届いていないのは学力ではなく情報だった——進学と情報格差|武蔵野個別指導塾が薦める学習の仕方

連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第19回です。学習の仕方の目次を見る

学力は十分にあるのに、そもそも出願していない。米国の研究が明らかにしたのは、この不思議な事実でした。成績上位の低所得層の生徒の大多数が、選抜性の高い大学に1校も出願していなかったのです。しかも、奨学金を計算に入れれば、実際に出願している学校より安く済むことが多いにもかかわらず。

足りなかったのは学力でも意欲でもなく、情報でした。そしてこの発見は、続く実験で確かめられます。情報の出し方を変えるだけで、出願率が26%から68%へ変わりました。援助の金額は増やしていません。

要点(結論から)

  • 学力の高い低所得層の生徒の多くが、選抜性の高い大学に出願していない。出願すれば合格率も卒業率も高い。
  • 出願しない理由は、費用の実額ではなく、費用がいくらになるか分からないという不確実性にある。
  • 出願前に費用を確定して提示した実験では、出願率が26%から68%へ上がった。援助額そのものは増えていない。

結論——届いていないのは学力ではなく情報である

  • 学力の高い低所得層の生徒の多くが、選抜性の高い大学に出願していない。出願すれば合格率も卒業率も高い。
  • 出願しない理由は、費用の実額ではなく、費用がいくらになるか分からないという不確実性にある。
  • 出願前に費用を確定して提示した実験では、出願率が26%から68%へ上がった。援助額そのものは増えていない。
  • つまり、複雑さと不確実性それ自体が、選択肢を消していた。
  • 家庭でできるのは、候補を消す前に、実際の費用と要件を一次情報で確認することである。

理由——「見えていない受験生」の発見

いるのに、見つかっていなかった

ホクスビーとエイブリーの研究は、成績が非常に高い低所得層の生徒の出願行動を分析しました。

Hoxby C, Avery C. The Missing “One-Offs”: The Hidden Supply of High-Achieving, Low Income Students. NBER Working Paper 18586. 2012.

判明したのは次の点です。第一に、こうした生徒の大多数が、選抜性の高い大学に1校も出願していない。第二に、彼らが実際に出願しているのは、資源の乏しい2年制や非選抜の4年制であり、奨学金を考慮するとそちらのほうが高くつくことが多い。第三に、出願した生徒は高い率で合格し、卒業している。

つまり、能力の問題でも、入学後に適応できないという問題でもありませんでした。出願という行動が起きていないだけでした。

著者らは、この生徒たちの出願行動が、同じくらいの学力を持つ高所得層の生徒とは大きく異なることを示しています。違いを作っているのは、周囲に経験者がいるかどうか、正確な費用の情報が届いているかどうかです。第11回から第13回で扱った、文化資本と社会関係資本の話がここで合流します。

情報の出し方を変えるだけの実験

ダイナルスキらは、この仮説を大規模な実験で検証しました。対象は、州の旗艦大学に出願しうる低所得層の高校生です。介入は単純で、出願する前に、授業料が免除されることを保証して伝えるというものでした。

Dynarski S, Libassi CJ, Michelmore K, Owen S. Closing the Gap: The Effect of Reducing Complexity and Uncertainty in College Pricing on the Choices of Low-Income Students. American Economic Review. 2021;111(6):1721-1756.

重要なのは、この介入が援助額を増やしていない点です。合格すれば受け取れたはずの額を、出願前に確定した形で伝えただけです。変えたのは、複雑さと不確実性だけでした。

結果、出願率は26%から68%へ上昇しました。行動経済学の言葉でいえば、これは情報の提示の仕方——複雑さの削減——が持つ効果の大きさを示しています。

具体例——日本の家庭で、何が同じ形で起きるか

制度は違いますが、構造は共通しています。費用と要件が見えないものは、検討の前に候補から落ちます。

落ちやすい選択肢 思い込まれていること 確認すべき一次情報
国公立の遠方の大学 下宿代で無理 授業料、奨学金、寮の有無と費用
私立大学 学費が高すぎる 特待制度、給付型奨学金の要件
総合型選抜 特別な実績が要る 募集要項の出願要件
専門性の高い学部 うちには縁がない カリキュラムと入試科目

いずれも、確認すれば分かることです。しかし確認は、誰かが実行しないかぎり起きません。そして、確認しなかった選択肢は、検討されないまま消えます。

今日からできること

  1. 候補を消す前に、要項を1回開く。 消す理由が思い込みかどうかは、開けば分かります。
  2. 費用は「定価」ではなく「実際に払う額」で比べる。 授業料の表示額と、奨学金や減免を差し引いた額は違います。
  3. 要件は一次情報で確認する。 募集要項、大学の公式サイト。まとめ記事は古いことがあります。
  4. 期限を先にカレンダーへ入れる。 出願の期限は、情報を集める期限より前に来ます。
  5. 分からない項目は、直接問い合わせる。 入試課への問い合わせは、受験生本人でもできます。この経験自体が資源になります。

学年で変えるところ

  • 小学生・中学生——具体的な出願の話は先ですが、「調べれば分かる」という前提を家庭で共有しておく段階です。
  • 高校1・2年——選択肢を落とさないことが最優先です。科目選択で進路が狭まるため、要件の確認はこの時期に意味があります。
  • 高校3年——期限が支配的になります。情報収集は締切から逆算し、確認していない候補を残さない運用にします。

どの情報が、実際に判断を変えるのか

情報といっても量は膨大で、すべてを集めることはできません。判断を変えるのは、次の4種類に絞られます。

  1. 出願要件。 評定の基準、必要な資格、現役限定かどうか。ここを満たしていなければ、他の情報は不要になります。最初に確認すべき項目です。
  2. 実際に払う額。 表示されている学費ではなく、減免や給付型の奨学金を差し引いた額。ここを知らずに落とす候補が最も多い部分です。
  3. 締切。 出願、奨学金の申請、必要書類の準備。締切は前倒しで来ます。
  4. 入試科目と配点。 同じ大学でも方式によって必要な準備が変わります。配点を知らずに勉強すると、力の配分を誤ります。

逆に、判断をあまり変えないのは、評判、ランキング、体験談です。これらは量が多く、集めやすく、しかも面白いので、時間を吸います。第6回で扱ったとおり、情報を足しても決まらないときは、足す情報の種類が違っている可能性があります。

実務的な順序としては、要件、費用、締切、科目の4つをまず埋めます。そのうえで候補が複数残ったときに、初めて評判や雰囲気の情報が役に立ちます。順序を逆にすると、調べているのに決まらない状態が続きます。

誰が確認するかを決めておく

情報が届かない理由の多くは、確認の担当が決まっていないことです。学校が言ってくれるだろう、塾が教えてくれるだろう、本人が調べているだろう。そう思っているあいだに、締切が来ます。

対処は単純で、項目ごとに担当を決めることです。出願要件は本人、費用は保護者、締切の一覧は共同、というように分けます。分けたうえで、月に一度だけ突き合わせる時間を取ります。

本人に確認させることには、もう一つの意味があります。大学の入試課に問い合わせる、要項の該当箇所を読む、といった経験そのものが、第13回で扱った「資源にアクセスする力」になります。大人が代わりに全部やってしまうと、その機会が消えます。

そして、確認した結果は紙に残します。記憶に頼ると、翌年また同じことを調べ直すことになります。きょうだいがいる場合でも、制度は変わるので、記録は「いつ時点の情報か」を付けて残す必要があります。

複雑さそのものが、選択肢を消す

ダイナルスキらの実験がとりわけ重要なのは、お金を増やさずに行動が変わった点です。障壁は金額ではなく、金額が分からないことでした。

この構造は、受験に限らず日常のあちこちにあります。手続きが複雑な制度は、使える人だけが使います。奨学金、各種の支援制度、大学の特待制度。要件が複雑であるほど、情報を持つ家庭と持たない家庭の差が開きます。

第7回で扱ったデフォルトの話と合わせると、含意は一つです。何もしなければ落ちる選択肢は、実際に落ちます。落とさないためには、確認という行為をどこかに組み込む必要があります。年に一度、候補を紙に書き出して、要件を1つずつ確認する。この作業を予定として置くこと自体が、情報格差への対処になります。

よくある失敗——「うちには無理」を先に言う

家庭で最も多い失敗は、費用の話を最初に出すことです。「そこは高いから無理」と言った時点で、その候補についての情報収集は止まります。そして、止まった時点の思い込みが、そのまま結論として残ります。

順序を変えるだけで、この失敗は防げます。候補を並べる段階では費用を言わない。要件と実際の費用を調べてから、絞る。 第4回で扱ったサンクコストと同様に、判断材料を入れる順番が結果を変えます。

費用の話をしてはいけないということではありません。家庭の事情は現実であり、最終的には考慮せざるをえません。しかし、調べる前に消してしまうと、実際には払えたかもしれない選択肢まで一緒に消えます。ホクスビーとエイブリーが見つけたのは、まさにその状態でした。

保護者ができること——調べる作業を、行事として予定に入れる

情報格差への対処は、意識の問題ではなく作業の問題です。作業は、予定に入っていなければ実行されません。次の3つを、年間の予定として置くことを勧めます。

  1. 年に一度、候補を紙に書き出す。 5つで構いません。書き出すこと自体が、消えかけた選択肢を戻します。
  2. それぞれの要件と費用を、一次情報で1回確認する。 30分あれば数校は確認できます。
  3. 締切の一覧を作る。 出願、奨学金、模試。期限だけを並べた一覧があると、逆算ができます。

この作業は、第12回で扱った志望の形成にも効きます。経路が見えることで、「そういう人じゃない」という感覚が薄れるからです。情報は、費用の判断材料であると同時に、自己像に働きかける材料でもあります。

最後に、この回の知見は高校生だけのものではありません。中学受験でも、高校受験でも、同じ構造が働きます。私立の特待制度、公立の学区や選抜方法、各種の就学支援。いずれも要件が複雑で、知っている家庭だけが使っています。制度は使われないかぎり存在しないのと同じです。

そして、情報を持っている家庭が特別に熱心なわけではありません。周囲に経験者がいるか、調べる習慣があるかという違いです。どちらも、意識して作れば埋められる差です。

習い事や部活動の選択でも同じことが起きる——知らない選択肢は選べない

情報が届かないために選択肢が消えるという見方は、大学出願だけに限った話ではありません。習い事の発表会、部活動の大会、地域のコンクール。参加できる可能性があるのに、そもそも存在を知らないまま過ごしている場面は、学校の外にも数多くあります。知らないことは、選ばないことと同じ結果を生みます。

たとえば、平日の夜に英語のスピーチコンテストの案内が配られる場面を思い浮かべてください。案内を受け取った家庭では、参加するかどうかを検討する時間が生まれます。ところが、欠席や早退でその日を過ごした生徒には、案内そのものが届かないことがあります。ここで生じているのは、能力の差ではなく、情報に触れる機会の差だと考えられます。

この見方は、家庭内の役割を考えるときにも当てはまります。学校からの配布物を誰が確認するか、地域の掲示を誰が読むか。担当が決まっていないと、情報は誰の目にも留まらないまま流れていくことがあります。誰が確認するかを決めておくことは、選択肢を消さないための地味な備えだと考えられます。

調べる作業が後回しになる——出願の前に情報が届かない

情報を集めようと決めても、実行の段階でつまずくことがあります。調べる作業は、締め切りのある宿題や提出物と違い、期限が迫るまで動き出しにくい性質を持っています。気づいたときには出願や申し込みの時期を過ぎていた、という事態は、この後回しの積み重ねから生じます。

つまずきは、時間帯にも現れます。夜の遅い時間に調べものを始めると、疲れから判断が鈍り、複雑な条件を読み飛ばしてしまうことがあります。土曜の午前のように、まとまった時間が取れる帯を先に決めておくと、調べる作業が進みやすくなることがあります。場所についても、静かな机の前のほうが、条件を比べる作業には向いていると考えられます。

もう一つのつまずきは、複雑さそのものが選択肢を消してしまうことです。条件が多く、用語も馴染みがないと、読む前に「自分には関係ない」と判断してしまうことがあります。まずは一つ目の条件だけを確かめる、といった小さな手順に分けると、複雑さの壁が少し低くなることがあります。調べる作業を行事として予定に入れておくのは、この壁を越えやすくするための工夫だと考えられます。

この記事で言えないこと

ここで扱った研究は米国の大学進学制度を対象としています。日本の入試・奨学金制度とは仕組みが大きく異なるため、26%から68%という数値がそのまま当てはまるわけではありません。示しているのは、複雑さと不確実性が行動を抑制するという構造です。

また、情報を届ければすべて解決するという話でもありません。ダイナルスキらの実験でも、出願率の上昇ほどには進学率は動いていません。情報は必要条件であって十分条件ではありません。通学の負担、家庭の事情、本人の希望は、情報とは別に存在します。

当塾の立場

要項を開く、実際に払う額で比べる、締切を一覧にする。いずれも家庭でできます。費用もかかりません。

そのうえで、武蔵野個別指導塾が意識しているのは、進路の相談に対して推測で答えないことです。要件や制度を聞かれたときは、募集要項などの一次情報を確認して示します。制度は毎年変わるため、前年の記憶で答えると誤ります。情報の格差は、正確な情報を渡すことでしか埋まりません。

出典

  1. Hoxby C, Avery C. The Missing “One-Offs”: The Hidden Supply of High-Achieving, Low Income Students. NBER Working Paper 18586. 2012.
  2. Dynarski S, Libassi CJ, Michelmore K, Owen S. Closing the Gap: The Effect of Reducing Complexity and Uncertainty in College Pricing on the Choices of Low-Income Students. American Economic Review. 2021;111(6):1721-1756.

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