過去問は「慣れる」ためのものか、「学び方を変える」ためのものか
中学受験の秋から冬にかけて、学習の中心は志望校の過去問演習に移ります。よく言われる目的は「出題形式に慣れる」「時間配分をつかむ」です。けれども、心理学の研究は、過去問にもう一つの、そしてもっと根本的な働きがあることを示しています。どんな形式のテストが来ると思っているかが、その前の「覚え方・読み方」そのものを変えるという働きです。
この現象はテスト期待効果(test expectancy effect)と呼ばれ、記憶の実験室研究と教室の研究の両方で、半世紀近く調べられてきました。記述式が来ると思って勉強した人と、選択式が来ると思って勉強した人とでは、同じ教材を読んでも、頭の中で行っている処理が違うのです。
受験勉強が「試験の形式に合わせて浅くなる」問題は、当サイトの連載第3回で扱いました。この記事では逆向きに、形式への期待をどう使えば、過去問演習を学び方の改善に変えられるかを考えます。
一言でいうと(この記事の結論)
人は、来ると思うテストの形式に合わせて、覚え方を質的に変えます [2][3]。
教室の研究を統合したメタ分析では、学生は「実際に受けた形式に向けて準備したとき」に最も成績がよかった [1]。
ただし——形式を知らせるだけでは足りません。実際にその形式で解いた経験がなければ、後の学習は伸びなかった [14]。
——過去問は「形式を知る」ためではなく、「その形式で答える経験を、学習の途中に何度も挟む」ために使う。そして記述の多い学校を受けるなら、選択式の問題集でも「記述で答えるつもり」で学ぶほうが有利になりえます [6][7]。
結論を6点にまとめます。
- 実験室では「思い出して書く」テストを期待すると強い効果、「選ぶ」テストの期待は効果なしか小さな負。教室では、受けた形式に向けて準備したときが最もよかった [1]。
- 短答式(書いて答える形式)を期待した学生は、実際に選択式が出ても、定義の問題で有意に高得点だった [7]。
- 持ち込み可のテストを期待すると、学習時間が減り、2日後の持ち込み不可のテストで成績が下がった [6]。
- 理解を問うテストを期待させると、自分がどこを理解できていないかの判断が正確になった [10][11]。
- 反証。テスト経験の量をそろえると期待効果が消えた実験がある [4]。形式を知らせるだけで実際に解かないと、後の学習は伸びなかった [14]。
- 反証。形式の期待は、学習時間の配分や復習する項目の選び方までは変えなかった [13]。

1. 教室では何が起きているか——実験室との食い違い
テスト期待効果の研究の基準点が、1991年のメタ分析です。実験室研究と教室研究の両方を集め、再生(思い出して書く)・再認(選ぶ)・論述・多肢選択・正誤のどのテストを期待したかが、その後の成績にどう影響するかを統合しました [1]。
| 場面 | 結果 |
|---|---|
| 実験室・再生を期待 | 単語などの個別材料でも文章でも、強い正の効果 |
| 実験室・再認を期待 | 個別材料では効果なし、文章では小さな負の効果 |
| 教室 | 実際に受けたテストの形式に向けて準備したときに、成績が最もよかった |
著者らは、この結果が学習技術の指導での通説に反すると述べ、実験室の「再生か再認か」の研究を、教室の「論述か多肢選択か」の代わりにしてよいという前提に疑問を投げかけています [1]。
一言でいうと
教室では「どちらの形式が優れているか」より、「期待した形式と実際の形式が一致しているか」が効きました [1]。
——中学受験に置き換えると、志望校の出題形式を知ったうえで、それに合わせて準備すること自体に意味がある、ということです。
2. 期待は「覚え方」を質的に変える
では、期待で何が変わるのか。単語の対を材料にした3つの実験では、手がかりありの再生を期待するか、手がかりなしの自由再生を期待するかを4回の学習とテストで作ったあと、最後に期待どおりか期待と違う形式のテストを出しました。どちらの形式でも、その形式を期待していた人のほうが成績がよく、この結果は単に努力量の差ではなく、期待される課題の要求に合わせて覚え方が質的に適切に変わったことを示すと解釈されています。学習者は回を重ねるにつれ、自分の理解の点検や学習時間の配分も適切に調整するようになりました [2]。
この解釈には「テストを受けた経験の量の違いで説明できるのでは」という批判がありました。そこで、両方の形式を同じ回数ずつ経験させた3つの実験が行われ、それでも期待どおりの形式が出た人のほうが成績がよく、自己報告された覚え方も形式によって異なりました。手がかりありを期待すると手がかりと答えを結びつける方略、自由再生を期待すると答えどうしを結びつける方略が増えていました [3]。
何を覚えるかも変わります。価値(点数)の異なる単語を覚える実験では、再生テストを受けてきた人は価値の高い単語に集中して覚えた一方、再認テストを受けてきた人は、突然再生テストが出たときに価値の高い情報をあまり思い出せず、その後も価値に注意を払わない傾向が残りました [5]。文章の読解でも、特定のテスト形式の期待を持った人は、どの形式を期待したかにかかわらず、期待を持たない人より文章の重要な情報に焦点を当てていました [9]。
3. 「書く」つもりで学ぶと、「選ぶ」テストでも強い
中学受験で特に実用的なのが、期待と実際の形式がずれた場合の研究です。
| 研究 | デザイン | 結果 |
|---|---|---|
| Balch 2007 [7] | 心理学用語16個の定義を、多肢選択(132名)か短答式(122名)を期待して学習。全員が同じ多肢選択テストを受験 | 短答式を期待した学生は、新しい具体例の問題では同程度、定義の問題では有意に高得点 |
| d’Ydewalle ら 1983 [8] | 歴史のテストで、記述式か多肢選択かを期待させる | 記述式を期待した人は、より長く学習し、どちらの形式でも成績がよかった |
| Agarwal & Roediger 2011 [6] | 持ち込み可か持ち込み不可のテストを事前に予告 | 持ち込み可を期待すると学習時間が減り、2日後の持ち込み不可の読解・転移テストで成績が低下 |
最後の研究では、持ち込み可のテストは最初の成績こそ高く、学生にも好まれていたにもかかわらず、それを期待すること自体が長期の保持と転移を損ねる可能性が示されました [6]。
「見直せば分かる」「選択肢を見れば思い出せる」という期待は、学習を浅くします。逆に、「何も見ずに自分の言葉で書く」ことを期待すると、学習時間が増え、形式が変わっても強い——これが3つの研究に共通する方向です。
4. 期待は「分かったつもり」の精度も変える
テスト期待は、自分の理解度の判断にも影響します。59名の学生を記憶を問うテストを期待する群と推論を問うテストを期待する群に無作為に分けた研究では、期待どおりの種類のテストを受けたときに、成績も、自分の理解度の判断の正確さも優れていました [10]。
4つの実験による追試と拡張では、テスト期待を持たない読み手も記憶テスト期待の読み手も、自分の判断が記憶テストの成績は予測するが推論テストの成績は予測しない状態でした。理解を問うテストを期待させると、判断が推論テストの成績をよく予測するようになりました。この効果は、例題を見せなくても、読み終わった後に期待を与えても生じました [11]。
一言でいうと
「覚えているか」ではなく「説明できるか」が問われると思って読むと、子どもは自分の分かっていない所に気づきやすくなります [11]。
——記述問題の多い学校の過去問は、この期待を作る道具として使えます。
5. 反証——期待だけでは、学習は変わらない
ここからは、テスト期待効果を過大に見ないための証拠です。
(1)経験の量をそろえると、効果が消えた。意味の手がかりか字形の手がかりのテストを期待させた研究では、1つ目の実験で期待効果が見られました。しかし、両方の手がかりの練習テストを3回ずつ受けさせた2つ目の実験では、期待効果は見られませんでした。著者らは、最初の効果は期待による覚え方の変化ではなく、期待した形式のテストでより多く思い出す練習をしていたことによると結論しています [4]。
(2)形式を知らせるだけでは、伸びない。先に学んだ内容をテストすると、次の新しい内容の学習が伸びる現象を調べた3つの実験では、中間のテストで形式を知らせると後の学習は伸びたが、事前テストで知らせても伸びず、実際にテストを受ける経験と組み合わさったときにだけ有効でした。著者らは、テスト形式に触れるだけでは、後の学習を伸ばすのに不十分だとしています [14]。
(3)時間配分や復習の選び方は変わらない。4つの実験で、難しい再生テストを期待すると、学習時間を易しい材料に振り向けたり、復習する項目を易しいものに寄せたりするかを調べた研究では、形式の経験を積んだ後でも、そうした調整の証拠はほとんど得られませんでした。学習者は形式にかかわらず、難しい項目から先に復習に選ぶ傾向がありました [13]。
(4)方略も成績も変わらなかった研究。42名の学生に、事実の問題か高次の問題を期待させて3,145語の文章を学習させた研究では、テスト期待は好む学習方略にも成績にも影響しませんでした。多くの学生は、下線を引く・読み直すといった丸暗記的な方略を振り返って報告していました [12]。
一言でいうと(反証のまとめ)
「志望校は記述式だよ」と伝えるだけでは、学び方は変わりません [12][14]。
——効果の一部は、その形式で実際に答える練習を多く積んだことで説明されます [4]。そして、時間の配分までは自然には変わりません [13]。
6. 実務——過去問を「期待を作る道具」として使う
反証を踏まえ、「形式を知る」ではなく「その形式で答える経験を学習の途中に挟む」設計にします。教室でのテスト(小テスト)は、222研究・48,478名のメタ分析で学業成績を中程度に高め(g = 0.499)、テスト形式の一致などが効果を左右していました [15]。
- 過去問は直前期にまとめて解くのではなく、早めに1年分だけ解く。小6の夏までに志望校の過去問を1年分解き、形式を体験します。知らせるだけでなく、実際に解く経験が必要でした [14]。
- 普段の学習の途中に、志望校形式の小テストを挟む。単元学習の終わりに、志望校の形式(記述なら30〜60字、選択なら選択肢)で3問だけ解きます。形式を一致させたテストの経験を増やします [4][15]。
- 選択式の問題集でも、先に「書いて」から選択肢を見る。選択肢を紙で隠し、自分の言葉で答えを書いてから選びます。記述を期待して学ぶと選択式でも強かったためです [7][8]。
- 「見れば分かる」勉強を減らす。解説を横に置いたまま解く、ノートを見ながら答える、は持ち込み可テストの期待と同じ構造です [6]。演習は何も見ずに解き、終わってから確認します。
- 理解の自己判定は「説明できるか」で行う。「分かった?」ではなく「この問題の考え方を30秒で説明して」と聞きます。理解を問うテストの期待が、判断の精度を上げました [11]。
- 学習時間の配分は、保護者か講師が外から決める。形式の期待は、どの材料に学習時間を使うかの配分までは変えなかったため [13]、次の1週間にどの単元へ何時間使うかは、過去問の結果を見て大人が一緒に決めます。
この記事で言えないこと
- 小学生での効果の大きさ。引用した研究のほとんどは大学生が対象です。小学生で同じ大きさの期待効果が生じるかは確認できていません。
- 最適な過去問の開始時期と年数。6節の時期と回数は、研究から直接導いたものではなく本記事の提案です。
- 期待効果と、単なる練習量の効果の切り分け。経験の量をそろえると効果が消えた研究 [4] と、そろえても残った研究 [3] があり、決着していません。
当塾の立場
まず、塾に来なくても家庭でできることです。過去問を早めに1年分解く、単元の終わりに志望校形式の小テストを3問挟む、選択肢を隠して先に書く、何も見ずに解く、「説明できるか」で理解を確かめる——6節の手順は、過去問と紙があれば家庭で実行できます。
それでも個別指導を使う理由を、この記事の研究に即して3つ挙げます。
塾を選ぶ際は、次の3つを聞いてみてください。
- 志望校の出題形式を、普段の単元学習にどう反映させていますか
- 過去問は、いつから、どのような順序で使いますか
- 記述の答えは、誰がどのように採点して返していますか
まとめ
- 教室では、実際に受けた形式に向けて準備したときに成績が最もよかった [1]。
- 人は期待する形式に合わせて覚え方を質的に変え [2][3]、重要な情報への焦点も変わる [5][9]。
- 記述を期待すると選択式でも強く [7][8]、持ち込み可を期待すると遅延テストで弱い [6]。
- 理解を問うテストの期待は、自分の理解度の判断を正確にした [10][11]。
- 反証。経験の量をそろえると効果が消えた例 [4]、形式を知らせるだけでは伸びなかった例 [14]、方略も成績も変わらなかった例がある [12]。
- 反証。形式の期待は時間配分や復習の選び方を変えなかった [13]。
- 過去問は、形式を知るためでなく、その形式で答える経験を学習の途中に挟むために使う。
出典
本文中の番号に対応します。抄録に直接あたって確認したものだけを挙げています。結論に反する研究も、同じ基準で載せています。
- 【実験室と教室のテスト期待メタ分析】Lundeberg, M. & Fox (1991). Do Laboratory Findings on Test Expectancy Generalize to Classroom Outcomes? Review of Educational Research. DOI: 10.3102/00346543061001094
- 【期待による覚え方の質的変化】Finley, J. R. & Benjamin, A. S. (2012). Adaptive and qualitative changes in encoding strategy with experience: Evidence from the test-expectancy paradigm. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition. DOI: 10.1037/a0026215
- 【テスト経験をそろえても期待効果が残る】Rivers, M. L. & Dunlosky (2021). Are test-expectancy effects better explained by changes in encoding strategies or differential test experience? Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition. DOI: 10.1037/xlm0000949
- 【反証・経験の量をそろえると効果が消えた】Cho, K. W. & Neely (2016). The roles of encoding strategies and retrieval practice in test-expectancy effects. Memory. DOI: 10.1080/09658211.2016.1202983
- 【再生テストと重要情報の記憶】Middlebrooks, C. D., Murayama, K. & Castel, A. D. (2017). Test expectancy and memory for important information. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition. DOI: 10.1037/xlm0000360
- 【持ち込み可テストの期待は遅延成績を下げる】Agarwal, P. & Roediger (2011). Expectancy of an open-book test decreases performance on a delayed closed-book test. Memory. DOI: 10.1080/09658211.2011.613840
- 【短答式を期待すると選択式でも高得点】Balch, W. R. (2007). Effects of Test Expectation on Multiple-Choice Performance and Subjective Ratings. Teaching of Psychology. DOI: 10.1080/00986280701700094
- 【記述式の期待と学習時間】d’Ydewalle, G., Swerts & De Corte (1983). Study time and test performance as a function of test expectations. Contemporary Educational Psychology. DOI: 10.1016/0361-476x(83)90034-6
- 【期待は重要情報への焦点を強める】McDaniel, M., Blischak & Challis (1994). The Effects of Test Expectancy on Processing and Memory of Prose. Contemporary Educational Psychology. DOI: 10.1006/ceps.1994.1019
- 【期待とメタ理解の精度・59名】Thiede, K. W., Wiley, J. & Griffin, T. D. (2011). Test expectancy affects metacomprehension accuracy. British Journal of Educational Psychology. DOI: 10.1348/135910710×510494
- 【理解テストの期待・4実験】Griffin, T. D., Wiley, J. & Thiede, K. W. (2019). The effects of comprehension-test expectancies on metacomprehension accuracy. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition. DOI: 10.1037/xlm0000634
- 【反証・方略も成績も変わらず】Feldt, R. C. (1990). Test expectancy and performance on factual and higher-level questions. Contemporary Educational Psychology. DOI: 10.1016/0361-476x(90)90019-w
- 【反証・時間配分と復習選択は変わらず】Laursen, S. J., Sluka & Fiacconi (2024). Examining adaptations in study time allocation and restudy selection as a function of expected test format. Metacognition and Learning. DOI: 10.1007/s11409-024-09373-2
- 【反証・形式を知るだけでは不十分】Choi, H. & Lee (2020). Knowing Is Not Half the Battle: the Role of Actual Test Experience in the Forward Testing Effect. Educational Psychology Review. DOI: 10.1007/s10648-020-09518-0
- 【教室での小テストのメタ分析・222研究】Yang, C., Luo, Vadillo & Yu (2021). Testing (quizzing) boosts classroom learning: A systematic and meta-analytic review. Psychological Bulletin. DOI: 10.1037/bul0000309
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