連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第33回です。学習の仕方の目次を見る
「もう大丈夫」と判断して勉強をやめる。その判断が正確なら問題ありませんが、実際には多くの場合、過大に見積もられています。自分の理解度についての見積もりを較正と呼びます。そして較正がずれていると、勉強の配分そのものが狂います。
前回、練習中の手応えは学習の指標として当てにならないと書きました。今回は、その手応えをもとにどこをやめ、どこを続けるかを決めてしまう問題を扱います。方法が正しくても、配分が誤っていれば結果は出ません。
要点(結論から)
- 学習中の自己評価は、しばしば過大になる。不正確な自己評価は、学習と保持を損なう。
- 過大評価が起きるのは、学習中に使える手がかり——流暢さ、見慣れた感じ——が、後の再現を予測しないためである。
- 見積もりが甘いと、まだできていない部分の練習が早く打ち切られる。
結論——「できたつもり」が、勉強の配分を狂わせる
- 学習中の自己評価は、しばしば過大になる。不正確な自己評価は、学習と保持を損なう。
- 過大評価が起きるのは、学習中に使える手がかり——流暢さ、見慣れた感じ——が、後の再現を予測しないためである。
- 見積もりが甘いと、まだできていない部分の練習が早く打ち切られる。
- 較正は改善できる。時間を空けてから自己評価する、実際にテストしてから判断するといった方法がある。
- 実務的には、やめる判断を感覚ではなくテストの結果で下すことが最も確実である。
理由——なぜ見積もりは甘くなるのか
過信は達成を下げる
ダンロスキーとローソンは、自己評価の不正確さが学習と保持を損なうことを示しました。論文の題名そのものが結論を述べています——過信は達成不足を生む。
Dunlosky J, Rawson KA. Overconfidence produces underachievement: Inaccurate self evaluations undermine students’ learning and retention. Learning and Instruction. 2012;22(4):271-280.
仕組みは単純です。学習を続けるかどうかの判断は、自己評価に基づいて下されます。評価が甘ければ、実際にはまだ身についていない段階で練習を打ち切ります。打ち切れば、当然ながら定着しません。
ここで重要なのは、問題が意欲ではないことです。本人は真面目に取り組み、判断に従って行動しています。ただ、判断の材料が誤っています。
学習中の手がかりが、当てにならない
コリアットとビョークは、学習中の能力感が錯覚的でありうることを扱いました。学習の最中に得られる感覚——すらすら読める、見覚えがある、答えがすぐ浮かぶ——は、後の再現をうまく予測しません。
Koriat A, Bjork RA. Illusions of competence in monitoring one’s knowledge during study. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition. 2005.
理由は、学習の直後には答えが手元にあるからです。答えを見ながら「これは分かる」と判断するとき、判断に使われているのは、答えがある状態での容易さです。本番には答えがありません。
第24回で扱った符号化と検索の対応が、ここでも効いています。判断の条件が本番と違えば、判断も当てになりません。
具体例——やめる判断が早すぎる場面
| 場面 | 判断に使っている手がかり | 実際の状態 |
|---|---|---|
| 解説を読んで納得した | 説明の分かりやすさ | 自分では再現できない |
| 解いた直後に確認した | 直後の記憶 | 数日後には消えている |
| 見覚えのある問題だった | 既視感 | 解法は出てこない |
| 3回読んだ | 回数 | 再現の練習をしていない |
いずれも、判断の材料が本番の条件と違っています。したがって、材料を変える必要があります。
今日からできること
- やめる判断を、テストの結果で下す。 「できた気がする」ではなく「白紙に書けた」。
- 自己評価は、時間を空けてから行う。 直後の判断は甘くなります。翌日に判断します。
- 判断を数字にする。 「このうち何問できると思うか」を先に書き、実際の数と比べます。
- ずれの方向を記録する。 甘いのか辛いのか。自分の癖が分かると、補正できます。
- 「分かる」と「できる」を言い分ける。 言葉を分けると、判断も分かれます。
学年で変えるところ
- 小学生——自己評価はまだ大まかです。大人が代わりにテストの形で確認するほうが確実です。
- 中学生——「勉強したのに点が取れない」という訴えの多くが、この較正のずれです。予想点と実際の点を比べる習慣が効きます。
- 高校生——範囲が広く、配分の判断が結果を左右します。単元ごとに予想正答率を書いてから解く方法が有効です。
判断を遅らせるだけで、精度が上がる
較正を改善する方法の中で、費用がほとんどかからないものがあります。自己評価の時点を後ろにずらすことです。
学習の直後に「できるようになったか」を判断すると、手元に残っている情報が判断に紛れ込みます。答えを見たばかりで、内容がまだ短期的な保持の中にあります。第26回で述べた新近効果が、判断を押し上げます。
時間を空けると、この上乗せが消えます。翌日、あるいは数日後に同じ問いを見て「できるか」を判断すると、より本番に近い条件での判断になります。
実務的には、勉強の終わりに「明日確認する項目」を3つだけ書いておき、翌日その3つについて予想と結果を比べる。手間は数分です。それだけで、自分の見積もりの癖が見えてきます。
流暢さという落とし穴
判断を狂わせる手がかりの中で、最も強力なのが流暢さです。読みやすい、聞き取りやすい、すぐ思い浮かぶ。こうした処理の軽さが、「分かっている」という感覚を生みます。
問題は、流暢さが内容の理解と独立に変化することです。同じ内容でも、見慣れた字体で書かれていれば読みやすく、整理された図が添えられていれば分かりやすく感じられます。実際の再現能力は変わっていません。
この性質は、教材の選び方にも影響します。読みやすく作られた参考書は、入口としては有効ですが、読みやすさゆえに「分かった」感覚を強めます。読了後に白紙で確認する手順を置かないと、感覚だけが上がります。
逆に、あえて読みにくくすれば学習が進むという単純な話でもありません。流暢さを下げる操作の効果については、研究の結果が分かれています。ここで言えるのは、流暢さを判断の材料にしないという一点です。
予想してから解く
較正を改善する最も簡単な方法は、解く前に予想を書くことです。「この10問のうち、何問できると思うか」。数字を書いてから解き、実際の数と比べます。
この作業には2つの効き目があります。第一に、ずれの大きさと方向が見えること。第二に、繰り返すうちにずれが小さくなることです。予想が習慣になると、判断の材料が自然に変わります。
さらに、この作業は第29回で扱った生成とも重なります。予想を立てるには、内容を思い出す必要があります。予想そのものが、軽い取り出しの練習になっています。
実務上の注意として、予想は単元ごとに書くのが扱いやすくなります。全体についての予想は大まかすぎて、ずれが見えません。単元ごとなら、どこの見積もりが甘いかまで分かります。
ずれには2方向ある
較正のずれは、過大評価だけではありません。実際にはできているのに「できていない」と判断する人もいます。こちらのずれも問題を生みます。
過小評価が続くと、すでに身についた内容に時間を使い続けることになります。安心のための反復は、気分を安定させますが、伸びしろの小さい部分に資源を投じています。第27回で述べたとおり、得意な部分だけを回す練習には、別の副作用もあります。
どちらのずれも、対処は同じです。判断を感覚から結果へ移す。 予想を書き、テストし、比べる。ずれの方向が分かれば、次の判断に補正をかけられます。
なお、過小評価は不安と結びついていることが多く、その場合は較正の問題だけを扱っても解決しません。不安そのものへの対処は、別の領域が扱う話になります。
較正がずれると、時間の配分がずれる
較正の問題が深刻なのは、それが時間の配分に直結するからです。人は、できていないと思う部分に時間を割きます。判断が誤っていれば、時間の行き先も誤ります。
具体的には、次の2つの損失が生じます。第一に、まだ身についていない部分が早く打ち切られる。第二に、すでに身についた部分に余分な時間が使われる。どちらも、総学習時間は同じなのに成果が下がる形です。
この損失は、量を増やしても埋まりません。配分が誤っているのだから、総量を増やせば誤った配分のまま拡大します。「勉強時間を増やしたのに結果が変わらない」という状況の一部は、この構造をしています。
したがって、勉強時間を増やす前に確認すべきことがあります。いま時間を使っている単元は、本当にできていない単元か。 確認は、範囲全体から均等に取り出すテストで行います。感覚で選ぶと、また同じ偏りが再現されます。
他人の判断を借りる
自分の較正が甘いと分かっていても、その場で補正するのは難しいものです。判断の材料そのものが手元の感覚だからです。ここで有効なのが、他人に判断させる方法です。
最も簡単なのは、誰かに問題を選んでもらうことです。自分で選ぶと、解けるものに偏ります。範囲を伝えて、他人に選んでもらえば偏りが消えます。家族でも、友人でも、教材の索引をくじ引きに使っても構いません。
もう一つは、説明させることです。第29回で述べたとおり、説明しようとすると穴が見つかります。聞き手は内容を知らなくてもよく、「そこがよく分からない」と言えるだけで、較正の材料になります。
いずれも、自分の感覚を判断から外す工夫です。感覚を鍛えるより、感覚に頼らない仕組みを作るほうが速い。第1ブロックから繰り返してきた考え方が、ここでも当てはまります。
よくある失敗——「復習した」を「できる」と数える
復習の記録をつけていると、回数が積み上がります。回数は目に見えるので、判断の材料として使われやすくなります。しかし、回数は再現できることを意味しません。
この誤りは、記録の形式で防げます。「何回やったか」ではなく「何問再現できたか」を記録する。第8回で述べたとおり、時間や回数は配分の単位としては有用ですが、達成の評価には成果物を使うほうが正確です。
もう一つの落とし穴は、解けた問題の割合だけを見ることです。解けた問題が解きやすい問題に偏っていれば、全体の実力は反映されません。範囲から均等に選ぶという第27回の原則が、ここでも効いてきます。
保護者ができること——予想を聞いてから結果を聞く
家庭でできる介入は単純です。テストの前に予想を聞き、後で結果と比べるだけです。
- 「何点くらいだと思う?」を、受ける前に聞く。 数字を言わせます。
- 結果が出たら、予想と比べる。 点数そのものより、ずれの大きさを話題にします。
- ずれを責めない。 ずれは情報です。責めると、次から正直な数字を言わなくなります。
3つ目が特に重要です。予想を低めに言っておけば安全、という学習が起きてしまうと、較正の訓練になりません。数字は評価ではなく、見積もりの練習として扱ってください。
見積もりのずれは勉強の外にもある——自信と実力の差
自分の理解度を過大に見積もる傾向は、試験の直前だけでなく、日常の準備にも現れます。たとえば発表の練習を「もう話せる」と判断して打ち切ると、本番で言葉に詰まることがあります。頭の中で流れを追うことと、声に出して通すことは別の作業だからです。この違いに気づかないまま準備を終えると、当日に修正が効きません。
時間の見積もりにも同じずれが生じます。宿題にかかる時間を短く見積もり、夜になってから焦る場面はよくあります。これは内容の理解ではなく、作業量の見積もりの問題です。実際に一度測ってみると、自分の感覚との差が見えてきます。場所を変えて取り組むと、かかる時間が変わることもあります。
道具の準備にも当てはまります。筆箱や資料を「たぶん揃っている」と確認せずに家を出ると、当日に不足に気づきます。確認したつもりという感覚は、実際の確認とは別物であることが多いと考えられます。見積もりのずれは、勉強の場面に限らず繰り返し現れます。
予想を記録し忘れる——較正の材料が残らない
予想してから解く方法は、実際にやってみると記録の手間でつまずくことがあります。解き終えた後に予想を思い出せず、結果だけを見て判断してしまうためです。予想は解く前の短い時間に書き留めておくと、後から比べやすくなります。付箋でも余白でも、残る形にしておくことが助けになります。
もう一つのつまずきは、ずれの方向を気にしすぎることです。過大に見積もる傾向があると分かると、今度は過小に見積もるよう意識しすぎて、必要以上に勉強を続けてしまうことがあります。ずれを小さくすること自体が目的ではなく、配分を調整することが目的です。極端に振れず、記録を見ながら少しずつ直していくほうが現実的です。
また、一度の結果だけで判断してしまうこともあります。その日の体調や時間帯で正答は変わります。何回か分の予想と結果を並べてから傾向を見るほうが、判断の材料として安定します。記録を続けること自体が負担になるときは、教科を一つに絞る方法もあります。
この記事で言えないこと
較正の研究は、記憶課題や大学生の学習を対象としたものが中心です。中高生の教科学習で、どの程度のずれがあるかは、この研究群からは直接には決まりません。
また、較正を改善しても、学習内容そのものが身につくわけではありません。較正は配分の判断を正確にするための道具です。正しく配分しても、その時間で何をするかは別の設計が要ります。
当塾の立場
予想を書く、時間を空けて判断する、テストで確かめる。いずれも費用はかかりません。
武蔵野個別指導塾では、宿題を出すときに「次回どれくらいできると思うか」を書かせ、次回の確認結果と並べて記録しています。ずれが大きい生徒は、勉強量ではなく判断の精度に問題があります。量を増やす前に、どこで打ち切っているかを見る。較正の訓練は、指導の中で最も地味で、最も効く部分だと考えています。
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出典
- Dunlosky J, Rawson KA. Overconfidence produces underachievement: Inaccurate self evaluations undermine students’ learning and retention. Learning and Instruction. 2012;22(4):271-280.
- Koriat A, Bjork RA. Illusions of competence in monitoring one’s knowledge during study. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition. 2005.

