「全然勉強してない」と言う理由——仲間の目と努力の隠蔽|武蔵野個別指導塾が薦める学習の仕方

連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第20回です。学習の仕方の目次を見る

「全然勉強してない」と言いながら、実はやっている。この振る舞いは、中高生のあいだでよく見られます。嘘をついているというより、努力を見せることに費用がある環境に適応した結果です。

経済学の実験は、この現象を正面から扱いました。仲間に見られる可能性があるかどうかで、教育活動への参加が変わるかどうかを測ったのです。結果は、集団によって正反対でした。努力を軽んじる集団では、見られる可能性があると参加が減る。能力を評価する集団では、逆に増える。

第2ブロックの最後に、この主題を置きます。ここまで扱ってきた文化資本、社会関係資本、ラベル、自己評価、ピア効果は、すべてこの一点に集まります。誰に見られているかが、行動を決めています。

要点(結論から)

  • 教育活動への参加が仲間に見えるとき、行動は集団の規範によって変わる。
  • 努力を軽んじる文化では、見られる可能性があるだけで参加が抑制される。
  • 能力を評価する文化では、同じ可視性が参加を促す。

結論——同じ生徒が、集団によって正反対の行動を取る

  • 教育活動への参加が仲間に見えるとき、行動は集団の規範によって変わる。
  • 努力を軽んじる文化では、見られる可能性があるだけで参加が抑制される。
  • 能力を評価する文化では、同じ可視性が参加を促す。
  • したがって「やる気がない」という説明は、しばしば見せられないという説明に置き換えられる。
  • 実務的な対処は、規範を変えることではなく、見られずに努力できる場所を1つ確保することである。

理由——可視性を操作した実験

2つの仲間文化

バーシュティンらは、2つの異なる仲間文化を区別するモデルを立てました。努力が軽んじられる文化(勉強しないことが格好よい)と、能力が評価される文化(賢いことが格好よい)です。

Bursztyn L, Egorov G, Jensen R. Cool to be Smart or Smart to be Cool? Understanding Peer Pressure in Education. The Review of Economic Studies. 2019;86(4):1487-1526.

モデルの予測は、どちらの文化であっても、参加と成績が仲間に観察されうる状況では教育活動への参加が歪むというものでした。歪む方向が、文化によって逆になります。

そして著者らは、この予測を現地実験で検証しました。生徒に教育的な活動への参加機会を提示し、その参加が仲間に見えるかどうかを操作したのです。実験は性質の異なる複数の高校で行われました。

結果として、生徒は社会的な体面への懸念に実際に反応していました。つまり、参加するかどうかを決めていたのは、その活動の価値だけではありませんでした。

可視性は、ピア効果の主要な経路である

前回扱ったピア効果の研究と合わせると、構図がはっきりします。サセルドーテの研究では、無作為に割り当てられた同室者の行動が、学業上の努力の水準に影響していました。

Sacerdote B. Peer Effects with Random Assignment: Results for Dartmouth Roommates. The Quarterly Journal of Economics. 2001;116(2):681-704.

影響が伝わる経路はいくつか考えられますが、可視性はそのうち最も操作しやすいものです。誰が見ているかは、場所と時間を変えれば変わります。関係そのものを組み替えるより、はるかに簡単です。

具体例——「見せられない」を前提に設計する

子どもが勉強を隠す場合、隠すこと自体をやめさせようとすると摩擦が生じます。代わりに、隠したままでも学習が進む形を作ります。

場面 可視性 起きやすいこと 設計
教室での自習 高い 参加を控える、話を合わせる ここを主戦場にしない
自習室・図書館 低い(全員が勉強している) 行動が目立たない 主戦場にする
家庭 低い 誘惑が多い 環境設計で補う(第7回)
成績の公表 高い 体面への懸念が強く働く 順位を会話に持ち込まない

2行目が要点です。自習室が機能する理由は、指導が受けられることだけではありません。そこにいる全員が勉強しているので、勉強していることが目立たない。可視性の問題が消えます。

今日からできること

  1. 勉強する場所を、教室以外に1つ確保する。 図書館、自習室、家の中の特定の場所。目立たない場所が必要です。
  2. 努力を話題にしない。 「何時間やった?」は、努力を可視化する質問です。第8回で述べたとおり、成果物を聞くほうが安全です。
  3. 順位や成績を、家族以外に共有しない。 可視性が上がるほど、体面への懸念が行動を歪めます。
  4. 隠れてやっていることを、暴かない。 実際にはやっている場合が多くあります。指摘すると、隠す場所がなくなります。
  5. 努力が普通である集団に、短時間でも所属する。 講習、勉強会、自習室。文化は場所ごとに違います。

学年で変えるところ

  • 小学生——体面への懸念はまだ弱く、可視性はむしろ励みになります。できたことを見せる場面が有効に働きます。
  • 中学生——この問題が最も強く出る時期です。「勉強してない」という発言を額面どおり受け取らないほうが正確です。
  • 高校生——受験が近づくと、努力が正当化される規範に切り替わることがあります。ただし切り替わる時期は集団によって違います。

2つの文化は、同じ学校の中に同時に存在する

「うちの学校は勉強する雰囲気がない」という言い方をよく聞きます。しかし、学校全体で1つの規範が支配していることは、実際にはあまりありません。学級、部活、友人の小集団、塾。それぞれが別の規範を持っています。

この点は実務的に重要です。学校を変えなくても、所属する小集団の1つを変えれば、直面する規範は変わります。前回のキャレルらの実験が示したのは、大人が集団を設計しても本人が誰と過ごすかは決められないということでした。裏返せば、本人には選ぶ余地があるということでもあります。

選ぶ材料として使えるのは、次のような観察です。その集団では、テストの結果を話題にするか。宿題をやってきたことを冷やかすか、当たり前として扱うか。分からないことを聞ける空気があるか。これらは短期間でも観察できます。

そして、すべての時間を同じ集団で過ごす必要はありません。週に数時間だけ、努力が普通である場所に身を置く。それだけで、行動の基準が1つ増えます。第15回で述べた「基準を複数持つ」という話は、比較の基準だけでなく、規範についても当てはまります。

「勉強してない」という発言の読み方

この発言を額面どおり受け取ると、家庭の判断を誤ります。読み方の候補は、少なくとも3つあります。

  1. 規範への適応。 実際にはやっているが、そう言うことが仲間内での標準になっている。最も多い型です。
  2. 予防線。 結果が悪かったときに備えて、あらかじめ努力量を低く申告している。失敗の原因を能力ではなく努力に置けるようにする振る舞いです。
  3. 事実。 本当にやっていない。

3つを見分けるには、発言ではなく行動と結果を見ます。進んだ範囲、提出物、答案。いずれも客観的に確認できます。発言と結果が食い違っているなら、1か2です。

そして、1や2であるときに「嘘をつくな」と反応すると、本人は発言を修正するのではなく、情報の共有そのものをやめます。家庭に入ってくる情報が減れば、詰まりの発見も遅れます。発言の内容を訂正させる必要はありません。行動の側だけを見ていれば足ります。

「やる気がない」と「見せられない」は違う

この区別は、家庭の判断を大きく変えます。やる気がないのであれば、動機づけの問題です。見せられないのであれば、環境の問題です。打つ手がまったく異なります。

見分ける手がかりはいくつかあります。第一に、一人のときの行動。誰も見ていないときに教材を開いているなら、動機は存在しています。第二に、場所による差。家では勉強するが教室ではしない、あるいはその逆。場所で差が出るなら、可視性が効いています。第三に、発言と行動のずれ。「やってない」と言いながら結果が出ているなら、言葉のほうが規範に合わせられています。

いずれかに当てはまるなら、動機づけの働きかけは的を外します。必要なのは、目立たずに続けられる場所と時間です。

よくある失敗——努力を褒めて可視化する

善意でよく行われるのが、努力を人前で称賛することです。家族の前で「よく頑張っている」と言う、学校で努力を表彰する。動機づけとしては正しい形に見えます。

しかし、努力を軽んじる規範が働いている集団では、これは本人の費用を上げる行為になります。称賛されるほど、仲間の前での立場が難しくなる。結果として、次からは努力を見せなくなります。

安全なのは、1対1で、具体的に伝えることです。第10回で扱ったとおり、肯定的なフィードバックには内発的動機づけを高める効果が期待できますが、それは伝え方が本人の社会的な立場を脅かさない場合に限られます。人前での称賛は、称賛そのものより可視性の効果が上回ることがあります。

保護者ができること——言葉ではなく、場所を用意する

この問題に対して、説得はほとんど効きません。「周りを気にするな」という助言は、実行できない指示だからです。代わりに、次の3つが実行可能です。

  1. 目立たない場所を一緒に探す。 図書館の開館時間、自習室の空き状況。物理的な条件の話に落とします。
  2. 努力について詮索しない。 やっているかどうかを確認する質問は、家庭の中に可視性を持ち込みます。進んだ範囲だけを聞きます。
  3. 友人関係を否定しない。 規範が合わないからといって関係を切らせようとすると、居場所を失います。場所を足すほうが現実的です。

第17回で見たとおり、集団を上から設計しても、本人が誰と過ごすかは変えられません。変えられるのは、選べる場所の数です。

第2ブロックをここで閉じます。10回を通して見えてきたのは、学習の条件の多くが本人の外側にあるということでした。家庭が伝える言葉、相談できる相手、貼られる札、比べる相手、届く情報、そして見られている目。どれも意志の強さとは別の次元にあります。

ただし、外側にあるからといって手が出せないわけではありません。各回で示したのは、いずれも家庭や本人の手で動かせる部分でした。文化資本なら会話の型、社会関係資本なら相手の配置、情報格差なら確認の作業、可視性なら場所の選択。構造を知ることの利点は、諦める理由が増えることではなく、手を入れる場所が具体的に決まることにあります。

部活動や習い事でも同じことが起きる——努力を見せない作法

努力を見せることに費用がかかるという見方は、教室の中だけに限った話ではありません。部活動の練習、習い事の発表会、地域のスポーツクラブ。集団の性格によって、同じ生徒が正反対の振る舞いを見せることがあります。努力を隠す文化がある場では、練習量を口にしないほうが楽なのです。

たとえば、放課後の部活動で自主練習をする場面を思い浮かべてください。ある集団では、早く来て練習している姿が当たり前に受け止められます。別の集団では、同じ行動が「気合いが入りすぎている」と受け取られ、からかいの対象になることがあります。同じ生徒、同じ練習内容でも、置かれた集団によって見せ方が変わるのです。

この見方は、家庭での学習を考えるときにも当てはまります。家では当たり前に机に向かっていた生徒が、友人と一緒の場では別の顔を見せることがあります。どちらが本当の姿かと問うより、どの場面でどの振る舞いが出ているかに目を向けると、見え方が変わってきます。

隠す前提を忘れて声をかける——「やってない」を信じてしまう

この記事の考え方を踏まえて関わろうとすると、途中でつまずくことがあります。努力を隠す必要がある場にいる生徒に対して、努力そのものを話題にしてしまうのです。「今日も頑張ってるね」という何気ない一言が、その場では負担になることがあります。本人は隠していたつもりなのに、その隠しごとが表に出てしまったと感じるためだと考えられます。

つまずきは、時間帯にも現れます。学校から帰った直後の時間帯は、友人とのやり取りがまだ頭に残っています。この時間に勉強の進み具合を尋ねると、隠す前提が働いて、実際より控えめな答えが返ってくることがあります。逆に、夕食後の落ち着いた時間帯には、同じ質問にも素直な答えが返ってくることがあります。

もう一つのつまずきは、努力を可視化しようとしてしまうことです。勉強時間を記録して壁に貼る、進捗を家族の前で報告する。こうした工夫は、努力を隠す必要がある場にいる生徒には、かえって負担になることがあります。場所を用意するという発想に立ち返り、見えない形で支える道を探すほうが、続きやすいことがあります。

この記事で言えないこと

バーシュティンらの実験は米国の高校で行われたもので、日本の学校の規範がどちらの型に近いかは、この研究からは分かりません。集団によって異なり、同じ学校の中でも部活や学級ごとに違う可能性があります。

また、可視性の効果は、努力の可視性だけの話ではありません。成績、進路、経済状況など、さまざまなものが「見える」ことで行動に影響します。ここで扱ったのはそのうちの一部です。

最後に、この記事は「勉強を隠すことは良いことだ」という主張ではありません。隠す必要がない環境のほうが望ましいのは確かです。しかし環境は個人には変えられないので、変えられる部分——どこで過ごすか——から手をつけるのが現実的だ、というのがここでの立場です。

当塾の立場

目立たない場所を確保する、努力を話題にしない、成果物だけを聞く。いずれも費用をかけずにできます。

武蔵野個別指導塾が提供しているものの一つは、勉強していることが目立たない場所です。そこにいる全員が同じことをしているので、可視性の問題が発生しません。加えて、成績や順位を他の生徒に共有することはしていません。体面への懸念が学習の妨げになるという知見を踏まえた運用です。「やる気を出させる」働きかけよりも、この種の環境の確保のほうが確実だと考えています。

出典

  1. Bursztyn L, Egorov G, Jensen R. Cool to be Smart or Smart to be Cool? Understanding Peer Pressure in Education. The Review of Economic Studies. 2019;86(4):1487-1526.
  2. Sacerdote B. Peer Effects with Random Assignment: Results for Dartmouth Roommates. The Quarterly Journal of Economics. 2001;116(2):681-704.

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