専門科目の知識は、どうすれば「体系」になるのか
大学院入試の専門科目は、高校までの試験と性格が違います。出題範囲は学部4年分の教科書全体に及び、しかも「AとBの関係を論ぜよ」「この理論の限界を、別の理論と対比して説明せよ」のように、用語どうしのつながりを問う形式が少なくありません。
用語を1つずつ覚えただけでは、この種の問いに答えられません。そこでよく勧められるのが、概念地図(concept map)——概念を「点」、概念どうしの関係を「ラベルつきの線」で結んだ図——を描いて知識を整理する方法です。
この方法には、メタ分析(多数の研究を統計的に統合する手法)が複数あります。そして同時に、「概念地図は、ただ思い出す練習に負ける」という強い反証と、「その反証は実験の設計ミスだった」という再反論もあります。この記事では、その論争を順に追い、院試の専門科目の勉強に使える形に落とします。
一言でいうと(この記事の結論)
概念地図は学習に中程度の効果があり(g = 0.58)、見るより自分で描くほうが効果が大きい(g = 0.72) [2]。
ただし——教材を見ながら描く概念地図は、「思い出す練習」に負けました [7]。
——院試の専門科目で使うなら、「教科書を閉じて、記憶から描く」形にするのが、論争のどちらの側から見ても安全な使い方です [10]。
結論を先に7点書きます。
- 142の効果量・1万1,814人のメタ分析で、概念地図の効果は g = 0.58 [2]。
- 自分で描く(g = 0.72)ほうが、描かれた地図を見る(g = 0.43)より効果が大きい [2]。
- 効果は理系・文系の両方の知識領域で確認されました [2]。
- 反証。比較相手を「何もしない群」でなく「別の学習活動をする群」にすると、差は小さくなりました [5]。
- 反証。思い出す練習は、見ながら描く概念地図より多くの理解を生みました [7]。組み合わせても上乗せはありませんでした [8]。
- 再反論。暗記の時間を揃えると、思い出す練習の優位は消えました [9]。
- 記憶から描く概念地図は、文章で思い出す練習と同等の効果でした [10]。

1. 院試の専門科目で、なぜ「体系化」が問題になるのか
学部の定期試験は、多くの場合、1学期分の範囲を、授業の直後に問います。院試の専門科目は違います。
| 学部の定期試験 | 院試の専門科目 | |
|---|---|---|
| 範囲 | 1科目・1学期分 | 複数科目・数年分 |
| 学習から試験までの間隔 | 数週間 | 数か月〜数年 |
| 問われ方 | 授業で扱った形に近い | 科目をまたぐ関係・比較・限界 |
このため、院試の準備で起きやすい失敗は「個々の用語は説明できるのに、つながりを聞かれると書けない」です。概念地図は、この「つながり」を紙の上に強制的に出させる道具です。
ただし、道具として理にかなっていることと、実際に成績を上げることは、別の主張です。以下、後者を検証します。
2. メタ分析——概念地図は効くのか
最初の本格的なメタ分析は2006年です [1]。小学4年生から大学生・大学院生相当までを含む55研究・5,818人・67の効果量を統合し、理科・心理学・統計学・看護などの領域で、概念地図の使用が知識の保持の向上と結びついていたと報告しました。ただし、効果量は使い方と比較条件によって小から大まで幅があり、ほとんどの下位集団で有意な異質性(研究間のばらつき)がありました [1]。
同じ研究グループが2018年に規模を広げて更新したメタ分析が、現時点で最も包括的です [2]。
| 条件 | 効果量 g |
|---|---|
| 全体(142の効果量・1万1,814人) | 0.58 |
| 自分で概念地図を描く | 0.72 |
| 描かれた概念地図を見て学ぶ | 0.43 |
さらに、他の指導法を比較条件にした場合でも概念地図のほうが優れ、STEM(理工系)と非STEMの両方の知識領域で効果があったと報告されています [2]。
その後のメタ分析も、おおむね同じ方向です。
一言でいうと(支持する証拠のまとめ)
「自分で描く」ことが、効果の中心にあります。
——参考書の図を眺めるだけ(0.43)より、白紙から自分で線を引く(0.72)ほうが効きます [2]。
院試の専門科目で「まとめノート」を作るなら、他人のまとめを写すのではなく、自分で関係を書く形にしてください。
3. 【反証】比べる相手を変えると、効果は縮む
ここからは、2節の数字を割り引く証拠です。
まず、比較条件の問題です。1993年の理科教育の19研究のメタ分析は、概念地図に成績と態度への正の効果を認めつつ、比較相手が通常の授業ではなく「プラセボ群」(別の学習活動をする群)だと、差は小さくなったと報告しています [5]。
これは重要です。「概念地図 vs 何もしない」なら大きな差が出ても、院試の受験生が実際に迷うのは「概念地図 vs 別の勉強法」だからです。
次に、効果量の大きさそのものの問題です。トルコで2000〜2015年に行われた73研究のメタ分析は、ES = 1.119 という非常に大きな値を報告しています [14]。一方、2006年のメタ分析 [1] と2024年のメタ分析 [3] は、どちらもほとんどの下位集団で有意な異質性を報告しています。「平均で0.6前後」という数字の裏には、ほとんど効かなかった研究も、非常によく効いた研究も含まれているということです。
一言でいうと
「概念地図は効果量0.6」をそのまま自分の伸びとして期待しないでください。
——比較相手が「別の真面目な勉強」になると、差は縮みます [5]。
4. 【反証】思い出す練習に負けた——Science 誌の実験
最も強い反証は、2011年に Science 誌に載った実験です [7]。
理科の教材文を読んだ後、一方は教材を見ながら概念地図を描き(精緻化学習)、もう一方は教材を閉じて内容を思い出して書き出す(検索練習)。結果は——
- 思い出す練習のほうが、意味のある理解をより多く生んだ
- その優位は、推論を要する理解問題でも見られた
- 最終テストが「概念地図を描く」課題であっても、思い出す練習の群のほうが良かった [7]
2021年の追試はさらに厳しい結果でした。1週間後の評価で、思い出す練習は概念地図作成より学習を高めました。そして「概念地図を描いてから思い出す練習をする」組み合わせは、思い出す練習だけの場合に比べて何の上乗せもありませんでした——組み合わせ群は、はるかに長い時間を教材に費やしていたにもかかわらず [8]。
一言でいうと(院試受験生にとって痛い結果)
教科書を横に開いて、きれいな概念地図を何時間もかけて作る——その時間は、少なくともこの実験では、思い出す練習だけより得になりませんでした [8]。
——「作った」という満足感と、「覚えた・つながった」は別物です。
5. 【再反論】実験の設計に、交絡があった
この論争には続きがあります。
2023年の事前登録研究は、先行実験の手続きに決定的な交絡(結果を左右する別の要因の混入)があったと指摘しました [9]。概念地図群は地図を描くだけで終わっていたのに、思い出す練習の群は、思い出す練習に加えて追加の暗記作業も行っており、暗記の総時間が2倍になっていたというのです。
そこで、概念地図群にも、地図を描いた後に同じ暗記作業をさせたところ——
- 先行研究と同じ条件では、思い出す練習(+追加暗記)が概念地図より多くの学習を生むことを再現した
- しかし概念地図群にも暗記を加えると、思い出す練習の優位は消えた
- 著者らの結論——「思い出す練習が概念地図に勝るという想定は、方法論上のアーティファクト(見かけの産物)だった」 [9]
一方、両者を対立させない研究もあります。教材を閉じて、記憶から概念地図を描く「想起型の概念地図」です。
2014年の2実験では、文章形式で思い出す練習と、概念地図形式で思い出す練習の両方が、追加で読み直す学習より、1週間後の逐語的知識と推論の成績を高めました。そして2つの想起形式のあいだに差はありませんでした [10]。著者らは、効いているのは地図という形式ではなく、思い出すという行為そのものだと解釈しています。
2025年の研究は、学習時間を揃え、75人を「読み直し」「問いに答える想起練習」「同じ問いに概念地図で答える」の3条件に無作為に割り当てました。学習中の想起問題では想起練習群が上回りましたが、1週間後の転移テスト(遠い転移を含む)では、想起練習群と概念地図群がともに読み直し群を上回りました [11]。
一言でいうと(論争の落としどころ)
「概念地図か、思い出す練習か」という二択は、おそらく問いの立て方が悪かったのです。
——教材を閉じて記憶から描けば、概念地図はそのまま思い出す練習になります [10] [11]。
問題は地図の形式ではなく、「見ながら描いているか、思い出しながら描いているか」でした。
6. 概念地図で、自分の理解は測れるか
院試準備では、「どこが分かっていないか」を知る道具としても概念地図を使いたくなります。その精度はどうでしょうか。
工学系の学部生72人の概念地図を3つの採点法で比べた研究では、どの方法でも評価者間信頼性は許容範囲で、収束・弁別妥当性も確認されました。要素を数える方法は速く、ルーブリックによる全体評価は知識構造の変化をよく捉え、概念をカテゴリーに分ける方法だけが知識の中身と構造の両方への洞察を与えたと報告しています [12]。
ただし反対向きの証拠もあります。大学の化学の学生19人を、創造性課題・概念地図・通常の試験で比べた研究では、3つとも深い学習方略と相関した一方、3つの評価どうしの相関は低く、それぞれ化学の知識の別の側面を測っていると示唆されました [13]。
一言でいうと
概念地図がきれいに描けても、筆記試験で書ける保証にはなりません [13]。
——地図は「つながりの抜け」を見つける道具として使い、最終確認は必ず過去問形式の答案で行ってください。
7. 実務——院試の専門科目で使う「閉じて描く」手順
ここまでの証拠を、1単元あたりの手順にします。
- 教科書の1章を読む(通常の学習)。この段階では地図を描きません。
- 教科書を閉じ、白紙に記憶だけで概念地図を描く(15〜20分)。記憶から描くことが要点です [10]。線には必ず「〜を引き起こす」「〜の特殊な場合」などの関係ラベルを書きます。ラベルのない線は、関係を理解していない印です。
- 教科書を開いて照合し、抜けた概念・誤った線を別の色で書き足す(10分)。ここで初めて教材を見ます。
- 書き足した部分を、もう一度閉じて覚え直す(5〜10分)。描いた後の暗記を省くと、効果が落ちる可能性があります [9]。
- 1週間後、同じ章を白紙から描き直す。効果が最も大きかった介入期間は1週間〜1か月でした [4]。
- 月に1回、科目をまたぐ地図を描く。院試の論述は科目間の関係を問います。「A科目のこの理論」と「B科目のこの概念」を線で結べるかを確かめます。
- 地図で抜けを見つけたら、必ず過去問形式の答案を書く。地図と試験は別の側面を測っています [13]。
- 可能なら、同じ研究科を目指す仲間と地図を見せ合う。協働の概念地図は個人より効果が大きい傾向がありました [6]。
やらないことも明確にしておきます。教科書を開いたまま、何時間もかけて清書のような地図を作ることです。組み合わせても上乗せがなかった実験 [8] が示すとおり、かけた時間の多さは成果を保証しません。
この記事で言えないこと
- 引いたメタ分析の対象は、主に小学生〜大学生です。大学院入試の受験生だけを対象にした概念地図の実験は、この記事では確認できていません。
- 効果の多くは、実験直後や1週間後の測定です。数か月後の院試本番まで効果が残るかは、直接には検証されていません。
- 「思い出す練習 vs 概念地図」の論争 [7] [8] [9] は決着していません。この記事の手順は、どちらの結論でも損をしにくい使い方を選んだものです。
- メタ分析には大きな異質性があり [1] [3]、個人がどれだけ伸びるかは予測できません。
- 院試の専門科目の出題形式は、研究科・専攻によって大きく異なります。論述中心でない試験では、概念地図の優先度は下がる可能性があります。
当塾の立場
まず、塾に来なくてもできることです。この記事の手順は、白紙とペンがあれば一人で実行できます。
- 教科書を閉じて、記憶から概念地図を描く
- 線に関係ラベルを必ず書く
- 照合 → 書き足し → 閉じて覚え直す
- 1週間後に描き直し、月1回は科目をまたぐ地図を描く
- 地図で見つけた抜けを、過去問形式の答案で確かめる
それでも個別指導を使う理由を、この記事の研究に即して3つ挙げます。
専門科目の指導を受ける先を選ぶときは、次のように聞いてみてください。
- まとめノートは、教材を見ながら作らせますか、閉じて書かせますか
- 科目をまたぐ論述の対策を、どうやっていますか
- 整理した知識が答案で使えるかを、どう確かめますか
まとめ
- 概念地図の効果は全体 g = 0.58。自分で描くと 0.72、見るだけだと 0.43 [2]。
- 理科 g = 0.776 [3]、STEM ES = 0.630 [4]、協働は個人より g = 0.42 優れた [6]。
- 反証。別の学習活動と比べると差は縮み [5]、研究間のばらつきは大きい [1] [3]。
- 反証。思い出す練習は、見ながら描く概念地図に勝ち [7]、組み合わせても上乗せはなかった [8]。
- 再反論。暗記時間を揃えると、その優位は消えた [9]。
- 記憶から描く概念地図は、文章で思い出す練習と同等に効いた [10] [11]。
- 地図の出来と試験の出来は、別の側面を測っている可能性がある [13]。
- そして——院試の専門科目では、「教科書を閉じて、関係ラベルつきで描き、答案で確かめる」が、論争のどちらの側から見ても外れにくい使い方です。
出典
本文中の番号に対応します。抄録に直接あたって確認したものだけを挙げています。結論に反する研究も、同じ基準で載せています。
- 【概念地図メタ分析・55研究】Nesbit, J. C. & Adesope, O. O. (2006). Learning With Concept and Knowledge Maps: A Meta-Analysis. Review of Educational Research. DOI: 10.3102/00346543076003413
- 【描く vs 見る・142効果量】Schroeder, N. L. et al. (2018). Studying and Constructing Concept Maps: A Meta-Analysis. Educational Psychology Review. DOI: 10.1007/s10648-017-9403-9
- 【理科での効果・55研究】Anastasiou, D., Wirngo, C. N. & Bagos, P. (2024). The Effectiveness of Concept Maps on Students’ Achievement in Science: A Meta-Analysis. Educational Psychology Review. DOI: 10.1007/s10648-024-09877-y
- 【STEM・介入期間】Wang, X.-M. et al. (2025). Concept mapping in STEM education: a meta-analysis of its impact on students’ achievement (2004–2023). International Journal of STEM Education. DOI: 10.1186/s40594-025-00554-2
- 【反証・比較条件で縮む】Horton, P. B. et al. (1993). An investigation of the effectiveness of concept mapping as an instructional tool. Science Education. DOI: 10.1002/sce.3730770107
- 【協働の概念地図・23研究】Wong, R. M., Yang, H. & Adesope, O. O. (2025). Two or more are better than one: a meta-analysis on collaborative concept mapping. Social Psychology of Education. DOI: 10.1007/s11218-025-10161-2
- 【反証・検索練習が概念地図に勝つ】Karpicke, J. D. & Blunt, J. R. (2011). Retrieval Practice Produces More Learning than Elaborative Studying with Concept Mapping. Science. DOI: 10.1126/science.1199327
- 【反証・組み合わせても上乗せなし】O’Day, G. M. & Karpicke, J. D. (2021). Comparing and combining retrieval practice and concept mapping. Journal of Educational Psychology. DOI: 10.1037/edu0000486
- 【再反論・暗記時間の交絡】Mayrhofer, R., Kuhbandner, C. & Frischholz, K. (2023). Re-examining the testing effect as a learning strategy: the advantage of retrieval practice over concept mapping as a methodological artifact. Frontiers in Psychology. DOI: 10.3389/fpsyg.2023.1258359
- 【想起型の概念地図】Blunt, J. R. & Karpicke, J. D. (2014). Learning with retrieval-based concept mapping. Journal of Educational Psychology. DOI: 10.1037/a0035934
- 【想起型の概念地図と転移・時間統制】Castro Hernandez, S. & Sebrechts, M. M. (2025). Retrieval-based concept mapping as an effective learning strategy for the transfer of knowledge. Instructional Science. DOI: 10.1007/s11251-025-09720-z
- 【概念地図の採点法・72人】Watson, M. K. et al. (2015). Assessing Conceptual Knowledge Using Three Concept Map Scoring Methods. Journal of Engineering Education. DOI: 10.1002/jee.20111
- 【反証・地図と試験は別の側面を測る】Trigwell, K. & Sleet, R. (1990). Improving the Relationship between Assessment Results and Student Understanding. Assessment & Evaluation in Higher Education. DOI: 10.1080/0260293900150302
- 【大きな効果量の報告・トルコ73研究】Erdogan, Y. (2016). An Investigation of the Effectiveness of Concept Mapping on Turkish Students’ Academic Success. Journal of Education and Training Studies. ERIC: EJ1094584
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