【連載第3回】塾にかけた金は、成績を上げるのか——学力は上がる、そして精神健康は下がる

塾にかけた金は、成績を上げるのか

この連載を書いているのは学習塾です。その塾が「塾は効くのか」を書く以上、最初に立場を明らかにしておきます。当塾はこの主題について利害関係があります。だからこの回では、塾にとって都合の悪い研究結果を、都合の良い研究結果とまったく同じ基準で載せます。とくに、塾が生徒の精神健康に負の影響を与えるという研究と、塾が格差に寄与するという研究を省きません。

そのうえで、結論を先に言います。研究は「塾は効く」とも「効かない」とも、一つの答えを返していません。そして、答えが割れていること自体が、この分野では研究の主題になっています [4]

1. 55か国を同時に見ると、何が残るか

2024年に発表された研究が、PISA(OECDの国際学習到達度調査)2022年のデータを使い、55か国について、生徒の塾(shadow education=学校外の私的な補習)への参加と数学の学力との関連を調べています [1]

「shadow education」は日本語に訳しにくい言葉です。直訳すれば「影の教育」。学校の正規の時間外に行われる、学業科目の追加的な支援を指します。学校のカリキュラムをなぞるように動くので「影」と呼ばれます。日本の塾は、その代表例です。

この研究は、塾を5つの形態に分けて分析しました。結果はこうです [1]

学校間の水準では、5つの形態のうち、非同期の録画授業を受けた程度だけが、数学の成績の改善と関連していた。学校内の水準でも、録画授業を受けた程度だけが、数学の結果の改善と統計的に有意に関連していた。

読み違えないでください。5つのうち1つだけです。残る4つの形態は、学校間でも学校内でも、数学の成績の改善と統計的に有意な関連を示しませんでした。そして関連が出た唯一の形態は、人が対面で教える形ではなく、録画された授業を見る形でした。

当塾は対面の個別指導を業とする塾です。この結果は、当塾のやり方を支持していません。それでもここに書くのは、書かなければこの連載の意味がないからです。

なぜ録画授業だけだったのか。その理由をこの研究は説明していません。説明していない以上、本稿も推測を書きません。関連が出た形態と出なかった形態がある、という事実だけが、この研究から言えることです。

2. 効く。しかし、同時に何かを壊す

次の研究は、中国の中国教育パネル調査(China Education Panel Survey)の2014年と2015年のデータを使い、塾の効果を学力と精神健康の両面から同時に測っています [2]

著者が立てた問いは明快です。激しい学業競争のもとで、塾による学力の見返りは、生徒の精神健康を犠牲にして得られているのではないか。

結果はこうでした [2]

塾に時間を投じることは学力を押し上げる。しかし同時に、生徒の精神健康に有意な負の影響を与える。

この2つは、どちらかが本当でどちらかが嘘、という関係ではありません。同じ生徒に、同時に起きています。学力は上がり、精神健康は下がる。片方だけを見て「効いた」あるいは「効かなかった」と判定することは、この研究の枠組みでは許されません。

3. 周りが通うほど、効かなくなる

同じ研究には、さらに重要な発見があります。学級という単位で見たときの変化です [2]

学級単位で平均的な塾の時間と参加割合が増えるほど、個人にとっての学力への正の効果は弱まり続け、精神健康への負の影響は次第に強まる。

つまり、クラスの全員が塾に通っている状況では、塾に通うことの学力上の利得は小さくなり、精神健康の代償は大きくなります。塾の効果は、その塾で何を教えたかだけでは決まらない。周囲が何をしているかで決まります。

著者は、精神健康が悪化する主な引き金として3つを挙げています [2]社会的比較効果の弱まり——みんなが通っているので、通うことによる優位感が得られない。役割ストレス効果の強まり——生徒としての役割に伴う負荷が増える。睡眠不足効果の強まり——単純に、眠る時間が削られる。

この知見は、塾に通うかどうかを個人の判断としてだけ考えることの限界を示しています。同じ塾、同じ時間数でも、地域や学校によって意味が変わります。

4. 格差を広げるのか——「一様ではない」という答え

塾についてよく言われるのは、「金を払える家庭だけが有利になり、格差を広げる」という批判です。この主張を、因果推定の手法で正面から検討した研究があります [3]

著者らは、中国の中学生について全国代表性のある縦断データgap-closing という新しい手法を用い、塾が社会経済的地位(SES)による学力と認知能力の格差に、どれだけ因果的に寄与しているかを直接推定しました。

結果は、単純な批判にも単純な擁護にも与しないものでした [3]

  1. 塾へのアクセスの不平等が、高SES層と低SES層のあいだに一様に有意な学習格差をもたらすわけではない。
  2. ただし、最も恵まれた層と比べたときには、塾への参加と塾の密度の差で説明される格差の割合が、その差が大きいほど増える。

「塾が格差を作る」という命題は、この研究では条件つきで支持されます。比較する2つの層の距離が近ければ、塾で説明される部分は小さい。距離が遠ければ、塾で説明される部分は大きくなる。格差一般を塾のせいにすることも、塾を格差と無関係だと言うことも、この結果からはできません。

この「一様ではない」という結論は、歯切れが悪く聞こえます。しかし政策にとっても家庭にとっても、これは有用な情報です。塾を規制すれば格差が縮むという想定も、塾を増やせば底上げになるという想定も、どちらも「一様に効く」ことを前提にしています。その前提が成り立たないなら、対象を絞らない一律の介入は、期待した効果を生みません。

5. なぜ、これほど研究が割れるのか

ここまで3本の研究を見てきて、印象が定まらないはずです。それは読み手の理解力の問題ではありません。この分野では、研究が結論に至っていないこと自体が論文の主題になっています。

Mark Bray は2014年に「塾の学力への影響——なぜ研究は結論に至らないのか、そしてそれに対して何ができるのか」という論文を書いています [4]。被引用は113件で、この分野でよく参照されている文献です。

本稿はこの論文の抄録を入手できていないため、中身の主張をここで要約することはしません。書誌事実として言えるのは、「なぜ結論が出ないのか」という問いが、一本の論文になるほどの主題であるということだけです。

第1回で述べた論点が、ここで効いてきます。支出は支出であって、効果ではありません。塾に通う生徒と通わない生徒は、そもそも違います。学力も、家庭の収入も、保護者の期待も、本人の意欲も違う。単純に成績を比べれば、塾の効果と、もともとの違いが混ざります。この混ざりを取り除く手続きが研究ごとに異なるために、結論も異なります。

6. 日本では、誰が決めているのか

ここまでの研究は中国と国際比較でした。日本を直接扱った研究を2本挙げます。

1本目は、日本における塾の選択が誰の意思で行われているかを問うたものです [5]。著者は2011年の兵庫県高校生調査にもとづいて分析しています。

この研究の出発点は、日本では次の教育段階へ進むための競争が激しく、教育上の決定が生徒の将来の進路に与える影響を強めているという認識です。家庭は、どの学校を選ぶかに加えて、塾に投資するかどうかを決めなければなりません。

著者が指摘するのは、この決定の研究における欠落です [5]

これまで日本では、社会経済的背景と保護者の教育期待が、生徒の学力と結びついてこの決定に影響するとみなされてきた。生徒本人の主体性は、ほとんど考慮されてこなかった。

著者は、決定過程の各局面に複数の当事者——生徒本人を含む——がいることを認める重要性を強調しています [5]

これは実務の現場にいる者として、強く同意する指摘です。入塾の相談に来られるとき、決定の主語が保護者だけになっていることは珍しくありません。本人が「通いたい」と思っているのか、「通わされる」と思っているのかで、同じ月謝が違うものになります。

もう一点、この指摘は費用の議論にも直結します。決定の主語が保護者だけであれば、塾は保護者が買う商品です。決定に本人が加わっていれば、塾は本人が使う道具になります。支払う金額は同じでも、その金が何に化けるかが変わります。研究が「複数の当事者がいることを認めよ」と言うのは、分析上の正確さの話であると同時に、実務上の含意を持っています [5]

7. 塾は、日本で何になったか

2本目は、日本の塾そのものの位置づけの変化を扱っています [6]

日本で私的な補習が広がったのは1960年代です。以来、塾と呼ばれる機関が、主流の教育を補う幅広いサービスを提供してきました。そして数十年の展開のなかで、塾の形と機能は、学校教育の変化に応じて変わってきました [6]

著者らが指摘する最も大きな変化は、政府の態度です [6]

塾に対する政府の態度は、拒否から協働へと移った。塾が日本社会に根を下ろし、公的な意思決定過程からもはや排除できなくなったことが一因である。学校と塾の協働は、一連の新自由主義的な政策選択と社会人口的変化のなかで顕著になりつつある。そのパターンは、営利目的の塾を公共の利益のために動員しようとする政府の動きを示している。

塾は、かつては教育政策が抑制しようとした対象でした。それが、いまでは公教育の一部として組み込まれつつある。この変化は、塾に通わせるかどうかという家庭の判断が、単なる私的な消費の選択ではなくなっていることを意味します。

8. 費用の話として、この回をどう読むか

この連載は教育費の連載です。第1回で、公立中学校に通わせる家庭の支出の65.6%が学校の外に出ていること、その山が中学3年で年44.6万円になることを見ました。その44.6万円の大半が、この回で扱った塾への支出です。だから「効くのか」を避けて通れません。

ここまでの研究を、費用対効果という言葉で要約したくなります。しかし、それができないことがこの回の結論です。理由を3つに整理します。

ひとつ。効果が一つの数字に収まりません。学力は上がり、精神健康は下がる [2]。この2つを共通の単位に換算する方法を、引用したどの研究も持っていません。費用対効果の計算には分母と分子が要りますが、分子が2つあって符号が逆なら、比は定義できません。

ふたつ。効果が周囲に依存します。学級の参加率が上がるほど個人の利得は縮み、代償は膨らむ [2]。ということは、同じ月謝の価値が、通う学校によって違うということです。費用は自分で決められますが、効果は自分では決められません。

みっつ。形態によって結果が違います。PISA2022で数学の成績と関連が出たのは録画授業だけでした [1]。「塾」という一語で括った費用対効果は、中身の違う複数のものを平均してしまいます。

したがって、家庭が立てるべき問いは「塾は費用に見合うか」ではありません。「この子に、この地域で、この形態の塾が、いま必要か」です。一般論では答えの出ない問いだということを、研究の側が示しています。

9. 【反証】この回が言えないこと

第一に、中国のデータを日本に当てはめることはできません。本稿で最も強い知見(学力への正の効果と精神健康への負の効果の共存、周囲の参加率による変化)は、いずれも中国教育パネル調査によるものです [2] [3]。中国と日本では、競争の強度も、塾の形態も、学校制度も違います。同じことが日本で起きているかどうかは、この研究からは分かりません。

第二に、PISAは横断調査です。55か国の研究 [1] が示したのは関連であって、因果ではありません。録画授業を受けた生徒の数学の成績が高かったことは、録画授業が成績を上げたことを意味しません。成績の高い生徒が録画授業を選んだ可能性も、両方に影響する第三の要因がある可能性も残ります。

第三に、本稿は抄録に依拠しています。Bray 2014 [4] については抄録を入手できず、書誌事実のみを示しました。他の5本についても、参照したのは抄録であり、本文の全体ではありません。効果量や係数の具体的な数値を本稿が一切示していないのは、そのためです。抄録に書かれていない数字を、それらしく補うことはしていません。

第四に、当塾は利害関係者です。冒頭に書いたとおりです。本稿で塾に不利な研究を載せたことは、当塾が中立であることを証明しません。読者は、この記事を塾が書いたものとして読むべきです。そのうえで、引用した6本はすべて DOI を付してあります。原典に当たって確かめることができます。

第五に、本稿は「当塾が効くかどうか」について何も述べていません。ここで扱ったのは、塾という制度についての国際的な研究です。個々の塾の質のばらつきは、これらの研究の射程の外にあります。

10. 実務——面談で使える3つの問い

  1. お子さんの学校では、クラスの何割くらいが塾に通っていますか。周囲の参加率が上がるほど学力上の利得は小さくなり、精神健康の代償は大きくなる——中国のデータはそう示しています [2]。日本で同じとは言えませんが、問いとして持っておく価値はあります。
  2. 睡眠時間は、いま何時間ですか。精神健康が悪化する引き金の一つとして、睡眠不足効果が名指しされています [2]。塾の時間を増やす相談は、同時に睡眠の相談です。
  3. 通うことを、本人はどう言っていますか。日本の研究は、生徒本人の主体性がほとんど考慮されてこなかったと指摘しています [5]。決定の主語を確認するだけで、同じ月謝の意味が変わります。

それでも塾に通いたい方へ

当塾は講師1名に生徒1名の完全個別指導で、武蔵境駅から徒歩30秒です。事前診断テストと入塾前カウンセリングは無料で、割引制度は設けていません。上の3つは、入塾のご相談の場で実際にお聞きしている問いです。お聞きした結果、いまは通わないほうがよいと申し上げることもあります。この回に書いた研究を読んだうえで、それでも当塾の指導が必要かどうかを、ご一緒に考えます。

まとめ

  1. PISA2022の55か国のデータでは、塾の5つの形態のうち、非同期の録画授業を受けた程度だけが数学の成績の改善と関連していた。学校間でも学校内でも同じ結果だった [1]
  2. 中国教育パネル調査では、塾に時間を投じることは学力を押し上げるが、同時に精神健康に有意な負の影響を与える [2]
  3. 学級で塾の時間と参加割合が増えるほど、学力への正の効果は弱まり、精神健康への負の影響は強まる。引き金は社会的比較効果の弱まり、役割ストレス、睡眠不足 [2]
  4. 塾が格差に寄与するかは一様ではない。比較する層の距離が遠いほど、塾で説明される格差の割合が増える [3]
  5. 研究が割れていること自体が、一本の論文の主題になるほどの問題である [4]
  6. 日本では、塾に投資するかどうかの決定において生徒本人の主体性がほとんど考慮されてこなかった [5]
  7. 日本の塾に対する政府の態度は拒否から協働へ移り、営利目的の塾を公共の利益のために動員する動きが見られる [6]
  8. 本稿の知見の多くは中国のデータであり、PISAは横断調査であり、参照したのは抄録である。そして本稿を書いたのは塾である。

出典

本文中の番号に対応します。書誌を確認し、抄録に直接あたったものだけを挙げています。塾に不利な結論の研究も、同じ基準で載せています。

  1. 【PISA2022・55か国】Karakuş, M., Tlessov, A., Hajar, A. & Courtney, M. (2024). Illuminating the shadows: the role of private supplementary tutoring on student math performance in PISA 2022. Large-scale Assessments in Education, 12(1). DOI: 10.1186/s40536-024-00228-5
  2. 【学力の見返りと精神健康の代償・中国】Zhang, Q. & Gao, Y. (2023). Competition and game-playing: The academic returns and mental health costs of private tutoring. Chinese Journal of Sociology, 9, 283-318. DOI: 10.1177/2057150×231165143
  3. 【格差への因果的寄与・中国】Zheng, Q. & Yu, A. (2024). Inequality in the shadow: The role of private tutoring in SES achievement gaps. Social Science Research, 122, 103053. DOI: 10.1016/j.ssresearch.2024.103053
  4. 【なぜ研究が結論に至らないか】Bray, M. (2014). The impact of shadow education on student academic achievement: Why the research is inconclusive and what can be done about it. Asia Pacific Education Review, 15(3), 381-389. DOI: 10.1007/s12564-014-9326-9(被引用113件。本稿は抄録を入手できていないため、書誌事実のみを示す
  5. 【日本・誰が決めているのか】Entrich, S. R. (2015). The Decision for Shadow Education in Japan: Students’ Choice or Parents’ Pressure? Social Science Japan Journal, 18, 193-216. DOI: 10.1093/ssjj/jyv012(2011年兵庫県高校生調査)
  6. 【日本・塾の形と機能の変化】Yamato, Y. & Zhang, W. (2017). Changing schooling, changing shadow: shapes and functions of juku in Japan. Asia Pacific Journal of Education, 37(3), 329-343. DOI: 10.1080/02188791.2017.1345719

連載「教育費は、家計に何をするのか」(全10回)

教育費を、労働経済学・教育経済学・公共経済学の実証研究から検討する全10回の連載です。学歴の「返り」ではなく、家計の「支払い」の側だけを扱います。

  1. 教育費は、どこへ消えているのか——公立中学生の保護者が払う金の3分の2は、学校の外に出ている
  2. 見えない教育費——授業料は、大学でかかる金の半分にも満たない
  3. 塾にかけた金は、成績を上げるのか(この記事)
  4. 奨学金は、進学を変えるか——金が効くのは「制約を緩めるから」とは限らない
  5. 返済という負担は、卒業後の選択を変えるか——1,000ドルの借金が、持ち家を4か月遠ざける
  6. 授業料が変わると、誰が動くのか——1,000ドルで進学率が4ポイント動く、という推定の読み方
  7. 無償化は誰に届いたか——政策評価の実際(公開予定)
  8. 教育費と、子どもの数——量と質のトレードオフ(公開予定)
  9. 家計はなぜ払いすぎ/払わなすぎるのか——費用の誤認と情報介入(公開予定)
  10. 統合——家計はどこに、いくら払うべきか(公開予定)

関連する既存記事

author avatar
宮川 涼 Founder
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

関連記事

PAGE TOP
お電話