6-4 表現の自由とその限界の応用
1.表現の自由の意義とその保障
表現の自由とは、思想や意見、信仰、芸術、報道などを外部に表現する自由 のことで、日本国憲法第21条1項で保障されています。「思想・良心の自由」(第19条)や「学問の自由」(第23条)とも関係し、民主主義社会における基盤的権利とされます。 芦部信喜『憲法』では、表現の自由は
自己実現の価値と民主主義における自己統治の価値 の双方を有する基本的人権と位置づけられています。
2.表現の自由の限界と規制の基準
表現の自由も絶対的な権利ではなく、他者の権利(名誉・プライバシー)、公共の福祉、秩序の維持 との調整のために一定の制限が認められています。芦部はこの点について、特に「精神的自由権」においては、規制が「表現内容に踏み込むか否か」によって、審査基準が異なると述べます。
◆ 違憲審査の三基準
種類 | 適用場面 | 審査基準 | 判例例示 |
---|---|---|---|
厳格な基準(Strict scrutiny) | 思想・信条・政治的表現など核心的自由の制限 | 必要不可欠な目的+手段の最小限性 | 『徳島市公安条例事件』(1970) |
中間審査基準(Intermediate scrutiny) | 商業的表現・間接的制約 | 重要な目的+実質的関連性 | 『北方ジャーナル事件』(1986) |
緩やかな基準(Rational basis test) | 経済的自由など | 合理的関連性があればOK | 『薬事法距離制限違憲判決』(2002) |
3.判例にみる表現の自由の応用
◆ 徳島市公安条例事件(最判昭和45年6月17日)
- 路上デモに関して、市が事前許可制を条例で定めたことの合憲性が争点。
- 【判旨】集会・表現の自由は民主主義に不可欠であり、必要最小限の制約のみ許容。
◆ 事件の正式名称
徳島市公安条例違反被告事件
(最判昭和45年6月17日・刑集24巻6号280頁)
1.事件の概要(事実関係)
1967年、徳島県の阿波踊りのパレードに、被告人を含む共産党系の団体がデモ行進を実施。
その中で、拡声器を使ったシュプレヒコールが行われたため、徳島市の**公安条例違反(公安を乱す行為の禁止)**で起訴された。
徳島市公安条例は、「市民の通行・交通を著しく妨げる行為」「公共の秩序を乱すおそれのある行為」を禁止していた。
被告側は「表現の自由・集会の自由の侵害だ」として、条例の違憲性を主張。
2.憲法上の争点
-
表現の自由(憲法21条)と、地方自治体による治安維持・交通秩序とのバランス
-
表現活動を制限する条例の合憲性(明確性・必要性・合理性)
3.最高裁の判旨(要点)
「憲法21条にいう表現の自由は、民主主義の根幹をなす重要な基本的人権であり、その制限は極めて慎重でなければならない。
よって、規制は明確な基準に基づき、かつ必要最小限度にとどまるものでなければならない。」
そのうえで、徳島市の条例はあいまいで、\n違反となる行為の範囲が広すぎる(=違憲の疑いがある)と指摘。
しかし、本件では公共秩序を直接に乱すような行為があったと認定し、有罪判決は合憲とした(違憲立法審査は回避)。
4.判例の意義
❖ 表現の自由の審査基準を確立した歴史的判例
-
表現の自由の制限に対しては、「厳格な基準(strict scrutiny)」が適用されるべきことを示唆
-
以後の憲法判例(とくに精神的自由に関するもの)に大きな影響を与えた
❖ 条例による規制の限界を示す
-
表現行為に対する漠然とした規制(=明確性に欠ける)は違憲となりうる
-
自治体の条例でも憲法21条に反しない範囲でのみ規制が許される
5.芦部憲法・学説による評価
芦部信喜はこの事件を、\n> 「精神的自由に対する規制は、原則として違憲とされるべきである」\nという考え方を導く重要な契機と位置づけています。
また、表現内容に立ち入る規制と、時間・場所・方法に関する規制(TPM規制)を区別すべきだとしたうえで、\n本件はTPM規制でありながらも慎重な審査が必要とされました。
6.まとめ
観点 | 内容 |
---|---|
問題となった法律 | 徳島市公安条例(集会・行進の制限) |
憲法との関係 | 憲法21条 表現の自由の制限 |
裁判所の判断 | 条例の条文には疑義があるが、適用自体は合憲 |
意義 | 表現の自由の「厳格審査基準」の先駆的判例 |
評価 | 表現の自由と公共の福祉のバランスの取り方を示す重要な判例 |
◆ 北方ジャーナル事件(最大判昭和61年6月11日)
- 選挙に立候補した人物に対するスキャンダル記事の事前差止め。
- 【判旨】名誉毀損の疑いがあっても、出版差止めは極めて限定的でなければならない。
◆ チャタレー事件(最判昭和32年3月13日)
- 文学作品における猥褻表現と刑罰規制(わいせつ文書頒布罪)の適用が争点。
- 【判旨】「猥褻」とは性欲を刺激し、一般人の正常な性的羞恥心を害するもの。
4.現代的課題と応用論点
◆ SNS時代の表現の自由
- フェイクニュース、誹謗中傷、炎上文化の中で「萎縮効果( chilling effect)」が問題に。
- プラットフォームの責任と検閲との境界線も曖昧。
◆ 政治的表現の自由
- 選挙運動、デモ活動、風刺表現、漫画などにおける過度な規制の危険性
- 表現の自由は「権力を監視する市民の武器」としての意味も持つ
◆ 教育と表現の自由
- 教育現場での表現(授業内容、教材選定、制服の自由など)を巡る論争
- 生徒・教員双方に保障されるべき「表現主体」としての権利
【まとめ】
- 表現の自由は、民主主義の維持と個人の尊厳に不可欠な権利
- しかし絶対ではなく、他者の人権や公共の福祉との調整が必要
- 芦部憲法では、内容規制と時間・場所・方法の規制を区別し、審査基準に違いを設けるべきと論じている
- 判例を通じて、表現の自由が社会の中でどのように活かされ、守られてきたかを理解することが重要
【入試対策・論述テーマ例】
- 「表現の自由の意義とその限界について、判例と憲法学説をもとに述べよ」
- 「現代の情報社会における表現の自由の新たな課題について論ぜよ」
- 「北方ジャーナル事件における表現と名誉の衝突をどう調整すべきか」
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