【連載第5回】締切が行動を変える——「高利害」という設計が生む努力の実証

締切が行動を変える——「高利害」という設計が生む努力

連載第5回です。第1回で分けた5つの問いのうち、②準備期間の効果を、別の角度から扱います。

受験には、他の学習にはない特徴があります。日付が決まっていて、結果に重い帰結があり、やり直しに1年かかる。

この設計を、教育経済学では高利害(high-stakes)と呼びます。この記事の問いは一つです——高利害という設計そのものが、人の行動をどれだけ変えるのか。

一言でいうと(この記事の結論)
利害を高めると、努力は実際に増えます。成績の記録方法を変えただけで下方修正された生徒は、その後の評価で成績を上げ、大学進学確率まで上がりました [1]
ただし——同時に不安も増えます。帰結を上げると、努力も不安も、中〜大の効果量(0.42〜1.30)で増えました [2]
そして決定的な発見——「結果」に報いるより「行動」に報いるほうが、効果は2倍以上大きく、費用対効果も約2倍でした [3]
——受験という締切をどう使うかは、家庭が選べます。選べるのは「何に報いるか」です。

結論を先に10点書きます。

  1. 成績の記録方式の変更で下方修正された生徒は、その後の評価で成績を上げました [1]
  2. その改善は、大学進学確率の上昇にまでつながりました [1]
  3. この変更は実力の情報を何も伝えていません。動いたのは誘因だけです [1]
  4. 行動(入力)への誘因は .57 SD、結果(出力)への誘因は .24 SD で有意ではありませんでした [3]
  5. 行動への誘因は、費用対効果でも約2倍でした [3]
  6. 63校・1万人超の実験でも、誘因が効いた層では10〜20% SD の改善が見られました [4]
  7. 4,000人の実験では、課題ベースの目標設定に頑健な正の効果。成績ベースの目標設定には有意な効果なし [5]
  8. ノルウェーの自然実験では、高利害化で成績が上がったのは、通学圏に進学先の選択肢が十分ある生徒だけでした [6]
  9. 反証。マラウイの実験では、上位者だけに報いる奨学金が、成績と学習動機を有意に下げました [7]
  10. そして——シカゴの研究では、落第を望まないのに努力が増えなかった生徒が約3分の1いました [8]

1. 最もきれいな証拠——「何も変えずに、帰結だけ変えた」実験

誘因の効果を測るのは、本来とても難しい問題です。

利害が高い環境にいる生徒は、もともと意欲が高いかもしれません。だから「高利害の学校は成績が良い」を見ても、何も言えません。

そこでデンマークの研究者たちは、制度改革を使いました [1]

高校の評定平均の計算方法が変更され、一部の生徒の評定が機械的に下方修正されました。
——この変更は、生徒の実力について何の情報も伝えていません。計算式が変わっただけです。
変わったのは「大学に入るために、これから必要な成績」だけです。

結果です。

  1. 下方修正された生徒は、その後の評価で成績を上げた
  2. 高校での成績向上は、大学進学確率の上昇につながった
  3. 著者らの結論——教育投資を理解するうえで、誘因は重要である [1]

一言でいうと(ここが決定的)
同じ生徒が、同じ学校で、同じ授業を受けていて、「必要な点数が上がった」というだけで、実際に成績が上がりました。
——受験という締切は、能力を変えなくても、行動を変えます。
これが、受験の「準備期間の効果」の中核にある機序です。

ノルウェーの自然実験も、同じ方向の結果を出しています。同じ卒業試験が、一部の生徒にだけ高利害になる状況を利用した研究で、高利害の状況では試験の成績が上がりました。そして低利害の能力評価の結果から、上昇は受験テクニックではなく実際の学習で説明できると示唆されました [6]

ただし、重要な条件がついています。

成績が上がったのは、「通学可能な範囲に、進学先の高校が十分な数だけある」生徒でした [6]
——選択肢がなければ、努力しても報われません。だから努力しません。
誘因は、選べる先があるときにだけ働きます。

2. 決定的な設計問題——「結果」と「行動」、どちらに報いるか

ここが、この記事で最も実務に効く部分です。

インドで行われた学級単位の無作為化実験が、この問いを直接検証しました [3]。数学ソフトを使う授業を全学級に導入したうえで、報いる対象だけを変えます。

条件 報いる対象 誘因のない対照群との差
入力誘因 単元の途中で完了する学習モジュール(=行動) .57 SD(有意)
出力誘因 単元末のテストの点(=結果) .24 SD(対照群に対して有意でない)

そして測定されたのは、誘因の対象になっていない別のテストの成績でした。

一言でいうと(家庭で今日から使える結論)
「テストで何点取ったら◯◯」より、「毎日この分量をやったら◯◯」のほうが、効果は2倍以上でした [3]
——理由も推定されています。入力誘因は、支払いの頻度が高いため、現在バイアス(目先を優先する傾向)の強い生徒に、より効きました [3]
費用対効果も、入力誘因のほうが約2倍でした。

英国の63校・1万人超を対象とした実験も、出力ではなく入力に報いる設計を採りました。結果は誘因の効きやすさの分布の上半分にいる生徒で、試験成績が10〜20% SD 改善——これは貧困層と非貧困層の学力差の約半分にあたる大きさです [4]

目標設定についても同じ構造が出ています。4,000人の大学生を対象とした2つの実地実験では——

  • 課題ベースの目標(オンライン模擬試験を何回解くか)——課題完了率に頑健な正の効果。成績にも限界的に有意な正の効果
  • 成績ベースの目標(この科目で何点取るか)——正の方向だが、小さく、統計的に有意でない [5]

3. 代償——利害を上げると、不安も上がる

都合の良い側だけを書くわけにはいきません。

ニュージーランドの高校生479人を対象にした被験者間実験は、試験の帰結の重さを3条件(なし/国の順位のため/自分のため)に無作為に割り付けました [2]

  1. 帰結が重くなるにつれ、努力も不安も有意に増加した(効果量 0.42〜1.30)
  2. 「国のため」条件は「自分のため」条件より、努力も動機も明らかに低かった
  3. 著者らは、国際学力調査における国別順位の妥当性に疑問を呈しています [2]

一言でいうと(トレードオフは実在する)
努力と不安は、同じレバーで動きます。
——「頑張らせたい。でも不安にはさせたくない」は、利害を上げる方法では両立しません。
両立させたいなら、利害ではなく別のレバーを使う必要があります。2節の「入力誘因」が、その候補です。

第3回で見た8週追跡も、同じ方向を示しています。試験が近づくと学習量は増え、同時に「失敗を恐れる動機」が上がり続けました [9]

台湾では、制度改革の前後で9年生4万6,361人を9年間追跡した研究があります。試験不安は改革の第1期に上昇し、第2期に低下しました。そして上位中位層の生徒の不安が上がりました [10]制度をどう変えるかで、不安の分布は動きます。

4. 反証——誘因が逆効果になるとき

誘因は、いつでも効くわけではありません。

マラウイの5〜8年生を対象にした実地実験は、2種類の奨学金を比較しました [7]

方式 報いる対象 結果
標準型 全体の上位者のみ テスト成績と学習動機を有意に低下させた。特に受賞可能性が低い生徒で顕著
相対型 同程度の基礎学力の小集団ごとの上位者 成績への負の影響は見られなかった

一言でいうと(トーナメント型の危険)
「上位◯人だけが報われる」設計は、届かないと分かっている生徒の意欲を削ります。
——受験は、構造上このトーナメント型です。だから「どうせ無理」と判断した瞬間に、誘因は負に転じます。
対策は、相対型の設計——本人の以前の状態を比較対象にすることです。

シカゴの「自動進級の廃止」政策を調べた研究(221引用)も、同じ論点に触れています [8]

  • 多数の生徒が、政策のもとで努力の増加を報告した(授業への注意、教師からの要求と支援、校外の学習時間)——教師の報告とも一致
  • 努力水準の高い生徒は、平均を上回る学力の伸びと、良好な進級結果を得た
  • しかし約3分の1は、落第を望まないにもかかわらず、ほとんど努力を増やさなかった
  • その生徒たちは、学校内外で、より大きな学力の隔たりと学習の障壁に直面していた [8]

著者らの結論は、教師の役割に向いています——「教師が、低学力の生徒に支援されていると感じさせ、新しい要求に応えられると感じさせる環境を作るかどうかが、動機づけと合格率に重要な影響を与える」 [8]

外発的報酬が内発的動機を壊す(クラウディング・アウト)という懸念については、混合した証拠があります。米国の実地実験は、誘因のあるテストには大きな効果、誘因のないテストには効果なし。内発的動機の押し出しを示唆する証拠はあったが、一時的だったと報告しました。1年後には、処置群のほうが同じ非誘因テストで良い成績でした [11]

5. 副産物——「学力の国際比較」が揺らぐ

この分野には、意外な副産物があります。

Gneezy らは、米国の高校2校と上海の高校4校で、テストに努力することへの誘因を実験的に与えました [12]

  • 米国の生徒——誘因に反応して、成績が実質的に改善した
  • 上海の生徒(もともと国際評価で最上位)——変わらなかった
  • 著者らの結論——低利害の評価で国を順位づけることは、能力の差だけでなく、テストに真剣に取り組む動機の差も反映している可能性がある [12]

53研究・5万9,096人のメタ分析も、低利害テストでの努力を高める介入は、努力と成績をそれぞれ 0.13 SD 改善したと報告しています。最も効果が大きかったのは外的誘因の提供で、次がテストの関連性を高めることでした [13]

一言でいうと(受験制度への含意)
「PISAで日本は◯位」という数字には、能力だけでなく「本気で解いたか」が混ざっています。
——そして受験は、本気で解かせる装置としては、非常によく機能しています。
これは受験の副次的な意義です。測定の精度が上がるからです。

6. 実務——締切の設計を、家庭と塾がどう握るか

ここまでの証拠を、手順に変換します。

  1. 「点数」ではなく「行動」に報いる。入力誘因 .57 SD 対 出力誘因 .24 SD [3]「模試でA判定なら」ではなく「今週の演習を全部出したら」。
  2. 頻度を上げる。入力誘因が効いた理由の一つは、支払いの頻度でした [3]月1回より週1回。
  3. 比較対象を、他人ではなく本人の前回にする。トーナメント型は、届かない生徒の意欲を削ります [7]
  4. 選択肢を可視化する。ノルウェーの結果——選べる先がある生徒だけが努力を増やしました [6]「行ける大学が3つ以上見えている」状態を保つ。
  5. 不安が上がることを前提に、別途手当てする。努力と不安は同じレバーで動きます [2]第6回で扱います。
  6. 努力が増えない生徒を「意欲がない」と解釈しない。シカゴの3分の1は、望んでいたが障壁が大きすぎたのです [8]

なお、締切そのものについては注意が必要です。58人を30日間追跡した探索的研究では、少額の頻回誘因は日々の練習に正の効果、締切(コミットメント装置)は負の効果という結果が出ています [14]締切は、それ自体が努力を生むのではなく、報いる仕組みと組み合わさって働くようです。

それでも塾に通いたい方へ

塾に通いたい、通わせたいという方には、武蔵野個別指導塾を勧めます。この回に関して、理由を3つ書きます。

  1. 評価の対象を、結果ではなく行動に置くこと。2節の実験が示すとおりです [3]。当塾は、「何点だったか」より「決めた分量をやったか」を、毎回の面談の第一項目にします。
  2. 成績が伸びない生徒を、意欲の問題にしないこと。4節のとおり、努力が増えない生徒の多くは、望んでいないのではなく、障壁が大きすぎます [8]。当塾は、まず「どこまで戻るか」を測ります数学はどこまで戻るべきか)。
  3. 選択肢を3つ以上、常に見える状態にしておくこと。5節のとおり、選べる先がないと誘因は働きません [6]。当塾は、志望校を1つに絞らせません。

塾を検討する際は、次のように聞いてみてください。

  • 生徒を褒めるとき、何を褒めますか
  • 成績が伸びない生徒には、まず何を疑いますか
  • 志望校が届かないと分かったとき、何をしますか

1つ目に「結果を褒めます」と答える塾は、効果の小さいほうを選んでいます。当塾がお答えできるようにしておくのが、こちらの仕事だと考えています。

まとめ

  1. 評定の計算方式変更で下方修正された生徒は、その後の成績を上げ、大学進学確率も上がりました [1]
  2. この変更は実力の情報を伝えていません。動いたのは誘因だけです [1]
  3. ノルウェーでも高利害化で成績が上がり、受験テクニックでなく実際の学習で説明されました [6]
  4. ただし上がったのは、通学圏に進学先の選択肢が十分ある生徒だけでした [6]
  5. 入力(行動)誘因 .57 SD、出力(結果)誘因 .24 SD。費用対効果も約2倍 [3]
  6. 63校1万人超の実験でも、効きやすい層で10〜20% SD の改善——貧困格差の約半分 [4]
  7. 課題ベースの目標には頑健な効果、成績ベースの目標には有意な効果なし [5]
  8. 帰結を重くすると、努力も不安も 0.42〜1.30 の効果量で増えました [2]
  9. 反証。上位者のみに報いる奨学金は、成績と学習動機を有意に下げました [7]
  10. 小集団ごとの相対型では、負の影響は見られませんでした [7]
  11. シカゴでは、落第を望まないのに努力が増えない生徒が約3分の1いました [8]
  12. その生徒たちは、より大きな学力の隔たりと障壁に直面していました [8]
  13. 米国の生徒は誘因で成績が改善し、上海の生徒は変わりませんでした [12]
  14. 低利害テストの努力を高める介入は、努力と成績をそれぞれ 0.13 SD 改善しました [13]
  15. そして——受験という締切は、能力を変えなくても行動を変えます。何に報いるかは、家庭が選べます。

出典

本文中の番号に対応します。抄録に直接あたって確認したものだけを挙げています。結論に反する研究も、同じ基準で載せています。

  1. 【評定の再計算という自然実験】Hvidman, U. & Sievertsen, H. H. (2019). High-Stakes Grades and Student Behavior. Journal of Human Resources. DOI: 10.3368/jhr.56.3.0718-9620r2
  2. 【帰結の重さと努力・不安・479人】Zhao, A. et al. (2022). New Zealand students’ test-taking motivation: an experimental study examining the effects of stakes. Assessment in Education. DOI: 10.1080/0969594x.2022.2101043
  3. 【入力誘因 vs 出力誘因・インド】Hirshleifer, S. (2021). Incentives for Effort or Outputs? A Field Experiment to Improve Student Performance
  4. 【63校1万人超】Burgess, S. et al. (2016). Understanding the response to financial and non-financial incentives in education. Economics of Education Review. DOI: 10.1016/j.econedurev.2021.102195
  5. 【目標設定・4,000人】Clark, D. et al. (2020). Using Goals to Motivate College Students: Theory and Evidence From Field Experiments. Review of Economics and Statistics. DOI: 10.1162/rest_a_00864
  6. 【ノルウェー・高利害成績】Fidjeland, A. (2023). Using high-stakes grades to incentivize learning. Economics of Education Review. DOI: 10.1016/j.econedurev.2023.102377
  7. 【反証・マラウイのトーナメント型誘因】Berry, J. et al. (2022). When student incentives don’t work: Evidence from a field experiment in Malawi. Journal of Development Economics. DOI: 10.1016/j.jdeveco.2022.102893
  8. 【シカゴ・自動進級廃止】Roderick, M. & Engel, M. (2001). The Grasshopper and the Ant: Motivational Responses of Low-Achieving Students to High-Stakes Testing. Educational Evaluation and Policy Analysis. DOI: 10.3102/01623737023003197
  9. 【試験接近と動機の質・8週追跡】Capelle, J. D. et al. (2023). Deadlines make you productive, but what do they do to your motivation? Frontiers in Psychology. DOI: 10.3389/fpsyg.2023.1224533
  10. 【台湾・9年間4万6,361人】Chao, T. et al. (2024). High-stakes test anxiety among Taiwanese adolescents: a longitudinal study. Cogent Education. DOI: 10.1080/2331186x.2024.2321019
  11. 【クラウディング・アウトは一時的】List, J. A. et al. (2018). Do financial incentives crowd out intrinsic motivation to perform on standardized tests? Economics of Education Review. DOI: 10.1016/j.econedurev.2018.08.002
  12. 【米国 vs 上海・テストへの努力】Gneezy, U. et al. (2017). Measuring Success in Education: The Role of Effort on the Test Itself. American Economic Review: Insights. DOI: 10.3386/w24004
  13. 【低利害テストの努力・53研究】Rios, J. A. (2021). Improving Test-Taking Effort in Low-Stakes Group-Based Educational Testing: A Meta-Analysis of Interventions. Applied Measurement in Education. DOI: 10.1080/08957347.2021.1890741
  14. 【締切そのものは負の効果】Sobolev, M. et al. (2023). mRAPID Study: Effect of Micro-incentives and Daily Deadlines on Practice Behavior. DOI: 10.1007/978-3-031-30933-5_5

連載「受験という制度は、人に何をするのか」(全10回)

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ryomiyagawa Founder
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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