物理・化学で「解法が浮かばない」とき、何が起きているのか
物理や化学の入試問題で、「斜面の問題は解けるのに、同じ考え方で解ける振り子の問題になると手が止まる」という経験は珍しくありません。問題集で「斜面」「ばね」「滑車」と単元ごとに練習してきた受験生ほど、見慣れない設定の問題で解法が浮かばなくなりがちです。
認知科学には、この現象を正面から扱った古典的な研究の系譜があります。熟達者と初心者に物理の問題を「解き方が似ているもの同士」に分類させると、分け方がまったく違う——初心者は「斜面」「振り子」といった表面的な特徴(surface features)で分け、熟達者は「エネルギー保存」「運動方程式」といった深層構造(deep structure)で分ける、というものです [1]。
この記事では、問題を深層構造で分類する力は、教えて伸ばせるのか、そしてその力は本当に解く力と結びついているのかを、支持する研究と、この「定説」自体への反証から検討します。
一言でいうと(この記事の結論)
原理に基づいて問題を分類できる学習者ほど、問題解決の成績が高いという関連は、複数の研究で見られます [2] [3]。
2つの事例を比べて共通点を探す活動は、学習を中程度に高めます(d = 0.50) [4]。
——ただし、「初心者は表面、熟達者は深層」という二分法そのものが、使う問題によって再現しないことが分かっています [5] [6]。原理に気づけても、正しく使えるとは限りません [7]。
- 初心者は問題の表面的特徴に、熟達者は深層構造に反応するという知見が、物理の問題解決研究から示されました [1]。
- 初心者の中でも、原理を使って類似性を判断した人ほど、熟達者に近い分類をし、問題解決の得点も高かった [2]。
- 事例を比較する活動の学習効果は、57実験・336テストの統合で d = 0.50 でした [4]。
- 自分でカテゴリーを作る分類課題は、2事例の比較より、自発的な転移を高めた実験があります [8]。
- 【反証】熟達者と初心者の区別は、使う問題セットに非常に敏感で、追試はしばしば失敗しています [5]。
- 【反証】入門物理の学生と大学院生の分類には大きな重なりがありました [6]。

1. 熟達者は問題を「原理」で見ている
Chi らの一連の研究は、ある分野の熟達を決める主な要因は、一般的な問題解決の技能ではなく、その分野の知識の質であるという前提から出発しました [1]。8つの実証研究から導かれた主な結果は次のとおりです。
- 熟達者と初心者は、問題そのものを違う形で知覚していた(初心者は表面的特徴に、熟達者は深層構造に反応した)
- 成績の振るわない初心者は、物理の宣言的知識(事実や法則についての知識)に欠けていた
- 初心者は、ある物理の知識を「いつ使うか」についての知識を欠きがちだった
- 知識の欠如が、問題を解くための鍵となる推論を妨げていた [1]
2つの力学の問題が「同じように解けるか」を判断させた Hardiman らの研究は、ここに重要な補足を加えました [2]。熟達者は主に深層構造で判断していましたが、表面的特徴が似ていると熟達者でも判断を誤りやすく、初心者は主に表面的特徴に頼るものの、条件によっては深層構造を使うこともできました。そして2つ目の実験では、原理をより多く使って判断した初心者は、熟達者に近い分類をし、問題解決の得点も高かったのです [2]。
入門物理の大学生を対象にした構造方程式モデルの研究でも、分類の技能は問題解決の得点に直接、また方略の使用を通じて間接に影響し、力の図(フリーボディ図)にも影響していました [3]。
この知見は物理に限りません。化学でも、大学教員は化学の基本的な考え方を中心に問題を整理し、初心者は問題の見た目や特定の用語を中心に整理するという分類課題が開発されています [9]。
一言でいうと
「解法が浮かばない」の一部は、問題を見た瞬間に「これは何の原理の問題か」が引き出されないことから来ています [1] [2]。
——そして、その引き出しの手がかりは、知識の量と質そのものです。
2. 高校生の分類は、学年とともにどう変わるか
中国の高校1〜3年生250人以上に、運動学と力学の問題20問を「解き方が似ているもの」に分類させた研究があります [10]。
- 3学年とも、全体としては初心者の分類だった
- それでも、分類の熟達は学年とともに少しずつ発達していた
- 問題解決の訓練が、特に高校3年生の分類に影響している可能性がある [10]
つまり、受験学年の演習量は分類の力にも影響しうる一方で、高校3年生でも熟達者型の分類には遠いというのが出発点です。
3. 分類の力は、教えて伸ばせるか
原理から問題を分析する環境
1学期の物理をB以上で終えた大学生42人に、「まず原理を選び、次に具体的な手続きに降りる」階層的な分析ツールを使って5回・計25問の力学の問題を解かせた研究では、分類の判断基準が表面的特徴から深層構造へと移りました [11]。
短い介入と、詳しいフィードバック
入門力学を終える学生に、問題のペアが「同じように解けるか」を判断させ、フィードバックを与えた研究があります [12]。正誤だけを伝える群と、問題の特徴と解くための概念・原理を結びつけた詳しいフィードバックを見た群を比べると、詳しいフィードバックを見た群では理由づけに物理の原理を使う割合が増え、見なかった群は主に問題文の数量を挙げていました [12]。
2つの事例を比べる
分類の力を育てる方法として最も量的な証拠が厚いのは、事例の比較です。Alfieri らは57の実験・336のテストを統合し、事例を比較する活動は、事例を1つずつ学ぶ・関係のない事例と並べる・従来型の指導などより学習成果が大きく、d = 0.50 と報告しました [4]。効果を高めていた条件は次の4つです。
| 調整変数 | 学習がより大きかった条件 |
|---|---|
| 比較の目的 | 事例間の「共通点」を探させる |
| 原理の提示 | 比較の「後に」原理を示す |
| 内容 | 知覚的な内容 |
| 比較からテストまでの間隔 | すぐにテストする |
入門物理の授業で、回転の運動学の例題を読むだけ・自己説明する・2つの例題を比較するの3条件に無作為に分けた研究では、学習中の近い転移問題では読む群と自己説明群が比較群を上回ったものの、その優位は短命で、遠い転移のテストでは自己説明群と比較群が読む群を上回りました [13]。
自分でカテゴリーを作る
さらに踏み込んだ研究として、Kurtz と Honke は、事例を自分で分類してカテゴリーを作る課題が、「2つの類似事例を比べて共通の型を抽出する」という標準的な方法より、自発的な転移を有意に高めたことを、検出力を上げた追試を含む複数の実験で示しました [8]。
一言でいうと
「似た問題を並べて共通点を探し、そのあとで原理を確認する」「自分で問題を原理ごとに分類する」は、証拠のある練習方法です [4] [8]。
——単元ごとにまとまった問題集を順番に解くだけでは、この比較と分類の機会が生まれにくいことに注意が必要です。
4. 【反証】「表面か深層か」は、それほど単純ではない
反証1——追試はしばしば失敗している
Wolf らは、Chi らの古典的研究を再現しようとする試みはしばしば失敗しており、熟達者と初心者を区別できるかどうかは、使う問題セットに非常に敏感であると指摘しました [5]。大きく多様な問題セットを分析した結果、「何を」問うか(深層構造)だけでなく、「どう」問うか(問題の文脈)も重要だったと報告しています [5]。
反証2——学生と大学院生の分類は大きく重なっていた
Mason と Singh は、それぞれ100人を超える入門物理の3クラスに力学の問題を分類させ、大学院生・教員と比べました [6]。微積分を使う入門コースの学生と大学院生の間には、「良い」と評価された分類に大きな重なりがあり、著者らはChi らの結果と対照的に、力学の熟達は入門の学生と大学院生の間に幅広く分布していると結論しました [6]。
反証3——原理に気づいても、使えるとは限らない
362人の入門物理の学生に、解答例を学んでから、同じ原理で表面の違う問題を解かせた研究では、多くの学生が解答例からある程度学び、関連する原理を持ち出すことはできたものの、それを正しく適用できるとは限りませんでした [7]。前述の短い介入の研究でも、原理への注目は増えたのに、課題の成績は低く、原理の適切さを考えることは初学者にとって依然として難しいとされています [12]。
反証4——熟達者も表面から深層を「見て」いる
Chi 自身と VanLehn は、熟達者が深層構造を「見る」のは、表面的特徴どうしの相互作用と、その関係から深層を読み取っているからではないかという仮説を提案しています [14]。表面的特徴を無視せよ、という指導は、この見方からすると的外れになりえます。
一言でいうと(反証のまとめ)
「熟達者は深層、初心者は表面」は、問題の選び方しだいで再現しない、粗い二分法です [5] [6]。
分類できることと解けることの間には、「正しく適用する」という大きな段差があります [7]。
——分類の練習は解く練習の代わりにはならず、解く練習と組み合わせて初めて意味を持ちます。
5. 実務——「原理で分ける」練習の手順
週1回・45分、1分野(例:力学、化学平衡)ごとに行う想定です。
- 解いたことのある問題を12問、表面の設定がばらばらになるように集める(5分)。斜面・振り子・ばねなど、見た目の違う問題を混ぜます。
- 解かずに、「同じ原理で解けるもの」同士に分類し、各グループに原理の名前をつける(15分)。自分でカテゴリーを作る課題は、転移を高めました [8]。
- 同じグループに入れた2問を並べ、共通点を3つ書く(10分)。比較では「共通点を探させる」ことが効果を高めていました [4]。
- その後で、解答や教科書で原理を確認する(5分)。原理は比較の後に示すほうが効果的でした [4]。分類を誤った問題には、「どの表面的特徴に引っ張られたか」を書きます。
- 分類を誤った問題を、実際に最後まで解き直す(10分)。原理に気づくことと正しく使うことは別の段階です [7]。分類だけで終わらせません。
基礎の法則そのものがあいまいな段階では、分類課題の前に教科書の例題と基本問題に戻ってください。分類を支えているのは分野の知識です [1]。
この記事で言えないこと
- 分類課題の研究の多くは大学の入門物理が対象で、日本の高校生と大学入試問題で分類訓練の得点への効果を検証した研究は、今回取得した範囲にありません。
- 分類の力と問題解決の関連は主に相関の研究で [2] [3]、分類を訓練すれば解く力が上がるという因果は十分に確かめられていません。
- 事例比較のメタ分析は物理以外の分野を広く含み [4]、効果は直後のテストで大きい傾向があります。
- 本記事の「12問」「45分」は研究で検証された値ではなく、手順の目安です。
当塾の立場
塾に来なくても、家庭でできること
- 解いた問題を原理ごとに分類し、原理名を書き込む
- 同じ原理の問題を2問並べて、共通点を書き出す
- 分類を誤った問題は、最後まで解き直す
それでも個別指導を使う理由
塾を検討される際は、次の3つを聞いてみてください。
- 単元ごとの演習とは別に、単元をまたいで問題を比べる機会をどう作っていますか
- 生徒が「何の原理の問題か」を判断できているか、どう確かめていますか
- 原理は分かるのに解けない生徒には、何をしますか
まとめ
- 熟達者は深層構造に、初心者は表面的特徴に反応するという知見が示されました [1]。
- 原理で類似性を判断した初心者ほど、問題解決の得点が高かった [2]。
- 事例の比較は学習を高め(d = 0.50)、共通点を探させ、原理を後で示すと効果が大きかった [4]。
- 自分でカテゴリーを作る課題は、比較より自発的な転移を高めました [8]。
- 【反証】熟達者と初心者の区別は問題セットに敏感で、追試はしばしば失敗しています [5] [6]。
- 【反証】原理に気づけても、正しく適用できるとは限りませんでした [7]。
- そして——「解法が浮かばない」への処方は、原理で分ける練習と、分けた問題を最後まで解く練習の組み合わせです。
出典
- 【熟達者と初心者の知識】Chi, M. T. H. et al. (1981). Expertise in Problem Solving. ERIC: ED215899
- 【分類と問題解決の関連】Hardiman, P. T. et al. (1988). The Relation between Problem Categorization and Problem Solving among Novices and Experts. ERIC: ED294753
- 【分類技能の構造方程式モデル】Taasoobshirazi, G. & Farley, J. (2013). A multivariate model of physics problem solving. Learning and Individual Differences. DOI: 10.1016/j.lindif.2012.05.001
- 【事例比較のメタ分析・57実験】Alfieri, L., Nokes-Malach, T. J. & Schunn, C. D. (2013). Learning Through Case Comparisons: A Meta-Analytic Review. Educational Psychologist. DOI: 10.1080/00461520.2013.775712
- 【反証・追試の失敗と問題セット】Wolf, S. F., Dougherty, D. P. & Kortemeyer, G. (2012). Rigging the deck: Selecting good problems for expert-novice card-sorting experiments. Physical Review Special Topics – Physics Education Research. DOI: 10.1103/physrevstper.8.020116
- 【反証・学生と大学院生の重なり】Mason, A. & Singh, C. (2011). Assessing expertise in introductory physics using categorization task. Physical Review Special Topics – Physics Education Research. DOI: 10.1103/physrevstper.7.020110
- 【反証・気づけても使えない・362人】Lin, S.-Y. & Singh, C. (2011). Using isomorphic problems to learn introductory physics. Physical Review Special Topics – Physics Education Research. DOI: 10.1103/physrevstper.7.020104
- 【カテゴリー構築と転移】Kurtz, K. J. & Honke, G. (2020). Sorting out the problem of inert knowledge: Category construction to promote spontaneous transfer. Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition. DOI: 10.1037/xlm0000750
- 【化学の分類課題】Krieter, F. E. et al. (2016). Thinking Like a Chemist: Development of a Chemistry Card-Sorting Task To Probe Conceptual Expertise. Journal of Chemical Education. DOI: 10.1021/acs.jchemed.5b00992
- 【高校1〜3年の分類の発達】Zhu, G. & Wang, J. (2017). Pseudolongitudinal investigation on Chinese students’ categorization of kinematics and mechanics problems. Physical Review Physics Education Research. DOI: 10.1103/physrevphyseducres.13.020118
- 【階層的分析ツール・42人】Mestre, J. et al. (1988). Hierarchical Problem Solving as a Means of Promoting Expertise. ERIC: ED310931
- 【詳しいフィードバックの短い介入】Docktor, J. L., Mestre, J. P. & Ross, B. H. (2012). Impact of a short intervention on novices’ categorization criteria. Physical Review Special Topics – Physics Education Research. DOI: 10.1103/physrevstper.8.020102
- 【比較・自己説明と遠い転移】Nokes-Malach, T. J. et al. (2013). Coordinating principles and examples through analogy and self-explanation. European Journal of Psychology of Education. DOI: 10.1007/s10212-012-0164-z
- 【表面から深層を読む仮説】Chi, M. T. H. & VanLehn, K. A. (2012). Seeing Deep Structure From the Interactions of Surface Features. Educational Psychologist. DOI: 10.1080/00461520.2012.695709
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