【連載第5回】返済という負担は、卒業後の選択を変えるか——1,000ドルの借金が、持ち家を4か月遠ざける

1,000ドルの借金が、持ち家を4か月遠ざける

前回は、費用を誰かが肩代わりする話でした。今回は、自分で借りる話です。

結論から言います。学生ローンの残高が増えると、卒業後の選択は実際に変わります。借入額が1,000ドル増えると、20代半ばの持ち家率がおよそ1.8パーセントポイント下がる。これは平均しておよそ4か月、持ち家を得るのが遅れることに相当します [1]

ただし、この回でいちばん伝えたいのはその数字ではありません。「借りすぎ」だけが問題なのではなく、「借りなさすぎ」も同じくらい研究の主題になっている——そのことです。

もう一つ、この回には前提として置いておくべきことがあります。返済は、払い終わるまで続く費用です。第1回から第4回まで扱ってきたのは、在学中に発生する支出でした。返済はその後に始まり、卒業から十数年にわたって家計に残ります。教育費の話が進学時点で終わらないのは、このためです。

1. 借りるという行為を、どう枠づけるか

2012年に『Journal of Economic Perspectives』に載った論文は、題名からして問いの立て方が違います。「学生ローン——大学生は借りすぎているのか、それとも借りていないのか」 [2]

著者らはまず、規模を示します。2010年6月に学生ローン債務の総額は8,000億ドルを超え、クレジットカード債務の総額を史上はじめて上回りました。論文が印刷される頃には、およそ1兆ドルに達すると述べています。教育費を賄うための借入は1990年代初頭以降、実質ベースで4倍以上に増えました [2]

そのうえで著者らは、学生ローンの議論を逸話から引き離し、大学という投資を最適に賄うという枠組みの中に置き直すことを試みます。そこで提示されるのが、次の比喩です [2]

金銭的な観点からは、大学に入学することは、期待される利得の大きな宝くじに申し込むことに等しい。実際、本稿に示す数字は、大学が平均としては一世代前よりも今日のほうがよい投資であることを示唆している。しかしそれは、より大きな正の見返りと、より小さいあるいは負でさえある見返りの、どちらについても相当の確率を持つ宝くじでもある。

この一文は、第1回で引いた北條雅一の指摘——「すべての大卒者が平均的な収益を享受しているわけではない」 [4]——と、まったく同じことを別の言い方で述べています。平均は高い。しかし分散も大きい。

借金は、この分散を家計にとって危険なものに変えます。見返りが大きく出れば返済は軽い。小さく出れば重い。借りるという判断は、期待値の判断ではなく、悪いほうに転んだときに耐えられるかどうかの判断です。

そして著者らは、利用可能な——とはいえ限られた——証拠を検討して、どのような種類の学生が借りすぎ、あるいは借りなさすぎである可能性が高いかを評価しています [2]。両方向が問題として立てられていることに注意してください。

この枠づけは、家庭の会話を変えます。「借金は怖い」という感覚も、「学歴があれば返せる」という楽観も、どちらも分散を見ていません。宝くじという比喩が正確なのは、当たり外れがあることを認めたうえで、それでも期待値は正だと述べている点です。怖がることと、無謀に賭けることは、どちらも同じ誤りの裏表です。

2. 借金は、卒業後の何を変えるか

次は、借金の帰結を因果として取り出した研究です [1]

著者らは、全国を代表するコホートについて独自に構築した行政データを使い、学生ローン債務がその後の持ち家取得に与える効果を推定しました。ここで問題になるのは、借金の多い人と少ない人はそもそも違うということです。多く借りた人は、高い学費の大学に行った人であり、家庭の所得も進路も違います。そのまま比べれば、借金の効果と、もともとの違いが混ざります。

そこで著者らは操作変数法という手法を使いました。学生の出身州にある公立4年制大学の州内学費の変化を、個人の学生債務額の代わりに使うのです。州が学費を上げれば、そこの学生の借入は増える。しかし州の学費政策は、その学生個人の能力や意欲とは無関係に決まります。この「本人と無関係に借入額を動かす力」を利用して、借金そのものの効果を取り出します。

結果です [1]

学生ローン債務が1,000ドル増えると、公立4年制大学に進んだ者の20代半ばにおける持ち家率が、およそ1.8パーセントポイント下がる。これは持ち家取得が平均しておよそ4か月遅れることに相当する。

著者らは、この結果が地域の経済状況や教育上の成果の変化によって撹乱されていないことを妥当性検査で確認したと述べています [1]

1,000ドルという単位の小ささに注意してください。日本円にすれば十数万円です。その程度の借入の差が、10年近く先の住居の選択に測定可能な形で現れます。

なぜ住居なのか、という疑問が浮かぶかもしれません。住宅の購入は、多くの人にとって人生で最大の借入をともなう決定です。すでに学生ローンを抱えていれば、新たな借入の審査は通りにくくなり、頭金に回せる貯蓄も少なくなります。借金が次の借金を妨げる——この経路を通って、10年近く前の教育費の決定が、20代半ばの住居の選択に姿を現します。

ただし、著者らがこの経路そのものを検証しているとは抄録に書かれていません。本稿が述べられるのは「1,000ドルあたり1.8パーセントポイント」という推定結果と、その推定が地域の経済状況や教育上の成果によって撹乱されていないこと [1] までです。経路の説明は、読者が理解を助けるための補助線であって、この研究が示した知見ではありません。

3. 結婚と同居に、何が起きるか

借金が変えるのは住居だけではありません。米国の若年層の家族形成を扱った研究があります [3]

著者は、NLSY 1997年コホート(N = 6,749)のデータと、離散時間の競合リスク・ハザードモデルという枠組みを使い、最初の結びつき(同居または結婚)への移行が、若年成人のクレジットカード債務と教育ローン債務によって、学歴や労働市場の特性を超えて影響を受けるかどうかを検証しました。

結果はこうです [3]

  1. クレジットカード債務は、男女ともに同居と正に関連していた。
  2. 教育ローン債務を持つ女性は、持たない女性より、結婚を遅らせて同居へ移行する可能性が高かった。

著者はこの結果を、次のようにまとめています。独身生活は費用の面で難しいかもしれないが、結婚生活もまた賄えない。同居は独身生活に代わる選択肢ではあるが、この若年成人たちにとって必ずしも結婚の代替物ではない [3]

ここで方法上の注意が要ります。この研究は、学歴や労働市場の特性を統制したうえでの関連を示したものであり、前節の操作変数法のような因果識別の設計を用いていません。「教育ローンが結婚を遅らせた」と因果で読むことは、この研究からはできません。本稿がここで「関連していた」「可能性が高かった」という語を使っているのは、そのためです。

この非対称——女性についてのみ関連が報告されていること——は、それ自体が重要な情報です。同じ額の教育ローンが、男女で違う帰結と結びついている。その理由をこの研究は説明していませんが、「借金の重さ」が金額だけで決まらないことを示しています。誰が、どの社会の中で背負うかによって、同じ数字が違う意味を持ちます。

4. 日本に置き換えると、どこが同じでどこが違うか

ここまでの3本はすべて米国の研究です。日本にそのまま当てはめることはできません。それでも、構造として共通する部分と、明確に違う部分があります。

共通するのは、借入の対象が学費だけではないという点です。第2回で見たとおり、大学学部(昼間部)の学生生活費1,824,700円のうち授業料は869,200円で47.6%にすぎず、生活費が677,400円を占めます [5]借りる必要が生じるのは授業料の部分だけではありません。とくに自宅外通学では、住居・光熱費177,500円がまるごと乗ります [5]

違うのは、返済の設計です。第4回で見たとおり、日本の高等教育の修学支援新制度における給付型奨学金は「給付型なので、卒業後に奨学金を返還する必要がありません」と文部科学省が明記しています [6]給付と貸与は、名前が似ていてもまったく別のものです。この回で扱った研究が対象にしているのは、返済義務のある借入のほうです。

本稿は、日本の貸与奨学金の返済状況に関する数値を示しません。原典で確認していないからです。日本での延滞率や返済負担の実態については、この連載では扱えていない——そう明示しておきます。

もう一点、日本と米国で違うのは誰が借りるかです。米国の研究が扱っているのは学生本人の債務です。日本では、教育費の相当部分を保護者が負担する慣行があります。第2回で見たとおり、JASSOの学生生活調査は学生1人あたりにかかる費用を測っており、それを誰が払ったかは区別していません [5]債務の名義が本人か保護者かによって、この回で見た「卒業後の選択への影響」の出方は変わります。その比較は、本稿が扱える範囲を超えています。

5. 「借りなさすぎ」という問題

ここで最初の論点に戻ります。借金の話は、たいてい「借りすぎるな」という警告の形をとります。しかし2012年の論文の題名は、「借りすぎか、それとも借りていないのか」でした [2]

なぜ「借りなさすぎ」が問題になりうるのか。論理はこうです。大学が平均としてよい投資であるならば [2]、資金の制約だけを理由に進学をあきらめること、あるいは学業時間を削ってアルバイトを増やすことは、期待される利得を自ら手放すことになります。第4回で見たフロリダ州の研究で、給付奨学金の受給資格が単位の取得ペースと6年以内の学士号取得を高めた [7] ことは、資金の制約が学業の進み方を実際に縛っていたことの傍証です。

したがって、家計が立てるべき問いは「借りるべきか、借りざるべきか」ではありません。「どれだけ借りると、悪いほうに転んだときに耐えられなくなるか」です。上限を先に決める作業だと言い換えてもよい。

この連載は塾が書いています。ここで「だから借りてでも教育に投資すべきだ」と書けば、当塾にとって都合がよい。しかしこの回の研究が示しているのは、借入が10年先の住居や家族形成に測定可能な影響を残すという事実のほうです。両方を書かなければ、この回を書く意味がありません。

6. 上限を先に決めるということ

「どれだけ借りると耐えられなくなるか」を先に決める、と書きました。実務としてそれが何を意味するかを、もう少し具体化します。

まず、借入総額ではなく、返済が始まった後の毎月の金額で考える必要があります。総額は数字が大きすぎて、耐えられるかどうかの感覚が働きません。月額に直せば、卒業後の想定収入と並べられます。

次に、その想定収入を、悪いほうに置くことです。Avery & Turner が「宝くじ」と呼んだのは、見返りの分散が大きいという意味でした [2]。平均的な見返りを前提に組んだ返済計画は、分散の下側に落ちたときに機能しません。第1回で引いた北條の指摘も同じ方向です——平均的な収益を全員が得るわけではない [4]

そして、下側に落ちる確率がどれくらいかを、この連載は示せません。示すには日本の卒業後所得の分布を一次資料で確認する必要があり、本稿はそれをしていません。「分散が大きいことは分かっている、その大きさは示せない」——ここが現時点で誠実に言える限界です。

それでも、上限を決める作業自体には意味があります。上限を決めていない家計は、上限がないのではなく、上限を意識しないまま超えていきます。第1回で「学年の山を見越して払うのと、行き当たりばったりに払うのとでは、同じ総額でも家計の痛み方が違う」と書いたのと、同じ構造です。

7. 【反証】この回が言えないこと

第一に、3本とも米国の研究です。学生ローンの制度、利率、返済の仕組み、住宅市場、結婚をめぐる規範——どれも日本とは違います。1,000ドルあたり1.8パーセントポイントという数字を、日本の円建ての借入に換算して使うことはできません。

第二に、持ち家の研究が対象としたのは「公立4年制大学に進んだ者」です [1]。私立大学の学生や、2年制、中退者について同じ効果が出るとは述べられていません。

第三に、家族形成の研究は因果推定ではありません。前述のとおり、統制つきの関連です [3]。しかも結果には明確な非対称があります——教育ローンと結婚の遅れの関連が見られたのは女性についてです。男性について同じことが述べられているわけではありません。

第四に、「持ち家が遅れる」ことが悪いことだとは、どの研究も述べていません。持ち家は資産形成の一形態であり、幸福の指標ではありません。本稿が1.8パーセントポイントという数字を挙げているのは、借入が長期の選択に測定可能な影響を残すことの例としてであって、持ち家を推奨するためではありません。

第五に、Avery & Turner (2012) が示したのは枠組みと評価であって、「いくらまでなら借りてよい」という基準ではありません。著者ら自身が、利用可能な証拠を「限られている」と形容しています [2]

第六に、本稿は日本の貸与奨学金についての数値を一切示していません。したがって「日本の奨学金は借りても大丈夫か」という問いに、この回は答えていません。

8. 実務——面談で使える3つの問い

  1. 借りる必要があるのは、授業料の部分だけですか。学生生活費のうち授業料は47.6%です [5]。自宅外通学なら住居・光熱費が加わります。借入額の見積もりを授業料だけで立てていないか、最初に確かめてください。
  2. 返済が始まったときの月額を、いま言えますか。借入総額ではなく、卒業後の毎月の金額です。悪いほうに転んだとき——想定より収入が低かったとき——にその金額を払えるかどうかが、判断の基準になります。
  3. その借入は、給付ですか、貸与ですか。基本的な区別ですが、制度の名称が似ているために混同が起きます。給付型は返還の必要がないと文部科学省が明記しています [6]。この回の研究が扱っているのは、返還が必要なほうです。

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まとめ

  1. 学生ローン債務が1,000ドル増えると、公立4年制大学に進んだ者の20代半ばの持ち家率がおよそ1.8パーセントポイント下がる。平均して約4か月の遅れに相当する [1]。操作変数には出身州の公立4年制大学の州内学費の変化を用いている。
  2. 2010年6月に学生ローン債務の総額がクレジットカード債務を史上はじめて上回り、教育のための借入は1990年代初頭以降実質で4倍以上に増えた [2]
  3. 大学進学は「期待される利得の大きな宝くじ」であり、より大きな正の見返りと、より小さいあるいは負の見返りの、どちらについても相当の確率を持つ [2]
  4. NLSY97コホート(N=6,749)では、教育ローン債務を持つ女性は、持たない女性より結婚を遅らせて同居へ移行する可能性が高かった。ただしこれは統制つきの関連であり、因果推定ではない [3]
  5. 問いは「借りすぎか」だけではない。「借りなさすぎ」も同じ論文の主題である [2]。資金の制約が学業の進み方を縛ることは、第4回の給付奨学金の研究からも示唆される [7]
  6. 日本では、借りる必要が生じるのは授業料(学生生活費の47.6%)だけではない [5]給付型は返還不要であり [6]、この回の研究が扱うのは返還が必要な借入のほうである。
  7. 3本とも米国の研究であり、本稿は日本の貸与奨学金についての数値を一切示していない

出典

本文中の番号に対応します。書誌を確認し、抄録に直接あたったものだけを挙げています。結論に反する記述も、同じ基準で載せています。

  1. 【学生ローンと持ち家・操作変数法】Mezza, A., Ringo, D., Sherlund, S. M. & Sommer, K. (2019). Student Loans and Homeownership. Journal of Labor Economics, 38(1), 215-260. DOI: 10.1086/704609(被引用114件)
  2. 【借りすぎか、借りなさすぎか】Avery, C. & Turner, S. (2012). Student Loans: Do College Students Borrow Too Much—Or Not Enough? The Journal of Economic Perspectives, 26(1), 165-192. DOI: 10.1257/jep.26.1.165(被引用393件)
  3. 【債務と家族形成・関連研究】Addo, F. R. (2014). Debt, Cohabitation, and Marriage in Young Adulthood. Demography, 51(5), 1677-1701. DOI: 10.1007/s13524-014-0333-6(NLSY 1997年コホート、N=6,749。離散時間競合リスク・ハザードモデルによる統制つきの関連であり、因果推定ではない。被引用194件)
  4. 【学歴収益率・日本】北條雅一(2018)学歴収益率についての研究の現状と課題『日本労働研究雑誌』No.694, pp.29-38。
  5. 【大学生の費用・実額】独立行政法人日本学生支援機構(2024)令和4年度学生生活調査報告。表1「年間学生生活費」。
  6. 【日本の制度】文部科学省「制度の概要——高等教育の修学支援新制度」。給付型奨学金に関する記述。
  7. 【給付奨学金の効果】Castleman, B. & Long, B. T. (2013). Looking Beyond Enrollment. NBER Working Paper No. 19306(作業論文。本連載第4回で詳述)

連載「教育費は、家計に何をするのか」(全10回)

教育費を、労働経済学・教育経済学・公共経済学の実証研究から検討する全10回の連載です。学歴の「返り」ではなく、家計の「支払い」の側だけを扱います。

  1. 教育費は、どこへ消えているのか——公立中学生の保護者が払う金の3分の2は、学校の外に出ている
  2. 見えない教育費——授業料は、大学でかかる金の半分にも満たない
  3. 塾にかけた金は、成績を上げるのか——学力は上がる、そして精神健康は下がる
  4. 奨学金は、進学を変えるか——金が効くのは「制約を緩めるから」とは限らない
  5. 返済という負担は、卒業後の選択を変えるか——1,000ドルの借金が、持ち家を4か月遠ざける(この記事)
  6. 授業料が変わると、誰が動くのか——1,000ドルで進学率が4ポイント動く、という推定の読み方
  7. 無償化は誰に届いたか——政策評価の実際(公開予定)
  8. 教育費と、子どもの数——量と質のトレードオフ(公開予定)
  9. 家計はなぜ払いすぎ/払わなすぎるのか——費用の誤認と情報介入(公開予定)
  10. 統合——家計はどこに、いくら払うべきか(公開予定)

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宮川 涼 Founder
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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