連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第22回です。学習の仕方の目次を見る
数学を10分、英語を10分、また数学に戻る。通知が来たので5秒だけ見て、すぐ戻る。どちらも「すぐ戻った」つもりでも、頭のほうは戻っていません。課題を切り替えるたびに、切り替えそのものに費用がかかることが、心理学の実験で繰り返し確認されてきました。
しかも、費用は切り替えの瞬間だけでは終わりません。前の課題のことを考える残りが、次の課題の最中まで居座ります。この現象は注意の残余と呼ばれています。
この記事では、切り替えの費用がどこで発生するのかを確認し、勉強の組み立てをどう変えればよいかを示します。
要点(結論から)
- 課題を切り替えると、反応が遅くなり誤りが増える。これは一貫して観測される現象である。
- 切り替えの費用は、事前に準備できると小さくなるが、完全には消えない。
- 仕事の研究では、前の課題への注意が次の課題に持ち越される注意の残余が指摘されている。
結論——切り替えは無料ではない。ひとまとめに寄せる
- 課題を切り替えると、反応が遅くなり誤りが増える。これは一貫して観測される現象である。
- 切り替えの費用は、事前に準備できると小さくなるが、完全には消えない。
- 仕事の研究では、前の課題への注意が次の課題に持ち越される注意の残余が指摘されている。
- したがって、細かく教科を切り替える勉強は、同じ総時間でも効率が落ちる。
- 実務的には、1コマ1教科・通知は物理的に遮断・区切りで終えるの3つで大半が解決する。
理由——切り替えの費用はどこで生じるか
課題切り替えの実験
モンセルによる総説は、この分野の知見を整理しています。実験では、参加者に2種類の課題を交互に、あるいは規則的に行わせ、切り替えが生じる試行とそうでない試行の成績を比べます。
Monsell S. Task switching. Trends in Cognitive Sciences. 2003;7(3):134-140.
結果として、切り替えが生じる試行では反応が遅く、誤りが増えます。次に何をするか事前に分かっていて準備ができる場合には費用は小さくなりますが、準備しても残る部分があることが繰り返し示されてきました。
この「残る部分」が実務的に重要です。予定を立てて計画的に切り替えれば費用がゼロになる、というわけではありません。切り替えの回数そのものを減らすほうが確実です。
前の課題は、頭の中に残る
ルロワは、仕事の場面における課題の切り替えを扱い、注意の残余という概念を提示しました。前の課題が完了していない状態で次の課題に移ると、前の課題についての思考が残り、次の課題の遂行を妨げます。
Leroy S. Why is it so hard to do my work? The challenge of attention residue when switching between work tasks. Organizational Behavior and Human Decision Processes. 2009;109(2):168-181.
ここから導かれる実務的な指針が一つあります。切り替えるなら、区切りのよいところまで終えてから切り替える。中途半端なところで止めると、残余が大きくなります。
この点は、第9回で扱った終わり方の設計とも重なります。区切りで終えることには、記憶の上でも、次の課題の集中の上でも理由があります。
具体例——1日の組み立てを比べる
| 組み立て | 切り替え回数 | 起きやすいこと |
|---|---|---|
| 30分ごとに3教科を回す | 多い | どの教科も立ち上がりで終わる |
| 1教科を通しでやる | 少ない | 後半に飽きが来る |
| 1教科を通し、間に短い休憩 | 少ない | 立ち上がりの費用を払う回数が減る |
| ながら勉強(通知あり) | 非常に多い | 本人は気づかないまま進度が落ちる |
4行目が最も見えにくい問題です。通知を見る時間そのものは数秒でも、そこから戻る費用と残余が毎回発生します。回数が多いため、合計は大きくなります。
今日からできること
- 1コマ1教科にする。 教科を混ぜるのは、複数の教科を交互に練習する目的がある場合だけにします。
- 通知を物理的に切る。 我慢ではなく遮断です。第7回で扱った環境設計と同じ考え方です。
- 切り替えるときは、区切りまで終える。 問題の途中で止めない。残余が小さくなります。
- 次にやることを1行書いてから離れる。 中断が避けられない場合、戻るときの立ち上げ費用が下がります。
- 移動や休憩を、切り替えの境目に使う。 物理的な移動は、頭の切り替えの合図として働きます。席を立って水を汲みに行くだけでも、前の課題の残余は薄くなります。
学年で変えるところ
- 小学生——集中の持続時間が短いので、1コマを短くします。ただしその中では1つのことだけを扱います。
- 中学生——宿題が複数教科にまたがるため、切り替えが自然に増えます。教科ごとにまとめる習慣が効きます。
- 高校生——科目数が多く、切り替えを避けられません。だからこそ、1つの科目に充てる時間の最低単位を決めておく価値があります。
費用は「立ち上がり」に集中する
切り替えの費用を実感として捉えるには、勉強の立ち上がりを思い出すのが早い。机に向かってから、実際に手が動き出すまでの数分。あの時間は、前の状態から今の課題へ頭を載せ替える時間です。
この立ち上がりは、課題を切り替えるたびに発生します。30分ごとに教科を替えれば、立ち上がりを1日に何度も払うことになります。1日の勉強時間が同じでも、実際に手が動いている時間は大きく違ってきます。
したがって、時間割を作るときの原則は単純です。立ち上がりを払う回数を減らす。 1教科あたりの最低単位を決め、それより短い枠を作らない。何分が適切かは本人によりますが、立ち上がりに要する時間より十分に長いことが条件になります。
逆に、立ち上がりを短くする工夫もあります。前夜に教材を開いて置く、前回の終わりに次の1問を決めておく。第7回と第9回で扱った内容は、いずれも立ち上がりの費用を下げる設計でした。切り替えの回数を減らす工夫と、1回あたりの費用を下げる工夫は、両方を使えます。
切り替えの回数を数えてみる
自分がどれだけ切り替えているかは、意識していないと分かりません。1日だけ数えてみると、たいていは想像より多く出ます。
数え方は簡単です。勉強中に、別のことへ注意が移った回数を、紙に線で記録します。通知を見た、別の教科の心配をした、席を立った。内容は問いません。回数だけを数えます。
この記録には2つの効き目があります。第一に、実態が分かること。第二に、記録すること自体が回数を減らすこと。数えると決めた時点で、切り替えが意識に上がるからです。
なお、この記録は自己評価のためのものではありません。多かったからといって責める材料にすると、記録が続かなくなります。第8回で述べたとおり、記録は締めるときに評価しないほうが長持ちします。数えて、条件を変えて、また数える。それだけで十分です。
ただし、混ぜたほうがよい場面もある
ここで一つ注意が要ります。切り替えの費用の話は、交互練習と矛盾するように見えるかもしれません。同じ種類の問題を続けて解くより、種類を混ぜて解くほうが定着がよい、という知見があるからです。
両者は矛盾していません。扱っている単位が違います。切り替えの費用は、教科や活動の種類といった大きな単位の切り替えで問題になります。交互練習が扱うのは、同じ教科・同じ学習活動の中での問題の種類の混ぜ方です。
実務的には、次のように整理できます。数学の時間の中で、方程式と関数を混ぜて解く——これは交互練習であり、効果が期待できます。数学を10分やって英語に移り、また数学に戻る——これは切り替えの費用を払っているだけです。
見分ける基準は、使う道具と頭の構えが同じかどうかです。同じノート、同じ机の上の状態で続けられるなら、混ぜてよい。教材ごと入れ替える必要があるなら、それは大きな切り替えです。
「マルチタスクが得意」という感覚
切り替えの費用について説明すると、「自分は同時にできるほうだ」という反応が返ってくることがあります。この感覚には根拠が薄いことが知られています。
理由の一つは、費用が見えにくいことです。切り替えによって失われるのは、数百ミリ秒の遅れと、わずかな誤りの増加です。1回ずつでは体感できません。しかし回数が積み上がると、まとまった量になります。
もう一つは、作業の内容によって影響が違うことです。自動化された作業——歩く、簡単な計算をこなす——は、並行してもあまり崩れません。しかし、新しい内容の理解や、条件の保持を要する作業では、影響がはっきり出ます。勉強で扱っているのは、まさに後者です。
だから、判断は感覚ではなく結果で行います。条件を変えて同じ単元を扱い、翌日の再現率を比べる。第3回で述べたとおり、自分についての推定は記録で更新するのが確実です。
よくある失敗——休憩に通知を持ち込む
切り替えの費用を減らそうと、勉強中の通知を切る人は多くいます。ところが、休憩時間に通知をまとめて見てしまうと、休憩明けに残余が持ち込まれます。
内容によっては、残余は長く続きます。返信が必要な連絡、気になる話題、対応が保留になっている用件。いずれも「あとで考えなければ」という形で頭に残ります。
対処としては、休憩の中身を切り替えの少ないものにするのが確実です。歩く、水を飲む、外を見る。いずれも新しい課題を頭に載せません。どうしても連絡を見る必要があるなら、その日の勉強の最後にまとめるほうが被害が小さくなります。
保護者ができること——勉強中に声をかけない
家庭でできることは単純です。取りかかっている最中に中断を作らないこと。次の3つが実行しやすい形です。
- 用事は、始まる前か終わった後に伝える。 途中の1回の声かけは、数分の遅れとして返ってきます。
- 食事や入浴の時刻を、区切りに合わせる。 問題の途中で呼ばれると、残余が大きくなります。
- 家族の端末の通知も、共有スペースでは切る。 本人の端末だけの問題ではありません。音は全員の注意を切り替えます。
逆に、本人が自分から中断する場合は、戻り方を教えるほうが有効です。「次にやることを1行書いてから離れる」。この習慣は、大人になってからも使えます。
最後に一点。切り替えの費用の話は、「休むな」という意味ではありません。休憩は必要です。問題なのは、休憩ではなく中断です。休憩は区切りで取り、頭に新しい課題を載せずに戻る。中断は、課題の途中で別の課題が割り込むことを指します。この2つを混同すると、休まずに粘って効率を落とすことになります。
実際、疲れた状態で続けることは、それ自体が切り替えの費用に似た損失を生みます。手は動いているのに内容が入らない時間は、立ち上がりと同じく、記録上は勉強時間に見えて実質が伴いません。区切りで休み、区切りで戻る。単純ですが、1日の実質的な学習量を最も大きく変える部分です。
家事と連絡の合間に勉強を挟む——切り替えの費用が積み上がる
切り替えの費用という考え方は、勉強の場面だけでなく、部活や習い事の練習にも当てはめることができます。たとえばピアノの練習で、ある曲を弾いてから別の曲に移り、また最初の曲に戻るという進め方をすると、戻るたびに指の感覚を取り戻す時間が生じます。一曲ずつ区切りをつけて練習したほうが、集中が続きやすいことがあります。
料理の場面でも似たことが起こります。複数の料理を同時に進めようとすると、火加減の確認や材料の計量が重なり、手順を間違えやすくなります。一つの料理にある程度区切りをつけてから次に移ると、作業の見通しが立ちやすくなります。勉強でも、似た性質の作業をまとめてから別の種類に移るほうが、切り替えの回数を減らせます。
読書の場面も同じです。小説を読みながら別の資料を確認し、また小説に戻るという読み方をすると、物語の流れをつかみにくくなることがあります。時間帯を分けて、まとまった時間を一つの読み物に使うほうが、内容が頭に残りやすくなります。場面が変わっても、切り替えの回数を減らすという発想は役立ちます。
通知をすぐ見て戻る——戻ったつもりで戻っていない
切り替えを減らそうとしても、実際には思うようにいかないことがあります。よくあるのは、休憩の取り方です。長く続けてから休むと、休憩中に別のことを始めてしまい、戻るときに大きな切り替えが生じます。短めの休憩をこまめに取るほうが、戻りやすくなることがあります。
また、教材を机の上に広げすぎることもつまずきの一つです。複数の教科の教材が同時に見えると、目に入るたびに意識が移り、集中が途切れやすくなります。使う教材だけを出す、使わないものはしまうといった工夫が考えられます。場所の整え方は、切り替えの回数を減らす助けになります。
時間割を立てるときにも注意が必要です。細かく区切りすぎると、かえって切り替えが増えてしまいます。同じ教科でも内容の種類が違えば切り替えが生じるため、まとめ方を工夫する必要があります。立てた予定通りに進まないときは、予定を責めるのではなく、区切りの大きさを見直すことが大切です。
この記事で言えないこと
課題切り替えの実験は、単純な認知課題を用いた実験室の研究が中心です。数学から英語への切り替えのような、大きく複雑な課題の切り替えに、同じ大きさの費用が生じるとは限りません。方向と存在は確かめられていますが、大きさは場面によります。
また、注意の残余の研究は職場の課題を対象としています。中高生の学習に同じ形で当てはまるかは、直接には検証されていません。ここで示したのは、実験室の知見から導かれる合理的な運用であって、学習成果への効果を直接測った結果ではありません。
当塾の立場
1コマ1教科、通知を物理的に切る、区切りで終える。いずれも今日からできます。費用はかかりません。
武蔵野個別指導塾の授業では、1回の授業で扱う単元を絞り、途中で別の教科へ移らないことを原則にしています。複数教科の相談がある場合も、扱う順番を決めて、1つずつ区切って終えます。切り替えの回数を減らすことは、時間を増やすことと同じだけの効果を持つと考えているためです。
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出典
- Monsell S. Task switching. Trends in Cognitive Sciences. 2003;7(3):134-140.
- Leroy S. Why is it so hard to do my work? The challenge of attention residue when switching between work tasks. Organizational Behavior and Human Decision Processes. 2009;109(2):168-181.

