【連載第4回】奨学金は、進学を変えるか——金が効くのは「制約を緩めるから」とは限らない

奨学金は、進学を変えるか

ここまでの3回で、教育費が家計からどう出ていくかを見てきました。公立中学校では支出の65.6%が学校の外へ [5]、大学では授業料が学生生活費1,824,700円の47.6%にすぎない [6]では、その費用を誰かが肩代わりしたら、何が変わるのでしょうか。

この回で扱うのは奨学金です。結論を先に言うと、給付型の奨学金は進学と卒業を確かに動かします。ただし、動かす理由は「お金がないという制約を緩めるから」だけではありません。その先に、この分野でもっとも興味深い発見があります。

1. 給付奨学金は、入学だけでなく卒業を変えた

最初の研究は、米国フロリダ州のFlorida Student Access Grant(FSAG)という、必要に応じて給付される奨学金(need-based grant)の効果を調べたものです [1]

著者らは、この制度の受給資格を決める境目(カットオフ)を利用した回帰不連続デザインという手法を使いました。境目のすぐ上とすぐ下にいる学生は、家庭の状況も学力もほとんど変わりません。違うのは、奨学金を受け取れるかどうかだけ。この「ほとんど同じなのに扱いだけが違う2群」を比べることで、奨学金そのものの効果を取り出します。

この手法の値打ちは、比較の相手を人工的に作らずに済むところにあります。奨学金を受けた学生と受けていない学生をそのまま比べると、そもそも家庭の所得が違うので、成績の差が奨学金のせいなのか所得のせいなのか分かりません。第1回と第3回で繰り返してきた「支出と効果は別だ」という問題が、ここでも立ちはだかります。境目という偶然を使えば、その混ざりをほどくことができます。

著者らが冒頭で述べているのは、この分野の欠落です。政府は進学の機会と成功の格差を埋めようとして給付奨学金を提供してきたが、そうした援助の長期的な影響についての証拠はほとんど存在しない [1]。入学したかどうかまでは調べられていても、その先が調べられていなかった。

結果はこうです [1]

  1. 受給資格は在学に正の効果を持ち、とくに公立の4年制大学で顕著だった。
  2. FSAGは単位の取得ペースを高めた
  3. FSAGは6年以内の学士号取得を高めた。受給資格の境目の近くにいた学生について、22パーセントの増加だった。
  4. これらの結果は感度分析に対して頑健だった。

入学だけでなく、卒業まで変わった。しかも6年以内の学位取得が22%増えるというのは、教育政策の効果としては大きい部類です。

2. なぜ効いたのか——ここからが本題

ここで素朴に考えると、理由は明らかに思えます。お金がないから進学できなかった、あるいは卒業まで続けられなかった。だから奨学金がその制約を外した。これを「金銭的制約の緩和」という説明と呼びます。

しかし、別の説明もありえます。奨学金が条件つきであれば、それは「勉強すれば金がもらえる」という誘因として働くという説明です。この2つは、外から見た結果——成績が上がる、卒業率が上がる——が同じでも、中身がまったく違います。

この2つを見分けた研究があります。米国ウェストバージニア州のPROMISEという制度を扱ったものです [2]

PROMISEは、一定のGPA(成績平均)と履修単位数を維持する学生に授業料を無償にする制度です。著者は、受給資格の計算式にある不連続点と、制度が導入された時期の違いを利用して、行政データから因果効果を推定しました [2]

結果は、主要な学業成果に対して頑健で有意な影響でした。そしてその影響の出方に、決定的な特徴がありました [2]

影響は、奨学金を更新するための年次要件のまわりに集中していた。このことは、この制度が単に金銭的制約を緩めることによってではなく、学業達成への誘因を通じて働いていることを示唆する。

もし制約の緩和だけが働いているなら、効果は年間を通じて一様に現れるはずです。ところが実際には、「この成績を維持しないと来年もらえなくなる」という線の手前で、行動が集中的に変わっていました。

これは奨学金という制度の理解を変えます。奨学金は、単なる費用の肩代わりではなく、条件の設計次第で行動を変える装置です。同じ金額でも、無条件で渡すのと、維持条件をつけて渡すのとでは、起きることが違う可能性がある——この研究はそう示唆しています。

この発見は、政策の設計にとって重い意味を持ちます。もし効いているのが誘因なら、同じ予算をどう配るかで結果が変わります。無条件の給付は制約を緩めますが、行動を変える力は弱いかもしれない。条件つきの給付は行動を変えますが、条件を満たせなかった学生を途中で切り捨てます。どちらが望ましいかは、何を目的にするかによります。

そして家計にとっても意味があります。条件つきの奨学金を前提に進学計画を立てるということは、「成績が落ちたら費用が跳ね上がる」という不確実性を抱え込むということです。受給できる前提で組んだ家計は、受給できなくなった年に破綻します。奨学金の話を「もらえるかどうか」で終わらせず、「もらえなくなったときにどうするか」まで含めて考える必要があるのは、このためです。

なお、この研究が扱ったのは授業料を無償にする制度であり、日本の個別の制度がどちらの性質を持つかを本稿は判定していません。維持条件の有無と内容は制度ごとに異なります。

3. 金を配る前に、情報を配ると何が起きるか

3本目は、まったく別の角度からの研究です。舞台はチリ [3]

著者らは、低所得層のチリの青少年に、高等教育をどう賄うかについての情報を提供することの効果を調べました。さらに、同じ情報を保護者にも与えると効果が増幅されるかを問いました。方法は無作為割り当て——中学2年生(8年生)と一部の保護者を、情報を受け取る群と受け取らない群に無作為に分けています。

結果です [3]

  1. 情報に触れることで、大学進学準備課程の高校への入学が増えた
  2. 小学校段階の出席率も上がった。
  3. 学資援助についての知識も増えた。
  4. これらの伸びは、成績が中位および上位の生徒に集中していた。
  5. 保護者が情報に触れても、これらの効果は有意には増幅されなかった。

著者らはこう結論しています。学資援助についての適切な情報へのアクセスは、高等教育のはるか手前の段階で、重要な就学上の選択に影響する [3]

この研究が示すのは、費用の問題が金額の問題であると同時に、情報の問題でもあるということです。制度があっても知られていなければ、存在しないのと同じように振る舞う。そして知らせるだけで、中学2年生の進路が変わりました。

そして見落とせないのが5点目です。保護者に同じ情報を与えても、効果は有意に増幅されませんでした。第3回で見た、日本の塾の決定において生徒本人の主体性がほとんど考慮されてこなかったという指摘 [7] と、同じ方角を向いています。

もう一点、この研究には保護者にとって居心地の悪い含意があります。情報を保護者に与えても、効果は有意には増幅されませんでした [3]。保護者が知っていることと、子ども本人が知っていることは、別々に効く可能性がある。少なくともこの実験では、本人に届いた情報が結果を動かし、保護者経由の上乗せは検出されませんでした。

4. 日本の制度は、いまどうなっているか

日本には高等教育の修学支援新制度があります。文部科学省の説明によれば、制度の骨格と経緯は次のとおりです [4]

  • 令和2年4月に開始。
  • 令和6年4月から、多子世帯や私立の理工農系の学部等に通う中間層等へ支援対象を拡大。
  • 令和7年4月から、多子世帯の学生について所得制限なく授業料・入学金が一定額まで減免対象に。

支援は2本柱です [4]。ひとつは授業料・入学金の減免で、「学生が大学等に納付する金額が減額・免除されることで、学費負担が減少します」。もうひとつは給付型奨学金で、「日本学生支援機構(JASSO)が学生に対して奨学金を支給します。給付型なので、卒業後に奨学金を返還する必要がありません」。

本稿は、この制度の支援額や世帯年収の要件を示しません。文部科学省の概要ページには金額が図表としてのみ置かれており、本稿はその数値を原典で確認できていないからです。確認していない数字を書かないという方針は、この連載を通じて変えません。実際の金額と要件は、文部科学省の該当ページ [4] でご確認ください。

制度の拡大の向きにも、読み取れるものがあります。令和6年4月の拡大対象が多子世帯私立の理工農系の中間層であり、令和7年4月にはさらに多子世帯について所得制限が外れました [4]所得の低さだけでなく、子どもの人数という軸が支援の対象を決めるようになっています。きょうだいが多いほど一人あたりに回せる額が減るという構造は、本連載の第8回で正面から扱います。

5. この制度は、学生生活費のどこに効くのか

第2回で見た内訳を思い出してください。大学学部(昼間部)の学生生活費1,824,700円の内訳は、授業料869,200円、その他の学校納付金136,800円、修学費49,900円、課外活動費23,700円、通学費67,700円、そして生活費が677,400円でした [6]

日本の修学支援新制度が減免するのは授業料と入学金です [4]。つまり、減免が直接届くのは、この内訳のうち授業料の部分です。給付型奨学金はその外側にも使えますが、制度の2本柱のうち片方は、費用全体の47.6%にあたる部分に照準を合わせています。

第2回で確認したもう一つの事実が、ここで効いてきます。生活費は国立・公立のほうが私立より高く、その主因は「食費、住居・光熱費」で、自宅以外の学生の割合が高いためだとJASSOは述べていました [6]。授業料を減免しても、自宅外通学の住居費は減りません。授業料減免という設計は、費用のうち動かしやすい部分を動かしますが、地理に由来する費用には届きにくい構造を持っています。

6. 3本を並べると、何が見えるか

フロリダ、ウェストバージニア、チリ。制度も国も違う3本ですが、並べると一つの筋が通ります。費用の問題は、金額だけの問題ではない。

フロリダの研究が示したのは、金を渡せば結果が変わるということでした [1]。ここまでは直感どおりです。ウェストバージニアの研究は、その金がなぜ効いたのかを問い直し、効いていたのは金額そのものより条件の設計だったと示唆しました [2]。そしてチリの研究は、金を渡さなくても、制度の存在を知らせるだけで進路が動いたことを示しました [3]

同じ「費用の壁」という言葉で語られてきたものが、少なくとも3つに分かれます。払えないという壁、頑張る理由がないという壁、そして知らないという壁です。3つは別のもので、必要な対処も違います。知らないことが原因なら、いくら制度を拡充しても届きません。

チリの研究で効果が中学2年生の段階で出たこと [3] は、家庭にとって実務的な含意を持ちます。高等教育の費用の話を、高校3年になってから始めるのでは遅いということです。進路を選べる幅は、学年が上がるほど狭くなります。

7. 【反証】この回が言えないこと

第一に、3本とも日本の研究ではありません。フロリダ州 [1]、ウェストバージニア州 [2]、チリ [3]。制度も、労働市場も、進学率も日本とは違います。同じことが日本で起きるかどうかは、これらの研究からは分かりません。

第二に、回帰不連続デザインの結果は「境目の近く」にしか当てはまりません。これは方法上の性質であって、欠陥ではありませんが、読み方に直結します。FSAGの「6年以内の学士号取得が22パーセント増」という数字は、著者ら自身が「受給資格の境目の近くにいた学生について」と限定しています [1]。境目からはるかに離れた、きわめて低所得の学生や、逆に資格をまったく満たさない学生について、同じ効果が出るとは言えません。

第三に、Castleman & Long (2013) は全米経済研究所(NBER)の作業論文です。査読を経た学術誌の版とは扱いが異なります。本稿は作業論文として引用しており、その旨を出典に明記しています。

第四に、PROMISEの知見は「誘因が働いた」ことを示唆するものであって、証明するものではありません。著者自身が「示唆する(suggesting)」という語を使っています [2]。効果が更新要件のまわりに集中していたという観察は、誘因説と整合的ですが、他の説明を完全に排除するものではありません。

第五に、本稿は日本の制度の金額を示していません。前述のとおりです。したがって「日本の支援は十分か」という問いには、この回は答えていません。

第六に、チリの研究で効果が集中したのは成績が中位・上位の生徒でした [3]。情報提供は安価で効果的な介入に見えますが、誰にでも一様に効くわけではありません。成績下位の生徒に同じ情報を届けても、同じようには動かなかったということです。

8. 実務——面談で使える3つの問い

  1. 使える制度を、いま把握していますか。チリの研究が示したのは、情報そのものが進路を変えるということでした [3]。しかも中学2年の段階で効いています。高校3年になってから調べ始めるのでは、変えられるものが減っています。
  2. その制度は、費用のどの部分に届きますか。授業料に届く支援と、住居費に届く支援は別です。自宅外通学を想定しているなら、減免の対象外になる部分がいくら残るかを先に見積もる必要があります。
  3. 維持条件がついていますか。ついているなら、それは誰の負担になりますか。PROMISEの研究は、条件つきの奨学金が学業への誘因として働くことを示唆しました [2]。誘因は、裏返せば圧力です。第3回で見た精神健康の論点 [7] と無関係ではありません。

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まとめ

  1. フロリダ州の給付奨学金は、回帰不連続デザインによる推定で、在学・単位取得ペース・6年以内の学士号取得を高めた。学士号取得は境目近傍の学生について22パーセントの増加 [1]
  2. ウェストバージニア州のPROMISEでは、影響が奨学金更新の年次要件のまわりに集中しており、制度が金銭的制約の緩和ではなく学業達成への誘因を通じて働いていることを示唆した [2]
  3. チリでは、情報を提供するだけで大学進学準備課程の高校への入学、小学校段階の出席率、学資援助の知識が上がった。効果は成績中位・上位に集中し、保護者への情報提供は効果を有意に増幅しなかった [3]
  4. 日本の高等教育の修学支援新制度は令和2年4月開始、令和6年4月に中間層等へ拡大、令和7年4月から多子世帯は所得制限なく減免対象。柱は授業料・入学金の減免給付型奨学金 [4]
  5. 減免が直接届くのは、学生生活費1,824,700円のうち授業料869,200円(47.6%)の部分である [6]自宅外通学の住居費には届きにくい。
  6. 3本の研究はいずれも海外であり、回帰不連続の結果は境目の近くにしか当てはまらず、情報提供は誰にでも一様に効くわけではない
  7. 本稿は日本の制度の支援額を示していない。原典で確認できていないためである。

出典

本文中の番号に対応します。書誌を確認し、抄録に直接あたったものだけを挙げています。結論に反する記述も、同じ基準で載せています。

  1. 【給付奨学金・フロリダ州・回帰不連続】Castleman, B. & Long, B. T. (2013). Looking Beyond Enrollment: The Causal Effect of Need-Based Grants on College Access, Persistence, and Graduation. NBER Working Paper No. 19306. DOI: 10.3386/w19306(全米経済研究所の作業論文。被引用165件)
  2. 【条件つき奨学金・誘因か制約緩和か】Scott-Clayton, J. (2011). On Money and Motivation: A Quasi-Experimental Analysis of Financial Incentives for College Achievement. The Journal of Human Resources, 46(3), 614-646. DOI: 10.1353/jhr.2011.0013(被引用319件)
  3. 【情報提供の効果・チリ・無作為化】Dinkelman, T. & Martínez A., C. (2013). Investing in Schooling In Chile: The Role of Information about Financial Aid for Higher Education. The Review of Economics and Statistics, 96(2), 244-257. DOI: 10.1162/rest_a_00384(被引用177件)
  4. 【日本の制度】文部科学省「制度の概要——高等教育の修学支援新制度」。制度の開始時期、令和6年4月・令和7年4月の拡大、授業料等減免と給付型奨学金の2本柱に関する記述。支援額・年収要件の数値は本稿では引用していない。
  5. 【日本の教育費・実額】文部科学省(2026)令和5年度子供の学習費調査結果のポイント(令和6年12月25日公表資料 訂正版・令和8年1月16日)。
  6. 【大学生の費用・実額】独立行政法人日本学生支援機構(2024)令和4年度学生生活調査報告。表1「年間学生生活費」、表3「設置者別の学生生活費」。
  7. 【塾と精神健康・本人の主体性】Zhang, Q. & Gao, Y. (2023). Competition and game-playing. Chinese Journal of Sociology, 9, 283-318. / Entrich, S. R. (2015). The Decision for Shadow Education in Japan. Social Science Japan Journal, 18, 193-216.(いずれも本連載第3回で詳述)

連載「教育費は、家計に何をするのか」(全10回)

教育費を、労働経済学・教育経済学・公共経済学の実証研究から検討する全10回の連載です。学歴の「返り」ではなく、家計の「支払い」の側だけを扱います。

  1. 教育費は、どこへ消えているのか——公立中学生の保護者が払う金の3分の2は、学校の外に出ている
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  4. 奨学金は、進学を変えるか——金が効くのは「制約を緩めるから」とは限らない(この記事)
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  7. 無償化は誰に届いたか——政策評価の実際(公開予定)
  8. 教育費と、子どもの数——量と質のトレードオフ(公開予定)
  9. 家計はなぜ払いすぎ/払わなすぎるのか——費用の誤認と情報介入(公開予定)
  10. 統合——家計はどこに、いくら払うべきか(公開予定)

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宮川 涼 Founder
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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