連載「単元別のつまずき研究——その単元で、生徒は実際に何をどう誤るか」全50回の第24回です。学習の仕方の目次を見る
「お湯を冷たい水に入れると、熱が移動して全体がぬるくなる」。こう説明したあと、生徒に「では、熱はどこからどこへ移動しましたか」と尋ねると、お湯のあった場所を指さして「ここから出ていった」と答えることがあります。熱を、水とは別の小さな粒や液体のような「物質」として思い描いているのです。
この回では、熱と温度をめぐる代表的なつまずきを扱います。とくに「熱は物質のように移動する」「温度は熱の量そのものだ」という考え方が、どのように誤答に現れるのかを具体的に見ていきます。そのうえで、机の前でできる確かめ方と、学年ごとの注意点を整理します。
熱と温度の区別は、小学校で水の温まり方や金属の熱伝導を学び、中学校で熱量と比熱を学び、高校で熱力学として再構成されるまで、長い時間をかけて育つ概念です。しかし、学習が進んでも「熱は物質のようなもの」という素朴な見方は、形を変えて残り続けます。
本記事では、熱と温度をめぐる子どもの概念研究を手がかりに、生徒が実際に何をどう誤るのかを整理します。結論を先に示し、その理由を研究知見から述べ、誤答例と確かめる手順、よくある誤読、今週できることを順に紹介します。
要点(結論から)
- 生徒は熱を、水や空気のように移動する「物質のようなもの」として捉えがちです。そのため、熱が移動したあとの行き先や、熱の保存を誤って説明します。
- 温度を「熱の量そのもの」と同一視する誤りが多く見られます。温度が高いことと、熱を多く持っていることを区別できません。
- 熱の移動を「温かいものが冷たいものに触れたときだけ起こる特別な出来事」ではなく、物質の移動のように「熱が流れ込む」と表現します。
結論——熱と温度のつまずきは「熱の物質化」から始まる
- 生徒は熱を、水や空気のように移動する「物質のようなもの」として捉えがちです。そのため、熱が移動したあとの行き先や、熱の保存を誤って説明します。
- 温度を「熱の量そのもの」と同一視する誤りが多く見られます。温度が高いことと、熱を多く持っていることを区別できません。
- 熱の移動を「温かいものが冷たいものに触れたときだけ起こる特別な出来事」ではなく、物質の移動のように「熱が流れ込む」と表現します。
- 断熱や保温の説明で、熱を閉じ込める容器や逃がさない壁という物質的なイメージが強く出ます。熱を「逃げるもの」として擬人的に扱うこともあります。
- これらの誤りは、単なる言葉の不正確さではなく、熱を物体と同じカテゴリーで考える一貫した素朴理論に根ざしています。だからこそ、定義を教えるだけでは修正されにくいのです。
理由——熱を物質のように扱う素朴理論が根底にある
熱と温度が「一つのもの」として結びついている
子どもは熱と温度を、しばしば同じものとして扱います。熱いものは「熱をたくさん持っている」、冷たいものは「熱を少ししか持っていない」、そして温度計の目盛りはその熱の量を測っている、という理解です。この理解では、温度が高いことと熱が多いことが同じ意味になります。
このような見方は、日常言語によって補強されています。「熱がこもる」「熱を奪う」「熱が逃げる」といった表現は、熱が何か実体のあるもののように響きます。生徒はこれらの言葉を、比喩としてではなく、文字どおりの描写として受け取ります。
科学の歴史を振り返ると、熱を物質のような流動体と見なす考え方は、かつて熱素説として広く受け入れられていました。熱い物体から冷たい物体へ熱素が流れ込むという説明は、多くの現象をうまく説明できたのです。生徒の素朴な考え方は、この歴史的な理論と似た構造を持っています。
When Heat and Temperature Were One. Mental Models. 2014:275-306.
この出典が示すように、初学者の信念体系から熟達者の信念体系への移行は、科学史における理論変化に似ています。熱と温度が一つだった理解から、両者を区別する理解への移行は、まさにその一例です。生徒は「熱い=熱が多い」という一つの概念で現象を説明していた状態から、熱と温度を別の概念として再構成する必要に迫られます。
この再構成は、単に新しい用語を覚えることではありません。熱いお湯と冷たい水を混ぜたとき、温度は中間になるのに、熱の量は保存されるという考え方は、日常の感覚からは見えにくいものです。生徒にとっては、温度が下がったのに熱が消えていないという主張が、かえって不自然に感じられることもあります。
熱の移動を物質の移動として説明する
熱伝導や対流を学ぶとき、生徒は熱が「水のように流れる」「粒のように移動する」と表現します。金属棒の一端を熱すると、熱が「棒の中を通って反対側まで行く」という説明は、一見正しいように聞こえます。しかし、その内実を尋ねると、熱が金属の中を移動する小さな実体としてイメージされていることが分かります。
このイメージは、熱が移動する仕組みを誤って理解させるだけでなく、熱の発生や消滅についても誤解を生みます。摩擦で熱が生じる場面では、熱が「どこかから来た」のではなく、運動が熱に変わるのだという説明が、物質的なイメージと衝突します。熱が物質なら、摩擦で熱が増えることは「無から有が生じる」ように感じられてしまうのです。
また、熱が物質のように移動するという考え方は、熱の移動方向の理解にも影響します。物質は高いところから低いところへ流れますが、熱も同じように「熱いところから冷たいところへ流れる」と理解されます。この方向性の理解自体は正しいのですが、その理由が「熱は流れる物質だから」である限り、熱が移動したあとに何が残るのかを問われると説明に詰まります。
熱を物質として扱う考え方は、断熱の説明にも現れます。発泡スチロールや毛布が「熱を閉じ込める」という表現は、熱が容器の中に留まる実体であることを前提にしています。実際には断熱材は熱の移動を遅くしているだけで、熱を蓄えているわけではありません。しかし、物質的なイメージを持つ生徒には、この区別がなかなか伝わりません。
温度計の読み取りが「熱の量の測定」にすり替わる
温度計の目盛りを読むことは、小学校の理科で繰り返し練習します。しかし、温度計が何を測っているのかという問いになると、生徒の答えは「熱さの度合い」ではなく「熱の量」になることがあります。温度計の数値が高いほど、その物体が多くの熱を持っていると考えるのです。
この誤解は、同じ温度の物体でも熱の量が異なる場面で表面化します。たとえば、同じ温度の水と鉄を比べたとき、どちらが多くの熱を持っているかを問われると、温度が同じだから熱の量も同じだと答える生徒がいます。熱容量や比熱の考え方が入る余地がありません。
また、温度変化と熱の出入りを結びつけるときにも、この誤解が影響します。水を加熱して温度が上がる場面では、熱が水に入ったから温度が上がった、という説明は正しいのですが、その逆に「温度が上がったから熱が増えた」と因果を逆転させて理解する生徒もいます。温度は熱の出入りの結果として変化する指標であって、熱そのものではないという区別ができていないのです。
Erickson G. Children’s conceptions of heat and temperature. Science Education. 1979;63(2):221-230.
この研究は、子どもが熱と温度をどのように概念化しているかを調べた古典的なものです。そこでは、熱と温度が未分化なまま「熱さ」という一つの性質として扱われる様子が報告されています。生徒は温度計の数値を、熱の量を直接示すものとして読む傾向があります。
この傾向は、温度計の目盛りが「熱さの度合い」を表すという教科書的な説明だけでは修正されません。なぜなら、生徒の頭の中では「熱さの度合い」と「熱の量」が同じカテゴリーに属しているからです。両者を区別するには、同じ温度でも熱の量が異なる具体例に触れ、温度計が測っていないものがあることに気づかせる必要があります。
誤答の例——熱と温度の混同が現れる場面
| よくある誤答 | その子が考えていること | 確かめる問いかけ |
|---|---|---|
| 「お湯と水を混ぜたら、熱がお湯から水に移動して、お湯には熱がなくなった」 | 熱は水のように移動する物質で、移動元には残らないと考えている。 | 「混ぜたあとのお湯の部分は、熱をまったく持っていないの? 温度はどうなっている?」 |
| 「温度計の目盛りが高いほど、その物が持っている熱の量が多い」 | 温度と熱量を同じものとして扱っている。 | 「同じ温度の水と鉄では、持っている熱の量は同じかな? 冷ますのに必要な時間は同じだと思う?」 |
| 「毛布をかけると、毛布が熱を作って温かくなる」 | 温かさの源は熱を作り出す物質や物にあると考えている。 | 「毛布をかける前と後で、体から出る熱の行き先はどう変わる? 毛布自体が熱を作っているのかな?」 |
| 「金属の棒を熱すると、熱の粒が棒の中を端から端まで移動する」 | 熱を、金属の中を移動する小さな実体としてイメージしている。 | 「熱が粒なら、その粒はどこから来たの? 熱した部分の金属はどうなっている?」 |
| 「冷たい水は冷たさを持っていて、それがお湯に移る」 | 冷たさも熱と同じように移動する物質として捉えている。 | 「冷たさが移動するなら、冷たい水は冷たさを失って温かくなるはずだね。実際はどうなる?」 |
机の前で1対1で確かめるときは、次の手順が有効です。
- まず、生徒に「熱はどこにある?」と尋ね、熱のありかを指さしてもらいます。熱を物質のように扱う生徒は、特定の場所を指さします。
- 次に、お湯と水を混ぜる場面を図に描いてもらい、熱の移動を矢印で表してもらいます。矢印の先に何が残るかを尋ねます。
- 同じ温度の水と鉄を用意し、触ったときの冷たさの違いを確かめます。温度計の数値が同じでも、熱の移動のしやすさが違うことに気づかせます。
- 毛布や発泡スチロールで包んだ物の温度変化を測り、断熱材が熱を作っていないことを確かめます。
- 最後に、「温度は熱の量を測っているのか、熱さの度合いを測っているのか」を、これまでの観察をもとに整理します。
小学生では、熱を物質のように扱う傾向が強く現れます。熱が「移動するもの」であることは直感的に理解できても、それが何であるかを問われると、水や空気のような実体を思い描きます。この段階では、熱の正体を厳密に定義するよりも、温度計の読み取りと熱の移動を切り離して観察させることが大切です。
中学生では、熱量と温度の区別が学習内容に入ります。しかし、熱量の単位を学んでも、熱を物質のように扱う考え方は残ります。熱量計算ができるようになっても、「熱が移動する」という表現を文字どおりに受け取っている生徒は少なくありません。計算と概念理解が別々に進むことがあります。
高校生では、熱力学の枠組みで熱と温度を再定義します。内部エネルギーやエントロピーといった概念が入ると、熱を物質として扱う考え方は一見消えたように見えます。しかし、問題演習の中で「熱が移動する」という表現に頼り続けると、熱を実体視する考え方が潜在的に残ります。数式を扱えることと、概念を再構成できていることは別です。
よくある誤読——研究結果をどう使わないか
「子どもはみんな熱を物質だと思っている」と決めつける誤用
熱と温度をめぐる概念研究は、多くの子どもが熱を物質のように扱う傾向を示しています。しかし、この結果を「すべての子どもが同じ誤りを持つ」と読むのは誤用です。研究が示しているのは、ある年齢層や学習段階において、そのような考え方が頻繁に見られるという傾向です。
実際には、熱と温度の区別が早い段階でできている生徒もいます。また、同じ生徒でも、文脈によって物質的な説明をしたり、科学的な説明をしたりすることがあります。素朴理論は一貫した体系であると同時に、状況に応じて柔軟に切り替えられるものでもあります。
指導の場面では、生徒が熱を物質のように扱っているかどうかを、個別に確かめる必要があります。「この子は熱素説的な考え方を持っている」と事前に決めつけると、実際には別の誤りをしている生徒の説明を聞き逃します。研究知見は、観察の視点を提供するものであって、診断の代わりにはなりません。
「科学史と同じ道をたどるから、熱素説を教えればよい」と読む誤用
熱と温度の概念変化が科学史の理論変化に似ているという指摘は、興味深いものですが、これを「生徒に熱素説を教えれば理解が深まる」と読むのは誤りです。科学史における熱素説は、当時の実験事実を説明するために洗練された理論でした。生徒の素朴な考え方は、それとは異なる、日常経験に根ざした断片的なイメージです。
また、科学史の理論を教えることが、生徒の概念変化を促すという十分な証拠はありません。むしろ、熱を物質として扱う考え方を一度言語化させると、その考え方が強化される可能性もあります。歴史的な理論を紹介することと、生徒自身の考え方を修正することは、別の営みです。
正しい読み方は、生徒の素朴な考え方が、かつて科学者が持っていた理論と構造的に似ているという点に注目することです。つまり、生徒の誤りは単なる知識不足ではなく、一つの説明体系として機能しているということです。だからこそ、部分的な訂正ではなく、体系ごとの組み替えが必要になります。
今週やること——熱の物質化を見つけて揺さぶる
- 授業の最初に「熱はどこにある?」と尋ね、生徒が熱のありかを指さすか、場所を特定できないかを観察します。熱を物質のように扱う生徒は、迷わず特定の場所を指さします。
- お湯と水を混ぜる場面を図に描かせ、熱の移動を矢印で表してもらいます。そのあと「移動した熱は、移動先でどうなっている?」と尋ね、熱が消えるのか残るのかを考えさせます。
- 同じ温度の水と鉄を触らせ、温度計の数値が同じでも感じる冷たさが違うことを確かめます。温度計が測っているものと、熱の移動のしやすさが別であることに気づかせます。
この記事で言えないこと
この記事で紹介した研究知見は、特定の時期に特定の方法で集められたデータに基づいています。熱と温度の概念研究は、質問紙やインタビューによる調査が中心であり、授業実践の効果を直接測定したものではありません。したがって、ここで述べた誤答例が、すべての教室で同じ頻度で現れるとは言えません。
また、熱と温度のつまずきは、生徒の言語表現に強く依存します。「熱が移動する」という表現を使う生徒が、必ずしも熱を物質として扱っているとは限りません。科学的な概念を持ちながら、日常的な表現を選んでいるだけの場合もあります。誤答の背後にある考え方を判断するには、複数の場面での発言や行動を突き合わせる必要があります。
さらに、熱と温度の概念変化は、一度の説明や実験で完了するものではありません。生徒は、新しい概念を学んだあとも、しばらくは古い考え方と新しい考え方を行き来します。この記事で示した手順は、その長い過程の入り口に立つためのものであり、これだけで概念が完全に再構成されるわけではありません。個人差も大きく、ある生徒には有効でも、別の生徒には別の手立てが必要になることがあります。
当塾の立場
熱と温度のつまずきは、家庭でも十分に観察できます。お風呂の湯温を測るとき、冷たい飲み物に氷を入れるとき、毛布をかけるときなど、日常の場面で「熱はどこにある?」と尋ねるだけで、子どもの考え方は見えてきます。まずは家庭で、熱のありかを尋ねてみることをお勧めします。塾に通わなければできないことではありません。
そのうえで、塾が担えることがあるとすれば、生徒の説明を遮らずに聞き取り、その考え方の内部にある一貫性を一緒に確かめることです。具体的には、生徒が「熱は水のように移動する」と説明したとき、それを誤りと断じるのではなく、「では、移動したあとの熱はどこにあるの?」と問いを重ね、生徒自身の説明が行き詰まる瞬間に付き合います。この行き詰まりを経験することが、概念の組み替えの出発点になるからです。
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出典
- Erickson G. Children’s conceptions of heat and temperature. Science Education. 1979;63(2):221-230.
- When Heat and Temperature Were One. Mental Models. 2014:275-306.

