連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第38回です。学習の仕方の目次を見る
初めての単元では、自分で考えるより例題を読むほうが速い。これは怠けではなく、研究が支持している順序です。ところが同じ方法を、ある程度できるようになった段階で続けると、今度は逆効果になります。有効な指導法が、熟達とともに反転する。この現象は専門性逆転効果と呼ばれます。
この回で扱うのは、方法の優劣ではなく時期です。どの段階で、どの方法に切り替えるか。同じ方法を最初から最後まで使い続けることが、しばしば伸び悩みの原因になります。
要点(結論から)
- 初学の段階では、自力で問題を解くより、例題を学ぶほうが効率がよい。
- 理由は、通常の問題解決が認知資源を探索に使い、型の獲得に回らないためである。
- ところが、型ができた後は同じ支援が余分になる。既知の説明を処理する負荷が加わるためである。
結論——例題は入口で強く、途中から弱くなる
- 初学の段階では、自力で問題を解くより、例題を学ぶほうが効率がよい。
- 理由は、通常の問題解決が認知資源を探索に使い、型の獲得に回らないためである。
- ところが、型ができた後は同じ支援が余分になる。既知の説明を処理する負荷が加わるためである。
- この反転は専門性逆転効果と呼ばれ、指導技法の有効性が学習者の熟達水準に強く依存することを示す。
- 実務的には、例題→半分だけ→自力という切り替えを、単元ごとに実行する。
理由——2つの知見をつなぐ
解くより読むほうが速い、という結果
スウェラーとクーパーは、代数の学習において、例題を学ぶことが問題解決の代わりになりうるかを検討しました。
Sweller J, Cooper GA. The Use of Worked Examples as a Substitute for Problem Solving in Learning Algebra. Cognition and Instruction. 1985;2(1):59-89.
5つの実験からなる研究です。仮説は、代数の問題解決技能が多数のスキーマを要し、通常の問題解決の探索手法はスキーマの獲得を遅らせるというものでした。実験1では、中学3年・高校2年・大学の数学履修者を比較し、経験の多い学生ほど認知的な表象が優れていることが確認されています。
この結果が示すのは、第21回で扱った認知負荷の話の応用です。手段目標分析で答えを探す作業は、資源を大量に使いますが、その資源は型を作ることには使われません。
ところが、熟達すると反転する
カリューガらは、この種の指導技法の効果が学習者の熟達水準に依存することを整理しました。
Kalyuga S, Ayres P, Chandler P, Sweller J. The Expertise Reversal Effect. Educational Psychologist. 2003;38(1):23-31.
新しい情報は、厳しく制限された作業記憶で処理されます。学習が進むと、長期記憶のスキーマを使えるようになり、この制限が緩和されます。作業記憶の負荷を下げるために設計された指導技法は、この緩和が起きた後には不要な処理を追加することになります。
具体的には、既に知っている手順の説明を読むこと自体が負荷になります。自分の理解と照合しながら読む作業が発生するためです。
具体例——単元ごとの切り替え
| 段階 | 状態 | 有効な方法 |
|---|---|---|
| 入口 | 型がない。手が出ない | 例題を読む。手順をなぞる |
| 中間 | 型はあるが、不安定 | 途中まで示された問題を解く |
| 定着 | 手順が自動化してきた | 自力で解く。混ぜる、間を空ける |
| 応用 | 型が複数ある | どの型を使うかの判断を練習する |
各段階で有効な方法が違います。そして、段階は単元ごとに違います。同じ生徒でも、ある単元は入口、別の単元は定着という状態が普通です。
今日からできること
- 新しい単元は、例題から入る。 自力で考える時間を長く取ることが、常に良いわけではありません。
- 例題をなぞったら、すぐ同じ型を自力で解く。 読んだだけでは型になりません。
- 解けるようになったら、解説を読まない。 既知の説明を読む時間は、費用になります。
- 単元ごとに段階を判定する。 「この単元は入口、これは定着」と分けます。
- 詰まったら、1つ前の段階に戻る。 戻ることは後退ではなく、段階の調整です。
学年で変えるところ
- 小学生——入口の段階が長く続きます。例題を丁寧になぞる時間を確保します。
- 中学生——単元によって段階がばらつき始めます。一律の勉強法では合わなくなる時期です。
- 高校生——多くの単元で中間から定着の段階にあり、例題中心の勉強を続けると停滞します。切り替えの判断が成績を左右します。
例題の読み方にも型がある
例題が有効だといっても、ただ眺めるだけでは型になりません。読み方によって、残る量が大きく変わります。
効率のよい読み方は、次の形です。
- 1行ずつ、次の行を隠して読む。 次に何をするかを予想してから、答え合わせをします。第29回の生成が入ります。
- 各行に「なぜこうするのか」を一言付ける。 手順の根拠を扱います。第25回の深い処理です。
- 読み終えたら、何も見ずに同じ問題を解く。 読んで分かることと、再現できることは別です。
- 直後に、数値だけ変えた問題を解く。 型が動くかどうかの確認になります。
この4段を通すと、1つの例題に数分かかります。しかし、10題を眺めるより、1題をこの形で扱うほうが型ができます。第34回で述べたとおり、量より配り方と処理の質が効きます。
なぜ「考える時間」が型を作らないのか
「まず自分で考えなさい」という指導は広く行われています。考えること自体に価値があるのは確かですが、型がない段階では別の現象が起きます。
目標から逆算して手段を探す作業では、注意は目標と現状の差に向きます。どうすれば近づくかを試行錯誤する。この作業に資源が使われるあいだ、いま行っている手順そのものの構造には注意が向きません。
結果として、偶然に解けたとしても、なぜその手順で解けたのかが残りません。翌日同じ問題が解けないのは、この構造によります。
したがって、入口の段階で必要なのは、考える時間を増やすことではなく、手順の構造に注意を向けられる形を作ることです。例題はその一つであり、途中まで示された問題も同様です。考える時間は、型ができてから増やすほうが有効に働きます。
「途中まで」の問題が効く理由
入口と定着のあいだにある中間の段階では、完全な例題でも完全な自力でもない形が有効になります。手順の途中まで示され、残りを自分で進める形です。
この形が効くのは、探索の範囲が限定されるからです。どこから始めるかを探す作業が省かれ、残りの部分に資源を使えます。第35回で扱った足場かけの段階と、同じ構造をしています。
市販の教材にこの形が用意されていることは多くありませんが、自分で作れます。解説の最初の2行だけを見て、残りを閉じる。折り目を付けておけば運用できます。
さらに、示す部分を段階的に減らしていけば、フェーディングになります。3行、2行、1行、なし。単元ごとにこの階段を降りると、自力で解ける状態へ自然に移行します。
同じ生徒でも、単元によって段階が違う
専門性逆転という言葉は、熟達者と初学者という個人の区別を思わせます。しかし実務的には、同じ人の中で、単元ごとに段階が違うと考えるほうが役に立ちます。
数学が得意な生徒でも、新しく習う単元では入口の段階にいます。逆に、苦手意識のある生徒でも、十分に練習した単元では定着の段階にあります。「この子は基礎からやり直すべき」といった一律の判断は、この事実を見落としています。
実務的な運用としては、単元の一覧を作り、それぞれに段階を書き込むのが有効です。入口、中間、定着の3段階で十分です。書き込むと、勉強の配分がはっきりします。
そして、入口の単元には例題を、中間の単元には途中まで示された問題を、定着の単元には混ぜた演習を。同じ日の勉強でも、単元によって方法が変わります。方法を1つに決めないことが、この知見の実務的な帰結です。
教える側が陥りやすい誤り
専門性逆転効果は、教える側にとっても示唆があります。教える人は、その内容について定着の段階にいます。第23回で述べたとおり、まとまりができた人には中身が見えません。
その結果、2つの誤りが起きやすくなります。第一に、入口の生徒に自力での思考を求めすぎること。自分にとっては簡単な探索でも、型がない相手には成立しません。第二に、定着した生徒に説明を続けること。教える側は説明することに慣れているため、不要になっても続けてしまいます。
どちらも、相手の段階を見ていないことから生じます。第35回で述べた随伴性が欠けている状態です。段階の判定を、指導の最初に置くだけで、この2つの誤りは大きく減ります。
よくある失敗——解説を読み続ける
成績が伸びない生徒の勉強を見ると、解説を読む時間が長い場合があります。丁寧に読んでおり、理解もしています。しかし、専門性逆転の観点からは、その時間の一部が費用になっています。
判定は簡単です。読んでいる解説に、知らない情報が含まれているか。 含まれていれば読む価値があります。既に知っている手順の確認なら、読む代わりに解くほうが効率的です。
逆の失敗もあります。入口の段階で自力にこだわり、30分考えて解けずに終わる。第4回で述べたとおり、考えた時間はサンクコストとして判断を歪めますが、それ以前に、型がない状態での探索は型を作りません。
どちらの失敗も、段階の判定を飛ばしている点で共通しています。判定は、1問解いてみれば分かります。手が出ないなら入口、方針は立つが最後まで行かないなら中間、解けるなら定着です。
保護者ができること——「どの段階?」を一緒に判定する
内容が分からなくても、段階の判定は手伝えます。
- 「最初の一手は出る?」——出なければ入口。例題に戻る合図です。
- 「どこまで行った?」——途中まで行けるなら中間。半分だけ示す形が向きます。
- 「解説に知らないことは書いてあった?」——無ければ、読む時間を解く時間に振り替えられます。
この3つで、その単元にどの方法が合うかが決まります。勉強法を一律に決めるのではなく、単元ごとに判定する。手間はかかりますが、時間の使い方が大きく変わります。
教科書の例題は、この設計になっている
ここまでの話は、実は教科書の構成と一致しています。多くの教科書は、説明、例題、類題、練習問題という順に並んでいます。これは、支援を段階的に減らす配列です。
にもかかわらず、この配列が活用されないことがあります。例題を飛ばして練習問題から始める、あるいは練習問題に進まず例題を眺め続ける。どちらも、用意された階段を使っていません。
教科書を使う際の実務的な指針は単純です。例題は隠しながら読み、類題はすぐ自力で解き、練習問題で確認する。 この順に通せば、入口から定着までの段階を一通り進めます。
市販の問題集を追加する前に、手元の教科書のこの構造を使い切れているかを確認する価値があります。第16回で述べたとおり、学校の資源を使い切ったうえで残る不足が、外部化の対象になります。
部活や習い事の練習にも同じ順序がある——見て学ぶ段階
例題から入り、途中で自分で考える時間へ移るという順序は、学校の勉強だけでなく、部活動や習い事の練習にも当てはめて考えられます。たとえば楽器の練習では、最初は手本の演奏を繰り返し聴き、指の動きをまねることから始める場面が考えられます。
この段階では、手本をなぞることに集中するほうが、自己流で音を探るより早く形になります。ところが、ある程度弾けるようになった後も手本の録音を流し続けるだけでは、自分で音を選ぶ力が伸びにくくなることがあります。ここで、一部分だけ手本を止め、自分で続きを弾いてみる練習に切り替えると、判断する場面が生まれます。
スポーツの型の練習でも同じことが起こります。基本のフォームを教わっている間は、見よう見まねで繰り返すことが有効です。しかし、ある程度身についてきたら、相手の動きに合わせて自分で判断する練習を混ぜないと、試合の場面で対応できにくくなることがあります。
勉強でも部活でも、同じ生徒が場面によって異なる段階にいることがあります。単元ごと、種目ごとに「今はまねる段階か、自分で選ぶ段階か」を確かめる視点が役立つと考えられます。
例題を読むだけで終わる——自分で解く段階に移れない
例題から自分で考える段階へ移ろうとすると、どこで切り替えるかの判断が難しく感じられることがあります。切り替えが早すぎると、まだ手がかりのない状態で問題に向き合うことになり、かえって手が止まってしまう場合があります。逆に遅すぎると、読むだけで分かった気になる時間が長くなります。
つまずきやすいのは、切り替えの目安を回数や時間で決めようとしてしまう点です。同じ単元を何度も解いたからといって、必ずしも自力で考えられる段階に達しているとは限りません。解いた量より、手がかりなしで最初の一歩を書けるかどうかを目安にするほうが実態に合うことがあります。
また、途中まで例題を読み、残りを自分で解く「半分の練習」を取り入れるとき、どこで区切るかの選び方に迷うことがあります。区切りが難しすぎると手が出ず、易しすぎると考える場面が生まれません。最初は答えの直前で区切り、慣れてきたら区切りを早めていく方法が考えられます。
さらに、一度自分で考える段階へ移った後で再び例題に戻ると、後退したように感じられることがあります。しかし、新しい単元に入ったときは再び例題から始めるのが自然であり、単元ごとに段階を行き来することは後退ではありません。
この記事で言えないこと
専門性逆転効果は、主に認知負荷理論の枠組みで研究されてきました。効果の大きさや反転が起きる時期は、教科と課題によって異なります。「何問解いたら切り替える」といった一般的な基準はありません。
また、例題を読む方法が入口で有効だという結果は、探究的な学習に意味がないという主張ではありません。この論争については、既存の記事で詳しく扱っています。ここで述べているのは、同じ学習者でも段階によって適した方法が変わるという点です。
当塾の立場
例題から入る、途中まで示す、解けるようになったら解説を読まない。いずれも家庭でできます。
武蔵野個別指導塾で最も注意しているのは、単元ごとに段階を判定してから方法を決めることです。同じ生徒でも、単元によって必要な支援はまったく違います。一律に「まず考えさせる」でも「まず説明する」でもなく、1問解かせて段階を見る。指導記録には、単元ごとの段階を残しています。
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出典
- Sweller J, Cooper GA. The Use of Worked Examples as a Substitute for Problem Solving in Learning Algebra. Cognition and Instruction. 1985;2(1):59-89.
- Kalyuga S, Ayres P, Chandler P, Sweller J. The Expertise Reversal Effect. Educational Psychologist. 2003;38(1):23-31.

