受験の代償——学業プレッシャーと精神健康をめぐる52研究
連載第6回です。第1回で分けた5つの問いのうち、④代償を扱います。
第2回から第5回まで、受験が何をもたらすかを見てきました。この回は、受験が何を奪うかです。
第1回で書いたとおり、この問いは独立に成り立ちます。「効果があるから代償は仕方ない」という推論は、論理として繋がりません。両側の数字を並べて、家庭が差し引きを決める——研究にできるのは、そこまでです。
一言でいうと(この記事の結論)
国際的な系統的レビューでは、52研究のうち48研究が、学業プレッシャーと精神的不調の正の関連を報告しました [1]。
ただし39研究は横断研究で、因果推論の強さは限られます [1]。
そして——「東アジアの受験生は西洋より不安が強い」という通説は、実測で否定されています [2]。
最も因果に近い証拠は、失敗した側にあります。高利害試験に不合格だった生徒は、精神科診断を受ける確率が21%高くなりました [3]。
——受験そのものより、「落ちること」と「先が見えないこと」が、より重い代償です。
結論を先に10点書きます。
- 52研究中48研究が、学業プレッシャーと精神的不調の正の関連を報告しました [1]。
- ただし39研究は横断研究で、因果の向きは確定していません [1]。
- ノルウェーの全国登録データで、高利害試験に不合格だった生徒の精神科診断の確率は21%上昇しました [3]。
- 同じ生徒の卒業確率は57%、高等教育進学確率は44%低下しました [3]。
- 台湾の処方データでは、中学入学時に向精神薬の処方が増え、高利害試験のあと急減しました [4]。
- 反証。日本の生徒の学校関連の不安は、かつてより低く、米・豪・英と同程度でした [2]。
- 香港の1,804人では、学業ストレスと学校への関与は「正の」相関を示しました [5]。
- 同じデータで、学業ストレスの最大の駆動要因は完璧主義と社会志向的達成動機——個人領域の変数でした [6]。
- 韓国では、親との親密さがストレスを下げた一方、「多すぎると逆効果」という上限が示唆されました [7]。
- そして——「ストレスは自分を高める」という信念を持つ生徒は、抑うつ・不安・ストレス症状が少なく、成績も良好でした [8]。
1. 現時点で最も広い証拠——52研究の系統的レビュー
2023年に発表されたレビューは、この主題を国際的に統合した最初のものです [1]。
MEDLINE・PsycINFO・ERIC・Web of Science を2022年11月まで検索し、学業プレッシャー(または学年内の時期)を曝露、抑うつ・不安・自傷・自殺念慮・自殺企図・自殺を結果とする研究を集めています。事前登録(PROSPERO)済みです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 採用研究数 | 52 |
| 不安・抑うつ混合症状を測定 | 20研究 |
| 抑うつ症状を測定 | 19研究 |
| 正の関連を報告した研究 | 48研究 |
| 横断研究 | 39研究 |
著者らの結論は、慎重です。「学業プレッシャーは、青年期の精神的健康問題を予防しうる公衆衛生介入の候補である」——ただし「大半は横断研究で、統制した交絡要因の範囲が狭く、因果推論の強さは限られる。因果的危険因子かどうかを調べるには、大規模な集団ベースのコホート研究が必要である」 [1]。
一言でいうと(横断研究の何が問題か)
「プレッシャーを感じている生徒は、抑うつ症状が強い」——これが横断研究で分かることです。
——しかし、抑うつ症状のある生徒が、同じ課題をよりプレッシャーと感じている可能性を、この設計は排除できません。
向きが逆かもしれない、という留保です。だから次節の設計が必要になります。
2. 最も因果に近い証拠——落ちた側を追う
ノルウェーの研究は、全国民をカバーする登録データを使いました [3]。
2006年から2018年にかけて、17〜21歳で高利害の卒業試験に不合格だった生徒と、かろうじて合格した生徒(最低合格点)を特定し、傾向スコアマッチングで比較しています(N = 18,052、64%が男子)。
| 結果変数 | 不合格だった生徒 |
|---|---|
| 精神科診断を受けるオッズ | 21%上昇 |
| 卒業するオッズ | 57%低下 |
| 5年後に高等教育に在籍しているオッズ | 44%低下 |
著者らの結論——「高利害試験の不合格は精神的健康問題と関連しており、したがって教育上の帰結として捉えられる以上に、青年期に広く影響を及ぼしうる」 [3]。
一言でいうと(設計の強さ)
比較対象が「かろうじて合格した生徒」であることが重要です。
——合格点のすぐ上と、すぐ下の生徒は、実力がほとんど同じです。違うのは結果だけ。
だからこの差は、試験に落ちたこと自体の効果に、かなり近づきます。
この回で最も重い数字です。
3. いつ悪化し、いつ回復するのか
台湾の研究は、行政の処方データを使って、時期を特定しました [4]。
学齢の区切りを利用し、8月生まれと9月生まれの子ども(同じ節目を1年早く迎えるかどうかが違う)を比較しています。
- 中学入学によって、抗うつ薬・抗不安薬・抗精神病薬の処方が増加した
- 高利害試験のあと、向精神薬の使用は急激に低下した
- 効果は、親と子の教育的期待が高い地域で、より強かった [4]
同じ方向の結果が、中国の大学院入試でも報告されています。SCL-90 で613人を追跡した研究では、受験期に精神健康上の問題があったのは12.10%、6か月後には4.40%まで有意に低下しました [9]。
一言でいうと(受験期の不調は、多くが可逆的)
試験が終わると、指標は戻ります。
——受験期の不調を「この子は弱い」と解釈するのは、誤りです。状況が生んでいるものであり、状況が終われば多くは回復します。
ただし2節のとおり、「落ちて、先が見えないまま続く」場合は別です。戻る契機がないからです。
4. 反証——「東アジアの受験地獄」は、実測と合わない
この記事で最も重要な反証です。
Rappleye と Komatsu は、「東アジアの高い学力は、熾烈な受験競争による過酷なストレスという代償の上に成り立っている」という通説を、実測で検証しました [2]。
- 日本の生徒の学校関連の不安とストレスは、かつてより低い
- そして現在、米国・オーストラリア・英国の生徒と同程度である
- 著者らは、この通説を「根強く、時代遅れなステレオタイプ」と呼び、否定しています [2]
香港の研究にも、通説と逆の結果があります。8校1,804人を調べた研究で、学業ストレスは精神的苦痛と有意に関連した一方、学校への関与とは「正の」相関を示しました——著者らも「先行研究の大半と反対である」と明記しています [5]。
そして、第二の機会を与えれば不安が減る、とも限りません。台湾では、高校入試を1回から2回に増やす改革が行われました。前後2コホートを7年生から10年生まで追跡した研究は、改革は男女ともに抑うつ症状の増加と関連していたと報告しています [10]。
一言でいうと(制度をゆるめれば楽になる、は自明でない)
機会を増やすと、競争の期間が延びます。
——「もう一回ある」は、「まだ終わらない」でもあります。
制度変更の効果は、実測しないと符号すら分かりません。
5. 何が、代償の大きさを決めているのか
ここが実務に直結します。
香港の1,804人を対象に、個人・家庭・学校の要因を同一モデルに入れて学業ストレスを予測した研究があります [6]。
| 要因 | 学業ストレスとの関連 |
|---|---|
| 完璧主義(個人) | 主要な駆動要因 |
| 社会志向的達成動機(個人) | 主要な駆動要因 |
| 親子関係(家庭) | 有意な関連 |
| 学校の学業重視(学校) | 有意な関連 |
| 学校風土 | 有意でない |
一言でいうと(意外な結論)
最も強く効いていたのは、学校でも制度でもなく、生徒個人の完璧主義と「人のために達成しなければ」という動機でした [6]。
——同じ受験を経験しても、代償の大きさは生徒によって大きく違います。
だから「受験は有害か」は、生徒を特定しないと答えが出ません。
韓国の青少年パネル調査2,753人を分析した研究は、親との親密さと結びつきは学業ストレスを下げた一方、学校の社会関係資本の効果は限定的でした。そして著者らは、社会関係資本には「良すぎるものの限界」があり、ある水準を超えると学業ストレスを悪化させうると指摘しています [7]。
中国の高校生を対象にした研究は、「ストレスは自分を高める」という信念(stress-is-enhancing mindset)を持つ生徒ほど、抑うつ・不安・ストレス症状が少なかったと報告しました。経路は脅威評価が下がり、挑戦評価が上がることでした [8]。ただし成績への直接効果はありませんでした [8]。
いっぽう、男女差は繰り返し報告されています。香港では女子のほうが学業ストレスの悪影響を受けやすく、より高い精神的苦痛を示しました [5]。バングラデシュの受験生452人の調査でも、女性のほうが抑うつ・不安・ストレス症状を示しやすいと報告されています [11]。
6. 介入は効くのか——期待を下げてから読む
2026年に『BMC Medicine』へ掲載された無作為化比較試験が、現時点で最も厳密です [12]。
中国の大学入試まで100日を切った高校生587人(平均18.23歳)を、学級単位で無作為に2群へ割り付け、1日20分の書く介入を3日連続で実施しました。
| アウトカム | 結果 |
|---|---|
| 主要評価項目:試験不安全体 | 有意な改善なし |
| 不安の認知成分(心配)※ベースライン高群の探索的解析 | d = 0.18 |
| 抑うつ | d = 0.35 |
| 全般性不安 | d = 0.37 |
| 不眠 | d = 0.23 |
一言でいうと(正しく読む)
主要評価項目は達成されませんでした。——この研究は「試験不安を下げる」ことに失敗しています。
効果が出たのは、抑うつ・不安・不眠という副次項目です。
——つまり「試験が怖い」という気持ちは変えられなかったが、眠れなさと落ち込みは軽くできた、ということです。
これは決して小さい成果ではありません。しかし「受験の不安は介入で消せる」とは読めません。
なお、睡眠については当サイトの睡眠は学習の一部であるで扱いました。受験期に真っ先に削られるのが睡眠であり、そして睡眠は記憶の定着そのものに関わっています。
7. 実務——代償を小さくするために、家庭ができること
- 完璧主義の兆候を、早い段階で見る。最大の駆動要因でした [6]。「80点で良しとできるか」を、本人と話しておく。
- 「誰のために頑張っているか」を確認する。社会志向的達成動機も主要因です [6]。「親をがっかりさせたくない」が主動機になっている場合、代償は大きくなります。
- 親子の親密さは効く。ただし関与を増やしすぎない。上限が示唆されています [7]。当サイトの保護者の関与はどこまで効くかを併せてご覧ください。
- 受験期の不調は、多くが可逆的だと伝える。台湾・中国の追跡で、試験後に指標は戻りました [4] [9]。本人に「今だけだ」と分かっていることが、それ自体で助けになります。
- 最も危険なのは、落ちた直後から次が見えない期間。2節の数字が示すとおりです [3]。不合格の場合の次の選択肢を、受験前に書いておく。第8回で扱います。
- 「ストレスは自分を高める」という枠づけは、症状を減らしました。ただし成績は上げません [8]。成績のために言うのではなく、本人を守るために言う。
- 女子生徒については、より早く、より頻繁に確認する。複数の研究で、影響を受けやすいと報告されています [5] [11]。
それでも塾に通いたい方へ
塾に通いたい、通わせたいという方には、武蔵野個別指導塾を勧めます。この回に関して、理由を3つ書きます。
塾を検討する際は、次のように聞いてみてください。
- 不合格だった場合の話は、いつしますか
- 生徒が眠れていないと分かったら、何をしますか
- 「もっとできる」と言うのは、どういうときですか
1つ目に「受かる前提で進めます」と答える塾は、最も重い代償の側を見ていません。当塾がお答えできるようにしておくのが、こちらの仕事だと考えています。
まとめ
- 52研究中48研究が、学業プレッシャーと精神的不調の正の関連を報告しました [1]。
- ただし39研究は横断研究で、因果推論の強さは限られます [1]。
- ノルウェー全国登録・N=18,052で、不合格は精神科診断のオッズを21%上げました [3]。
- 同じ生徒の卒業オッズは57%、5年後の高等教育在籍オッズは44%低下しました [3]。
- 台湾の処方データでは、中学入学で処方が増え、高利害試験後に急減しました [4]。
- 中国の大学院入試でも、受験期12.10%→6か月後4.40%へ低下しました [9]。
- 反証。日本の生徒の学校関連の不安は、かつてより低く、米・豪・英と同程度でした [2]。
- 反証。香港1,804人では、学業ストレスと学校への関与は正の相関でした [5]。
- 反証。試験機会を1回から2回に増やす改革は、抑うつ症状の増加と関連していました [10]。
- 最大の駆動要因は、学校でも制度でもなく、完璧主義と社会志向的達成動機でした [6]。
- 親との親密さはストレスを下げた一方、「多すぎると逆効果」の上限が示唆されました [7]。
- 「ストレスは自分を高める」という信念は症状を減らしましたが、成績は上げませんでした [8]。
- 女子のほうが影響を受けやすいという報告が、複数の地域から出ています [5] [11]。
- RCTでは、試験不安全体は改善せず、抑うつ d=0.35・不安 d=0.37・不眠 d=0.23 が改善しました [12]。
- そして——受験そのものより、「落ちて、次が見えない期間」のほうが重い代償です。
出典
本文中の番号に対応します。抄録に直接あたって確認したものだけを挙げています。結論に反する研究も、同じ基準で載せています。
- 【52研究・系統的レビュー】Steare, T. et al. (2023). The association between academic pressure and adolescent mental health problems: A systematic review. Journal of Affective Disorders. DOI: 10.1101/2023.01.24.23284938
- 【反証・東アジアの不安という通説】Rappleye, J. & Komatsu, H. (2018). Stereotypes as Anglo-American exam ritual? Oxford Review of Education. DOI: 10.1080/03054985.2018.1444598
- 【ノルウェー全国登録・N=18,052】Beck, K. et al. (2023). Distressing testing: A propensity score analysis of high-stakes exam failure and mental health. Child Development. DOI: 10.1111/cdev.13985
- 【台湾・処方データと学年の節目】Chen, K.-M. et al. (2024). School Milestones Impact Child Mental Health in Taiwan. SSRN. DOI: 10.2139/ssrn.4929521
- 【香港・1,804人/学校への関与は正の相関】Chyu, E. P. Y. & Chen, J.-K. (2022). Associations Between Academic Stress, Mental Distress, Academic Self-Disclosure to Parents and School Engagement in Hong Kong. Frontiers in Psychiatry. DOI: 10.3389/fpsyt.2022.911530
- 【何が学業ストレスを駆動するか】Chyu, E. P. Y. & Chen, J.-K. (2022). The Correlates of Academic Stress in Hong Kong. IJERPH. DOI: 10.3390/ijerph19074009
- 【韓国・社会関係資本の上限】Jarvis, J. A. et al. (2020). Too Much of a Good Thing: Social Capital and Academic Stress in South Korea. Social Sciences. DOI: 10.3390/socsci9110187
- 【ストレス・マインドセット】Wang, X.-Y. et al. (2022). Stress mindset and mental health status among Chinese high school students. PsyCh Journal. DOI: 10.1002/pchj.563
- 【中国・大学院入試 613人の6か月追跡】Chen, F. et al. (2022). Mental health status of medical students during postgraduate entrance examination. BMC Psychiatry. DOI: 10.1186/s12888-022-04482-1
- 【反証・機会を増やす改革と抑うつ】Huang, F. et al. (2021). The effect of high school entrance exam reform on adolescents’ depressive symptoms in Taiwan. School Psychology International. DOI: 10.1177/01430343211010873
- 【バングラデシュ・受験生452人】Rabby, M. R. et al. (2023). Depression symptoms, anxiety, and stress among undergraduate entrance admission seeking students in Bangladesh. Frontiers in Public Health. DOI: 10.3389/fpubh.2023.1136557
- 【RCT・受験100日前 587人】Luo, Y. et al. (2026). Brief digital narrative intervention for adolescent depression, anxiety, and insomnia during academic stress: a cluster randomized controlled trial. BMC Medicine. DOI: 10.1186/s12916-026-05047-9
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