落ちるという経験——再受験・浪人・「第二の機会」の実証
連載第8回です。第6回で見たとおり、受験の代償の中心は「落ちること」にあります。
そして受験する人の多くは、どこかで落ちます。第1志望に全員が受かる制度は、定義上ありえません。
だからこの回は、連載の中で最も実務的です。問いは3つ——落ちると何が起きるのか。もう一度受けると、本当に伸びるのか。そして、浪人という選択は誰にとって良い判断なのか。
一言でいうと(この記事の結論)
もう一度受けると、実際に伸びます。ギリシャの自然実験では約0.6標準偏差 [1]、トルコでは大きな学習の蓄積が確認され、それは恵まれない層でより大きいと報告されました [2]。
ただし——全員が伸びるわけでも、伸びた分が報われるわけでもありません。同じギリシャの研究の初期版は「成績は上がったが、より良い進学先の内定は得られなかった」と報告していました [3]。理由は競争の激化です。
そして構造モデルによる推定では、再受験を制限したほうが、事前的には全員が得をします [4]。
——「浪人すれば伸びる」は個人には真、社会全体には偽、という珍しい構造をしています。
結論を先に10点書きます。
- ギリシャの不連続設計で、低学力層の再受験者は成績を約0.6標準偏差改善しました [1]。
- 公表版は「より質の高い進学先の内定を得た」と報告しています [1]。
- ただし同じ研究の初期版は「より良い内定は得られなかった」と報告していました [3]。
- トルコの分析では、大きな学習の蓄積が確認され、恵まれない層でより大きくなりました [2]。
- 中国・寧夏の不連続設計で、わずかに届かなかった受験生の再受験率は8%ポイント上昇しました [5]。
- その反応は、女性より男性で明らかに大きいものでした [5]。
- 米国のSAT再受験研究では、再受験が得点と4年制大学進学率を実質的に高めました [6]。
- 効果は低所得層と少数派で特に大きく、所得格差の最大10%を埋めうると推定されました [6]。
- 反証。構造モデルでは、再受験を制限したほうが事前的には全員が得をします [4]。
- そして——再受験者の1年で伸びたのは主に人格尺度であり、認知能力の伸びは小さいものでした [7]。
1. まず、落ちた直後に何が起きるか
第6回で紹介した数字を、ここで正面から扱います [8]。
ノルウェーの全国登録データで、高利害の卒業試験に不合格だった生徒とかろうじて合格した生徒を傾向スコアで突き合わせた結果です(N = 18,052)。
| 結果変数 | 不合格だった生徒 |
|---|---|
| 精神科診断を受けるオッズ | 21%上昇 |
| 卒業するオッズ | 57%低下 |
| 5年後に高等教育に在籍しているオッズ | 44%低下 |
一言でいうと(この数字の読み方)
比較相手は「かろうじて合格した生徒」です。実力はほぼ同じ。
——つまり、この差の大半は「落ちた」という出来事そのものが作っています。
そして注目すべきは、教育上の帰結(卒業・進学)のほうが、精神健康より大きく動いていることです。
落ちることの最大の害は、気持ちの問題ではなく、経路から外れることです。
だからこそ、「もう一度受ける」という選択肢が、どれだけ経路を回復するのかが問題になります。
2. もう一度受けると、伸びるのか——ギリシャの自然実験
最も設計が強いのは、ギリシャの研究です [1]。
2006年、ギリシャは高等教育への進学に成績の下限を設ける政策を導入しました。この下限のすぐ上と、すぐ下の受験生を比較すれば、「再受験するかどうか」を外生的に変えた状況が作れます(ファジー回帰不連続デザイン)。
公表版(2024年・Journal of Public Economics)の結果 [1]
低学力の再受験者は、成績を約0.6標準偏差改善した
さらに、より質の高い進学先の内定を得た——理由は成績の向上と、より意欲的な再出願選択の両方
ただし、ここで研究の読み方に関する重要な注意があります。
同じ著者らによる2022年のディスカッションペーパー版では、結論の後半が逆でした [3]。
「成績は約0.5標準偏差改善したが、より質の高い進学先の内定は得られなかった。この結果を駆動している機序は、競争の激化である」
——査読を経る過程で、推定値も結論も変わっています。
本連載は、公表版を主、初期版を反証として併記します。どちらかを隠すことはしません。
トルコの大学入試を分析した研究は、初回と n 回目のあいだの学習の蓄積を、観測・未観測の特性による再受験への選択を統制したうえで推定しました。結果は大きな学習の伸び、そしてそれは恵まれない層でより大きいというものでした [2]。
著者らは、「競争試験の繰り返し受験は、背景の不利が教育結果に及ぼす影響を減じうる」と結論しています [2]。
3. 誰が、もう一度受けるのか
「伸びるかどうか」の前に、「誰が挑むか」に大きな偏りがあります。
中国・寧夏回族自治区の行政データを使った研究(Journal of Political Economy Microeconomics)は、2本目の大学ラインにわずかに届かなかった受験生を不連続設計で分析しました [5]。
- わずかに届かなかった受験生の再受験確率は、8%ポイント上昇した
- 再受験は、試験成績を実質的に改善した
- この失敗への反応は、女性より男性で明らかに大きかった
- 調査データの示唆——再受験の心理的費用、親の教育期待、一部の非認知特性の性差が、その差の相当部分を説明する [5]
米国のSAT再受験についても、同じ構造が報告されています。Goodman らは、100点の倍数の前後で再受験確率が不連続に変わること(左端数字バイアス)を利用しました [6]。
| 観察 | 内容 |
|---|---|
| 再受験する割合 | SAT受験者の約半分のみ |
| 低所得層・少数派の再受験率 | さらに低い |
| 再受験の因果効果 | 得点と4年制大学進学率を実質的に改善 |
| 効果が大きい層 | 低所得層・少数派 |
| 再受験率の格差を無くした場合の推定 | 所得による進学格差の最大10%、人種による格差の最大7%を縮小 |
一言でいうと(最も実務的な発見)
再受験は効く。しかし、効く層ほど再受験していません。
——だから「もう一度受ける」という選択肢の存在を伝えることに、大きな価値があります。
これは塾や学校ができる、費用のかからない介入です。
4. 反証——社会全体では、逆になる
ここが、この回で最も重要な論点です。
Krishna らは、トルコの大学配置試験のデータから再受験の構造モデルを推定しました [4]。
結果——再受験を制限すると、事前的には全員が得をし、事後的にも大半が得をする。
機序は一般均衡効果である。再受験者が市場を混雑させ、合格ラインを押し上げることで、他者に負の外部性を課している [4]。
一言でいうと(個人と社会で答えが逆になる)
あなたの子が浪人すれば、あなたの子の成績は上がります [1] [2]。
しかし全員が浪人すれば、合格ラインが上がるだけで、誰も得をしません [4]。
——これは「軍拡競争」の構造です。
家庭の判断としては浪人が合理的でありうる。同時に、制度としては再受験を抑えたほうが良いかもしれない。この2つは矛盾しません。
関連する発見として、中国の省別パネルを分析した研究は、高等教育の拡大が、再受験率を「下げる」のではなく「上げた」と報告しています。拡大強度が1単位上がると再受験率が0.014%ポイント上昇し、有力大学が多い省でより顕著でした。著者は一般大学の学位の価値低下を理由の一つに挙げています [9]。
5. 浪人という立場が、本人に何をするか
数字の外側にあるものを扱います。
中国の高考の再受験政策を質的に調べた研究は、現役生と再受験生のあいだに「自己」と「他者化」の言説過程が生じていると報告しました。自己を他者より上位に置く語りが、両者の社会的分断を永続させる——そしてこの分断には、社会経済的な不平等の問題が重なっていると指摘しています [10]。
別の現地調査は、再受験生の自己認識を次のように描いています。
「彼らは高い学歴の価値を認識しているが、限られた教育資源・家庭・社会の制約から、学習上の困難にしばしば直面する。
その自己認識を形づくる複数の要因が『不公平』『劣等感』『誇り』の循環を生み、それが彼らの動機であると同時に枷でもある」 [11]
そして、浪人経験者の入学後を追った分析があります。韓国のある医学部で2015〜2018年に入学した314人を潜在クラス分析した研究は、3つの型を識別しました [12]。
| クラス | 割合 | 特徴 |
|---|---|---|
| 一般入試・男性・浪人経験群 | 57.3% | インターネット過依存が有意に高く、学業成績が有意に低く、留年率も高い |
| 随時募集・地域人材群 | 25.0% | 母校附属病院での勤務割合が最も高い |
| 非地元・女性群 | 17.7% | —— |
一言でいうと(この結果の限界)
1つの医学部・314人の分析です。一般化はできません。
そして浪人が原因なのか、浪人する人の特性が原因なのかを、この設計は分けられません。
——それでも「浪人して入った後が順風とは限らない」という警告としては、読む価値があります。
6. 「1年空ける」という別の形——ギャップイヤー
浪人と似て非なる選択として、ギャップイヤーの研究があります。
フィンランドとオーストラリアの2つの縦断研究を、傾向スコアマッチングで分析した研究の結果です [13]。
- フィンランド(384人・3波)——目標への関与、努力、達成の見通し、緊張、実際の大学入学に差はなかった
- オーストラリア(2,259人・5波)——将来と職業の見通し、生活満足度に差はなかった
- ただし——ギャップイヤーを取った学生は、大学を中退する確率が高かった [13]
逆向きの証拠もあります。オーストラリアの別の研究は、進学を延期した学生のほうが大学での成績が高く、その優位は成績下位層、特に男子で顕著だったと報告しています [14]。
一言でいうと(浪人との違い)
ギャップイヤーは「休む1年」、浪人は「戦う1年」です。
——研究の結論も分かれています。そして日本の浪人に最も近いのは、ギャップイヤーではなく2節の再受験研究です。
「1年空けたほうが伸びる」という海外研究を、浪人の根拠に使うのは誤りです。
7. 実務——不合格の前に、決めておくこと
第6回の結論を、ここで手順に変えます。
- 出願前に、不合格だった場合の選択肢を3つ以上、文字にしておく。落ちたことの最大の害は、経路から外れることでした [8]。経路が先に書いてあれば、外れません。
- 「もう一度受けられる」ことを、早い段階で伝えておく。効く層ほど再受験していないという構造があります [6]。
- 浪人を決めるのは、結果が出てから3日以上あけてから。直後は、第6回で見た状態にあります。
- 浪人の1年で伸びるのは、主に何かを確認する。再受験者の実測では、認知能力の伸びは小(d = 0.33〜0.46)、人格尺度の変化は大(d = 0.67〜0.92)でした [7]。「もう1年やれば学力が飛躍する」という前提は、慎重に扱う必要があります。
- 男子の場合、周囲の期待が判断を歪めていないかを確認する。失敗への反応の性差は、心理的費用と親の期待で相当部分が説明されました [5]。「男だから浪人してでも」という判断は、本人の意思ではないかもしれません。
- 入学後に何が起きるかまで見る。5節の結果は、入学が終着点ではないことを示しています [12]。
当サイトの第一志望に落ちたとき——進学・浪人・仮面浪人の判断に、日本の制度に即した実務をまとめてあります。
それでも塾に通いたい方へ
塾に通いたい、通わせたいという方には、武蔵野個別指導塾を勧めます。この回に関して、理由を3つ書きます。
塾を検討する際は、次のように聞いてみてください。
- 不合格だった場合、何から話しますか
- 浪人を勧めないのは、どういう生徒ですか
- この1年で、学力以外に何が変わると考えますか
2つ目に「誰にでも勧めます」と答える塾は、自分の経営を優先しています。当塾がお答えできるようにしておくのが、こちらの仕事だと考えています。
まとめ
- 不合格は、精神科診断のオッズを21%上げ、卒業オッズを57%、高等教育在籍オッズを44%下げました [8]。
- 最大の害は気持ちではなく、経路から外れることです [8]。
- ギリシャの不連続設計で、再受験者は成績を約0.6標準偏差改善しました [1]。
- 公表版はより質の高い内定も得たとし、初期版は得られなかったとしています [1] [3]。
- トルコでは大きな学習の蓄積が確認され、恵まれない層でより大きいものでした [2]。
- 中国では、わずかに届かなかった受験生の再受験率が8%ポイント上昇しました [5]。
- その反応は男性で明らかに大きく、心理的費用と親の期待が相当部分を説明しました [5]。
- SAT再受験者は受験者の約半分のみ。低所得層・少数派はさらに低い割合でした [6]。
- 再受験率の格差を無くせば、所得格差の最大10%を縮められると推定されました [6]。
- 反証。構造モデルでは、再受験を制限したほうが事前的には全員が得をします [4]。
- 機序は一般均衡効果——再受験者が市場を混雑させ、合格ラインを押し上げます [4]。
- 高等教育の拡大は、再受験率を下げるのではなく上げました [9]。
- 再受験生には「不公平・劣等感・誇り」の循環と、現役生との他者化が報告されています [10] [11]。
- 再受験者の1年で伸びたのは主に人格尺度で、認知能力の伸びは小さいものでした [7]。
- そして——「浪人すれば伸びる」は個人には真、社会全体には偽です。この2つは矛盾しません。
出典
本文中の番号に対応します。抄録に直接あたって確認したものだけを挙げています。結論に反する研究も、同じ基準で載せています。
- 【ギリシャ・公表版】Bizopoulou, A. et al. (2024). Do second chances pay off? Evidence from a natural experiment with low-achieving students. Journal of Public Economics. DOI: 10.1016/j.jpubeco.2024.105214
- 【トルコ・再受験による学習の蓄積】Krishna, K. & Lychagin, S. (2014). Better Luck Next Time: Learning through Retaking. DOI: 10.2139/ssrn.2391680
- 【反証・ギリシャ初期版】Simion, Ş. et al. (2022). Do Second Chances Pay Off? Evidence from a Natural Experiment with Low-Achieving Students. IZA DP No. 15139. DOI: 10.2139/ssrn.4054125
- 【反証・一般均衡効果】Krishna, K. et al. (2016). Retaking in High Stakes Exams: Is Less More? International Economic Review. DOI: 10.1111/iere.12276
- 【中国・失敗への反応の性差】Kang, L. et al. (2024). Gender Differences in Reactions to Failure in High-Stakes Competition: Evidence from the National College Entrance Exam Retakes. Journal of Political Economy Microeconomics. DOI: 10.1086/729535
- 【SAT再受験と進学格差】Goodman, J. et al. (2018). Take Two! SAT Retaking and College Enrollment Gaps. NBER Working Paper Series
- 【再受験者の1年・261人】Weissenbacher, B. (2026). The impact of retaking university entrance exams. Personality and Individual Differences. DOI: 10.1016/j.paid.2026.113918
- 【ノルウェー全国登録・N=18,052】Beck, K. et al. (2023). Distressing testing: A propensity score analysis of high-stakes exam failure and mental health. Child Development. DOI: 10.1111/cdev.13985
- 【高等教育拡大と再受験率】Guo, Y. (2025). An Unintended Consequence? The Impact of Higher Education Expansion on the Retake Rate of the College Entrance Examination. European Journal of Education. DOI: 10.1111/ejed.70024
- 【再受験生と「他者化」】Cheng, Y. et al. (2026). ‘Self’ and ‘othering’ as a byproduct of large-scale assessment: An investigation into the Gaokao retake policy. British Educational Research Journal. DOI: 10.1002/berj.70212
- 【再受験生の自己認識】Xiao, J. (2021). Individual’s Breakthrough Against Habitual Destiny: The Drive and Identity of Students Resuming the College Entrance Examination. DOI: 10.2991/assehr.k.210519.140
- 【入学後の追跡・韓国医学部314人】Kim, S. et al. (2026). Latent class analysis of medical students by admission type in Korea. Korean Journal of Medical Education. DOI: 10.3946/kjme.2025.093
- 【ギャップイヤー・2か国縦断】Parker, P. D. et al. (2015). I wish I had (not) taken a gap-year? The psychological and attainment outcomes of different post-school pathways. Developmental Psychology. DOI: 10.1037/a0038667
- 【反証・進学延期者の成績】Birch, E. R. & Miller, P. W. (2007). The Characteristics of ‘Gap-Year’ Students and Their Tertiary Academic Outcomes. Economic Record. DOI: 10.1111/j.1475-4932.2007.00418.x
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