自分を語る文章をナラティブ研究から見る——主体性のテーマは心の健康の改善に先行した

「自分を語る文章」を、心理学はどう研究してきたか

総合型選抜では、志望理由書や自己推薦書、面接での自己紹介など、自分のこれまでを語る場面が何度もあります。書き方の型については当サイトで既に扱いました。この記事で扱うのは、その手前にある問いです。

人が自分の人生を物語として語るとき、その物語のどんな特徴が、その人の心の健康や成長と結びついているのか。そして、高校生が入試のために自分を語ることは、その人にとって良いことなのか、負担なのか。

心理学には、ナラティブ・アイデンティティ(narrative identity:人が内面に持ち、少しずつ書き換えていく「人生の物語」としての自己)という研究領域があります。この記事では、この領域の主要な研究を、支持する結果と慎重になるべき結果の両面から紹介し、自己PRの準備にどう活かせるかを考えます。

一言でいうと(この記事の結論)
人生の物語で「自分で動いた」という主体性(agency)のテーマや、つらい経験から意味を見出す語り方は、心の健康と結びついていました。ただし、意味づけの効果は年齢や経験の種類で変わり書くこと自体の効果は小さく語りの材料には家庭の資源の差が表れます。「感動的な物語を作る」ことを目標にすべきではありません。

  1. 困難から良い意味を見出し、主体性と探索のテーマをもつ人生の物語を語る人は、心の健康・幸福感・成熟度が高い傾向がありました [1]
  2. 人生の物語をまとまりとして構成する認知的な道具と社会的な要請は、青年期に発達します [2]
  3. 心理療法を受ける47人の約600の物語を追うと、主体性のテーマは時間とともに増え、その増加は心の健康の改善に先行していました [5]
  4. 3つの大標本(855人、2,565の物語)の分析で、幸福感と最も確実に関連したのは「動機と感情のテーマ」でした [6]
  5. 【反証】転機の物語での意味づけは、達成の物語とは負の関係にありました [7]
  6. 【反証】自分の経験を書く介入146件のメタ分析で、平均効果量は r = .075にとどまりました [9]
  7. 【反証】同じ成績の出願者の自己PR文でも、私立校出身者はより幅広い社会的・文化的資本を材料にしていました [11]
マインドマップ図解:自分を語る文章をナラティブ研究から見る——主体性のテーマは心の健康の改善に先行した
図:この記事の構造(Mapifyで作成したマインドマップ)

1. ナラティブ・アイデンティティとは何か

McAdams と McLean は、ナラティブ・アイデンティティを「再構成された過去と想像された未来を統合し、人生にある程度の一貫性と目的を与える、内面化され変化し続ける人生の物語」と定義しています [1]

この定義で大事なのは、物語が「過去の事実の記録」ではなく再構成だという点です。同じ出来事でも、どう並べ、何と結びつけるかで物語は変わります。そして、物語は一度作れば終わりではなく、語り直されていきます。

McLean らは、自己の発達を説明する過程モデルを提案しました [3]。そこでは、具体的な場面で語られる物語(situated stories)が、自己概念や人生の物語という持続的な側面を形づくり、同時にそれらから影響を受けるという、双方向の関係が想定されています。

一言でいうと
自己PRの文章は、すでにある自分を「書き写す」作業ではありません。心理学の見方では、語ることで自己像そのものが少しずつ形づくられていきます。

2. 人生の物語は、青年期に作られ始める

Habermas と Bluck は、人生の物語は青年期に発達するという McAdams の主張を、発達研究のレビューで裏づけました [2]

レビューは、人生の物語が持つ一貫性を4種類に分けています。

一貫性の種類 内容の例(この記事での説明)
時間的一貫性 出来事を時間の順に並べられる
伝記的一貫性 進学・引っ越しなど、文化的に共有された人生の区切りに沿って語れる
因果的一貫性 ある経験が、今の自分にどうつながったかを説明できる
主題的一貫性 複数の経験に共通するテーマを見出せる

そして、このような全体としての一貫性をつくるための認知的な道具と、人生の物語をつくることへの社会的・動機的な要請は、どちらも青年期に発達すると結論しています [2]

総合型選抜で求められる「経験と志望をつなぐ説明」は、この因果的・主題的な一貫性にあたります。高校生はちょうどその力が育つ途中にいる——この事実は、書類がすぐに書けないことを「能力不足」と決めつけない根拠になります。

3. どんな語り方が、心の健康と結びつくのか

McAdams と McLean のレビューによれば、苦しみや逆境の中に「贖い(redemption)」の意味、つまり悪い出来事から良いものが生まれたという意味を見出し、主体性と探索のテーマを含む人生の物語を語る人は、心の健康・幸福感・成熟度が高い傾向にありました [1]

Adler らのレビューは、物語の変数を4つに整理しています [4]。①動機のテーマ、②感情のテーマ、③統合的な意味のテーマ、④構造的な要素です。そして、人生の物語が、性格特性などのよく測られる変数に上乗せして幸福感と関連するという証拠は、動機・感情・統合的な意味のテーマで最も強いと結論しました。

物語の特徴は数多く提案されてきましたが、共通する大きな次元はあるのでしょうか。複数の大学が協力し、3つの大標本(参加者855人、物語2,565件)を分析した研究は、物語の特徴を「動機と感情のテーマ」「自伝的推論」「構造的な側面」の3因子にまとめました [6]。そして、幸福感と最も確実に関連したのは「動機と感情のテーマ」でした。性格特性との関連は、どんな問いかけで物語を引き出したかによって変わりました。

一言でいうと
心の健康と結びつくのは、文章の上手さや構成の整い方よりも、「自分はどう動いたか」「どう感じたか」という物語の中身でした。

4. 主体性のテーマは、変化に先行する

相関だけでは「健康な人が主体的な物語を語る」のか「主体的に語ることが健康につながる」のか分かりません。この点に迫ったのが Adler の縦断研究です [5]

心理療法を始める成人47人が、治療開始前と各セッション後に、合計12時点で個人的な物語を書き、同時に心の健康を測る尺度に答えました。約600の物語を、主体性(agency)と一貫性(coherence)のテーマで分析しています。

  • 参加者全体で、主体性のテーマは時間とともに増えたが、一貫性は増えなかった
  • 主体性の増加は、心の健康の改善と関連していた
  • 時間差をつけた成長曲線モデルで、主体性の変化は、それに伴う心の健康の改善より前に起きていた
  • この結果は、人口統計、性格特性、自我発達の違いを考慮しても一貫していた

この研究の対象は心理療法を受ける成人であり、高校生の自己PRとは状況が大きく違います。それでも、「きれいにまとまった物語」より「自分が動いた物語」のほうが、変化と結びついていたという点は示唆的です。

5. 【反証】意味づけは、いつでも良いわけではない

意味づけの効果は、年齢と意味の種類で変わる

少年を初期・中期・後期青年期に分けて調べた研究では、幸福感を予測する意味づけの種類は、青年期のどの段階にいるかによって異なりました [8]。意味づけの過程は年齢とともに増え、特に「自分は変わっていく」と捉える意味づけが増えていました。「意味を見出せば、どの年齢でも良い」とは言えないということです。

達成の物語ほど、意味づけが少ない

23歳の若者の転機の物語を分析した縦断研究では、意味づけの洗練度は、アイデンティティの成熟度、次世代への関心、楽観性と正の関係にありました [7]。一方で、意味づけは死に関わる経験の物語や贖いの流れと正の関係、達成の物語とは負の関係にありました。

総合型選抜の自己PRは、しばしば「受賞」「成功」といった達成の物語になります。この研究からは、達成を並べた物語は、自分についての深い意味づけを含みにくい可能性が読み取れます。

書くことそのものの効果は小さい

自分にとって重要な出来事について考えや感情を書く「筆記開示」の研究は数多くあります。146件の無作為化研究を統合したメタ分析は、筆記開示に正の有意な効果があるものの、平均効果量は r = .075だったと報告しています [9]。いくつかの調整要因も特定されました。

語りの材料には、家庭の資源が表れる

英国の大学出願で使われる自己PR文(personal statement)を、出身校の種類別にコーパス分析した研究があります [11]。表現の流暢さ、職業体験の量と質、課外活動などの指標で比べたところ、同じ成績の出願者どうしでも、自己PR文には大きな違いがあり、私立校出身の若者はより幅広い社会的・文化的資本を材料にしていました。著者は、自己PR文のような学力以外の指標が入試をより公平にする、という主張を支持する結果は見つからなかったと述べています。

一言でいうと(反証のまとめ)
意味づけの効果は年齢と経験の種類で変わり、書くこと自体の効果は小さく、語りの材料には家庭の資源が映ります。「深い物語を書けば良い」は、単純化しすぎです。

6. 物語は、他人の物語を聞くことでも変わる

自分の物語を書くだけでなく、他人の物語を聞くことが行動を変えた研究もあります。

Stephens らは、親が4年制大学を出ていない第一世代の大学生と、そうでない学生の成績差を縮めるための無作為化比較試験(168人)を行いました [10]。入学したばかりの学生に、上級生の実際の体験談を聞かせるプログラムです。

  • 比較群では、大学への適応についての似た体験談を聞かせたが、出身背景の違いが経験をどう形づくるかには触れなかった
  • 介入群では、多様な背景が大学での経験をどう形づくるかを強調した
  • 介入群では、第一世代の学生が教員との面談など大学の資源を求める傾向が高まり、その結果として1年目の成績が改善し、成績差がなくなった
  • 心の健康や学業への関与など、すべての学生で複数の心理社会的な成果が改善した

この研究は大学入学後の介入であり、入試の書類作成とは別の文脈です。ただ、自分の背景を「弱み」ではなく「経験を形づくる条件」として語り直す枠組みが行動を変えうることを示しています。

7. 総合型選抜の準備にどう活かすか

ここで紹介した研究の大半は、主に欧米の成人や大学生を対象にした心理学研究で、入試の評価を直接調べたものではありません。英国の自己PR文の研究 [11] を除けば、「こう書けば合格しやすい」という証拠ではないことに注意してください。

そのうえで、研究から引き出せる準備の方針は次の3つです。

  1. 達成の一覧より、「自分がどう動き、どう感じたか」を中心にする [6] [7]
  2. 一貫性を急いで作らない。一貫性をつくる力は青年期に育つ途中です [2]
  3. 高価な経験に頼らない。語りの材料の差は、家庭の資源の差を映しやすい [11]

志望理由書の構成そのものは、当サイトの志望理由書の構造——原体験からリサーチクエスチョンまで、経験の掘り下げ方は原体験の掘り下げ方——「なぜ気になったか」を3段掘るをご覧ください。

8. 実務——自分を語る材料を集める手順

  1. 転機になった出来事を5つ、時間順に書き出す(20分)。まず時間的一貫性をつくります [2]
  2. それぞれに「そのとき自分がした行動」を1文ずつ足す(15分)。主体性のテーマを見える形にします [5]
  3. 「そのとき感じたこと」を1文ずつ足す(15分)。幸福感と最も関連したのは動機と感情のテーマでした [6]
  4. 5つのうち「達成」の物語が何個あるかを数える。達成ばかりなら、失敗・迷い・人との出会いの物語を1つ加えて比べます [7]
  5. 1週間あけて読み直し、今の自分との因果のつながりを書き足す(30分)。物語は語り直すことで形づくられます [3]
  6. 無理に「贖いの物語」に仕立てない。意味づけの効果は年齢と種類で変わります [8]。つらい経験を書くかどうかは、本人が決めます。

この記事で言えないこと

  • ナラティブ・アイデンティティの特徴が、総合型選抜の評価や合否と関係するかを調べた研究は、今回確認できませんでした。
  • 主体性のテーマが心の健康の変化に先行したという結果は、心理療法を受ける成人47人の研究によるものです [5]
  • 日本の高校生を対象に、自己を語る課題が心の健康に与える影響を調べた研究は、この記事では扱えていません。

当塾の立場

塾に来なくても、家庭でできること

  • 転機の出来事を時間順に書き出す作業を、本人のペースで進めてもらう
  • 家族は「そのとき、あなたは何をしたの?」と行動を尋ねる聞き役になる
  • 感動的な話に仕立てるよう求めない
  • 書類のために、費用のかかる体験を新しく用意しようとしない

それでも個別指導を使う理由

  1. 一貫性をつくる途中の力を、質問で支えられるから。因果的・主題的な一貫性は青年期に育つ途中です [2]。「なぜそれが今につながるのか」を一緒に言葉にする時間を取れます。
  2. 達成の一覧から、行動と感情の物語へ移す手伝いができるから。達成の物語は意味づけと負の関係にありました [7]。本人が見落としている「自分が動いた場面」を、対話の中で掘り起こします。
  3. 背景の差を、経験の多さで埋めようとしない方針を取れるから。自己PR文の材料には家庭の資源が表れます [11]。身近な経験の中から語れることを探します。

塾を検討するときは、次のように聞いてみてください。

  • 自己PRの指導で、本人の経験を「脚色」することはありますか
  • 書けない生徒に対して、どんな質問から始めますか
  • つらい経験を書くかどうかを、誰がどう決めますか

まとめ

  1. ナラティブ・アイデンティティは、過去と未来を統合する変化し続ける人生の物語です [1]
  2. 人生の物語をつくる力と要請は、青年期に発達します [2]
  3. 主体性・探索・贖いのテーマは、心の健康と結びついていました [1] [4]
  4. 主体性のテーマの増加は、心の健康の改善に先行していました [5]
  5. 幸福感と最も確実に関連したのは、動機と感情のテーマでした [6]
  6. 【反証】意味づけの効果は年齢で変わり、達成の物語とは負の関係でした [7] [8]
  7. 【反証】筆記開示の平均効果量は r = .075 と小さいものでした [9]
  8. 【反証】自己PR文の材料には、出身校の種類による差がありました [11]

出典

  1. 【ナラティブ・アイデンティティの総説】McAdams & McLean (2013). Narrative identity. Current Directions in Psychological Science. DOI: 10.1177/0963721413475622
  2. 【青年期における人生の物語の出現】Habermas & Bluck (2000). Getting a life: The emergence of the life story in adolescence. Psychological Bulletin. DOI: 10.1037/0033-2909.126.5.748
  3. 【物語と自己発達の過程モデル】McLean, Pasupathi, & Pals (2007). Selves creating stories creating selves: A process model of self-development. Personality and Social Psychology Review. DOI: 10.1177/1088868307301034
  4. 【物語の増分妥当性のレビュー】Adler et al. (2015). The incremental validity of narrative identity in predicting well-being: A review of the field and recommendations for the future. Personality and Social Psychology Review. DOI: 10.1177/1088868315585068
  5. 【主体性と心の健康の縦断研究】Adler (2012). Living into the story: Agency and coherence in a longitudinal study of narrative identity development and mental health over the course of psychotherapy. Journal of Personality and Social Psychology. DOI: 10.1037/a0025289
  6. 【物語の3因子構造】McLean, Syed, Pasupathi, & Adler (2019). The empirical structure of narrative identity: The initial Big Three. PsyArXiv. DOI: 10.31234/osf.io/vu4qw
  7. 【反証・転機の物語と意味づけ】McLean & Pratt (2006). Life’s little (and big) lessons: Identity statuses and meaning-making in the turning point narratives of emerging adults. Developmental Psychology. DOI: 10.1037/0012-1649.42.4.714
  8. 【反証・青年期段階による違い】McLean, Breen, & Fournier (2010). Constructing the self in early, middle, and late adolescent boys: Narrative identity, individuation, and well-being. Journal of Research on Adolescence. DOI: 10.1111/j.1532-7795.2009.00633.x
  9. 【反証・筆記開示146研究のメタ分析】Frattaroli (2006). Experimental disclosure and its moderators: A meta-analysis. Psychological Bulletin. DOI: 10.1037/0033-2909.132.6.823
  10. 【体験談による介入のRCT】Stephens, Hamedani, & Destin (2014). Closing the social-class achievement gap. Psychological Science. DOI: 10.1177/0956797613518349
  11. 【反証・自己PR文と出身校】Jones (2013). “Ensure that you stand out from the crowd”: A corpus-based analysis of personal statements according to applicants’ school type. Comparative Education Review. DOI: 10.1086/670666

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