イギリス現代史入門(大学受験のための世界史特別講義)

現代史とは何か

2016年6月、EU離脱を巡るイギリスの国民投票。結果は、世界にとって衝撃的でした。読者諸氏もまだ記憶に新しい出来事だと思います。この世界を震撼させたと言われる事件は、それがもつ歴史的意味合いについては、ジャーナリスティックな取り扱いはあるものの、全容は明らかにされていません。本記事では、その解明を企図しながら、第二次世界大戦からEU離脱におけるまでの戦後イギリス史を概説的に紹介していきたいと思います。まあ、現代史・戦後史という分野が大学受験であまり登場しない分野ではあります。

しかし、一部の大学、たとえば、慶應大学の法学部、経済学部、商学部、青山学院大学の国際政治経済学部などでは出題されますし、現代史・戦後史が直接問われなくても、現代史・戦後史の記述から、それまでの歴史を振り返るという出題は少なくありません。その意味で、現代史・戦後史に詳しい必要はありませんが、暗記する必要はないので、なとなく現代史・戦後史のことを知っていると、「こんなの知らないよ」とフリーズしてしまう危険は回避できますし、また、歴史理解という意味では、深まるものと考えています。

ちなみに、こうした直近の歴史を対象とすることは、歴史研究では、「現代史」もしくは「同時代史」と言われています。イギリスの歴史家によれば、こうした同時代史に関わる特有の問題として、次のような視点が指摘されています。

歴史についての最初のドラフトの執筆が、歴史家の仕事であることはめったにない。現代イギリス史の概念的な枠組みは、まずは政治家、メディアの評論家、エコノミスト、社会科学者、社会政策の専門家の仕事となる、実際、私たち歴史家は彼らから様々な概念を借りてきている。たとえば、イギリスの「相対的な衰退」、「ヨーロッパ」へのイギリスの参入機会の喪失、戦後コンセンサス、サッチャリズム、消費社会、無階級社会、人種差別、ジェンダー、福祉国家の退潮、寛容なる社会、南北の分断などである。現代イギリスを歴史化する最初の挑戦とは、そうした概念の有効性そのものを検証することになる。(”A Compation to Contemporary Britiain 1939-2000″,p.2)

最初のドラフトが歴史家のものでないとしても、さらに第二稿や第三稿も歴史家の手によるとは限らないだろう。歴史家とほかの歴史家とのあいだには、現代史の叙述をめぐって常に競合的な換刑が存在している。しかし、競合しているとはいえ、そこにはいくつかの共通のアジェンダ(論点)も存在しています。

第一に、分析は比較史的なものでなければならないということ。戦後のイギリスが直面していた難問とは、実はイギリスに固有の問題のものではなく、問題への対応の固有性は国際的な観点から評価されねばならないでしょう。

第二に、分析は学際的アプローチでなければならないということ。歴史家には、政治やビジネス社会の具体的争点と、目に見えない構造的力学ー経済、人口動態、環境ーとを結びつけることが求められます。フランス歴史学のアナール派の泰斗フェルナン・ブローデル流にいえば、短期的な事件史レベルでの分析だけではなく、中小機的な構造的視点を含んだ「全体史」が必要とされます。

本記事では、特に前半では多元的な視座を設定して、その10年をコントラストを含んだ歴史過程として描いています。総力戦と福祉国家の誕生の1940年代、豊かな社会と帝国の終焉の1950年代、文化革命と産業衰退の1960年代、そして戦後の分岐点を迎える1970年代である。1970年代は、同時代の言説の影響を受けて、「危機」や「混沌」といった汚名を着せられてきた時代でした。だが、現在では、多くの歴史家が危機と同時に「可能性」の時代であったことを強調するようになり、その再検討が進んでいます。

後半は、「サッチャリズム」と「第三の道」、そして「岐路に立つ」現在という時代区分を用いています。それは前半と同じく同時代史であるといえ、あまりに直近の時代であり、歴史研究の成果もまだ十分に生み出せていない領域だからです。イギリスにおける現代史の資料の公開には長らく30年原則というものがありました。2013年の法改正によって公開のルールは、20年へと短縮されましたが、研究史の検討ならび公開された歴史資料の面に分析を経た議論が展開されていないという意味では、まだまだ「歴史化」が進んでいない時代なのです。なので、本記事の叙述も「最初のドラフト」的な手法に過ぎません。

また、こうした時代系列的な歴史叙述につきまとおう難点として、繰り返し浮上してくる問題が見えにくくなってしまうということがあげられます。そこで、具体的な叙述を始める前に、以下で戦後のイギリス史を俯瞰的に捉えられるような長期的な視座を設定します。

イギリスは衰退したのか

20世紀のイギリス史を語る上で、避けて通れないのが、「衰退」をめぐる問題です。この「衰退」をめぐる議論で出発点となるのは「絶対的衰退」を論じているのか、「相対的衰退」を論じているのかという点です。「絶対的衰退」というのは、過去の経済的到達水準を下回ることであり、「相対的衰退」とは、他との比較を通して達成水準が低いことを意味しています。経済史家のジム・トムリンスンは、20世紀イギリス経済には、「絶対的衰退」の徴候は見られず、戦後の経済は「黄金時代」を経験していたのであり、ドイツや日本など第二次世界大戦で敗退を経験し、荒廃した状態から急激にキャッチアップした国との比較においてのみ、相対的衰退が見られると主張しました。

確かに、ヨーロッパ諸国や日本と比較すれば、成長率の低位は否定しがたいものがあります。しかし、それはイギリスに比べて低水準から出発した国との比較であり、成長率の比較はイギリスが相対的に不利なものとなっています。実際のところは、21世紀になってもイギリスは世界で最も豊かな国の一つとしてあり続けています。イギリスの相対的地位は転落しましたが、寿命や教育などの生活水準の面では、依然として全体的に好ましい状態です。あらゆる事実に照らしても、かつて叫ばれたイギリスが衰退して第三世界になるというような考え方は極論と言わざるをえないでしょう。それは、衰退論の広がりや影響力を示す証拠ではあり得ても、事実とは異なっています。

それでは、なぜ「衰退」が繰り返し論争の主題となってきたのでしょうか。トムリンスンによれば、衰退論は、二大政党制のもとでの競争的な選挙制度のなかで、政敵を攻撃する手段として誇張を伴って用いられてきたのであり、政治的なコンテクストに適合した道徳的言説として見なさなければならないといいます。戦後イギリスにおいては、衰退論は1950年代から1990年代まで、論争の主要な争点となってきた。その論争には幾つかの系譜があり、時代ごとに変化してきている。

1950年代に登場した衰退論には、二つのタイプがある。一つは、衰退の原因を労働組合に求めるものであり、労働者の態度や勤勉性を成長率に結び付けることで、産業の衰退を説明しようとしたものである。もう一つは、衰退の原因をイギリスと海外との関係に求めるものである。国際投資や金融サービス業との関わりを持つ支配層に、ポンドの価値に対する異常な関心を生み出し、結果として国内投資の水準を引き下げて低成長を招いたとするものであった。

1970年代に目立つようになったのは、公共部門の拡大に原因があるとする説であり、そこには国有化というかたちで公共部門の拡大を問題視する見解と、公共支出、とりわけ社会保障支出の増加というかたちでの公共部門の拡大を問題化する見解の双方が含まれた。

1980年代に登場したのは、イギリスには「反産業化文化」が染みついているという文化論的解釈である。それは17世紀イングランド革命の不徹底性を強調して「未完のブルジョワ革命」が貴族的価値を温存させたとする解釈から、古典教育を重視するパブリック・スクールの教育などを通じて上流階級エリートに実学軽視の傾向が浸透していったとする説まで幅広い。代表的な著作コレリ・バーネット『戦争の監査』(1986年)は、衰退論を煽るという目的のもと、サッチャー主義者によって取り上げられることになった。「歴史家によるサッチャリズム」と見なされるものである。

これらの諸原因を厳密に検討してみると、原因と結果とのあいだには、有意の関連性を見いだすことは難しいという。トムリンスンは「衰退」から反転攻勢を掲げて登場したサッチャリズムも「脱工業化(産業空洞化)」というかたちでもっとも深刻な産業の衰退を招いたことを、実証的に明らかにしている。こうした「衰退論」はブレア労働党政権下の100年ぶりの好景気のなかで消滅したかのようであった。事実、デヴィット・エジャントンのように、衰退論を「反歴史的」として批判して戦後史を読み替えようとする解釈も登場している。だが、EU離脱後、衰退への懸念が再び登場しつつある。

イギリス現代史入門(大学受験のための世界史特別講義)(2)

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【監修者】 宮川涼
プロフィール 早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。

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ryomiyagawa
早稲田大学大学院文学研究科哲学専攻修士号修了、同大学大学院同専攻博士課程中退。日本倫理学会員 早稲田大学大学院文学研究科にてカント哲学を専攻する傍ら、精神分析学、スポーツ科学、文学、心理学など幅広く研究に携わっている。
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