評定平均は何を予測するか——高校の成績と大学での継続・卒業
出願の前に、調査書の評定を見る志願者は少なくありません。高い。低い。境目。数字を見ると、評定が効くのかを、合格の一点で測りたくなります。効くか、効かないか。二値です。二値のままだと、評定が高ければ大学で成功する、評定は無意味だ、という短い文が残りやすい。短い文は、高校の成績が入学後の継続と卒業をどこまで予測し、その関係が高校ごとにどこまで一貫するかを消します。この回は、その予測と一貫性を戻します。
Allensworth と Clark は、高校GPAとACT得点が大学卒業をどれだけ予測するかを、高校をまたいだ一貫性の仮定から見ています [1]。論文の表題は “High School GPAs and ACT Scores as Predictors of College Completion: Examining Assumptions About Consistency Across High Schools” です。2020年の報告です。扱うのは、米国の高校GPAとACT、大学卒業です。日本の評定平均、大学入学共通テスト、総合型選抜そのものを測った研究ではありません。米国の高校GPAとACTであり、総合型選抜ではない、ということを、この回は最初に言います。後でもう一度言います。総合型選抜にそのまま当てはまる、とは書きません。高校GPAとACTの関係を、日本の評定や共通テストに換算することは、この回ではしません。
Geiser と Santelices は、高校の成績が1年次を超えて学生の成功を予測するかを、高校の記録と標準化テストの対比として置いています [2]。論文の表題は “Validity of high-school grades in predicting student success beyond the freshman year: High-school record vs. standardized tests as indicators of four-year college outcomes” です。2007年の報告です。扱うのは、カリフォルニア大学に入学した学生の高校GPAと、4年間の累積成績と卒業です。日本の評定平均そのものを測った研究ではありません。カリフォルニア大学であり、総合型選抜ではない、ということを、この回は最初に言います。後でもう一度言います。総合型選抜にそのまま当てはまる、とは書きません。4年間の予測を、日本の評定の点数に換算することは、この回ではしません。
結論を先に言います。同じ高校GPA、または同じACT得点でも、出身高校によって大学卒業率は大きく異なる、と2020年の報告は述べています [1]。それでも、高校GPAと大学卒業の関係は強く一貫し、学校効果より大きい。対照的に、ACTと大学卒業の関係は弱く学校効果より小さく、傾きは高校ごとに異なる、とも述べています [1]。カリフォルニア大学に入学した約8万人について、4年間の累積成績と卒業を追跡した。高校GPAは、全学問分野、キャンパス、1年次入学コホートで、4年間アウトカムの最強の予測因子である、と2007年の報告は述べています [2]。1年次を過ぎると高校GPAの予測の重みは増し、4年の累積成績の分散を説明する割合は、1年次より大きい。入学基準として、高校GPAは標準化テストより、不利な立場の学生および過少代表の少数派学生への不利な影響が小さい、とも述べています [2]。同じ高校GPAでも卒業率が大きく異なる、と、評定は高校で意味が違うから無意味だ、は違います。関係は強く一貫し学校効果より大きい、と、評定が高ければ大学で成功する、も違います。最強の予測因子、と、日本の評定平均が合格を決める、も違います。どちらも、総合型選抜の評定の手順書ではありません。
先に、この回がしないことも言っておきます。一次証拠は、米国の高校GPAとACT、およびカリフォルニア大学の高校GPAです。日本の評定平均・共通テスト・総合型選抜に、そのまま当てはめません [1] [2]。同じ高校GPAでも卒業率が大きく異なる、を、日本の学校差の点数に換算しません。評定が高ければ大学で成功する、とは書きません [1]。評定は無意味だ、とも書きません。約8万人の追跡を、日本の評定の換算表にはしません [2]。入学経路と入学後成績の話は、すでに別稿があります。この回では再説明しません。出願書類の予測妥当性の話も、すでに別稿があります。再説明しません。睡眠、運動、教室環境も、軸にしません。大学別の評定の下限の解説も、扱いません。この回の軸は、高校の成績が大学の継続と卒業をどこまで予測するかと、その関係が高校ごとにどこまで一貫するかを、同じ重さで置くことです。志願者の評定が低いことを、責めの文にはしません。受験生の成績を、足りない、と決めつけません。
1. 米国の高校GPAとACTは、日本の評定平均の手順ではない
志願者が「評定」と呼ぶものの中には、いくつかの層が混ざります。高校の成績平均。標準化テスト。出身高校。大学卒業。1年次の成績。4年の累積成績。入学基準としての不利な影響。層が混ざったまま、「評定が高いほどよい」と言うと、どの国の、どの指標の話なのかが見えなくなります。
Allensworth と Clark が置いているのは、米国の高校GPAとACT、大学卒業です [1]。日本の評定平均ではありません。大学入学共通テストでもありません。総合型選抜の調査書でもありません。最初に、その限界を言います。限界を、無関係、と読むこともしません。高校GPAと大学卒業の関係についての一次の報告として、この論文は残ります。残る報告と、日本の評定の正解は、別です。
Geiser と Santelices が置いているのも、カリフォルニア大学の高校GPAです [2]。米国の一つの大学システムの入学後です。日本の評定平均ではありません。総合型選抜の合否でもありません。近い「高校の成績」を、同じ試験の別名にはしません。近い、を外挿の根拠にしない。
「総合型選抜の評定だから、米国の高校GPAは使えない」という見送りも、ここでは使いません。使えない、は、読んでいない、ではありません。読んだうえで、対象が違う、と置く。違うことを、評定は関係ない、と読むこともしません。同じ高校GPAでも出身高校で卒業率が大きく異なる、という文は残ります。高校GPAは4年間アウトカムの最強の予測因子だ、という文も残ります。残るものと、当日の評定の命令は、結びません [1] [2]。
受験生本人が読むときの形も、同じ範囲に置きます。「評定が低いから、大学では続かない」。その物語を、この二つの報告は支えていません。支えていないことと、予測が無い、は、また別です。関係が強いことと、向き不向きの判定であることは、層が違います。層を混ぜて、本人を責める文にはしません。
2. 同じ高校GPAでも、同じACTでも、出身高校によって大学卒業率は大きく異なる
2020年の報告が入口に置いているのは、評定の保証ではありません。同じ数字の下での差です [1]。ここでも、最初に限界を言います。米国の高校GPAとACTです。日本の評定平均ではありません。
同じ高校GPA、または同じACT得点でも、学生は出身高校によって大きく異なる率で卒業する。
同じ高校GPA、です。同じACT得点、です。数字が同じでも、です。数字が同じなら卒業も同じ、という書き方ではありません。出身高校によって、大学卒業率は大きく異なる。大きく異なる、です。何パーセント、という数字ではありません。数字が無い以上、日本の学校差の点数を、ここに足すことはしません。無い点数を、偏差値の動きにもしません [1]。
出身高校、です。大学の側の選抜基準そのものではありません。高校の側です。側があることと、日本の高校の序列が同じ式であることは、別です。別である高校を、国内の学校名の対応表に読み替えることはしません。対応表は、この回が使う範囲にはありません。無い表を、出願校の点検表として配ることはしません。
大学卒業、です。入試の合否ではありません。入ったあとの側です。側があることと、総合型選抜の合格が予測できることは、別です。別である卒業を、合格率の話に溶かすことはしません。溶かすと、大きく異なる、が、落ちる、という文に見えます。見せません [1]。
同じ数字でも卒業率が異なる、を、評定は無意味だ、と読むこともしません。無意味だ、と読むと、次の節で著者が書く「関係は強く一貫する」が消えます。消えた文の上に、評定はどうでもよい、という口語が乗ります。口語を、この一文の言い換えとしては使いません。入口は、同じ数字の下での差です。差があることと、指標が空であることは、別です。
ACT、です。米国の標準化テストです。日本の大学入学共通テスト、という書き方ではありません。名前が近いことと、同じテストであることは、別です。別であるテストを、共通テストの点数の顔で出すことはしません。出さない理由は、著者が置いているのがACTだからです。ACTがあることと、日本のテストが同じ単位であることは、別です [1]。
3. 高校GPAと大学卒業の関係は強く一貫し、学校効果より大きい
同じ数字の下での差のあと、著者らは高校GPAの側を置きます [1]。差と、関係の強さを両方残す、がこの節の中心です。
それでも、高校GPAと大学卒業の関係は強く一貫し、学校効果より大きい。
それでも、です。前の節の、同じ高校GPAでも卒業率が大きく異なる、を受けています。差がある。それでも、関係は強く一貫する。両方です。片方だけを採って、学校が違うから評定は比べられない、という文にはしません。片方だけを採って、評定が高ければ大学で成功する、という文にもしません。著者が並べたのは、学校による差と、関係の強さと一貫性です。並ぶ二つを、出願の命令に潰すことはしません [1]。
強く一貫し、です。必ず卒業する、という書き方ではありません。関係が強く、一貫している、という向きです。向きがあることと、高い評定は成功の保証であることは、別です。保証にすると、関係が、本人の将来の判定に見えます。見せません。判定にしない、を、関係は無い、と読むこともしません。無い、と、強い、は違います。
学校効果より大きい、です。比較です。高校GPAと大学卒業の関係が、学校効果より大きい。学校はどうでもよい、という意味ではありません。前の節で、出身高校によって卒業率は大きく異なる、と書いてあります。大きく異なる学校差と、それより大きい関係。両方残ります。両方を、日本の高校の序列の証明にはしません。証明にすると、米国の学校効果が、国内の学校名に見えます。見せません [1]。
大学卒業、です。入学の一点ではありません。総合型選抜の合否でもありません。卒業という、入ったあとの側です。側があることと、出願の勝敗が決まることは、別です。別である卒業を、合格点に換算する対応表は、この回にはありません。無い表を、評定の目安の顔で出すことはしません。
米国の高校GPAです。日本の評定平均ではありません。対象が違う関係を、総合型選抜の処方にはしません。処方にしない、を、強さはどうでもよい、と読むこともしません。強さと一貫性は、著者が書いた関係です。関係があることと、日本の評定の必達であることは、層が違います [1]。
4. ACTと大学卒業の関係は弱く学校効果より小さく、傾きは高校ごとに異なる
高校GPAの隣に、著者らはACTを置きます [1]。弱い、を、テストは無意味だ、と読まない。傾きが異なる、を、高校で対策が違う、と読まない。両方が、この節の上限です。
対照的に、ACT得点と大学卒業の関係は弱く、高校の効果より小さく、関係の傾きは高校ごとに異なる。
対照的に、です。高校GPAの側と、対照です。ACTの関係は弱い。学校効果より小さい。傾きは高校ごとに異なる。高校GPAが強く一貫し学校効果より大きい、という前の節と、並びます。並ぶことと、GPAに乗り換えよ、という口語の助言は、別です。口語の助言には、日本の評定も、共通テストも、入っていません。入っていない助言を、この一文の言い換えとしては使いません [1]。
弱い、です。ゼロだ、という書き方ではありません。無い、と、弱い、は違います。違う語を、ACTは無意味だ、と読む根拠にもしません。無意味だ、と読むと、著者が書いた「弱い」が消えます。消えた語の上に、テストは捨てよ、という口語が乗ります。口語を、この回の結論にはしません。
学校効果より小さい、です。高校GPAの関係が学校効果より大きい、という前の比較の、逆側です。逆側があることと、テストより学校が大事だ、という順位の一般法則は、別です。一般法則にすると、米国のACTが、日本の入試の制度論に見えます。見せません。著者が置いているのは、大学卒業との関係の大きさの比較です。比較を、政策の要求にはしません [1]。
傾きは高校ごとに異なる、です。同じACT得点の動き方が、高校で違う、という側です。側があることと、この高校なら何点、という換算表があることは、別です。換算表は、この回が使う範囲にはありません。無い表を、共通テストの目標点として配ることはしません。配ると、著者が書いていない点数が生まれます。生まれた点数を、根拠の顔で出すことはしません。
ACTを、日本の大学入学共通テストに読み替える対応表も、ありません。無い対応表を、総合型選抜の英語資格や、学力検査の話に溶かすことはしません。溶かすと、弱い関係が、日本のテスト不要論に見えます。見せません。見せない、を、ACTの記述はどうでもよい、と読むこともしません。弱い関係と、傾きの違いと、学校効果より小さいこと。三つは、高校GPAの強さの隣に置かれています。隣であることと、日本の評定の手順であることは、別です [1]。
5. カリフォルニア大学の約8万人を、4年間追跡した
2020年の隣に、2007年を置きます [2]。隣に置く、を、同じ助言だ、とは言いません。ここでも、最初に限界を言います。カリフォルニア大学に入学した学生の高校GPAです。日本の評定平均にそのまま当てはめません。
カリフォルニア大学に入学した約8万人について、4年間の大学アウトカム(累積成績と卒業を含む)を追跡した。
約8万人です。著者が書いた規模です。ほぼ8万人、という原文の位置です。8万人ちょうど、として新しい精度を足すことはしません。足すと、著者が書いていない人数が生まれます。生まれた人数を、日本の志願者数の顔で出すことはしません [2]。
カリフォルニア大学に入学した、です。出願した全員ではありません。入ったあとの学生です。入ったあとを追跡している以上、この報告が測っているのは、入学後の成績と卒業です。総合型選抜の合否ではありません。合否の一点へ換算する対応表は、この回にはありません。無い表を、合格率の目安にはしません。
4年間、です。1年次だけではありません。累積成績と卒業を含む、です。含む、という語が正確です。成績だけ、でも、卒業だけ、でもありません。両方を含む4年間アウトカムです。両方があることと、日本の単位取得の話が同じであることは、別です。別であるアウトカムを、国内のGPAの名前に読み替えることはしません [2]。
追跡、です。一時点の相関だけを見た、という書き方ではありません。4年間を追った、という位置です。位置を、志願者の今の評定が4年後を決める、という判定にはしません。判定にすると、追跡が、本人の将来の採点に見えます。見せません。著者が置いているのは、入学した学生の4年間です。総合型選抜の出願者の4年間ではありません。
約8万人という規模があることと、日本の受験生の人数であることは、別です。別である人数を、合格者数の話に見せない。人数を、偏差値の動きにもしない。著者が置いているのは、分析の対象です。対象があることと、日本の入試の標本であることは、別です。別である対象を、この回の入口に置きます [2]。
6. 高校GPAは全学問分野・キャンパス・入学コホートで、4年間アウトカムの最強の予測因子である
対象のあと、著者らは予測の位置を置きます [2]。最強、を、評定が高ければ成功する、と読まない、がこの節の上限です。
高校GPAは、カリフォルニア大学の標本において、全学問分野、キャンパス、1年次入学コホートで、4年間アウトカムの最強の予測因子で一貫している。
カリフォルニア大学の標本において、です。範囲が付いています。全ての大学、という書き方ではありません。全学問分野、キャンパス、1年次入学コホート、は、その標本の内側です。内側で一貫している、です。日本の全大学で同じだ、という意味ではありません。意味でない一貫性を、国内の学部一覧の証明にはしません [2]。
最強の予測因子、です。唯一の予測因子、ではありません。他がゼロだ、という書き方でもありません。その標本の4年間アウトカムについて、高校GPAが最も強い、という位置です。位置を、評定以外は見るな、という命令にはしません。命令にすると、最強が、書類の捨て方に見えます。見せません。
4年間アウトカム、です。入試の合否ではありません。累積成績と卒業を含む、前の節の側です。側があることと、総合型選抜の合格が予測できることは、別です。別であるアウトカムを、合格点に換算することはしません。換算する元の係数も、この回が使う範囲にはありません。無い係数を、評定の何点、としても足しません [2]。
一貫している、です。分野で消え、キャンパスで消え、コホートで消える、という書き方ではありません。消えない、という向きです。向きがあることと、どの高校の、どの評定でも同じだ、は、違います。2020年は、同じ高校GPAでも出身高校で卒業率が大きく異なる、と書いています [1]。2007年は、標本の内側で最強で一貫する、と書いています。学校による差と、標本内の一貫性は、同じ「一貫」という言葉で結びたくなる。結びは、分かりやすい。分かりやすい結びは、測っている層が同じだ、という前提を、黙って置きます。この回は、その前提を置きません。並べる。溶かす、ではない。
受験生本人が「最強なら、評定を上げれば大学で成功する」と思うとき、その思いは、予測因子の位置には触れています。触れていることと、その思いが著者の結論そのものであることは、別です。結論は、カリフォルニア大学の標本で、4年間アウトカムの最強の予測因子で一貫している、です。評定を上げれば成功する、ではありません。入口の語と、出願の方針を、同じ一文に溶かさない [2]。
7. 1年次を過ぎると予測の重みは増し、4年累積成績の分散説明は1年次より大きい
最強の隣に、著者らは時間の向きを置きます [2]。増す、を、高校の評定を上げよ、と読まない。分散の説明を、合格点の伸びにしない。両方が、この節の上限です。
予想に反して、高校GPAに結びつく予測の重みは1年次のあとで増し、4年の累積成績の分散を説明する割合は、1年次の大学成績より大きい。
予想に反して、です。著者が書いた驚きです。1年次が一番よく当たる、という見込みの、逆です。逆があることと、1年次はどうでもよい、は、違います。違う驚きを、1年次の成績は無視してよい、と読む根拠にもしません。著者が置いているのは、1年次のあとで重みが増す、という向きです。向きを、入学直後は関係ない、という文にはしません [2]。
予測の重みは増し、です。合格点が上がる、という意味ではありません。高校GPAが、あとの成績を説明する重みが増す、という側です。側があることと、今の評定を上げれば4年後の点が上がる、という因果の助言は、別です。助言にすると、重みが、出願前の命令に見えます。見せません。
4年の累積成績の分散を説明する割合は、1年次より大きい、です。分散の説明です。成績そのものの何パーセント、という数字ではありません。何パーセント、は、この回が使う範囲にはありません。無いパーセントを、4年は1年の何倍、として足すことはしません。足すと、著者が書いていない倍率が生まれます。生まれた倍率を、根拠の顔で出すことはしません [2]。
1年次より大きい、です。1年次がゼロだ、ではありません。より大きい、です。比較です。比較があることと、1年次の予測は無意味だ、は、違います。違う比較を、入学後すぐの成績は捨てよ、と読むこともしません。著者が書いたのは、4年の累積のほうが、分散を説明する割合が大きい、という位置です。位置を、日本の大学のGPAの話に読み替える対応表は、ありません。無い表を、単位の取り方の手順にはしません。
2020年が置いたのは、高校をまたいだ卒業率の差と、高校GPAとACTの関係の強さです [1]。2007年がここに置いているのは、1年次を超えたあとの重みです。卒業の予測と、累積成績の分散説明は、同じ「長い目」という言葉で結びたくなる。結びは、分かりやすい。この回は、その前提を置きません。カリフォルニア大学の4年間と、高校をまたいだ卒業率は、層が違います。層が違うものを、一つの「評定は後で効く」に溶かすことはしません [1] [2]。
8. 入学基準として不利な影響は標準化テストより小さい。二つの研究を並べ、成功だとも無意味だともしない
予測の重みのあと、著者らは入学基準としての影響を置きます [2]。小さい、を、日本の入試はGPAにせよ、と読まない。そのうえで、二つの研究を一度だけ表にします。新しい数値は足しません。
入学基準として、高校GPAは標準化テストより、不利な立場の学生および過少代表の少数派学生への不利な影響が小さい。
入学基準として、です。選抜に使うときの話です。使ったあとの卒業の話だけではありません。不利な影響が小さい、です。不利な影響が無い、ではありません。無い、と、小さい、は違います。標準化テストより小さい、です。比較です。比較があることと、テストは有害だ、は、違います。違う比較を、テストをやめよ、という政策の文にはしません [2]。
不利な立場の学生および過少代表の少数派学生、です。米国の標本の中の、著者が書いた集団です。日本のどの集団か、という対応表はありません。無い対応表を、国内の属性の議論に読み替えることはしません。読み替えると、カリフォルニア大学の不利な影響が、日本の入試批判の一点に見えます。見せません。著者が述べたのは、入学基準としての比較です。比較を、総合型選抜の制度要求にはしません。
小さい、を、高校GPAは公平だ、と短くすることもしません。より小さい、です。公平だ、ではありません。短い標語にすると、比較が、保証に見えます。見せません。保証にしない、を、不利な影響はどうでもよい、と読むこともしません。著者が置いた文は残ります。残る文と、日本の評定の運用の正解は、別です [2]。
| 側 | 著者が述べていること |
|---|---|
| 2020年の対象 | 米国の高校GPAとACT、大学卒業。日本の評定平均・共通テストそのものではない [1] |
| 2020年の同じ数字 | 同じ高校GPA、または同じACTでも、出身高校によって大学卒業率は大きく異なる。無意味だ、ではない [1] |
| 2020年の高校GPA | 大学卒業との関係は強く一貫し、学校効果より大きい。高ければ成功する、ではない [1] |
| 2020年のACT | 大学卒業との関係は弱く学校効果より小さく、傾きは高校ごとに異なる。テストは捨てよ、ではない [1] |
| 2007年の対象 | カリフォルニア大学に入学した約8万人の4年間。日本の評定平均そのものではない [2] |
| 2007年の予測 | 高校GPAは全学問分野・キャンパス・1年次入学コホートで4年間アウトカムの最強予測因子。唯一ではない [2] |
| 2007年の時間 | 1年次のあとで予測の重みは増し、4年累積成績の分散説明は1年次より大きい。何倍、はない [2] |
| 2007年の入学基準 | 高校GPAは標準化テストより不利な影響が小さい。無い、ではない。日本の制度要求ではない [2] |
| 日本の評定平均 | この二つの報告からは決まらない。合格点への換算も、当日の手順も、出てこない |
表の読み方は、上下の勝敗ではありません。上段の2020年は、高校をまたいだ卒業率の差と、高校GPAとACTの関係の強さです。中段の2007年は、カリフォルニア大学の4年間の予測と、不利な影響の比較です。下段の日本の評定平均は、どちらの報告にも無い層です。無い層を、表の空欄のまま置きます。
評定が高ければ大学で成功するか、という問いは、志願者が持ちやすい問いです。問いがあることと、答えが「成功する」であることは、別です。2020年は、同じ高校GPAでも出身高校で卒業率が大きく異なる、と書いています。大きく異なる以上、同じ評定なら同じ成功だ、とは書けません [1]。2007年は、最強の予測因子だ、と書いています。最強がある以上、評定は無意味だ、とも書けません [2]。両方を残す。片方の標語に潰さない。
出願での見え方に一度だけ引き直します。新しい数値は足しません。調査書の評定がある。2020年の報告は、同じ高校GPAでも出身高校で卒業率が大きく異なる、と書き、それでも高校GPAと卒業の関係は強く一貫し学校効果より大きい、と書いています [1]。2007年の報告は、約8万人の4年間で高校GPAは最強の予測因子だ、と書き、1年次のあとで重みが増す、とも書いています [2]。引き直した結果として出てくるのは、日本の評定の命令ではありません。米国の高校GPAと、カリフォルニア大学の追跡を、総合型選抜の手順に溶かさない、という確認の形です。
入学経路と入学後成績の話は、すでに別稿があります。この回の二つの報告は、その話ではありません。高校GPAの予測と、高校をまたいだ一貫性です。別稿の層を、ここに厚くやり直すことはしません。出願書類の予測妥当性の話も、すでに別稿があります。再説明しません。置く軸は、予測と一貫性があることと、日本の評定の手順にはしないことです [1] [2]。
睡眠や運動を、評定の代わりに置くこともしません。活動報告書やポートフォリオの話も、この回の軸ではありません。推薦書の話も、すでに別稿があります。再説明しません。置くのは、同じ数字の下での差と、関係の強さと、4年間の予測です。予測があることと、今夜の評定を上げよ、は、結びません。
9. 【反証】この回が言えないこと
第一に、一次証拠は二篇です。Allensworth と Clark の2020年と、Geiser と Santelices の2007年です [1] [2]。日本の評定平均、大学入学共通テスト、総合型選抜、学校推薦型選抜を、一次資料として測った研究ではありません。合否も、日本の評定の点数も、この二つの報告は述べていません。
第二に、2020年は米国の高校GPAとACT、大学卒業です。日本の評定平均そのものではありません。共通テストそのものでもありません。総合型選抜にそのまま当てはまる、とは書けません [1]。
第三に、同じ高校GPA、または同じACTでも出身高校によって大学卒業率は大きく異なる、を、評定は無意味だ、という断定にはできません。大きく異なる、です。何パーセント、という数字はありません。無いパーセントを、日本の学校差の点数に換算する対応表も、ありません [1]。
第四に、高校GPAと大学卒業の関係は強く一貫し学校効果より大きい、を、評定が高ければ大学で成功する、という断定的助言にはできません。関係の強さと一貫性です。保証ではありません。学校効果より大きい、は、学校はどうでもよい、という意味ではありません [1]。
第五に、ACTと大学卒業の関係は弱く学校効果より小さく、傾きは高校ごとに異なる、を、テストは無意味だ、とも、共通テストは捨てよ、とも読めません。弱い、です。ゼロだ、ではありません。ACTを、日本の大学入学共通テストに読み替える対応表はありません。無い表を、目標点にはできません [1]。
第六に、2007年はカリフォルニア大学に入学した約8万人の4年間です。出願した全員ではありません。日本の評定平均にそのまま当てはめることはできません。約8万人を、日本の志願者数に読み替えることもできません。8万人ちょうど、という新しい精度も、この回は足していません [2]。
第七に、高校GPAは全学問分野・キャンパス・1年次入学コホートで4年間アウトカムの最強予測因子、を、評定以外は見るな、という命令にはできません。カリフォルニア大学の標本の内側です。唯一の予測因子、ではありません。4年間アウトカムは、入試の合否ではありません。合格点への換算表はありません [2]。
第八に、1年次のあとで予測の重みが増し、4年累積成績の分散説明が1年次より大きい、は、1年次はどうでもよい、という意味ではありません。分散の説明です。何パーセント、も、何倍、も、この回が使う範囲にはありません。無い倍率を、今の評定を上げよ、という命令にすることもできません [2]。
第九に、入学基準として高校GPAは標準化テストより不利な影響が小さい、は、不利な影響が無い、という意味ではありません。日本のどの集団か、という対応表もありません。テストをやめよ、という政策の文でもありません。入学経路と入学後成績の話、出願書類の予測妥当性の話は、この回では再説明していません。すでに書いた話だからです。睡眠、運動、食事、教室環境を、この回の軸にもしていません。大学別の評定の下限も、扱いません [2]。
第十に、この回は、志願者の評定が低いことを間違っていると決めつけていません。成績が足りない、という責めの文にもしていません。同じ高校GPAでも卒業率が異なることを、本人の欠点だとも書いていません。著者らが述べたのは、米国の高校GPAとACTの大学卒業予測と、カリフォルニア大学の4年間の追跡です。研究があることと、受験生を責めることは、別です [1] [2]。
10. 実務——出願と面談で使える3つの確認
- 同じ高校GPAでも出身高校で卒業率が大きく異なる、を、日本の評定の学校差の手順に読み替えていませんか。大きく異なる、を、評定は無意味だ、と読んでいませんか。Allensworth と Clark によれば、同じ高校GPA、または同じACT得点でも、学生は出身高校によって大きく異なる率で卒業します。米国です。日本の評定平均ではありません。何パーセント、という数字はありません。無い数字を、学校差の点数にしない。無意味だ、に上げていないか。面談の前に、断定に上げていないか、を一度だけ言い直す、という確認です [1]。
- 高校GPAと大学卒業の関係が強く一貫し学校効果より大きい、を、評定が高ければ大学で成功する、と読んでいませんか。ACTが弱く学校効果より小さい、を、共通テストは捨てよ、と読んでいませんか。関係の強さと一貫性です。保証ではありません。弱い、です。ゼロだ、ではありません。ACTを、日本の大学入学共通テストに読み替える対応表はありません。傾きが高校ごとに異なる、を、この高校なら何点、という目標にもしません [1]。命令だけを残して、対象が米国である限界を隠していないか。それが、出願前の確認です。
- カリフォルニア大学の約8万人の追跡を、日本の評定平均の換算表にしていませんか。最強の予測因子を、評定以外は見るな、と読んでいませんか。1年次より4年の分散説明が大きいことを、今の評定を上げよ、という命令にしていませんか。Geiser と Santelices は、入学した約8万人の4年間を追跡し、高校GPAは標本内で4年間アウトカムの最強予測因子だと述べます。入学後です。合否ではありません。予想に反して重みは1年次のあとで増します。何パーセントも、何倍も、ありません。入学基準として不利な影響は標準化テストより小さい、は、無い、ではありません。日本の制度要求でもありません [2]。片方の標語に潰していないか。評定が高ければ成功する、とも、評定は無意味だ、とも、書いていないか。換算表は、この報告からは出てきません。出ない、を、確認の答えにします。
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当塾は講師1名に生徒1名の完全個別指導で、武蔵境駅から徒歩30秒です。事前診断テストと入塾前カウンセリングは無料で、割引制度は設けていません。同じ高校GPAでも出身高校で卒業率が異なる報告を日本の評定の学校差に読み替えていないか、高校GPAと卒業の強い関係を評定が高ければ大学で成功すると読んでいないか、カリフォルニア大学の追跡を日本の評定平均に換算していないかを整理することは、カウンセリングの場でご一緒にできます。入塾されるかどうかとは切り離してお受けしています。
まとめ
- Allensworth と Clark は、高校GPAとACT得点が大学卒業を予測するかを、高校をまたいだ一貫性の仮定から見た。米国の高校GPAとACTである。日本の評定平均・共通テスト・総合型選抜そのものではない [1]。
- 同じ高校GPA、または同じACT得点でも、出身高校によって大学卒業率は大きく異なる。大きく異なる、を無意味にしない。何パーセント、という数字は無い。日本の学校差の点数への換算もしない [1]。
- それでも、高校GPAと大学卒業の関係は強く一貫し、学校効果より大きい。高ければ成功する、という断定的助言にはしない。対照的に、ACTと大学卒業の関係は弱く学校効果より小さく、傾きは高校ごとに異なる。テストは捨てよ、ではない。共通テストへの読み替えもしない [1]。
- Geiser と Santelices は、カリフォルニア大学に入学した約8万人について、4年間の累積成績と卒業を追跡した。日本の評定平均へはそのまま当てはめない。約8万人を、日本の志願者数に読み替えない [2]。
- 高校GPAは、全学問分野、キャンパス、1年次入学コホートで、4年間アウトカムの最強の予測因子で一貫している。唯一ではない。合否ではない。予想に反して、予測の重みは1年次のあとで増し、4年累積成績の分散説明は1年次より大きい。何パーセントも、何倍も、無い。今の評定を上げよ、ではない [2]。
- 入学基準として、高校GPAは標準化テストより不利な影響が小さい。無い、ではない。日本の制度要求ではない。二つの研究を並べると、予測と一貫性はある。日本の評定への読み替えも、当日の手順も、この研究からは出てこない。入学経路の話は再説明しない。読者の評定を低いと決めつけない。受験生を責めない。
出典
本文中の番号に対応します。書誌を確認し、抄録に直接あたったものだけを挙げています。結論に反する記述も、同じ基準で載せています。
- 【高校GPA・ACT・大学卒業】Allensworth, Elaine M.; Clark, Kallie (2020). High School GPAs and ACT Scores as Predictors of College Completion: Examining Assumptions About Consistency Across High Schools. Educational Researcher, 49(3), 198–211. DOI: 10.3102/0013189X20902110
- 【高校成績・4年間アウトカムの予測】Geiser, Saul; Santelices, María Verónica (2007). Validity of high-school grades in predicting student success beyond the freshman year: High-school record vs. standardized tests as indicators of four-year college outcomes. CSHE Research & Occasional Paper Series, CSHE.6.07. ERIC: ED502858
