の成人学生169人を、家族と職場の支援・学業の統制感(結果は自分の努力次第だと感じる度合い)・学業の自己効力感・時間と環境の管理技能・メタ認知的な自己調整技能の5要因で比べた研究では——

  1. 継続した学生は、中退した学生より、学業の統制感とメタ認知的な自己調整技能が高かった
  2. この2つが、講座の修了を分ける最も重要な要因だった [8]

3節で最も強い予測因子だった「職場の支援」は、この研究では継続と中退を分ける要因として残りませんでした [8]

韓国のサイバー大学の複数の学位課程の大規模な行政データを分析した研究は、さらに意外な結果を報告しています [10]

  • 基礎学力が低い、身体的な制約が多い、教材との関わりが少ない、満足度が低い、成績が低い成人学生ほど中退しやすかった
  • 大学院進学を学習の動機にしている成人学生は、中退しやすかった
  • 学習者と教員のやり取りが多いほど、継続に対して負の影響があった [10]

最後の点は解釈に注意が必要です。観察データなので、「困っている学生ほど教員に連絡している」という逆向きの関係の可能性を排除できません。

学生の就労の影響を多分野にわたって整理したレビューは、働く量が多いほど教育成果に負の影響があるという全体的な報告を超えて、就労は、学業成績(特に卒業)より、学業への関与や進学を続けるかという「選択と行動」に、より強い悪影響を持つようだと指摘しています [11]。ロシアの研究大学の博士課程では、学内の就労は論文審査に至る可能性を高め、学外の就労は修了と負の関係にありました [12]

一言でいうと(「周りが理解してくれれば大丈夫」への反証)
支援があっても、自分で学習を監視し調整する技能が弱いと、中退しやすいという結果がありました [8]
——そして働くことの害は、点数より先に、「続けるかどうかの決断」に現れやすいようです [11]
社会人の院試準備で最も警戒すべきは、「成績が悪い」ことより、「忙しい時期に、準備そのものをやめてしまう」ことです。

5. 実務——社会人の院試準備を途切れさせない設計

ここまでの研究を、出願の1年前から始める準備の設計に落とします。

  1. 研究テーマを、仕事の問題意識と重ねる(最初の1か月)。仕事と学業の内容の一致は、促進を増やし成績を高めていました [1]「仕事で繰り返し困っていること」を3つ書き出し、そのうち研究の問いにできるものを選びます。
  2. 仕事の中で、裁量を使える部分を探す。仕事の裁量は葛藤を減らしていました [1]会議の入れ方、残業の曜日、資料作成の順序など、自分で調整できる部分を1つずつ見直します [2]
  3. 週の学習時間を「最低ライン」と「目標」の2段で決める。忙しい時期に準備そのものをやめることが最大の危険です [11]繁忙期でも守れる最低ライン(例:週2回・各30分)を先に決め、目標はその上に置きます。
  4. 毎週日曜に5分、「予定」と「実績」を照合する。継続を分けたのはメタ認知的な自己調整でした [8]実績が最低ラインを2週続けて下回ったら、計画を縮小して立て直します。
  5. 職場に伝える範囲を決める。職場の支援は継続を強く予測した研究がある一方 [4]、そうでない研究もあります [8]支援に全面的に頼る計画ではなく、支援がなくても回る計画を基本にし、得られる支援は上乗せと考えます。
  6. 家族と、繁忙期の分担を事前に話す。家族と学業の葛藤は大きなストレス要因でした [6]試験の3か月前など、負荷が上がる時期を先に共有します。
  7. 「辞めたくなる時期」を予定に書いておく。役割の葛藤で退学を考えても、多くの人は続けていました [5]繁忙期に「やめたい」と感じるのは想定内だと、先に書き留めておきます。
  8. 入学後の働き方も、出願前に検討する。学外就労は修了と負の関係でした [12]在籍形態(長期履修などの制度があるか)や勤務の調整の可能性を、出願前に確かめます。

この記事で言えないこと

  • 引いた研究の多くは、学部の成人学生やオンライン講座の受講者です。日本の社会人大学院受験生を直接対象にした研究は、この記事では確認できていません。
  • 職場の支援の効果は、研究によって結論が割れています [4] [8]
  • ほとんどが横断的な調査や観察データで、因果関係は確かめられていません。
  • 就労と修了の研究 [11] [12] は国や制度が異なり、日本の社会人大学院にそのまま当てはまるとは限りません。
  • 5節の「最低ライン」「週1回の照合」は、研究が示した要因からの推論で、その手順の効果を直接検証したものではありません。

当塾の立場

まず、塾に来なくてもできることです。

  • 仕事で繰り返し困っていることを3つ書き出し、研究の問いの候補にする
  • 週の学習時間を「最低ライン」と「目標」の2段で決める
  • 毎週5分、予定と実績を照合する
  • 支援がなくても回る計画を基本にする
  • 「辞めたくなる時期」を先に予定に書く

それでも個別指導を使う理由を、この記事の研究に即して3つ挙げます。

  1. 仕事の問題意識を、研究の問いに翻訳する作業を一緒に行えること。仕事と学業の内容の一致は、仕事を学業の資源に変えていました [1]現場の問題を、研究として問える形に変えるには、研究の側の視点が要ります。
  2. 「予定と実績の照合」を、外から定期的に行えること。継続を分けたのは、自分の学習を監視し調整する技能でした [8]当塾では、授業のたびに前回からの実績を確認し、最低ラインを割り込んでいれば計画そのものを縮小します。
  3. 忙しい時期に「やめない」ための相手になれること。就労の悪影響は、成績より「続けるかどうか」に現れやすいようでした [11]繁忙期に量を減らしても、準備の流れを切らさないことを優先します。

社会人向けの大学院入試指導を選ぶときは、次のように聞いてみてください。

  • 仕事が忙しくて準備が止まった週は、どう対応しますか
  • 仕事の経験を、研究計画書にどう生かすよう指導しますか
  • 入学後の仕事との両立について、出願前に何を確かめるよう勧めますか

まとめ

  1. 仕事の要求と労働時間は葛藤を通じて成績を下げ、仕事の裁量と内容の一致は促進を通じて成績を上げていました [1]
  2. 仕事を主体的に組み替えるクラフティングは、促進の53%を説明しました [2]
  3. 成人学生の大きなストレス要因は、家族と学業、学業と仕事の葛藤でした [6]
  4. 職場の支援と講座の関連性が、継続を強く予測した研究があります [4]
  5. 反証。別の研究では、継続を分けたのは支援ではなく、メタ認知的な自己調整と統制感でした [8]
  6. 反証。就労は、成績より「続けるかどうかの決断」に強く悪影響を持つようでした [11]
  7. 役割の葛藤で退学を考えても、多くの人は続けていました [5]
  8. そして——社会人の院試準備は、時間の捻出だけでなく、「仕事と研究を重ねる」「自分で学習を監視する」「やめない最低ラインを持つ」の3つを設計することです。

出典

本文中の番号に対応します。抄録に直接あたって確認したものだけを挙げています。結論に反する研究も、同じ基準で載せています。

  1. 【仕事と学業の葛藤と促進・253人】Butler, A. B. (2007). Job characteristics and college performance and attitudes: A model of work-school conflict and facilitation. Journal of Applied Psychology. DOI: 10.1037/0021-9010.92.2.500
  2. 【働く学生のジョブ・クラフティング・233人】Creed, P. A., Hood, M. & Hu, S. (2020). Job crafting by students who work and study. International Journal for Educational and Vocational Guidance. DOI: 10.1007/s10775-019-09406-2
  3. 【仕事と学業のモデルのレビュー】Owen, M. S., Kavanagh, P. S. & Dollard, M. F. (2018). An Integrated Model of Work–Study Conflict and Work–Study Facilitation. Journal of Career Development. DOI: 10.1177/0894845317720071
  4. 【成人の中退と継続・職場の支援・147人】Park, J.-H. & Choi, H. J. (2009). Factors Influencing Adult Learners’ Decision to Drop Out or Persist in Online Learning. Educational Technology & Society. ERIC: EJ860445
  5. 【成人学部生の継続・494人】Markle, G. (2015). Factors Influencing Persistence Among Nontraditional University Students. Adult Education Quarterly. DOI: 10.1177/0741713615583085
  6. 【成人学生のストレスモデル】Kohler Giancola, J., Grawitch, M. J. & Borchert, D. (2009). Dealing With the Stress of College: A Model for Adult Students. Adult Education Quarterly. DOI: 10.1177/0741713609331479
  7. 【学業と家族の葛藤と充実・73人】Andrade, C., van Rhijn, T. & Coimbra, S. (2017). Gender Differences in School–Family Conflict and School–Family Enrichment in Nontraditional Portuguese Students. Journal of Continuing Higher Education. DOI: 10.1080/07377363.2017.1272439
  8. 【反証・支援より自己調整・169人】Lee, Y., Choi, J. & Kim, T. (2013). Discriminating factors between completers of and dropouts from online learning courses. British Journal of Educational Technology. DOI: 10.1111/j.1467-8535.2012.01306.x
  9. 【オンライン講座の中退研究レビュー・69要因】Lee, Y. & Choi, J. (2011). A review of online course dropout research: implications for practice and future research. Educational Technology Research and Development. DOI: 10.1007/s11423-010-9177-y
  10. 【反証・韓国サイバー大学の成人の中退】Choi, H. J. & Kim, B. U. (2018). Factors Affecting Adult Student Dropout Rates in the Korean Cyber-University Degree Programs. Journal of Continuing Higher Education. DOI: 10.1080/07377363.2017.1400357
  11. 【反証・学生の就労と教育成果のレビュー】Neyt, B. et al. (2019). Does Student Work Really Affect Educational Outcomes? A Review of the Literature. Journal of Economic Surveys. DOI: 10.1111/joes.12301
  12. 【博士課程の在学中就労と修了】Bekova, S. (2021). Does employment during doctoral training reduce the PhD completion rate? Studies in Higher Education. DOI: 10.1080/03075079.2019.1672648

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