中学数学の関数——表・式・グラフを行き来する力
中学数学の関数は、比例・反比例から一次関数、そして y = ax² へと3年間かけて積み上がります。高校入試でも、関数は図形と組み合わされて大問になりやすい単元です。
関数でつまずく生徒を見ていると、共通した姿があります。式を与えられればグラフは描ける。けれど、グラフから式を作れと言われると止まる。あるいは、表を見て変化の割合は計算できるのに、「グラフのどこで一番速く増えているか」と聞かれると、一番高い点を指さしてしまう。
数学教育の研究では、同じ関係を表・式・グラフ・言葉で表したものを「複数表現(multiple representations)」、それらを自在に行き来する力を「表現の流暢さ(representational fluency)」と呼び、長く調べてきました。この記事は、その研究から「どの行き来が難しいのか」「複数の表現を並べれば分かりやすくなるのか」を検討します。
一言でいうと(この記事の結論)
複数の表現を使った指導は、単一表現より数学の成績を上げます。ただし効果は小〜中程度(g = 0.286)で、研究間のばらつきが大きいものです [1]。
難しいのは「式が絡む変換」と「負の数」で [6]、傾きを高さと取り違える誤りは中学生から大学生まで残ります [3] [5]。
——表現を並べるだけでは足りず、表現どうしを自分でつなぐ作業をさせたときに効果が出ます [11]。
- 15研究・106効果量の3レベルメタ分析で、複数表現は単一表現より数学の成績を上げた(g = 0.286)。ただし領域によって効果の大きさが異なった [1]。
- 2つより多い表現を使うと、成績への上積みは g = 0.118 と小さく、効果は適切な支援の有無に左右された [2]。
- ベルギーの中学3年相当385人では、式を含む変換が有意に難しく、負の切片や負の傾きで正答率が下がった [6]。
- 中学1〜2年生の面接で「グラフを絵として読む」「傾きと高さの混同」が確認された [3]。この混同は大学1年生385人にも残っていました [5]。
- 表現を柔軟に選べる生徒ほど、正答率が高かった [8]。
- 反証として、複数表現を重視した20日間の単元では、方程式を解くなど記号操作の伸びは従来型より小さかった [10]。
- 複数の表現は、学習者が関連づけられなければ学習を妨げうる。表現を能動的に統合させる支援で学習が有意に改善した [11]。

1. 「関数が分かる」とは、どの行き来ができることか
一次関数を例にすると、生徒が扱う表現は少なくとも4つあります。言葉(文章題の状況)、表、式、グラフです。表・式・グラフの3つに限っても、変換の向きは6通りあります [6]。
研究では、表現の流暢さを「数学的な考えの外的表現を作り、その中で動き、表現間を翻訳し、そこから意味を引き出す力」と定義しています [13]。つまり、グラフが描けることと、グラフから意味が読めることは、別の技能として扱われます。
変換の誤りを分析した研究は、翻訳の誤りは翻訳過程の異なる段階で起き、表現が内に持つ情報量(attribute density)と関係していると報告しました [7]。高校生・教師の先行研究と教員志望の大学生80人の結果を比べた研究でも、数学的な表現の翻訳には、他より明らかに難しいものがあることが示されています [14]。
一言でいうと
「関数ができる/できない」ではなく、「どの向きの変換ができないか」で見る必要があります。
——式→グラフはできても、グラフ→式ができない生徒は珍しくありません。
2. どの変換が難しいのか
最も体系的に難しさを測ったのが、ベルギーのフランドル地方で行われた研究です。13校の14〜15歳385人に、グラフ・表・式の6通りの変換 × 4種類の一次関数を組み合わせた48問の多肢選択テストを実施しました [6]。
| 分かったこと | 中学生への読み替え |
|---|---|
| 式を含む変換が有意に難しい。特に比例の関数で「式へ」の変換が際立って難しい | 表やグラフから y = ax や y = ax + b を作る問題を重点にする |
| 切片か傾きが負の関数で正答率が有意に低い | 右下がりのグラフ、切片が負の式を意図的に混ぜる |
| 主な誤りは「概念の取り違え」「符号の取り違え」「比例と切片のある関数の取り違え」 | 傾きと切片、+ と −、原点を通るか否かを毎回言葉で確認する |
| 物理の文脈では数学の文脈より正答率が低い | 理科の速さ・ばねのグラフは、数学とは別に練習が要る |
この結果は、指導の重点を具体的に示しています。式を「作る」方向の変換と、負の数を含む関数です [6]。
3. グラフを「絵」として読む誤り
グラフの読みに特有の誤りもあります。1985年の研究は、中学1〜2年生25人への臨床面接から、次の誤概念を分類しました [3]。
- グラフを絵として読む——自転車の坂道の問題で、グラフを描けと言われて絵を描き、グラフを見せると絵として読む
- 傾きと高さの混同——気温と時刻のグラフで、最も速く上がった時間ではなく、最も高い時間を答える
- 一つの変数だけに注目する、目盛りの線形性の誤解、軸のゼロ点から始める、グラフを静的に見る
この誤りは中学生だけのものではありません。クロアチアの高校2年生114人では、傾きと高さの混同が数学でも物理でも見られ、物理の文脈でのほうがはるかに頻繁でした。興味深いことに、物理教師90人の多くは数学の問題のほうが難しいと予想していましたが、実際には生徒は数学の問題のほうがよくできていました [4]。
大学1年生385人を対象にした研究でも、傾きと高さの混同、区間と点の混同は、数学・物理・その他の文脈のすべてで見られました。そしてグラフの読み方の方略は文脈に大きく依存し、3つの領域すべてで同じ方略を使った学生はごく一部でした [5]。
4. 複数表現で教えると、成績は上がるのか
ここからは介入の証拠です。
2026年に公刊された3レベルメタ分析は、17研究の系統的レビューと15研究106効果量の統合から、複数表現は単一表現と比べて数学の成績に有意な正の効果を持つ(Hedges’ g = 0.286、95%信頼区間 0.069〜0.502)と報告しました [1]。効果量 g は、平均の差を標準偏差で割った値で、0.2で小、0.5で中程度が目安とされます。
ただし著者らは、研究間の異質性がかなり大きく、複数表現の設計と効果の大きさは数学の領域によって異なったと強調しています。また、実験群に追加した表現の種類が効果を有意に調整していました [1]。
中学生のデータでは、表現を柔軟に選べることと正答率の関係が示されています。中等学校の生徒86人に、表・式・両方のどれを使うかを選ばせて一次関数の問題を解かせた研究では、柔軟な選択と正答率に強い相関があり、個人ごとの得意不得意を考慮した柔軟性ではさらに強い相関が見られました [8]。
6〜8年生(小6〜中2相当)の横断・縦断データからは、言葉で示されたパターンのほうがグラフより成績が良い「言語の優位」、そして言葉とグラフを組み合わせると成績が高くなることが報告されています [9]。
数式処理ソフトと紙の両方を使う9年生の授業実験では、記号による式変形の前にグラフ・表・フィードバックを順に使うこと、表現をまたいで解と方程式をつなぐことが表現の流暢さを支える手立てとして抽出されました [13]。
5. 【反証】表現を増やせば分かりやすくなる、とは限らない
「グラフも表も式も見せれば理解が深まる」という直感には、はっきりした反証があります。
反証1:記号操作の伸びが小さくなった
中学の代数入門の生徒157人が、複数の形式で問題を表すことを重視した20日間の関数の単元で学んだ研究です。文章題を式・表・グラフに翻訳する課題では従来型の比較群より大きく伸びましたが、方程式を解くなどの記号操作の課題では、伸びが小さかった。文章題の正答そのものの伸びには差がありませんでした [10]。
時間は有限です。表現の翻訳に時間を割けば、計算の反復に使える時間は減ります。入試で計算の正確さも問われる以上、この交換関係は無視できません。
反証2:関連づけられなければ、学習を妨げる
Bodemer らは、複数・動的・対話的な表現は学習を改善しうる一方で、異なる表現を処理し関係づけるという特有の負荷を学習者にかけるため、学習者がその要求に応えられなければ、改善しないどころか学習を妨げうると指摘しました [11]。そのうえで、記号的表現と図的表現を学習者に能動的に統合させる支援を加えた2つの実験で、学習が有意に改善したと報告しています。
反証3:「多いほど良い」わけではない
46研究・132効果量のメタ分析は、2つより多い表現で学ぶと、2つの場合に比べて認知負荷の面で g = 0.324、成績の面で g = 0.118 の利点があったと報告しました [2]。成績への上積みは小さく、利点は主に適切な支援があるかどうかに依存していました。
連立方程式の問題を使った視線計測の追試では、複数表現は単一表現より成績が良かったものの、文章と式のような同種の組み合わせは認知負荷を高めました。著者らは、初学者には分かりやすいグラフを含む組み合わせで支え、熟達者にはより負荷の高い組み合わせで挑ませることを提案しています [12]。
一言でいうと(反証のまとめ)
複数表現の効果は、「並べて見せる」ことからではなく、「自分でつなぐ」作業から生まれます [11]。
——そして翻訳に時間を割くほど、計算練習の時間は減ります [10]。両方を意図して配分する必要があります。
6. 実務——家庭でできる「4方向の変換練習」
研究の知見を、1日10分の練習に落とします。
- 1日1つの関数を選ぶ(1分)。教科書や問題集の一次関数・y = ax² を1つ。週に2回以上は、傾きか切片が負のものを選びます [6]。
- 与えられた表現から、残りの表現をすべて作る(6分)。式が与えられたら表・グラフ・言葉(「1分ごとに3リットル減る」など)へ。ただし式を「作る」方向(表→式、グラフ→式)を週の半分以上にします。式を含む変換が最も難しいからです [6]。
- つながりを口で説明させる(2分)。「表のどこが、式の a になっているか」「グラフのどこが、b か」を指さして言わせます。表現を並べるだけでなく、統合させる作業が効果の源です [11]。
- 傾きと高さの確認問題を1問(1分)。「どこで一番速く増えているか」「どこが一番大きいか」を別々に聞きます [3]。
計算練習は別枠で残してください。表現の翻訳を重視した単元では記号操作の伸びが小さかったという結果があるためです [10]。目安として、関数の学習時間のうち変換練習と計算練習を半々にします。
理科の速さやばねのグラフが出てきたら、同じ4方向の練習を理科の文脈でも1回ずつ行います。数学で直った混同が、理科では再発しやすいからです [4] [5]。
この記事で言えないこと
- 日本の中学生を対象にした研究は、ここでは引用できていません。ベルギー・クロアチアなど海外の研究です。
- メタ分析の効果量 g = 0.286 [1] は、様々な数学領域の平均です。中学の関数単元に限った効果の大きさは分かりません。
- 「変換練習を1日10分」という分量そのものを検証した研究はありません。研究の知見から組み立てた目安です。
- 複数表現が高校入試の得点をどれだけ上げるかを直接測った研究は見つかっていません。
当塾の立場
塾に来なくても、家庭でできることがあります。
- 1日1つの関数を、式・表・グラフ・言葉の4つに書き換える
- 表→式、グラフ→式の「式を作る」方向を多めにする
- 負の傾き・負の切片の関数を意図的に混ぜる
- 「一番速い」と「一番高い」を分けて聞く
それでも個別指導を使う理由を、この記事の研究に即して3つ挙げます。
塾を選ぶときは、次のように聞いてみてください。
- 関数が苦手な原因を、どの表現間の変換で判断していますか
- グラフの読み取りと計算練習の時間を、どう配分していますか
- 理科のグラフ問題とのつながりを、指導でどう扱いますか
まとめ
出典
本文中の番号に対応します。抄録に直接あたって確認したものだけを挙げています。結論に反する研究も、同じ基準で載せています。
- 【複数表現と数学成績・3レベルメタ分析】Liu, Y., Ji, Z. & Guo, K. (2026). Are All Domains the Same? The Effectiveness of Multiple Representation Design in Mathematics Achievement. Educational Psychology Review. DOI: 10.1007/s10648-025-10109-0
- 【反証・3つ以上の表現・メタ分析】Rexigel, E., Kuhn, J., Becker, S. & Malone, S. (2024). The More the Better? A Systematic Review and Meta-Analysis of the Benefits of More than Two External Representations in STEM Education. Educational Psychology Review. DOI: 10.1007/s10648-024-09958-y
- 【グラフの誤概念・中学生面接】Clement, J. et al. (1985). Adolescents’ Graphing Skills: A Descriptive Analysis. ERIC: ED264127
- 【傾きの理解・数学と物理】Planinic, M., Milin-Sipus, Z., Katic, H. & Susac, A. (2012). Comparison of Student Understanding of Line Graph Slope in Physics and Mathematics. International Journal of Science and Mathematics Education. DOI: 10.1007/s10763-012-9344-1
- 【文脈依存のグラフ読解・385人】Ivanjek, L., Susac, A., Planinic, M. & Andrasevic, A. (2016). Student reasoning about graphs in different contexts. Physical Review Physics Education Research. DOI: 10.1103/physrevphyseducres.12.010106
- 【変換の難しさ・9年生385人】Ceuppens, S., Deprez, J., Dehaene, W. & De Cock, M. (2018). Design and validation of a test for representational fluency of 9th grade students in physics and mathematics: The case of linear functions. Physical Review Physics Education Research. DOI: 10.1103/physrevphyseducres.14.020105
- 【翻訳の誤りの型】Adu-Gyamfi, K., Stiff, L. V. & Bossé, M. J. (2012). Lost in Translation: Examining Translation Errors Associated With Mathematical Representations. School Science and Mathematics. DOI: 10.1111/j.1949-8594.2011.00129.x
- 【表現選択の柔軟性・86人】Acevedo Nistal, A., Van Dooren, W. & Verschaffel, L. (2012). What counts as a flexible representational choice? An evaluation of students’ representational choices to solve linear function problems. Instructional Science. DOI: 10.1007/s11251-011-9199-9
- 【中学3年間の表現の流暢さ】Nathan, M. J. & Kim, S. (2007). Pattern Generalization with Graphs and Words: A Cross-Sectional and Longitudinal Analysis of Middle School Students’ Representational Fluency. Mathematical Thinking and Learning. DOI: 10.1080/10986060701360886
- 【反証・記号操作の伸びが小さい・157人】Brenner, M. E. et al. (1995). The Role of Multiple Representations in Learning Algebra. ERIC: ED391659
- 【反証と条件・能動的統合】Bodemer, D., Ploetzner, R., Feuerlein, I. & Spada, H. (2004). The active integration of information during learning with dynamic and interactive visualisations. Learning and Instruction. DOI: 10.1016/j.learninstruc.2004.06.006
- 【同種・異種の表現と認知負荷】Malone, S., Altmeyer, K., Vogel, M. & Brünken, R. (2020). Homogeneous and heterogeneous multiple representations in equation-solving problems: An eye-tracking study. Journal of Computer Assisted Learning. DOI: 10.1111/jcal.12426
- 【表現の流暢さを支える手立て】Fonger, N. L., Davis, J. D. & Rohwer, M. L. (2018). Instructional Supports for Representational Fluency in Solving Linear Equations with Computer Algebra Systems and Paper-and-Pencil. School Science and Mathematics. DOI: 10.1111/ssm.12256
- 【翻訳の種類による難易差】Adu-Gyamfi, K., Bossé, M. J. & Lynch-Davis, K. (2019). Three types of mathematical representational translations: Comparing empirical and theoretical results. School Science and Mathematics. DOI: 10.1111/ssm.12360
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