ごほうびが逆に働くとき——インセンティブ設計の落とし穴|武蔵野個別指導塾が薦める学習の仕方

連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第10回です。学習の仕方の目次を見る

「テストで90点取ったら5,000円」。この約束が効くかどうかは、家庭でしばしば議論になります。行動経済学と心理学は、この問いに半世紀ぶんの実験で答えてきました。結論を先に言えば、効くこともあるが、設計を誤ると元より悪くなる。しかも悪くなり方には決まった型があります。

この回は、連載の第1ブロックの最後です。ここまで、現在バイアス、コミットメント装置、計画錯誤、サンクコスト、損失回避、選択過多、デフォルト、時間の勘定、ピーク・エンドを扱ってきました。最後に、これらすべてを台無しにしうる要素——報酬の設計——を扱います。

要点(結論から)

  • 罰金を導入したら、避けたかった行動が増えたという有名な現地実験がある。罰金が「料金」として読み替えられたためと解釈されている。
  • 報酬と成績の関係は単調ではない。少額の報酬を出された人が、無報酬の人より成績が悪かったという実験がある。
  • 外的報酬が内発的動機づけを損なうことは、128研究のメタ分析で確認されている。損なう度合いは報酬の与え方で異なる。

結論——報酬は行動を買う。ただし、意味も一緒に書き換える

  • 罰金を導入したら、避けたかった行動が増えたという有名な現地実験がある。罰金が「料金」として読み替えられたためと解釈されている。
  • 報酬と成績の関係は単調ではない。少額の報酬を出された人が、無報酬の人より成績が悪かったという実験がある。
  • 外的報酬が内発的動機づけを損なうことは、128研究のメタ分析で確認されている。損なう度合いは報酬の与え方で異なる。
  • 同じメタ分析で、肯定的なフィードバックは内発的動機づけを高めた。報酬の是非ではなく、種類の問題である。
  • 子どもへの金銭的誘因は、大規模な無作為化実験で学力への効果が統計的にゼロと推定された。少なくとも万能ではない。

理由——報酬が場面の意味を変えてしまう

罰金を入れたら、遅刻が増えた

グニージーとルスティチーニは、保育所で迎えに遅れる保護者に対し、金銭的な罰金を導入しました。抑止の理論からすれば、遅刻は減るはずです。

Gneezy U, Rustichini A. A Fine is a Price. The Journal of Legal Studies. 2000;29(1):1-17.

結果は逆でした。遅刻する保護者は有意に増えました。しかも、罰金を撤廃した後も元の水準には戻りませんでした。著者らの解釈はこうです。罰金が導入される前、遅刻は申し訳ないことでした。導入後、それは代金を払えば買えるサービスになりました。金額が意味を書き換え、書き換えられた意味は、制度を戻しても元に戻らなかった。

この構造は家庭でも起きます。「宿題をやらなかったらお小遣い減額」という制度を入れると、宿題をやらないことが、減額と引き換えに選べる選択肢になります。

少額の報酬は、無報酬より悪かった

同じ二人は、報酬額と成績の関係も調べています。報酬を出す条件どうしを比べれば、高額ほど成績は上がりました。ところが、少額の報酬を出された人は、報酬をまったく出されなかった人より成績が悪くなりました。

Gneezy U, Rustichini A. Pay Enough or Don’t Pay at All. The Quarterly Journal of Economics. 2000;115(3):791-810.

タイトルのとおり、「十分に払うか、まったく払わないか」です。中途半端な報酬は、無報酬の場面で働いていた別の動機——善意、誇り、面白さ——を追い出し、そのうえで十分な代替にならない。

メタ分析が示した、損なわれ方の内訳

デシらは、外的報酬が内発的動機づけに与える影響について、128の研究をまとめました。

Deci EL, Koestner R, Ryan RM. A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation. Psychological Bulletin. 1999;125(6):627-668.

自由に選べる場面での取り組みは、従事に応じた報酬で d=-0.40、完了に応じた報酬で d=-0.36、成績に応じた報酬で d=-0.28 だけ損なわれていました。自己申告の興味でも、d=-0.15、-0.17 の低下が見られました。

ただし、このメタ分析にはもう一つの結果があります。肯定的なフィードバックは、逆に高めていました(自由選択の場面で d=0.33、興味で d=0.31)。つまり「外から与えるもの」がすべて有害なのではありません。物や金と、言葉による承認とでは、働きが違います。

学校での大規模な実験

フライヤーは、3都市・200校を超える規模で、生徒への金銭的誘因の効果を検証しました。ダラスでは読書量に、ニューヨークでは中間テストの成績に、シカゴでは成績評定に対して支払いました。

Fryer RG. Financial Incentives and Student Achievement: Evidence from Randomized Trials. The Quarterly Journal of Economics. 2011;126(4):1755-1798.

学力への効果は、いずれの都市でも統計的にゼロと推定されました。ただし著者は、検出力の制約から、投資に見合う大きさの効果を否定はできないとも述べています。ここは正確に読む必要があります。「効果がないと証明された」のではなく、「この規模の実験では検出できなかった」ということです。

具体例——報酬を設計するなら、何に払うか

ここまでを整理すると、報酬を使う場合の設計上の分岐が見えます。

何に対して払うか 起きやすいこと 評価
結果(点数・順位) 本人が制御できない部分が大きく、運に左右される 勧めにくい
行動(読んだ冊数・解いた問題数) 制御できるが、質を落として量を稼ぐ動きが出る 条件つき
罰(減点・没収) 行動が「代金を払えば選べる選択肢」になる 避ける
言葉による承認 内発的な動機づけを高める方向に働く 勧めやすい

ダラスで唯一有意な結果が出たのは読書量に対する支払いでした。行動に対して払うほうが、結果に対して払うより機能しやすいという示唆はあります。ただし、量を稼ぐために内容を薄くする動きが出ることには注意が要ります。

今日からの手順

  1. まず報酬を足さない設計から試す。 ここまでの9回で扱った、締切の刻み方、環境の初期状態、終わり方の設計は、どれも報酬を使いません。副作用もありません。
  2. 使うなら、行動に対して払う。 点数ではなく、やった回数や量に対して。本人が制御できるものに限ります。
  3. 罰の形にしない。 取り上げる、減らすという設計は、意味の書き換えを起こしやすく、戻りにくくなります。
  4. 少額を長く続けない。 中途半端な報酬は、元からあった動機を追い出します。使うなら期間を区切り、終わりを決めて始めます。
  5. 言葉の承認を、報酬より優先する。 メタ分析で唯一、内発的動機づけを高める方向に働いたのがこれでした。しかも費用はかかりません。

学年で変えるところ

  • 小学生——シールや記録などの見える形の承認が機能しやすい時期です。金銭は、意味の書き換えが起きやすいので慎重に扱います。
  • 中学生——結果に対する報酬が持ち込まれやすい時期ですが、点数は本人が完全には制御できません。行動の記録に対する承認のほうが安定します。
  • 高校生——外的報酬よりも、進路という長期の目的が動機の中心になります。ここで短期の報酬を足すと、目的のほうが薄れることがあります。

なぜ「意味の書き換え」は戻らないのか

保育所の実験でとりわけ重要なのは、罰金を撤廃しても遅刻が減らなかったという点です。制度は元に戻ったのに、行動は戻りませんでした。

これは、報酬や罰が単に行動の損得を変えるだけでなく、その場面がどういう種類の関係かを定義し直すためだと解釈されています。いったん「取引」として理解された関係を、再び「信頼と申し訳なさ」の関係に戻すのは難しい。

家庭の勉強に置き換えると、次のような含意になります。報酬制度を導入するかどうかは、可逆な判断ではありません。「効かなかったらやめればよい」と考えて始めると、やめた後に元の状態が戻らないことがあります。だからこそ、報酬を足さない設計を先に試し切る価値があります。

よくある失敗——うまくいかないときに報酬を足す

典型的な経過はこうです。勉強しないので、ごほうびを設定する。最初の数週は効く。慣れてくると効かなくなる。額を上げる。上げた額にも慣れる。そして、報酬がないと動かなくなる。

この経路は、設計の誤りというより、報酬という道具の性質です。額を上げ続けられる家庭はありません。どこかで止まり、止まった時点で、報酬導入前より動機が弱い状態が残ります。

行き詰まったときに足すべきものは、報酬ではなく情報です。何ができていないのか、どこから戻ればよいのか、あとどれくらいで届くのか。第3回で扱った見積もりと同じで、数えられる形の情報は、動機を奪わずに行動を変えます。

保護者ができること——承認の言葉を、具体的な行動に向ける

メタ分析で内発的動機づけを高めたのは肯定的なフィードバックでした。ただし、何でも褒めればよいという話ではありません。効果的な形には条件があります。

  1. 行動に向ける。 「頭がいいね」ではなく「毎日決めた時間に座っているね」。本人が制御できるものを対象にします。
  2. 具体的に述べる。 「すごい」ではなく「前回間違えた型を、今回は全部直しているね」。見ていることが伝わります。
  3. 取引にしない。 「だから次も頼むよ」と条件を付けると、承認が報酬に変わります。事実を述べて終えるほうが効きます。

費用はかかりませんが、手間はかかります。具体的に述べるには、実際にノートを見る必要があるからです。金銭は見なくても渡せますが、言葉は見なければ出てきません。そこが、この方法のいちばん難しいところであり、同時に効く理由でもあります。

最後に、この回を第1ブロックの締めとして読むなら、要点は一つです。ここまで扱ってきた9つの仕組みは、どれも「人間の判断には決まった歪みがあるので、歪んだままでも動く形に環境を組み直す」という発想で共通しています。報酬は、その発想とは別の系統の道具です。人を動かす力は強いぶん、場面の意味まで動かします。順序として、環境の設計を先に、報酬を後に。この順番自体が、ここまでの研究から導かれる実務的な結論です。

家の手伝いや約束に置き換える——ご褒美が逆効果になる

報酬が場面の意味を変えてしまうという考え方は、勉強だけでなく、家の中の手伝いにも当てはめられます。たとえば、食後の片づけを頼む場面を思い浮かべてください。もともと家の一員として行っていたことが、お小遣いと結びつくと、別の性格を持つ作業に変わることがあります。

この変化は、頼まれた側の受け取り方にも表れます。報酬がなければやらない、という基準が生まれると、報酬のない日には手が動かなくなります。手伝いそのものへの関心よりも、条件の有無が判断の中心になるためだと考えられます。

友人との約束にも同じ見方ができます。貸し借りを細かく数え始めると、助けたこと自体よりも、返ってくるかどうかが気になりやすくなります。勉強の場面でも、解けた喜びより、ご褒美の有無が先に立つことがあります。

勉強の場面でいえば、問題を解いた後に、その問題のどこが面白かったかを一言だけ書き残す方法があります。報酬の代わりに、内容そのものへ目を戻す小さな手がかりになります。

効果がないと感じたとき——報酬を増やす前に見直す

報酬を設計しようとすると、つまずきやすい点がいくつかあります。まず起こりやすいのは、うまくいかないときに、報酬の額や頻度を増やしてしまうことです。条件を強くすれば動くようになるように見えますが、意味の書き換えはさらに進むことがあります。

次に多いのは、報酬を出した後で、その行動が続かなくなったときに、本人のやる気の問題だと捉えてしまうことです。約束をやめた途端に手が止まるのは、意志が弱いからではなく、行動の理由が外側に移ったためだと考えられます。

また、報酬の対象を途中で変えることも、つまずきの一つです。最初は解いた問題の数に払っていたものを、途中から点数に変えると、何に報酬が向いているのかが分からなくなります。この混線は、本人よりも周囲の側で起こりやすいものです。

避けたいのは、効果が見えないときに、さらに条件を足すことです。報酬をやめる決断も、設計の一部だと考えられます。つまずいたときは、何に報酬を払っていたのかを一度書き出し、その行動が今も続いているかを見ることが助けになる場合があります。

この記事で言えないこと

フライヤーの実験で効果がゼロと推定されたことは、「金銭的誘因は無意味」という結論とは違います。著者自身が検出力の限界に触れています。また、対象は米国の都市部の学校であり、日本の家庭で親が個別に設定する報酬とは条件が大きく異なります。

デシらのメタ分析についても、解釈をめぐる論争が続いてきました。報酬が常に有害だという単純な主張は、この分野では支持されていません。ここで述べたのは、報酬には副作用がありうるので、副作用の無い手段を先に試すほうが安全という運用上の判断です。

当塾の立場

報酬を足さない設計——締切の刻み方、環境の整え方、終わり方——は、すべて家庭で無料で試せます。この連載の第1ブロックは、その一覧としても読めます。

武蔵野個別指導塾では、生徒に対して点数や順位に応じた金銭的な報酬を用いません。代わりに、できるようになった箇所を、具体的に言葉で確認することを毎回の手順に入れています。これは褒める技術ではなく、観察の技術です。何ができるようになったかを言うには、前回の状態を記録しておく必要があるからです。記録があるからこそ、承認が具体的になります。

出典

  1. Gneezy U, Rustichini A. A Fine is a Price. The Journal of Legal Studies. 2000;29(1):1-17.
  2. Gneezy U, Rustichini A. Pay Enough or Don’t Pay at All. The Quarterly Journal of Economics. 2000;115(3):791-810.
  3. Deci EL, Koestner R, Ryan RM. A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation. Psychological Bulletin. 1999;125(6):627-668.
  4. Fryer RG. Financial Incentives and Student Achievement: Evidence from Randomized Trials. The Quarterly Journal of Economics. 2011;126(4):1755-1798.

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