連載「単元別のつまずき研究——その単元で、生徒は実際に何をどう誤るか」全50回の第40回です。学習の仕方の目次を見る
「on the table は机の上でしょ。じゃあ、on the train は電車の上?」——中学生が首をかしげます。空間の位置を表していたはずの前置詞が、乗車中・進行中・依存・根拠といった抽象的な意味に広がると、生徒の頭の中の地図は急に色あせてしまいます。
前置詞は、最初は「ボールが箱の中にある」「猫が机の上にいる」といった目に見える位置関係として学びます。ところが学年が進むと、同じ in や on が「考えの中」「影響の下で」「電話中で」のように、手で触れない関係を表し始めます。ここで「前置詞=位置の言葉」という最初の理解だけに頼っている生徒は、訳語を丸暗記するか、文脈から逃げるかのどちらかになりがちです。
本記事では、前置詞の意味が空間から抽象へ広がるときに、生徒が実際にどこで誤るのかを整理します。そのうえで、1対1の指導の場で使える確かめ方と、家庭でできる声かけを提案します。結論を先に述べると、前置詞の抽象用法は「空間の比喩」として捉え直すことで、暗記量を減らしながら理解を深められます。
要点(結論から)
- 前置詞の抽象的な意味は、もともとの空間的な位置関係から比喩的に広がったものです。空間イメージを捨てずに、それを手がかりとして使う指導が有効です。
- 生徒が誤る最大の原因は、前置詞を「日本語の訳語」と1対1で結びつける覚え方にあります。文脈ごとに訳が変わるため、丸暗記は早い段階で破綻します。
- 抽象用法の理解には、前置詞が表す「空間的な場面」を一度思い浮かべる手順が役立ちます。たとえば in は「囲まれている感覚」、on は「接触して支えられている感覚」です。
結論——前置詞の抽象用法は空間イメージの延長として教える
- 前置詞の抽象的な意味は、もともとの空間的な位置関係から比喩的に広がったものです。空間イメージを捨てずに、それを手がかりとして使う指導が有効です。
- 生徒が誤る最大の原因は、前置詞を「日本語の訳語」と1対1で結びつける覚え方にあります。文脈ごとに訳が変わるため、丸暗記は早い段階で破綻します。
- 抽象用法の理解には、前置詞が表す「空間的な場面」を一度思い浮かべる手順が役立ちます。たとえば in は「囲まれている感覚」、on は「接触して支えられている感覚」です。
- 指導では、誤答を正す前に「その前置詞を選んだとき、頭にどんな絵が浮かんでいるか」を尋ねることが有効です。生徒自身のイメージのずれが見えてきます。
- 前置詞の抽象用法は、一度に網羅しようとせず、出会った文ごとに空間イメージへ戻って確認する習慣をつけることが、長期的な定着につながります。
理由——空間イメージが抽象用法の土台になるから
前置詞の意味は空間から抽象へ体系的に広がる
前置詞は、もともと二つの物理的なものの位置関係を表す言葉でした。たとえば in は「容器の中に何かが入っている」、on は「面の上に何かが接触している」、at は「ある一点に位置している」という場面を指します。この空間的な意味は、英語学習の初期段階で必ず触れるため、生徒にとって前置詞は「目で見て確認できる言葉」という印象が強いものです。
しかし、同じ前置詞が「考えの中」「影響の下で」「進行中で」といった、手で触れない関係を表すようになると、生徒は戸惑います。この広がりは偶然ではなく、人間の身体的な経験に基づいて体系的に生じたものです。認知言語学の研究では、前置詞の非空間的な意味は、もともとの空間的な場面を土台として拡張されてきたと説明されています。
Tyler A, Evans V. The Semantics of English Prepositions. 2003.
この見方に立つと、抽象用法は「空間の意味とは別物」ではなく、「空間の意味の延長」として捉えられます。たとえば in trouble は「困難という囲いの中にいる」、on duty は「義務という面に接触して支えられている」というイメージです。生徒がこの延長関係に気づけば、抽象用法に出会うたびに「もとの空間の場面は何か」を考える習慣が生まれます。
指導上の利点は、暗記の対象が「訳語のリスト」から「イメージの展開」に変わることです。訳語を覚えるだけでは、初見の表現に出会ったときに手がかりがありません。一方、空間イメージを持っていれば、未知の抽象用法に出会っても「おそらく、こういう囲まれ感・接触感が背景にあるのだろう」と推測できます。この推測の枠組みを与えることが、前置詞指導の中心になります。
訳語の1対1対応が誤りを生む
学校や問題集では、前置詞が「in=〜の中に」「on=〜の上に」「at=〜で」のように、日本語の訳語とセットで提示されることが多くあります。この提示自体は導入として便利ですが、そのまま固定化すると、抽象用法で大きなずれが生じます。たとえば on the train を「電車の上に」と訳してしまうのは、on=上の上に、という1対1対応が原因です。
実際には、on の中心的な意味は「面に接触して支えられている」ことであり、「上」という位置は典型的な場面の一つにすぎません。電車に乗っている場面では、足が床に接触して支えられているため、on が使われます。このように、訳語ではなく「接触と支持」という空間的な関係を中心に据えると、on the train も on the table も同じイメージで説明できます。
また、in と at の使い分けでも、訳語の暗記は混乱を招きます。in the station と at the station は、どちらも日本語では「駅で」となりがちですが、in は「駅という建物の中にいる」、at は「駅という地点にいる」という違いがあります。この違いは、空間イメージを持っていれば自然に説明できますが、訳語だけでは区別がつきません。
さらに、前置詞は動詞や名詞と結びついて句動詞や慣用表現を作るため、訳語の組み合わせでは対応できなくなります。look after を「後ろを見る」と訳してしまうのは、after=後ろに、という1対1対応の弊害です。after の空間的な意味は「後を追う」ことであり、そこから「世話をする」という意味が生まれています。このつながりを教えることで、生徒は「なぜ after が世話をするという意味になるのか」を納得できます。
空間イメージを言葉にさせる指導が有効
前置詞の抽象用法を教えるとき、教師が一方的にイメージを説明するだけでは、生徒の理解は表面的になりがちです。有効なのは、生徒自身に「その前置詞を選んだとき、頭にどんな絵が浮かんでいるか」を言葉にさせることです。この手順によって、生徒が持っているイメージのずれが明らかになります。
たとえば、in the morning を「朝の中に」と説明する生徒がいます。これは空間イメージをそのまま適用した結果ですが、「朝という時間の範囲に囲まれている」という感覚に近いものです。この説明は誤りではなく、むしろ抽象用法の理解の第一歩です。教師は「そう、朝という時間の枠の中にいる感じだね」と認めたうえで、in の「囲まれ感」が時間にも使えることを伝えられます。
一方、on the phone を「電話の上に乗っている」と説明する生徒には、on の「接触と支持」のイメージを確認します。「電話という通信手段に接触して、それに支えられて話している感じだね」と言い換えると、生徒は「上」という位置の固定観念から離れられます。このように、生徒の言葉を出発点にして、空間イメージを微調整していく指導が効果的です。
また、前置詞の意味の広がりを扱った研究では、前置詞の用法を個別に暗記するのではなく、中心となる空間的な場面から派生を整理する方法が提案されています。
Lindstromberg S. English Prepositions Explained. 1998.
この方法は、指導の現場でも応用できます。たとえば、in の用法を「容器の中」「時間の範囲の中」「状態の中」「集団の中」と並べるのではなく、「囲まれている感覚」という中心から、それぞれがどう広がったかを矢印で示すのです。生徒は、個別の用法を別々に覚えるよりも、中心から派生をたどるほうが記憶に残りやすくなります。
誤答の例——空間イメージの固定が生む典型的なずれ
| よくある誤答 | その子が考えていること | 確かめる問いかけ |
|---|---|---|
| on the train を「電車の上に」と訳す | on は「上に」という訳語で固定されている | 「電車の上に立っている絵? それとも中で床に足がついている絵?」 |
| in the morning を「朝の中に」と不自然に訳す | in の空間的な「中」をそのまま時間に当てはめている | 「朝という時間の枠に囲まれている感じ? それとも箱の中に朝が入っている感じ?」 |
| at the station と in the station を同じ「駅で」と訳す | 日本語の訳語では区別がつかない | 「駅を地図上の点として見ている? それとも建物の中に入っている?」 |
| look after を「後ろを見る」と訳す | after の「後ろ」という位置だけに注目している | 「後ろを追いかける絵? 追いかけて面倒を見る感じはしない?」 |
| on duty を「義務の上に」と訳す | on の「上」という位置に縛られている | 「義務という面に支えられている感じ? それとも義務の上に立っている感じ?」 |
机の前で1対1で確かめるときは、次の手順が有効です。
- まず、その前置詞を使った文を生徒に訳させずに、「どんな場面が浮かぶ?」と尋ねます。訳語ではなく、頭の中の絵を言葉にさせます。
- 生徒が描いた絵を否定せず、「その絵だと、前置詞はどこにいる?」と位置関係を指さしで確認します。たとえば「電車の上に人が立っている絵?」と具体的に聞き返します。
- 次に、教師が正しい空間イメージを短く示します。「on は、面に接触して支えられている感じ。電車の床に足がついているね」と、位置ではなく接触と支持に言い換えます。
- 同じ前置詞の別の抽象用法を一つ出し、「この場合も同じ接触感がある?」と尋ねます。たとえば on the phone を出して、電話という手段に接触している感覚を確認します。
- 最後に、生徒自身に「この前置詞の中心の感じは何?」と一言で言わせます。「囲まれ感」「接触感」「点の感覚」など、自分の言葉でまとめさせると定着しやすくなります。
小学生では、前置詞を「位置の言葉」として学び始めたばかりなので、抽象用法を急いで教える必要はありません。まずは in の「囲まれている」、on の「接触している」、at の「点にいる」という空間的な感覚を、絵や体の動きで十分に定着させることが先です。この土台があると、後の抽象用法の理解がスムーズになります。
中学生では、教科書や問題集で抽象用法に出会う機会が増えます。この段階で「前置詞は位置だけじゃない」と伝え、空間イメージから抽象への広がりを意識させることが重要です。特に、on the train や in the morning のような身近な表現を、訳語ではなくイメージで説明できるようにします。
高校生では、前置詞を含む句動詞や慣用表現が増え、文脈による意味の変化も複雑になります。この段階では、個別の表現を暗記するのではなく、前置詞の中心的な空間イメージから派生を推測する力を育てます。たとえば look into を「中を見る」から「調査する」へ、go through を「通り抜ける」から「経験する」へと、空間から抽象への展開を自分で説明できるようにします。
よくある誤読——研究結果をどう使うべきか
「前置詞はすべて空間から説明できる」という誤用
前置詞の意味が空間から抽象へ広がるという研究結果は、「すべての前置詞の用法は空間イメージから説明できる」という主張として誤用されることがあります。しかし、実際には、前置詞の用法の中には、歴史的な変化や慣用化によって、空間イメージからのつながりが見えにくくなっているものもあります。たとえば of の用法は、空間的な「分離」や「所属」から広がったとされますが、現代の英語では「〜の」という所有や関連を表す機能が中心になり、空間イメージを意識しにくくなっています。
研究が示しているのは、前置詞の意味が体系的に空間経験に基づいて広がってきたという全体的な傾向です。個々の用法のすべてを、学習者がその場で空間イメージから導き出せるわけではありません。指導では、「空間イメージが手がかりになることが多い」という緩やかな枠組みとして使うのが適切です。すべてを説明しようとすると、かえって不自然なこじつけになり、生徒の混乱を招きます。
「訳語を教えてはいけない」という誤読
空間イメージを重視する指導は、「訳語を一切教えてはいけない」という極端な方針として誤読されることがあります。しかし、訳語は学習の初期段階では必要な足場です。特に、抽象度の高い用法や、空間イメージとのつながりが薄い用法では、まず日本語で意味を確認することが理解を助けます。
重要なのは、訳語を最終的な到達点にしないことです。訳語で意味を確認したあとに、「なぜこの前置詞が使われるのか」を空間イメージで補うという順序が現実的です。たとえば depend on を「〜に依存する」と訳したあとで、「on の接触感が、支えられている感じにつながっているね」と付け加えると、訳語とイメージの両方が定着します。訳語を否定するのではなく、訳語だけに頼らない指導を目指すべきです。
今週やること——空間イメージを言葉にする習慣をつける
- 今週出会った前置詞の文を3つ選び、それぞれ「どんな空間の場面が浮かぶか」を一言で書き出します。訳語ではなく、絵や感覚を言葉にします。たとえば in the car なら「箱に囲まれている」、on the bus なら「床に接触して支えられている」です。
- 選んだ3つのうち1つについて、同じ前置詞の抽象用法を辞書や教科書から探します。たとえば in なら in trouble や in love を見つけ、「囲まれ感がどう残っているか」を考えます。見つからなければ、教師や家庭で一緒に探します。
- 家族や友人に「on the train って、電車の上? それとも中?」と尋ねてみます。相手の答えを聞いたら、「on は接触して支えられている感じなんだよ」と、自分の言葉で説明してみます。説明できるかどうかで、自分の理解が確かめられます。
この記事で言えないこと
この記事で述べた空間イメージからの指導は、前置詞の抽象用法の理解を助ける一つの枠組みであり、すべての学習者に同じ効果をもたらすとは限りません。前置詞の習得には、母語の影響、学習の段階、触れる英語の量、記憶の得意不得意など、多くの要因が関わります。空間イメージが有効に働く生徒もいれば、訳語の反復のほうが定着しやすい生徒もいます。
また、前置詞の用法の中には、空間イメージからの説明が難しいものや、歴史的な経緯を知らなければつながりが見えないものもあります。本記事で扱った in、on、at、after などの例は、空間から抽象への広がりが比較的わかりやすいものに限られています。すべての前置詞やすべての用法に、同じように明快な空間イメージがあるわけではありません。
さらに、この記事は個別指導の場での観察と、認知言語学の研究知見に基づく一般的な傾向を述べたものであり、特定の生徒の成績変化を保証するものではありません。前置詞の理解が深まることが、直ちにテストの点数や英作文の正確さに反映されるとは限りません。指導の効果は、生徒の学習習慣や他の文法項目との関係の中で現れます。
当塾の立場
前置詞の空間イメージを言葉にする練習は、家庭でも十分にできます。教科書の例文を一つ取り上げ、「どんな絵が浮かぶ?」と尋ねるだけでも、生徒の理解のずれは見えてきます。特別な教材や専門的な知識は必要ありません。まずは家庭で、前置詞を訳語ではなくイメージで語る習慣を試してみてください。
そのうえで、塾が担える部分があるとすれば、生徒が言葉にしたイメージを、その場で微調整しながら対話を続けることです。家庭では「合っているかどうか」の判断が難しい場合がありますが、1対1の指導では、生徒の説明を聞きながら「その絵だと、前置詞はどこにいる?」と問い返し、空間的な関係を一緒に描き直すことができます。この対話の積み重ねが、前置詞を暗記の対象から理解の対象へ変えていきます。
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出典
- Tyler A, Evans V. The Semantics of English Prepositions. 2003.
- Lindstromberg S. English Prepositions Explained. 1998.

