連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第28回です。学習の仕方の目次を見る
「読解力をつけたい」という相談は、たいてい技術の話として持ち込まれます。速く読む、要点をつかむ、線を引く。ところが認知心理学が繰り返し示してきたのは、読めるかどうかを大きく左右しているのは技術よりその話題について何を知っているかだということです。
語はすべて分かるのに、内容が頭に入らない。この状態は、語彙の不足でも集中力の問題でもありません。話を載せる枠組み——スキーマ——が手元にないために、要素が結びつかないのです。
要点(結論から)
- 同じ文章でも、何についての話かを先に知らされているかどうかで、理解と記憶が大きく変わる。
- 話題についての知識が豊富であれば、読みの技能が高くない生徒でも、内容をよく記憶できる。
- つまり読解は、汎用の技能というより知識に依存する活動である。
結論——読めないのは、たいてい知識が足りないから
- 同じ文章でも、何についての話かを先に知らされているかどうかで、理解と記憶が大きく変わる。
- 話題についての知識が豊富であれば、読みの技能が高くない生徒でも、内容をよく記憶できる。
- つまり読解は、汎用の技能というより知識に依存する活動である。
- だから「読解問題を解く量を増やす」だけでは伸びにくい。背景知識を足す経路が要る。
- 実務的には、読む前に枠組みを1つ渡すことが、その場で使える最も効果的な介入になる。
理由——枠組みの有無で何が変わるか
題名を先に知らせるだけで変わる
ブランスフォードとジョンソンの実験は、この分野の古典です。参加者に、一見すると何の話か分からない文章を読ませます。文は平易で、語も難しくありません。それでも、何の話か分からないままでは、理解も記憶も低くなります。
Bransford JD, Johnson MK. Contextual prerequisites for understanding: Some investigations of comprehension and recall. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior. 1972;11(6):717-726.
ところが、読む前に題名や絵といった文脈を与えると、同じ文章の理解と記憶が大きく改善しました。重要なのは順序で、読んだ後に文脈を与えても、同じ改善は得られませんでした。
つまり、枠組みは理解の途中で働いています。後から答えを知っても、すでに結びつかなかった要素は結びつきません。
知識は、読みの技能を補う
レヒトとレスリーの研究は、より教育的な含意を持ちます。読みの技能と、話題についての知識を組み合わせて、中学生の記憶を比較しました。題材は野球についての文章です。
Recht DR, Leslie L. Effect of prior knowledge on good and poor readers’ memory of text. Journal of Educational Psychology. 1988;80(1):16-20.
結果は、読みの技能が高くない生徒でも、野球についてよく知っていれば、内容をよく記憶できるというものでした。知識が、読みの技能の不足を補っていたことになります。
この結果は、日々の観察とも合います。好きな分野の本なら難しくても読めるのに、興味のない分野では同じ水準の文章が読めない。読みの技能は同じなのに、結果が違います。
具体例——「読めない」の切り分け
| 状態 | 原因 | 対処 |
|---|---|---|
| 語の意味が分からない | 語彙 | 語を確認する |
| 語は分かるが内容が入らない | 背景知識・枠組み | 何の話かを先に知る |
| 設問の要求が分からない | 設問形式への慣れ | 問いの型を練習する |
| 時間が足りない | 処理の速度 | 型を増やす(第23回) |
2行目が、この回の主題です。そしてこの状態は、本人にも周囲にも語彙の問題に見えやすいという特徴があります。分からない語を調べさせても解決しないとき、疑うべきはこちらです。
今日からできること
- 読む前に、何の話かを確かめる。 題名、出典、リード文。10秒で枠組みが1つ手に入ります。
- 分野の入門書を1冊入れる。 苦手な分野の文章が読めないなら、その分野の知識を足すほうが速いことがあります。
- 教科書の単元の導入を、飛ばさない。 導入の数行が、その単元の枠組みになっています。
- 読んだ後に、一言で何の話だったかを言う。 言えなければ、枠組みが作られていません。
- 興味のある分野から広げる。 知識は分野ごとに積み上がります。まず1つ厚い分野を作ると、関連分野が読みやすくなります。
学年で変えるところ
- 小学生——体験と読書が、そのまま背景知識になります。説明文が読めない場合、技術ではなく知識量を疑います。
- 中学生——教科書の内容が抽象化し、枠組みの有無が差になります。導入部分を丁寧に読む習慣が効きます。
- 高校生——評論文では、扱われる分野そのものへの馴染みが読みやすさを決めます。頻出の分野については、背景知識を先に入れておく価値があります。
背景知識は、どこから足すのが速いか
背景知識を足すといっても、範囲は無限にあります。効率を考えると、入口はいくつかに絞られます。
- 教科書の他の単元。 最も手近で、しかも試験範囲と対応しています。国語の評論で扱われる分野は、公民や理科の内容と重なることが少なくありません。
- 入試で頻出の分野。 言語論、科学論、近代と個人、環境、情報技術。頻出分野は限られているので、上位のいくつかを厚くするだけで効きます。
- 新書や入門書。 1冊読むと、その分野の用語と枠組みが一通り手に入ります。読解問題を10本解くより速いことがあります。
- 関心のある分野。 続く分野から始めるのが現実的です。知識は分野をまたいで少しずつつながります。
いずれの場合も、狙いは専門的な正確さではなく、枠組みです。何と何が対立していて、どういう順で話が進むのか。この程度の見取り図があれば、文章の中で迷子になりにくくなります。
語彙と知識は、切り離せない
「語彙を増やす」という作業も、この枠組みで考え直せます。語の意味を単独で覚えるのは、実は効率がよくありません。語は、それが使われる文脈の中でこそ意味を持つからです。
たとえば「疎外」という語を、辞書の定義だけで覚えても、評論の中で出てきたときに機能しません。その語がどういう議論の中で使われるかを知っていて初めて、読みの助けになります。
したがって、語彙の学習と背景知識の学習は、別々の作業として分けないほうが効率的です。頻出分野の文章を読み、その中で出てくる語を確認する。第24回で述べたとおり、使われた文脈ごと覚えておくと、思い出すときの手がかりも増えます。
逆に、語彙集を単独で回す作業には、干渉の問題もあります。似た意味の語が並んでいると、第27回で扱った混同が起きやすくなります。文脈の中で覚えれば、区別の手がかりが自然に添えられます。
読解の「技術」がなぜ伸び悩むのか
読解の指導では、要約する、段落の役割を見る、指示語を追う、といった技術が扱われます。これらが無意味なわけではありません。ただし、技術は内容がある程度理解できていることを前提にしています。
内容が分からない文章に対して「段落の要点をまとめなさい」と言われても、まとめる材料がありません。技術は、理解の効率を上げるものであって、理解そのものを作り出すものではないという整理になります。
したがって、読解の成績が伸び悩んでいるとき、確認すべき順序があります。まず、扱われている分野について基本的なことを知っているか。次に、語の意味が分かるか。そのうえで、技術の問題を扱う。順序を逆にすると、技術の練習を重ねても伸びない状態が続きます。
よくある失敗——問題演習で知識を補おうとする
読解が苦手だからといって、読解問題だけを大量に解く方法は効率がよくありません。1つの文章から得られる背景知識は限られており、しかも設問に答えることに注意が向くため、内容そのものは残りにくくなります。
より効率がよいのは、同じ分野の文章をまとめて読むことです。2本目、3本目と読むうちに、その分野の枠組みができます。すると4本目からは、理解の速度と精度が変わります。
この方法は、第23回で扱ったまとまりの形成と同じ構造をしています。分野に固有の知識が蓄積すると、個々の要素を1つずつ処理する必要がなくなります。読解が「速くなる」現象の実体は、多くの場合これです。
既有知識が、邪魔をすることもある
ここまで、知識は助けになると書いてきました。ただし、持っている知識が誤っている場合には、逆に働きます。誤った理解が枠組みとして働き、新しい情報をその枠に合うように歪めてしまうからです。
理科の学習では、この現象がよく知られています。日常経験から作られた素朴な理解は強固で、正しい説明を聞いても上書きされにくい。この問題は、この連載とは別に、既存の記事で詳しく扱っています。
実務的な含意としては、既有知識の確認は「ある・ない」だけでなく「どう理解しているか」まで踏み込む必要がある、ということになります。「知ってる」と答えた生徒が、どう知っているかを言わせてみると、ずれが見つかることがあります。第25回で述べた言い換えの作業は、ここでも役に立ちます。
読解だけの話ではない
枠組みが理解を決めるという構造は、国語に限りません。数学の文章題、理科の実験の説明、社会の資料読み取り。いずれも、扱われている状況について何を知っているかが、理解の速度を変えます。
数学の文章題が解けない生徒の一部は、数学ではなく状況の理解で止まっています。「速さ」「割引」「濃度」。いずれも日常の場面を前提にしており、その場面のイメージがなければ、式の前に止まります。図を描かせる指導が有効なのは、枠組みを外部に作る作業だからです。
理科でも同じことが起きます。実験の手順が読めないのは、装置や操作のイメージがないためであることがあります。この場合、手順を繰り返し読ませるより、実物や図で一度確認するほうが速くなります。
したがって、「読めない」という訴えを受けたときに確かめるべきは、教科を問わず同じです。何の話か分かっているか。 ここが抜けていると、どの教科でも同じ形で止まります。
保護者ができること——読む前に一言添える
家庭でできる介入は単純です。読む前に、何の話かを一言渡すこと。ブランスフォードとジョンソンの実験が示したのは、順序が結果を変えるということでした。
- 「これは何についての文章?」と読む前に聞く。 答えられなければ、題名と出典を一緒に確認します。
- 知らない分野なら、背景を1〜2文だけ話す。 詳しい説明は要りません。枠組みが1つあれば足ります。
- 読んだ後に「一言でいうと?」と聞く。 枠組みができたかどうかの確認になります。
いずれも1分で終わります。内容の専門知識も要りません。
理科の文章題を読むとき——背景知識が読解を決める
背景知識が読解を左右するという見方は、国語の文章題だけでなく、理科の文章題を読むときにも当てはまります。実験の手順や観察の記述を読む場面では、その話題についての知識が薄いと、文のつながりが見えにくくなることがあります。語の意味は分かっても、何の話かがつかめない状態です。
たとえば生物の単元で、ある現象の説明を読む場面を考えます。用語の定義だけを覚えていても、その現象がどの場面で起こるのかを知らないと、書かれている内容が頭に入りにくくなります。逆に、身の回りの例を少しでも知っていると、文の流れが急に追いやすくなることがあります。
このことは、読む前に短い下調べを挟むという工夫につながります。教科書の該当範囲を先に眺める、図や写真だけを先に見る、用語の意味を確認しておく。こうした準備は、読む速さを上げるのではなく、読むための足場を用意する作業だと考えられます。文章題の前に、その話題に少し触れておくことが助けになることがあります。
下調べの時間が取れない——読む前に知る余裕がない
背景知識を足すのが有効だと分かっても、実行の段になると、その時間をどこから捻出するかでつまずきやすいものです。目の前の宿題や提出物に追われると、読む前の下調べは後回しにされがちになります。結果として、分からないまま読み進め、時間だけが過ぎていくことがあります。
たとえば平日の夜、翌日に提出する課題を抱えている場面を考えます。本文を読み始める前に用語を確認しようとしても、その確認自体に時間がかかり、本文にたどり着く前に疲れてしまうことがあります。下調べの範囲を広げすぎると、かえって本題が進まなくなります。
また、下調べをしても、その内容が本文と結びつかないまま終わることがあります。用語だけを並べて覚えても、本文の中でどう使われているかを見なければ、読解の助けにはなりにくいと考えられます。準備は短く切り上げ、本文を読みながら確認する形に切り替えるほうが、現実的な場面も多いと考えられます。
この記事で言えないこと
ここで挙げた研究は、特定の材料と課題を用いた実験です。日本語の評論文や、入試の設問形式にそのまま当てはまる保証はありません。また、背景知識をどこまで足せば十分かは、文章と設問によって変わります。
さらに、知識が読解を助けるという結果は、「技術は不要」という意味ではありません。両方が必要であり、順序として知識が先に来ることが多い、という整理です。どちらが不足しているかは、実際に読ませてみて、どの段階で止まるかを見るしかありません。
当塾の立場
読む前に枠組みを渡す、同じ分野をまとめて読む、読後に一言で言わせる。いずれも家庭でできます。
武蔵野個別指導塾では、読解の指導に入る前にその文章の分野について何を知っているかを確認する手順を置いています。知識が足りていない場合、設問の解き方を教えても再現しません。背景を短く補ってから読ませ、次に同じ分野の文章をもう1本扱う。技術の指導は、そのあとです。
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出典
- Bransford JD, Johnson MK. Contextual prerequisites for understanding: Some investigations of comprehension and recall. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior. 1972;11(6):717-726.
- Recht DR, Leslie L. Effect of prior knowledge on good and poor readers’ memory of text. Journal of Educational Psychology. 1988;80(1):16-20.

