英語の専門論文が読めないのは、英語力の問題か、語彙の種類の問題か
大学院入試の英語は、多くの場合、大学受験の英語とは読む対象が違います。専門分野の論文や学術書の一節を訳させる、要旨をまとめさせる、あるいは外部の英語試験のスコアを求める——形式はさまざまですが、最終的に必要になるのは「自分の分野の英語論文を、辞書に頼りきらずに読める力」です。
大学受験で英語が得意だった人が、院試の英語論文でつまずくことは珍しくありません。その原因として、第二言語の学術英語(EAP:English for Academic Purposes)の研究は、「語彙の層の違い」を指摘してきました。
この記事では、学術語彙リストの研究、語彙と読解の関係のメタ分析、専門語彙と学業成績の研究を順に見て、院試の英語論文対策で「何の単語を、どの順で」覚えるべきかを考えます。一般的な英単語の覚え方は英単語の覚え方——回数と間隔の設計で扱っているので、ここでは繰り返しません。
一言でいうと(この記事の結論)
第二言語の読解と最も強く相関するのは、文法知識(r = 0.85)と語彙知識(r = 0.79)です [5]。
そして、専門語彙の知識が学業成績の説明に加える寄与は、学術語彙の2倍でした [3]。
——ただし、分野をまたぐ「共通の学術語彙」という考え方自体に反証があり [4]、院試の英語対策は、市販の学術単語集より「自分の分野の論文から作る語彙表」を中心にするのが、研究と整合します。
結論を先に7点書きます。
- 第二言語の読解と語彙知識の相関は r = 0.79、文法知識は 0.85、メタ認知は最も弱く 0.32 [5]。
- 100超の研究・約2万1,000人の統合では、語彙と読解の相関は .57、測定誤差を考慮すると読解の分散の31〜45%を説明し得る [10]。
- 学術語彙リスト(AVL)は、学術文書の約14%を覆いました [2]。
- 反証。学術語彙リスト(AWL)の語は、分野によって頻度・共起・意味がばらばらでした [4]。
- 専門語彙の寄与は学術語彙の2倍。ただし最大の説明力は一般語彙の量でした [3]。
- 化学専攻の学生では、専門語彙が教科書の読解に最も大きく寄与し、英語力や化学の知識を上回りました [7]。
- 第二言語の方略指導の効果は d = 0.49(小〜中)でした [6]。

1. 語彙には3つの層がある
EAP の研究では、学術文書の語彙を、おおよそ3つの層に分けて考えます。
| 層 | 例 | どこで覚えるか |
|---|---|---|
| 一般語彙 | 最頻出の2,000語など、日常でも使う語 | 大学受験までの英語 |
| 学術語彙 | 分野を問わず学術文書に多く出る語 | 学術単語集・学部の英語科目 |
| 専門語彙 | その分野だけで特定の意味を持つ語 | 自分の分野の文献の中でしか出会わない |
学術語彙の代表的なリストが、2000年に発表された AWL(Academic Word List)です。学術文書350万語のコーパスから、最頻出2,000語以外で、分野をまたいで頻度と出現範囲の広い語を選んだものです [1]。AWL は570の語族からなり、その中に意味の異なる同綴語が含まれていることの影響を調べた研究は、同綴語を含む語族はごく一部で、それを分けて数えてもリストから外れるのは3語族だけだったとしています [13]。
2014年には、1億2,000万語の学術サブコーパスから作られた AVL(Academic Vocabulary List)が発表されました。AVL は学術的な文書とそれ以外を識別し、2つの大規模コーパスの学術文書の約14%を覆ったと報告されています [2]。
そして専門語彙について、解剖学の教科書と応用言語学の教科書を調べた研究は、専門語彙が、異なり語数(語の種類)でも延べ語数でも、テキストの非常に大きな割合を占めていたと報告しています [9]。
一言でいうと
大学受験の英語で鍛えたのは、主に1層目です。院試の英語論文で必要なのは、2層目と3層目——特に、単語集には載っていない3層目です [9]。
2. 読解を支えているのは何か——メタ分析
「英語論文が読めない」の原因を、語彙だけに決めつける前に、読解と相関する要因を広く見ておきます。
第二言語の文章読解と、10の構成要素の相関を統合した2014年のメタ分析では [5]——
| 要因 | 読解との相関 r | 証拠の量 |
|---|---|---|
| 第二言語の文法知識 | 0.85 | 多い |
| 第二言語の語彙知識 | 0.79 | 多い |
| 第二言語のリスニング | 0.77 | 少ない |
| 第二言語の語の解読(デコーディング) | 0.56 | 多い |
| メタ認知 | 0.32(最も弱い) | 少ない |
年齢、測定の特徴、母語と第二言語の距離が、一部の要因で相関の強さを変えていました [5]。
語彙に絞った2020年のメタ分析は、100を超える研究・276の効果量・約2万1,000人を統合し、語彙知識と読解の相関を .57 と推定しました。測定の信頼性による減衰を考慮すると、真の相関は .56〜.67 の範囲にあり、読解の分散の31〜45%を説明し得るとしています [10]。さらに、語の意味を思い出せる知識(meaning recall)が、読解と最も強く相関しました [10]。
一言でいうと(院試受験生への示唆)
英語論文の読解では、「語の意味を見て分かる」より「語を見て意味を思い出せる」ことが効きます [10]。
——そして文法知識の相関は語彙以上でした [5]。専門論文の長い名詞句や挿入の多い文が読めない場合、足りないのは単語ではなく文法かもしれません。
3. 専門語彙は、学業成績を説明するか
読解との相関から一歩進んで、語彙の層ごとに、大学での成績への寄与を調べた研究があります。
オマーンの英語で教える高等教育機関の学生70人では、語彙の量と語を認識する速さが、学術的な作文と成績(GPA)の両方と相関しました [8]。
アラビア語を母語とする学部生96人の研究では、すべての指標が成績と正の相関を示し、学術語彙の知識が最も強い相関(r = 0.72)を示しました。学術語彙と一般語彙を合わせると、成績の分散の約56%を説明しました [11]。
そして、エジプトのビジネス系の学生で、一般語彙・学術語彙・専門(ビジネス)語彙の3種類を成績と比べた研究は、次のように報告しています [3]。
- 成績の分散を最も大きく説明したのは、一般語彙の量だった
- 学術語彙と専門語彙は、それぞれ別個に、追加の説明力を持っていた
- 専門語彙の追加の説明力は、学術語彙の2倍だった [3]
中国の化学専攻の2年生82人の研究も、同じ方向です。専門語彙は英語力とも化学の知識とも強く相関し、化学の教科書の読解に対して、英語力や化学の知識よりも大きく寄与しました [7]。
一言でいうと(ここが本題)
専門分野の英語文献を読む力は、「英語力」と「専門知識」の足し算ではなく、その交点にある「専門語彙」に強く左右されていました [7]。
——院試の英語対策を、専門科目の勉強と切り離して単語集だけで進めるのは、この証拠から見ると非効率です。
4. 【反証】「共通の学術語彙」は存在するのか
1節・3節の話には、根本的な反論があります。同じ分量で書きます。
2007年の研究は、AWL の570語族が、さまざまな分野・ジャンルからなる330万語のコーパスでどう分布しているかを調べました [4]。
- AWL はコーパスの10.6%を覆っていた
- しかし個々の語は、分野によって、出現範囲・頻度・共起(どの語と一緒に使われるか)・意味が異なるふるまいをしていた
- 著者らの結論——AWL は意図されたほど一般的ではないかもしれず、学生が単一の中核的な学術語彙を必要とするという広く信じられた前提は疑わしい
- 推奨——教師は、学生がより限定された、分野に基づく語彙のレパートリーを築くのを助けるべき [4]
同じ著者らの2009年の論文も、AWL の語は分野ごとに異なるふるまいをし、分野ごとに好まれる「語の塊(lexical bundles)」を作っていると報告しています [12]。
さらに、3節で学術語彙の寄与を示した研究自身が、先行研究では、学術語彙の知識は一般語彙の知識の予測力にわずかしか上乗せしなかったことに触れています [11]。専門語彙の研究 [3] でも、最大の説明力は一般語彙の量でした。
そして、3節の研究はすべて相関の研究です。専門語彙を多く知っている学生は、そもそもその分野の勉強量が多い可能性があり、「専門語彙を覚えれば読めるようになる」という因果を直接示したものではありません。
一言でいうと(単語集への反証)
「学術単語集を1冊覚えれば、どの分野の論文も読める」という前提は、コーパス研究から疑われています [4]。
——同じ語でも、分野が変われば一緒に使われる語や意味が変わり得ます [12]。
ただし、一般語彙の土台が最大の説明力を持つことも忘れないでください [3]。土台が足りない人が、いきなり専門語彙だけに走るのも誤りです。
5. 「読み方のテクニック」はどこまで効くか
「パラグラフの最初の文を読めば要旨が分かる」のような読解方略の指導は、よく勧められます。
第二言語の方略指導を統合した2011年のメタ分析(61研究・95標本)は、全体効果を d = 0.49(小〜中)と推定しました。効果は、方略の種類と数、学習環境(第二言語環境か外国語環境か)、介入の長さによって変わりました [6]。
一方で、2節のメタ分析では、メタ認知と読解の相関は、10要因のうち最も弱い 0.32でした [5]。
一言でいうと
読み方の方略は、教えれば一定の効果があります [6]。しかし読解力の個人差を最もよく説明しているのは、方略より語彙と文法の知識です [5]。
——院試の英語対策の時間配分は、知識の積み上げを主、方略の練習を従にするのが、この証拠と整合します。背景知識と読解の関係は読解は技能か知識かで扱っています。
6. 実務——「自分の分野の語彙表」を作る8週間
- 第1週:志望研究科の教員の英語論文を5本選ぶ。専門語彙はテキストの大きな割合を占め [9]、分野ごとに語のふるまいが違います [4]。市販の単語集ではなく、実際に読むことになる論文を素材にします。
- 第1〜2週:辞書なしで要旨と序論を読み、分からなかった語に印をつける。その語が一般語彙か、学術語彙か、専門語彙かを、自分で分類します。一般語彙の印が多ければ、先に土台を補強します [3]。
- 第2〜4週:専門語彙の表を作る。1語につき「英語」「分野での意味」「その論文の例文」の3列。分野固有の意味と、一緒に使われる語の塊 [12] を、例文ごと記録します。
- 毎日10分:表の英語だけを見て、意味を口に出して思い出す。読解と最も強く相関したのは、意味を思い出せる知識でした [10]。意味を隠さず眺めるだけの復習にはしません。
- 第3〜6週:論文を15〜20本に増やし、表を広げる。同じ語が複数の論文に出てきたら印を増やし、印の多い語から優先して覚えます。
- 第5〜8週:読めない文を「単語の問題」と「文法の問題」に分ける。文法知識の相関は語彙以上でした [5]。全部の語が分かるのに訳せない文は、構文を分解して書き出します。
- 第7〜8週:過去問の英文で、辞書なしの時間計測をする。方略の練習は、ここで補助的に入れます [6]。
この記事で言えないこと
当塾の立場
まず、塾に来なくてもできることです。
- 志望研究科の教員の論文を5本選び、辞書なしで要旨を読む
- 分からない語を一般・学術・専門の3層に分類する
- 例文つきの専門語彙表を作り、毎日10分、意味を思い出す
- 読めない文を「単語の問題」と「文法の問題」に分ける
それでも個別指導を使う理由を、この記事の研究に即して3つ挙げます。
院試英語の指導を受ける先を選ぶときは、次のように聞いてみてください。
- 教材は、市販の単語集ですか、私の分野の論文ですか
- 読めない原因が単語か文法かを、どう見分けますか
- 英語対策と専門科目・研究計画書の準備を、どうつなげますか
まとめ
- 第二言語の読解と相関が強いのは、文法(0.85)と語彙(0.79)。メタ認知は 0.32 [5]。
- 語彙と読解の真の相関は .56〜.67、意味を思い出せる知識が最も効いた [10]。
- 学術語彙リストは学術文書の約10〜14%を覆った [2] [4]。
- 専門語彙はテキストの大きな割合を占めた [9]。
- 専門語彙の寄与は学術語彙の2倍、ただし最大は一般語彙 [3]。
- 化学専攻では、専門語彙が英語力・専門知識以上に教科書読解に寄与した [7]。
- 反証。学術語彙の語は分野ごとにふるまいが異なり、共通の中核語彙という前提は疑われている [4] [12]。
- 方略指導は d = 0.49 で一定の効果 [6]。
- そして——院試の英語論文対策の中心は、自分の分野の論文から作る、例文つきの専門語彙表です。
出典
本文中の番号に対応します。抄録に直接あたって確認したものだけを挙げています。結論に反する研究も、同じ基準で載せています。
- 【学術語彙リスト AWL】Coxhead, A. (2000). A New Academic Word List. TESOL Quarterly. DOI: 10.2307/3587951
- 【学術語彙リスト AVL・約14%】Gardner, D. & Davies, M. (2014). A New Academic Vocabulary List. Applied Linguistics. DOI: 10.1093/applin/amt015
- 【専門語彙の寄与は学術語彙の2倍】Masrai, A. et al. (2021). Measuring the contribution of specialist vocabulary knowledge to academic achievement: disentangling effects of multiple types of word knowledge. Asian-Pacific Journal of Second and Foreign Language Education. DOI: 10.1186/s40862-021-00114-5
- 【反証・共通の学術語彙への疑問】Hyland, K. & Tse, P. (2007). Is There an “Academic Vocabulary”? TESOL Quarterly. DOI: 10.1002/j.1545-7249.2007.tb00058.x
- 【第二言語読解の相関要因メタ分析】Jeon, E. H. & Yamashita, J. (2014). L2 Reading Comprehension and Its Correlates: A Meta-Analysis. Language Learning. DOI: 10.1111/lang.12034
- 【第二言語の方略指導メタ分析】Plonsky, L. (2011). The Effectiveness of Second Language Strategy Instruction: A Meta-analysis. Language Learning. DOI: 10.1111/j.1467-9922.2011.00663.x
- 【化学専攻の専門語彙と教科書読解】Gui, M., Chen, X. & Cheng, X. (2022). Role of Discipline-specific Vocabulary in L2 Reading by Chinese Chemistry Major Undergraduates. Reading in a Foreign Language. DOI: 10.64152/10125/67411
- 【語彙の量と速さ・成績】Roche, T. & Harrington, M. (2013). Recognition vocabulary knowledge as a predictor of academic performance in an English as a foreign language setting. Language Testing in Asia. DOI: 10.1186/2229-0443-3-12
- 【専門語彙の割合】Chung, T. M. & Nation, P. (2003). Technical vocabulary in specialised texts. Reading in a Foreign Language. DOI: 10.64152/10125/66770
- 【語彙と読解・聴解のメタ分析・約2万1,000人】Zhang, S. & Zhang, X. (2020). The relationship between vocabulary knowledge and L2 reading/listening comprehension: A meta-analysis. Language Teaching Research. DOI: 10.1177/1362168820913998
- 【学術語彙と成績 r = 0.72】Masrai, A. & Milton, J. (2017). Recognition Vocabulary Knowledge and Intelligence as Predictors of Academic Achievement in EFL Context. TESOL International Journal. ERIC: EJ1247860
- 【反証・分野ごとの語の塊】Hyland, K. & Tse, P. (2009). Academic Lexis and Disciplinary Practice: Corpus Evidence for Specificity. International Journal of English Studies. ERIC: EJ878445
- 【AWL の同綴語】Wang, M.-T. K. & Nation, P. (2004). Word Meaning in Academic English: Homography in the Academic Word List. Applied Linguistics. DOI: 10.1093/applin/25.3.291
関連する既存記事
- 語彙はどう増えるか——教えた語は増え、語彙力は増えないという不都合
- 読解は技能か知識か——背景知識が理解を決める
- 英単語の覚え方——回数と間隔の設計|武蔵野個別指導塾が薦める学習の仕方
- 英語長文が読めない原因を4つに切り分ける
大学院入試の研究(全10本)
- 研究計画書は何で評価されるか——同じ申請書を43人が読んでも、評価は一致しなかった
- 専門科目の知識を体系化する——概念地図は効く、ただし教科書を見ながら描くと想起練習に負けた
- 学部成績・GRE・推薦状——8万人では大学院での成功を当て、合格者の中ではほとんど当てなかった
- 口頭試問と面接の妥当性——構造化は効く、ただし入試面接が学業成績を予測する力はごく小さかった
- 英語論文を読む力——専門語彙の寄与は学術語彙の2倍、そして「共通の学術語彙」への反証(この記事)
- 統計が怖い——統計不安は先延ばしを通じて点を下げる、ただし不安を消す介入はまだ見つかっていない
- 先行研究の探し方・読み方——専門家の検索式の92.7%に誤り、要旨の結論の58.3%にスピン
- 研究室と指導教員の選び方——指導は研究成果に効く、ただし修了を分けたのは資金の種類だった
- 社会人の大学院受験——仕事は学業を邪魔もするし助けもする、分かれ目は仕事と研究の「重なり」だった
- 大学院生のメンタルヘルス——博士課程の24%に抑うつ症状、ただしその数字は測り方で大きく変わり得る
