「英語を使う将来の自分」を思い描くと、英語は伸びるのか
英検の勉強は、合格という目標がはっきりしている分、合格した後に続かないことがあります。「次の級も受けなさい」と言われて受ける。受からなければやる気をなくす。英語学習の動機づけをどう保つかは、英検に取り組むご家庭の多くが抱える悩みです。
第二言語の動機づけ研究で、この20年ほど中心にあった理論が、ドルニェイの「第二言語動機づけ自己システム(L2 Motivational Self System)」です。この理論は、動機づけを3つの要素で説明します。
| 要素 | 意味 | 英検にあてはめると |
|---|---|---|
| 理想の第二言語自己 | 「英語を使いこなしている、なりたい自分」の像 | 「海外の人と仕事で話している自分」 |
| 義務の第二言語自己 | 「周りの期待に応え、悪い結果を避けるために、そうあるべき自分」 | 「親や学校に言われたから、級を取るべき自分」 |
| 第二言語学習経験 | いまの授業・教材・仲間など、学習そのものの経験 | 「英語の授業や勉強が楽しいか、手応えがあるか」 |
この記事では、この3要素が実際の英語力をどこまで予測するのか、「なりたい自分」を思い描かせる介入は効くのか、そして資格試験という「義務」の動機は役に立つのかを、メタ分析と介入研究から読みます。報酬や自己効力感といった動機づけ一般の研究は既存記事で扱いましたので、ここでは第二言語の「自己像」に絞ります。
一言でいうと(この記事の結論)
32報告・3万2,078人のメタ分析で、理想の自己は「頑張るつもり」とは r = 0.61と強く相関しましたが、客観的な成績とは r = 0.20にとどまりました。義務の自己と成績の相関は r = −0.05でした [1]。
学習経験は、しばしば動機づけられた行動の最も強い予測因子です [2]。
——「なりたい自分」を語らせるだけでは英語力は伸びにくく、いまの学習経験の質と、近い将来の具体的な自己像が鍵になります。
- 理想の自己・義務の自己・学習経験は、頑張るつもりと r = 0.61・0.38・0.41、客観的な成績と r = 0.20・−0.05・0.17の相関でした [1]。
- 学習経験と「頑張るつもり」の強い相関の一部は、質問文の重なりによる見かけのものでした [1]。
- 中国の中学2年生172人では、理想の自己は頑張るつもりとも実際の成績とも一貫して正の関係でした [5]。
- 「なりたい自分」を思い描く介入で、理想の自己と頑張るつもりは向上しました [9] [10]。
- 【反証】311人の研究では、理想の自己も頑張るつもりも実際の成績と関連せず、頑張るつもりは社会的望ましさの偏りを受けやすかった [4]。
- 【反証】TOEICの受け直しを重ねた学生の多くが、落胆・不安・疲労を報告しました [13]。

1. メタ分析——「頑張るつもり」と「実際の成績」の大きな差
この理論の検証で最も重要なのは、2018年のメタ分析です [1]。32の研究報告・39の独立標本・3万2,078人を統合しました。
| 要素 | 頑張るつもり(自己報告)との相関 | 客観的な成績との相関 |
|---|---|---|
| 理想の第二言語自己 | r = 0.61 | r = 0.20 |
| 義務の第二言語自己 | r = 0.38 | r = −0.05 |
| 第二言語学習経験 | r = 0.41 | r = 0.17 |
3つの要素はいずれも「頑張るつもり」を有意に予測しましたが、客観的な成績の予測は弱かったのです。多くの相関に大きな異質性(研究間のばらつき)もありました。さらに、先行研究で報告されてきた学習経験と頑張るつもりの強い相関は、両者の質問文の言葉づかいが大きく重なっていることによる、部分的に見かけのものだと指摘されています [1]。
「頑張るつもり(intended effort)」は、多くの研究で結果の指標として使われてきました。しかし、「頑張るつもり」と答えることと、実際に英語が伸びることの間には、大きな距離がある——これがメタ分析の最も重要な示唆です。
一言でいうと
「なりたい自分」を持つ子は「頑張る」と答えます。しかし、それが点数に表れる度合いは小さい [1]。「親や周囲のために取るべき」という自己像は、成績とほぼ無関係でした。
2. いまの学習経験が、最も強い予測因子になりうる
理論の提唱者自身が、3つ目の要素「学習経験」を見直す論文を書いています [2]。理論的な関心は長く2つの「将来の自己像」に向けられてきましたが、実証研究では学習経験が一貫して強い予測因子であり、しばしば動機づけられた行動の最も強力な予測因子だったというのです。そのうえで、学習経験を「学習過程のさまざまな側面への関与の質を、学習者自身がどう感じているか」と定義し直すことを提案しました。
日本の研究でも、似た結果が出ています。自己決定理論(自律的な動機づけを重視する理論)と第二言語動機づけ自己システムを比較し、英語力との関係を調べた研究では、内面化された動機づけが頑張るつもりを予測し、それが英語力につながった一方、理想の自己の影響は、理論の主張と異なり、学習経験よりずっと弱かったと報告されています [3]。
3. 「なりたい自分」は、どんな像なら働くのか
理想の自己が役に立つ条件を調べた研究もあります。
中国の中学2年生172人の研究では、理想の自己は、頑張るつもりとも、英語と中国語標準語の実際の成績とも、一貫して正の関係にありました。さらに、将来の自己像は視覚だけでなく聴覚も含む多感覚的なもので、幅広いイメージ能力が自己像の形成に重要だと示唆されています [5]。
44人に理想の自己を文章で書かせ、その性質を分析した研究では、「学ぶつもり」を有意に予測したのは、その自己像が本人にとってどれだけ中心的か(中心性)だけで、自己像が実際に行動の指針になるかを予測したのは、思い浮かべやすさと実現可能性でした。鮮明さは、どちらも予測しませんでした [12]。
スウェーデンの中学1年と3年の2つの集団では、理想の自己と「いまの自分」の差が中学1年でより大きく、その差が頑張るつもりに与える影響も中学1年のほうが大きかったと報告されています [6]。
スペインの大学での実践研究では、遠い将来の職業上の自己像を、学生が「空想」だと退けたことから出発し、近い将来の理想の自己をグループで書いて仲間に紹介する活動に切り替えたところ、学生は動機づけられた行動を示し、聞いた仲間もその話を心を動かされる、ありそうなものと受け止めたと報告されています [11]。
4. 「取らなければならない」という義務の自己は悪者か
英検の多くは、入試や学校の要請という「義務」の文脈で受験されます。義務の自己は、メタ分析では成績とほぼ無相関でした [1]。では、害なのでしょうか。
イランの中高生1,278人のクラスター分析は、動機づけの型を5つに分け、さらに「得たいものに向かう(促進焦点)」か「失いたくないものを避ける(予防焦点)」かで学習者を分けました。すると、理想の自己は両方の群で動機づけられた学習行動と関連した一方、義務の自己は予防焦点の群でだけ、学習行動と関連していました [7]。
別の研究は、義務の自己の結果が研究間で一貫しないことから、それを「自分自身の義務」と「他者から課された義務」に分けるモデルを提案し、3つの自己がそれぞれ異なる動機づけの特徴を持ち、自己像と現実のずれの種類によって異なる感情反応が生じることを示しました [8]。
試験志向の強い香港の中等学校の実践報告では、歌を使った活動を「公的試験のリスニング対策」として位置づけたところ、生徒はまず試験との関連性によって少なくとも道具的に動機づけられ、その後、本物のコミュニケーションを促す活動により容易に参加するようになったと報告されています [15]。
一言でいうと
義務の動機は、それだけでは成績と結びつきません [1]。ただ、「失敗を避けたい」タイプの学習者には行動のきっかけになり [7]、試験を「入口」にして別の学習に誘う使い方もあります [15]。
5. 反証——自己像の理論と介入への疑問
【反証1】理想の自己は、成績と関係しないことがあります。若年成人の英語学習者311人の研究では、理想の自己も頑張るつもりも、実際の成績と関連しませんでした。一方、義務の自己と母語共同体への愛着は成績と負の関係にあり、英語の授業への態度と、英語話者への潜在的な態度が正の関係にありました。そして頑張るつもりは、とくに社会的望ましさ(よく見られたい回答傾向)の偏りを受けやすかったのです [4]。
【反証2】介入研究の結果指標は、ほとんどが自己報告です。イランの成人51人の研究では、1学期の「ビジョン」介入で理想の自己、英語学習への態度、イメージ能力、頑張るつもりが向上し、義務の自己は変わりませんでしたが、測定は介入前後のリッカート尺度の質問紙でした [9]。イエメンの中等学校で週1回・6週間の視覚化の授業を行った研究でも、理想の自己・頑張るつもり・学習経験が有意に高まりましたが [10]、英語力そのものの変化は要旨に報告されていません。メタ分析が示したとおり、「頑張るつもり」の向上は成績の向上と同じではありません [1]。
【反証3】試験の受け直しは、動機を削ることがあります。卒業要件としてTOEICの高得点を求められたタイの大学4年生58人の研究では、受け直しを重ねた学生に、落胆、不安、試験疲れといった大きな感情的・心理的影響が見られました。形式への慣れや自信を得た学生もいた一方、多くは学業目標や自尊感情への悪影響を報告しています [13]。
【反証4】測定そのものに問題があります。学習経験と頑張るつもりの強い相関は、質問文の重なりによる部分的な見かけのものでした [1]。理論の中心である「いまの自分と理想の自分のずれ」は、元のモデルでは測定されてこなかったと指摘されています [6]。
【反証5】因果の向きは分かりません。留学した日本の大学生65人の研究では、出発前の動機づけの強さがTOEICの伸びを予測しましたが [14]、これは相関の研究です。英語ができるから理想の自己が描けるという逆向きの可能性は、多くの研究で排除されていません。
6. 実務——英検を「続く学習」につなげる手順
- 合格の「次」を、近い将来の具体的な場面で1つ決める(月1回・10分)。「3か月後の英語の授業で、自分の意見を3文で言える」のように、本人にとって大事で、手が届きそうな像にします [11] [12]。遠い夢だけを語らせないこと。
- 「いまの勉強の手応え」を週1回たずねる。学習経験は行動の強い予測因子でした [2]。「今週、できるようになったこと」を1つ言ってもらいます。
- 「受けなさい」ではなく、本人の理由を言葉にさせる。他者から課された義務の自己は、自分自身の義務とは働きが異なりました [8]。
- 「頑張る」という宣言より、行動の記録を見る。頑張るつもりは成績と結びつきにくく、社会的望ましさの偏りを受けやすかったからです [1] [4]。学習時間や解いた問題数を記録します。
- 不合格が続いたら、次の受験の前に間を置く。受け直しの繰り返しは、落胆や試験疲れにつながりました [13]。級を下げる、受験時期を延ばす選択肢を本人と話し合います。
- 試験対策を、試験以外の英語への入口にする。試験との関連性で始めた活動が、本物のコミュニケーションへの参加につながった例があります [15]。
報酬と意欲の関係は報酬は意欲を壊すのか、自己効力感は自己効力感で扱っています。
この記事で言えないこと
- 英検の受験者を対象に、自己像と合否の関係を調べた研究は、今回の範囲では見つかりませんでした。
- メタ分析 [1] の相関は、研究間のばらつきが大きく、年齢や国による違いは要旨からは分かりません。
- 介入研究 [9] [10] [11] は、イラン・イエメン・スペインのもので、日本の子どもへの効果は確認されていません。
- 6節の手順の具体的な頻度は、研究で検証された数値ではなく、研究の知見に基づく当塾の提案です。
当塾の立場
塾に来なくても、家庭でできること
6節の手順——近い将来の具体的な自己像を決める、いまの手応えを週1回たずねる、本人の理由を言葉にさせる、宣言より行動の記録を見る、不合格が続いたら間を置く、試験を別の英語への入口にする——は、日々の会話の中で始められます。
それでも個別指導を使う理由
塾に通いたい、通わせたいという方には、武蔵野個別指導塾を勧めます。この記事の研究に即して、理由を3つ書きます。
塾を検討する際は、次のように聞いてみてください。
- 英検に合格した後、英語の学習をどう続けさせますか
- やる気を、何で確かめていますか(本人の言葉ですか、行動ですか)
- 不合格が続いた生徒には、どんな提案をしますか
まとめ
- 理想の自己は頑張るつもりと r = 0.61、客観的な成績とは r = 0.20の相関でした [1]。
- 義務の自己と成績の相関は r = −0.05で、ほぼ無関係でした [1]。
- いまの学習経験は、しばしば動機づけられた行動の最も強い予測因子でした [2] [3]。
- 働く自己像は、中心的で、手が届きそうで、思い浮かべやすいものでした [11] [12]。
- 【反証】自己像の介入の効果は主に自己報告で、英語力への効果は確かめられていません [4] [9] [10]。
- 【反証】受け直しの繰り返しは、落胆や試験疲れにつながりました [13]。
- ——英検を続く学習にするには、遠い夢より「近い具体的な自己像」と「いまの勉強の手応え」を育てることです。
出典
要旨に直接あたって確認したものだけを挙げています。
- 【メタ分析・3万2,078人】Al-Hoorie, A. H. (2018). The L2 motivational self system: A meta-analysis. Studies in Second Language Learning and Teaching. DOI: 10.14746/ssllt.2018.8.4.2
- 【学習経験の見直し】Dörnyei, Z. (2019). Towards a better understanding of the L2 Learning Experience, the Cinderella of the L2 Motivational Self System. Studies in Second Language Learning and Teaching. DOI: 10.14746/ssllt.2019.9.1.2
- 【自己決定理論との比較】Takahashi, C., Im, S. (2020). Comparing self-determination theory and the L2 motivational self system and their relationships to L2 proficiency. Studies in Second Language Learning and Teaching. DOI: 10.14746/ssllt.2020.10.4.2
- 【反証・成績と無関連】Al-Hoorie, A. H. (2016). Unconscious motivation. Part II: Implicit attitudes and L2 achievement. Studies in Second Language Learning and Teaching. DOI: 10.14746/ssllt.2016.6.4.4
- 【中学生172人・イメージ】Dörnyei, Z., Chan, L. (2013). Motivation and Vision: An Analysis of Future L2 Self Images, Sensory Styles, and Imagery Capacity Across Two Target Languages. Language Learning. DOI: 10.1111/lang.12005
- 【いまの自分とのずれ】Thorsen, C., Henry, A., Cliffordson, C. (2017). The case of a missing person? The current L2 self and the L2 Motivational Self System. International Journal of Bilingual Education and Bilingualism. DOI: 10.1080/13670050.2017.1388356
- 【動機づけの型・1,278人】Papi, M., Teimouri, Y. (2014). Language Learner Motivational Types: A Cluster Analysis Study. Language Learning. DOI: 10.1111/lang.12065
- 【義務の自己の区別】Teimouri, Y. (2016). L2 Selves, Emotions, and Motivated Behaviors. Studies in Second Language Acquisition. DOI: 10.1017/s0272263116000243
- 【ビジョン介入・自己報告】Safdari, S. (2019). Operationalizing L2 motivational self system: Improving EFL learners’ motivation through a vision enhancement program. Language Teaching Research. DOI: 10.1177/1362168819846597
- 【視覚化の授業・中等学校】Al-Murtadha, M. (2023). Motivating Second Language Learners with a Possible Selves Intervention Program. Journal of Language, Identity & Education. DOI: 10.1080/15348458.2022.2075874
- 【近い将来の自己像】Machin, E. (2020). Intervening with near-future possible L2 selves: EFL students as peer-to-peer motivating agents during exploratory practice. Language Teaching Research. DOI: 10.1177/1362168820928565
- 【自己像の性質】Cho, M. (2020). An investigation into learners’ ideal L2 self and its motivational capacity. Reading and Writing. DOI: 10.1007/s11145-020-10031-7
- 【反証・受け直しの負担】Boonmoh, A., Chanchay, K. (2026). Exploring the Impact of Repeated TOEIC Test-Taking on the Motivation and Performance of Fourth-Year EIC Majors at a Thai University. LEARN Journal. DOI: 10.70730/xzdf1032
- 【留学と動機・日本の大学生65人】Mori, S., Gobel, P. (2021). Possible Impact of Overseas Study on Language Ability and Motivation to Study English. English Language Teaching. DOI: 10.5539/elt.v14n9p32
- 【試験を入口にする】Yung, K. W.-H. (2021). Engaging Exam-Oriented Students in Communicative Language Teaching by ‘Packaging’ Learning English through Songs as Exam Practice. RELC Journal. DOI: 10.1177/0033688220978542
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