
武蔵野個別指導塾の特徴
歴代総理大臣の一覧—初代伊藤博文から現職まで|武蔵野個別指導塾

伊藤博文から高市早苗まで105代の全員を表で並べ、66人しかいない理由と、指名と任命を取り違えない線の引き方まで一度にたどれます。
| 代 | 名前(読み) | 内閣の呼び名 | 就任した日 |
|---|---|---|---|
| 第1代 | 伊藤博文(いとう ひろぶみ) | 第1次伊藤内閣 | 1885年12月22日 |
| 第2代 | 黒田清隆(くろだ きよたか) | 黒田内閣 | 1888年4月30日 |
| 第3代 | 山県有朋(やまがた ありとも) | 第1次山県内閣 | 1889年12月24日 |
| 第4代 | 松方正義(まつかた まさよし) | 第1次松方内閣 | 1891年5月6日 |
| 第5代 | 伊藤博文(いとう ひろぶみ) | 第2次伊藤内閣 | 1892年8月8日 |
| 第6代 | 松方正義(まつかた まさよし) | 第2次松方内閣 | 1896年9月18日 |
| 第7代 | 伊藤博文(いとう ひろぶみ) | 第3次伊藤内閣 | 1898年1月12日 |
| 第8代 | 大隈重信(おおくま しげのぶ) | 第1次大隈内閣 | 1898年6月30日 |
| 第9代 | 山県有朋(やまがた ありとも) | 第2次山県内閣 | 1898年11月8日 |
| 第10代 | 伊藤博文(いとう ひろぶみ) | 第4次伊藤内閣 | 1900年10月19日 |
| 第11代 | 桂太郎(かつら たろう) | 第1次桂内閣 | 1901年6月2日 |
| 第12代 | 西園寺公望(さいおんじ きんもち) | 第1次西園寺内閣 | 1906年1月7日 |
| 第13代 | 桂太郎(かつら たろう) | 第2次桂内閣 | 1908年7月14日 |
| 第14代 | 西園寺公望(さいおんじ きんもち) | 第2次西園寺内閣 | 1911年8月30日 |
| 第15代 | 桂太郎(かつら たろう) | 第3次桂内閣 | 1912年12月21日 |
| 第16代 | 山本権兵衛(やまもと ごんべえ) | 第1次山本内閣 | 1913年2月20日 |
| 第17代 | 大隈重信(おおくま しげのぶ) | 第2次大隈内閣 | 1914年4月16日 |
| 第18代 | 寺内正毅(てらうち まさたけ) | 寺内内閣 | 1916年10月9日 |
| 第19代 | 原敬(はら たかし) | 原内閣 | 1918年9月29日 |
| 第20代 | 高橋是清(たかはし これきよ) | 高橋内閣 | 1921年11月13日 |
| 第21代 | 加藤友三郎(かとう ともさぶろう) | 加藤友三郎内閣 | 1922年6月12日 |
| 第22代 | 山本権兵衛(やまもと ごんべえ) | 第2次山本内閣 | 1923年9月2日 |
| 第23代 | 清浦奎吾(きようら けいご) | 清浦内閣 | 1924年1月7日 |
| 第24代 | 加藤高明(かとう たかあき) | 加藤高明内閣 | 1924年6月11日 |
| 第25代 | 若槻礼次郎(わかつき れいじろう) | 第1次若槻内閣 | 1926年1月30日 |
| 第26代 | 田中義一(たなか ぎいち) | 田中義一内閣 | 1927年4月20日 |
| 第27代 | 浜口雄幸(はまぐち おさち) | 浜口内閣 | 1929年7月2日 |
| 第28代 | 若槻礼次郎(わかつき れいじろう) | 第2次若槻内閣 | 1931年4月14日 |
| 第29代 | 犬養毅(いぬかい つよし) | 犬養内閣 | 1931年12月13日 |
| 第30代 | 斎藤実(さいとう まこと) | 斎藤内閣 | 1932年5月26日 |
| 第31代 | 岡田啓介(おかだ けいすけ) | 岡田内閣 | 1934年7月8日 |
| 第32代 | 広田弘毅(ひろた こうき) | 広田内閣 | 1936年3月9日 |
| 第33代 | 林銑十郎(はやし せんじゅうろう) | 林内閣 | 1937年2月2日 |
| 第34代 | 近衛文麿(このえ ふみまろ) | 第1次近衛内閣 | 1937年6月4日 |
| 第35代 | 平沼騏一郎(ひらぬま きいちろう) | 平沼内閣 | 1939年1月5日 |
| 第36代 | 阿部信行(あべ のぶゆき) | 阿部内閣 | 1939年8月30日 |
| 第37代 | 米内光政(よない みつまさ) | 米内内閣 | 1940年1月16日 |
| 第38代 | 近衛文麿(このえ ふみまろ) | 第2次近衛内閣 | 1940年7月22日 |
| 第39代 | 近衛文麿(このえ ふみまろ) | 第3次近衛内閣 | 1941年7月18日 |
| 第40代 | 東条英機(とうじょう ひでき) | 東条内閣 | 1941年10月18日 |
| 第41代 | 小磯国昭(こいそ くにあき) | 小磯内閣 | 1944年7月22日 |
| 第42代 | 鈴木貫太郎(すずき かんたろう) | 鈴木貫太郎内閣 | 1945年4月7日 |
| 第43代 | 東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみや なるひこおう) | 東久邇内閣 | 1945年8月17日 |
| 第44代 | 幣原喜重郎(しではら きじゅうろう) | 幣原内閣 | 1945年10月9日 |
| 第45代 | 吉田茂(よしだ しげる) | 第1次吉田内閣 | 1946年5月22日 |
| 第46代 | 片山哲(かたやま てつ) | 片山内閣 | 1947年5月24日 |
| 第47代 | 芦田均(あしだ ひとし) | 芦田内閣 | 1948年3月10日 |
| 第48代 | 吉田茂(よしだ しげる) | 第2次吉田内閣 | 1948年10月15日 |
| 第49代 | 吉田茂(よしだ しげる) | 第3次吉田内閣 | 1949年2月16日 |
| 第50代 | 吉田茂(よしだ しげる) | 第4次吉田内閣 | 1952年10月30日 |
| 第51代 | 吉田茂(よしだ しげる) | 第5次吉田内閣 | 1953年5月21日 |
| 第52代 | 鳩山一郎(はとやま いちろう) | 第1次鳩山一郎内閣 | 1954年12月10日 |
| 第53代 | 鳩山一郎(はとやま いちろう) | 第2次鳩山一郎内閣 | 1955年3月19日 |
| 第54代 | 鳩山一郎(はとやま いちろう) | 第3次鳩山一郎内閣 | 1955年11月22日 |
| 第55代 | 石橋湛山(いしばし たんざん) | 石橋内閣 | 1956年12月23日 |
| 第56代 | 岸信介(きし のぶすけ) | 第1次岸内閣 | 1957年2月25日 |
| 第57代 | 岸信介(きし のぶすけ) | 第2次岸内閣 | 1958年6月12日 |
| 第58代 | 池田勇人(いけだ はやと) | 第1次池田内閣 | 1960年7月19日 |
| 第59代 | 池田勇人(いけだ はやと) | 第2次池田内閣 | 1960年12月8日 |
| 第60代 | 池田勇人(いけだ はやと) | 第3次池田内閣 | 1963年12月9日 |
| 第61代 | 佐藤栄作(さとう えいさく) | 第1次佐藤内閣 | 1964年11月9日 |
| 第62代 | 佐藤栄作(さとう えいさく) | 第2次佐藤内閣 | 1967年2月17日 |
| 第63代 | 佐藤栄作(さとう えいさく) | 第3次佐藤内閣 | 1970年1月14日 |
| 第64代 | 田中角栄(たなか かくえい) | 第1次田中角栄内閣 | 1972年7月7日 |
| 第65代 | 田中角栄(たなか かくえい) | 第2次田中角栄内閣 | 1972年12月22日 |
| 第66代 | 三木武夫(みき たけお) | 三木内閣 | 1974年12月9日 |
| 第67代 | 福田赳夫(ふくだ たけお) | 福田赳夫内閣 | 1976年12月24日 |
| 第68代 | 大平正芳(おおひら まさよし) | 第1次大平内閣 | 1978年12月7日 |
| 第69代 | 大平正芳(おおひら まさよし) | 第2次大平内閣 | 1979年11月9日 |
| 第70代 | 鈴木善幸(すずき ぜんこう) | 鈴木善幸内閣 | 1980年7月17日 |
| 第71代 | 中曽根康弘(なかそね やすひろ) | 第1次中曽根内閣 | 1982年11月27日 |
| 第72代 | 中曽根康弘(なかそね やすひろ) | 第2次中曽根内閣 | 1983年12月27日 |
| 第73代 | 中曽根康弘(なかそね やすひろ) | 第3次中曽根内閣 | 1986年7月22日 |
| 第74代 | 竹下登(たけした のぼる) | 竹下内閣 | 1987年11月6日 |
| 第75代 | 宇野宗佑(うの そうすけ) | 宇野内閣 | 1989年6月3日 |
| 第76代 | 海部俊樹(かいふ としき) | 第1次海部内閣 | 1989年8月10日 |
| 第77代 | 海部俊樹(かいふ としき) | 第2次海部内閣 | 1990年2月28日 |
| 第78代 | 宮沢喜一(みやざわ きいち) | 宮沢内閣 | 1991年11月5日 |
| 第79代 | 細川護熙(ほそかわ もりひろ) | 細川内閣 | 1993年8月9日 |
| 第80代 | 羽田孜(はた つとむ) | 羽田内閣 | 1994年4月28日 |
| 第81代 | 村山富市(むらやま とみいち) | 村山内閣 | 1994年6月30日 |
| 第82代 | 橋本龍太郎(はしもと りゅうたろう) | 第1次橋本内閣 | 1996年1月11日 |
| 第83代 | 橋本龍太郎(はしもと りゅうたろう) | 第2次橋本内閣 | 1996年11月7日 |
| 第84代 | 小渕恵三(おぶち けいぞう) | 小渕内閣 | 1998年7月30日 |
| 第85代 | 森喜朗(もり よしろう) | 第1次森内閣 | 2000年4月5日 |
| 第86代 | 森喜朗(もり よしろう) | 第2次森内閣 | 2000年7月4日 |
| 第87代 | 小泉純一郎(こいずみ じゅんいちろう) | 第1次小泉内閣 | 2001年4月26日 |
| 第88代 | 小泉純一郎(こいずみ じゅんいちろう) | 第2次小泉内閣 | 2003年11月19日 |
| 第89代 | 小泉純一郎(こいずみ じゅんいちろう) | 第3次小泉内閣 | 2005年9月21日 |
| 第90代 | 安倍晋三(あべ しんぞう) | 第1次安倍内閣 | 2006年9月26日 |
| 第91代 | 福田康夫(ふくだ やすお) | 福田康夫内閣 | 2007年9月26日 |
| 第92代 | 麻生太郎(あそう たろう) | 麻生内閣 | 2008年9月24日 |
| 第93代 | 鳩山由紀夫(はとやま ゆきお) | 鳩山由紀夫内閣 | 2009年9月16日 |
| 第94代 | 菅直人(かん なおと) | 菅直人内閣 | 2010年6月8日 |
| 第95代 | 野田佳彦(のだ よしひこ) | 野田内閣 | 2011年9月2日 |
| 第96代 | 安倍晋三(あべ しんぞう) | 第2次安倍内閣 | 2012年12月26日 |
| 第97代 | 安倍晋三(あべ しんぞう) | 第3次安倍内閣 | 2014年12月24日 |
| 第98代 | 安倍晋三(あべ しんぞう) | 第4次安倍内閣 | 2017年11月1日 |
| 第99代 | 菅義偉(すが よしひで) | 菅義偉内閣 | 2020年9月16日 |
| 第100代 | 岸田文雄(きしだ ふみお) | 第1次岸田内閣 | 2021年10月4日 |
| 第101代 | 岸田文雄(きしだ ふみお) | 第2次岸田内閣 | 2021年11月10日 |
| 第102代 | 石破茂(いしば しげる) | 第1次石破内閣 | 2024年10月1日 |
| 第103代 | 石破茂(いしば しげる) | 第2次石破内閣 | 2024年11月11日 |
| 第104代 | 高市早苗(たかいち さなえ) | 第1次高市内閣 | 2025年10月21日 |
| 第105代 | 高市早苗(たかいち さなえ) | 第2次高市内閣 | 2026年2月18日(現職) |
現職は第105代の高市早苗です。2025年10月21日に第104代として就任し、2026年2月18日の再任で第105代になりました。代の番号と就任した日は首相官邸の「歴代内閣」に合わせています。名前は教科書に多い字を使いました。官邸の表は「山縣有朋」「東條英機」「濱口雄幸」のように旧字で載せています。山本権兵衛の名は「ごんのひょうえ」とも読まれ、読みには諸説あります。
よくあるのは、夕食のニュースで「第105代の内閣総理大臣」と流れ、箸を止めたお子さまが「首相って105人もいたの」と聞く場面です。おうちの方がスマートフォンで一覧を開くと、吉田茂の名前が5行も並び、伊藤博文や安倍晋三も繰り返し出てきて、話はかえってこじれます。表が長いほど、お子さまの「なんで」は増えていきます。焼き魚が冷める前に片づけたいなら、見るところは一つで足ります。「代」と「人」は別の数です。
一覧の読み方
「代」は人の数ではなく、内閣が新しく組まれた回数です。105代を務めたのは66人で、図1の上の2本ほど長さが違います。吉田茂は第45代と第48代から第51代までの5代ぶん、伊藤博文と安倍晋三は4代ぶんを1人で務めました。

同じ人で代が進むのは、憲法に理由があります。日本国憲法第70条により、衆議院議員総選挙の後に初めて国会が召集されると、内閣は総辞職します。そのあと国会が首相を指名し直すので、同じ人が選ばれても新しい内閣です。図1の下の段がその例で、2014年と2017年の総選挙のたびに安倍晋三の代が一つ進みました。総選挙によらない例外もあり、近衛文麿の第38代から第39代は大臣を入れ替えるためにいったん総辞職した組み直し、鳩山一郎の第53代から第54代は自由民主党の結成を受けた組み直しでした。総辞職をしない内閣改造では代は動きません。第101代の岸田文雄は在任中に内閣を2回改造しましたが、最後まで第101代のままです。
表の「内閣の呼び名」は、その人の何回目の内閣かを示します。第2次吉田内閣から第3次吉田内閣へ数字が進めば、代も一つ進みます。田中義一と田中角栄のように同じ姓の首相がいるときは、名前まで付けて呼び分けます。
就任した日の列にも読みどころがあります。官邸の表で、前の代の退任と次の代の就任の間があいている所は8か所あります。第2代と第3代の間は内大臣の三条実美が首相を兼ね、1980年に大平正芳が在任中に亡くなったときは伊東正義が臨時代理を務めました。こうした兼任や代理は代に数えません。また、第46代の片山哲より前の首相は、国会の指名ではなく天皇の命令で内閣を組みました。日本国憲法の下で国会に指名された最初の首相が片山哲です。
出来事と結びつける内閣
テストで名前が問われる内閣は、105のうちの一部です。次の表の出来事と組にしておけば、並べ替えにも穴埋めにも使えます。
| 代 | 内閣 | 年と出来事 |
|---|---|---|
| 第1代 | 第1次伊藤内閣 | 1885年 内閣制度の始まり |
| 第2代 | 黒田内閣 | 1889年 大日本帝国憲法の発布 |
| 第5代 | 第2次伊藤内閣 | 1894年 日清戦争の開戦、1895年 下関条約 |
| 第8代 | 第1次大隈内閣 | 1898年 初の政党内閣 |
| 第11代 | 第1次桂内閣 | 1902年 日英同盟、1904年 日露戦争の開戦、1905年 ポーツマス条約 |
| 第13代 | 第2次桂内閣 | 1910年 韓国併合、1911年 関税自主権の回復 |
| 第17代 | 第2次大隈内閣 | 1914年 第一次世界大戦に参戦、1915年 二十一か条の要求 |
| 第19代 | 原内閣 | 1918年 初の本格的な政党内閣、1921年 原敬が暗殺される |
| 第24代 | 加藤高明内閣 | 1925年 普通選挙法と治安維持法 |
| 第28代 | 第2次若槻内閣 | 1931年 満州事変 |
| 第29代 | 犬養内閣 | 1932年 五・一五事件で犬養毅が暗殺される |
| 第31代 | 岡田内閣 | 1936年 二・二六事件 |
| 第34代 | 第1次近衛内閣 | 1937年 日中戦争の開始、1938年 国家総動員法 |
| 第38代 | 第2次近衛内閣 | 1940年 日独伊三国同盟 |
| 第40代 | 東条内閣 | 1941年 太平洋戦争の開戦 |
| 第42代 | 鈴木貫太郎内閣 | 1945年 ポツダム宣言の受諾 |
| 第43代 | 東久邇内閣 | 1945年 皇族が首相になった唯一の例 |
| 第45代 | 第1次吉田内閣 | 1946年 日本国憲法の公布、1947年 施行 |
| 第49代 | 第3次吉田内閣 | 1951年 サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約 |
| 第54代 | 第3次鳩山一郎内閣 | 1956年 日ソ共同宣言、国際連合への加盟 |
| 第57代 | 第2次岸内閣 | 1960年 日米新安全保障条約 |
| 第59代 | 第2次池田内閣 | 1960年 国民所得倍増計画 |
| 第60代 | 第3次池田内閣 | 1964年 東京オリンピック |
| 第61代 | 第1次佐藤内閣 | 1965年 日韓基本条約 |
| 第63代 | 第3次佐藤内閣 | 1972年 沖縄返還 |
| 第64代 | 第1次田中角栄内閣 | 1972年 日中共同声明 |
| 第67代 | 福田赳夫内閣 | 1978年 日中平和友好条約 |
| 第73代 | 第3次中曽根内閣 | 1987年 国鉄の分割民営化 |
| 第74代 | 竹下内閣 | 1989年 消費税の導入(3%) |
| 第79代 | 細川内閣 | 1993年 非自民の連立政権、55年体制の終わり |
| 第81代 | 村山内閣 | 1995年 阪神・淡路大震災 |
| 第87代 | 第1次小泉内閣 | 2002年 初の日朝首脳会談 |
| 第93代 | 鳩山由紀夫内閣 | 2009年 民主党を中心とする政権交代 |
| 第94代 | 菅直人内閣 | 2011年 東日本大震災 |
| 第98代 | 第4次安倍内閣 | 2019年 令和への改元、消費税10% |
| 第104代 | 第1次高市内閣 | 2025年 初の女性首相 |
在任の長い首相
| 順位 | 名前 | 通算の在任日数 |
|---|---|---|
| 1 | 安倍晋三 | 3188日 |
| 2 | 桂太郎 | 2886日 |
| 3 | 佐藤栄作 | 2798日 |
| 4 | 伊藤博文 | 2720日 |
| 5 | 吉田茂 | 2616日 |
| 6 | 小泉純一郎 | 1980日 |
| 7 | 中曽根康弘 | 1806日 |
| 8 | 池田勇人 | 1575日 |
| 9 | 西園寺公望 | 1400日 |
| 10 | 岸信介 | 1241日 |
日数は官邸の通算在職日数です。連続の最長も安倍晋三で、2012年からの2822日です。それまでの連続の最長は佐藤栄作の2798日でした。短い方では東久邇宮稔彦王の54日が最も短く、羽田孜の64日、石橋湛山の65日、宇野宗佑の69日と続きます。
覚え方
105行を上から唱える練習は、かける時間のわりにテストの点につながりません。まず図2のように元号で五つに切ります。棒の長さは代の数に比例していて、昭和だけが飛び抜けて長いことが一目でわかります。

図2の右端の名前は、その元号に入って最初に組閣した首相です。伊藤博文、桂太郎、田中義一、宇野宗佑、菅義偉。この5人を柱に立てれば、ほかの首相は柱のあいだに置くだけで済みます。長い昭和は、第42代の鈴木貫太郎で戦争が終わると覚えて、もう一度切ります。
最初の15代は、頭の音を唱えます。首相の順番には年号ほど広まった語呂が多くないので、自分で作ってかまいません。たとえば「いくやま・いまい・おやい・かさかさか」です。順に、伊藤、黒田、山県、松方。伊藤、松方、伊藤。大隈、山県、伊藤。桂、西園寺、桂、西園寺、桂。末尾の「かさかさか」は、桂太郎と西園寺公望が交互に組閣した桂園時代そのものです。
戦後は、1人に一つの仕事を結びます。吉田茂は講和、鳩山一郎はソ連と国連、岸信介は安保、池田勇人は所得倍増、佐藤栄作は沖縄、田中角栄は中国。「講和、国連、安保、所得、沖縄、中国」と出来事だけを唱えても、並びがそのまま首相の順番になります。鳩山と岸のあいだに、65日だけの石橋湛山をはさむことも忘れないでください。
佐藤栄作の次の世代には「三角大福中」という、よく使われる呼び名があります。三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘の5人です。ただし、語の並びは就任の順ではありません。実際は田中、三木、福田、大平と進み、鈴木善幸をはさんで中曽根です。呼び名の順で答えると、並べ替えの問題で落とします。
親族の線も使えます。岸信介と佐藤栄作は兄弟で、安倍晋三は岸の孫です。麻生太郎は吉田茂の孫、鳩山由紀夫は鳩山一郎の孫、福田康夫は福田赳夫の子、細川護熙は近衛文麿の孫にあたります。ばらばらの点より、線でつないだ名前の方が抜けにくくなります。在任の長さは上位5人の頭の音で「あかさいよ」と唱えます。安倍、桂、佐藤、伊藤、吉田の順です。
練習は日をあけて3回に分けます。1日目は表の名前の列を紙で隠し、図2の柱の5人を書きます。2日目は柱を見ずに書いてから、出来事の表の首相を柱のあいだに書き足します。5日目は何も見ずに同じ紙を作り直し、抜けた名前にだけ印を付けます。次に開くのは、その印の行だけで十分です。
テストでの出方
公民と歴史では、問われ方がまるで違います。公民は首相の名前をほとんど問いません。問うのは選ばれ方のしくみです。中心は、内閣総理大臣の指名(第67条)と天皇による任命(第6条)、国務大臣の任命とその過半数が国会議員であること(第68条)、文民の条件(第66条)です。衆議院の不信任決議と10日以内の解散または総辞職(第69条)、総選挙後の総辞職(第70条)もよく並びます。指名が衆議院と参議院で割れたときは両院協議会を開き、それでも一致しなければ衆議院の議決が国会の議決になります。衆議院の優越の代表例として、穴埋めによく使われます。
歴史は名前と出来事の結びつきを問います。定期テストではその単元の内閣が出やすく、入試では時代をまたいだ並べ替えになりやすいと考えてください。次の3問は自作の問題です。紙に書いてから答えを見てください。
例題1 公民の穴埋め
次の文の(ア)から(ウ)に入る語を書きなさい。「内閣総理大臣は(ア)の中から(イ)の議決で指名され、(ウ)が任命する。」
答え: ア 国会議員、イ 国会、ウ 天皇。アに「衆議院議員」と書くと誤りです。憲法の条文は国会議員としか書いていません。日本国憲法の下の首相はこれまで全員が衆議院議員なので、つい引きずられます。
例題2 歴史の並べ替え
次の出来事を古い順に並べ、そのときの首相を下から選びなさい。
A 沖縄返還 B 普通選挙法の成立 C サンフランシスコ平和条約 D 大日本帝国憲法の発布
首相: 吉田茂、佐藤栄作、加藤高明、黒田清隆
答え: D 黒田清隆(1889年)→ B 加藤高明(1925年)→ C 吉田茂(1951年)→ A 佐藤栄作(1972年)。年号を4つ覚えていなくても、憲法、選挙、独立の回復、沖縄と国の歩みで考えれば順番は出せます。
例題3 理由の説明
第96代、第97代、第98代はすべて安倍晋三です。同じ人なのに代が増えた理由を、「総選挙」「総辞職」「指名」の3語を使って説明しなさい。
答えの例: 総選挙の後に初めて国会が召集されると内閣は総辞職し、国会が改めて首相を指名する。同じ人が指名されても新しい内閣になるので、代が一つ増える。3語を並べただけでは点になりません。原因から結果へ順につながっているかが見られます。
まちがえやすいところ
一つ目は、指名と任命の入れ替えです。図3のように、国民が選挙で選ぶのは国会議員で、首相を指名するのは国会、任命するのは天皇です。「国民が首相を選ぶ」「天皇が指名する」はどちらも誤りです。さらに国務大臣を任命するのは首相で、ここで任命の矢印の出どころが変わります。

図3の左下の2枚を先に書けるようにしておくと、穴埋めで手が止まりません。
二つ目は、「105代」を105人と読むことです。人数は66人です。同じ形の誤りに、在任の最長と代の最多の取り違えがあります。在任の通算が最も長いのは安倍晋三の3188日、代の数が最も多いのは吉田茂の5代です。問題文が「日数」を聞いているのか「代」を聞いているのかに、線を引いて確かめてください。
三つ目は、同じ姓と同じ字です。「菅」は、菅直人が「かん」で菅義偉が「すが」です。田中は義一(第26代)と角栄(第64代と第65代)、福田は赳夫(第67代)と康夫(第91代)、鳩山は一郎(第52代から第54代)と由紀夫(第93代)、鈴木は貫太郎(第42代)と善幸(第70代)、加藤は友三郎(第21代)と高明(第24代)です。姓だけで答えると、もう一人と区別がつかず点になりません。暗殺の話も混ざりやすいところで、伊藤博文の暗殺は退任後の1909年です。在任中に暗殺された首相は原敬と犬養毅です。
確かめの問題
- 第1代の首相の名前と、就任した年を書きなさい。
- 現職の第105代の首相の名前を書きなさい。
- 国民所得倍増計画を打ち出したときの首相は誰ですか。
- 「三角大福中」の5人のうち、最も早く首相になったのは誰ですか。
- 衆議院で内閣不信任の決議案が可決されたとき、内閣は何日以内に衆議院を解散しなければ総辞職となりますか。
答え
- 伊藤博文、1885年。内閣制度が始まった年です。
- 高市早苗。2025年10月21日に第104代として就任し、2026年2月18日の再任で第105代になりました。
- 池田勇人。第2次池田内閣、第59代のときで、1960年の計画です。
- 田中角栄。第64代で、三木武夫(第66代)、福田赳夫(第67代)、大平正芳(第68代)、中曽根康弘(第71代)の順に続きます。
- 10日以内。日本国憲法第69条の定めです。
次に覚える一覧
「江戸幕府の将軍の一覧」は、同じく代で数える権力者の表なので、第何代と名前を結ぶ練習がそのまま使えます。「三権分立」の図は、国会と内閣を結ぶ指名と不信任の矢印を、裁判所まで広げて描き直すものです。「日本史の年表」は、首相と組にした出来事を時代の流れの中に置き直すための一枚です。個別指導では、並べ替えで落とした問題の出来事まで戻り、年号と首相が同じ時代に結べているかを確かめます。指名と任命で迷うときは、国会のしくみの単元まで戻ります。
まとめ
夕食のニュースで耳にする「第105代」は、もう首をかしげる数字ではありません。元号で五つに切り、第46代から国会が指名すると線を引き、指名は国会で任命は天皇と書き分ければ、105行は読める表に変わります。次に番号が一つ増える日には、人が替わったのか総選挙の後なのかを、その場で見分けられます。
105は人の数ではなく、この国が内閣を組み直してきた回数です。
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