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偏微分方程式 熱・波・ポテンシャルの数学|武蔵野個別指導塾
熱の広がりと弦の振動を同じ正弦波から計算し、初期条件と境界条件の役割、フーリエ級数による解法、予測の安定性まで具体的な式で読み解けます。

偏微分方程式 熱・波・ポテンシャルの数学
理科室の光る線から、空間の変化を考える
理科室の古いオシロスコープの前で、横に流れる光の線を方眼ノートに写す場面を考えてみます。つまみを回すと波の山が詰まり、別のつまみでは山の高さが変わります。数学を教える講師として隣に座るなら、まず「横軸と縦軸は何を表していますか」と尋ねたいところです。時間に対する電圧の記録と、ある瞬間に弦を横から見た形は、似た曲線でも同じものではありません。
弦の運動を知るには、ある場所が時間とともにどう動くかだけでなく、同じ時刻に隣の場所がどこにあるかも必要です。細い棒の温度でも事情は似ています。中央の温度だけを記録しても、左右が冷えているのか、さらに熱いのかによって次の変化は異なります。そこで、場所 x と時刻 t の両方を変数に持つ関数 u(x,t) を考えます。未知のものが数ではなく、空間と時間に広がる関数になるのです。
偏微分方程式は、その関数の変化率どうしを結びつける方程式です。熱の広がり、弦の振動、電荷のない領域の電位は、異なる現象でありながら、微分を使って局所的な関係を記述するという共通点を持ちます。ただし、式だけ書けば未来が決まるわけではありません。最初の状態や端で何をしているかまで与えて、初めて一つの予測の問題になります。
多くの理系学部では、土台となる微積分と線形代数を1〜2年で学びます。その先で偏微分方程式に出会うと、高校で計算した三角関数の微分が、温度のむらが消える速さや弦の振動周期を決める道具に変わります。まずは同じ正弦波が、熱と波ではどのように違う運命をたどるかを確かめていきましょう。

三角関数の微分に、もう一つの変数を加える
高校数学から持っていきたい道具は、指数関数と三角関数の微分、積分、変数を含む式の整理です。例えば f(x)=sin(πx) を2回微分すると、合成関数の微分法により次のようになります。
f′(x)=πcos(πx)
f″(x)=-π²sin(πx)=-π²f(x)
2回微分した結果が元の関数の定数倍になります。この性質は、微分方程式に正弦波を代入するときに力を発揮します。グラフの形を変えず、係数だけを取り出せるからです。また f(0)=f(1)=0 なので、両端の値を0に固定した長さ1の区間にも自然に合います。ここでは長さや時間を適切な単位で測り、式を簡単にしています。
次に、時刻によって正弦波の高さが変わる関数を考えます。表記を短くするため、eを底とする指数関数を exp と書きます。
u(x,t)=exp(-π²t)sin(πx)
場所を固定して t だけで微分すると、sin(πx) は定数として扱います。逆に時刻を固定して x で微分すると、exp(-π²t) が定数です。この「他の変数を固定する」という操作が偏微分です。
∂u/∂t=-π²exp(-π²t)sin(πx)
∂²u/∂x²=-π²exp(-π²t)sin(πx)
右辺が一致するので、この関数は ∂u/∂t=∂²u/∂x² を満たします。これは係数を1にした熱方程式です。t=0 で正弦波だった温度分布が、時間とともに高さを減らしていく解になっています。温度は基準温度からの差として読むと、端の値が0という条件も理解しやすくなります。
中央 x=1/2 では sin(π/2)=1 ですから、温度差は exp(-π²t) だけで表せます。t=0.1 では約0.373、t=0.2 では約0.139です。同じ時間が経過するごとに同じ値を引くのではなく、同じ比率で小さくなります。高校の指数関数のグラフが、ここでは温度の変化をそのまま表しています。
ただし、高校の一変数関数の言葉だけでは、「どの方向に微分したのか」を区別しきれません。u の値が変わったとき、それが時間の経過による変化なのか、観測する場所を変えたためなのかを明記する必要があります。偏微分の記号 ∂ は、難しさを飾る記号ではなく、この区別を保つための印です。
さらに、u(x,t) を t の関数として見る場合には x を固定しますが、x=vt のように動く観測点から見る場合は別です。定数 v で動く観測点での値の時間微分は、微分可能な u に対して ∂u/∂t+v∂u/∂x になります。時間による変化に、別の場所へ移った効果が加わります。何を固定した測定なのかを式と結びつけることが、多変数を扱う最初の一歩です。
方程式・初期条件・境界条件をひとまとまりにする
偏微分方程式の定義を、言葉と記号の両方で押さえます。複数の独立変数を持つ未知関数と、その偏導関数の間に課される関係が偏微分方程式です。例えば未知関数 u(x,t) に対する2階までの関係は、ある関数 F を使って次のように表せます。
F(x,t,u,∂u/∂x,∂u/∂t,∂²u/∂x²,∂²u/∂x∂t,∂²u/∂t²)=0
実際に現れる偏導関数の最高の階数を方程式の階数といいます。熱方程式は時間については1階ですが、空間について2階なので、方程式全体としては2階です。「時間微分が1回だから1階」と判断しないようにします。
偏微分自体の定義も確認しましょう。u が点 (x,t) の近くで定義されているとき、次の極限が存在すれば、それを x に関する偏微分係数といいます。
∂u/∂x(x,t)=lim[h→0]{u(x+h,t)-u(x,t)}/h
t を動かさないことが定義の中に入っています。同様に ∂u/∂t は x を固定した差商の極限です。なお、偏微分係数がそれぞれ存在するだけで、関数がすべての方向に滑らかに変化するとは限りません。ここで行う計算では、使う偏導関数が連続である滑らかな関数を扱います。
代表的な3種類を並べると、それぞれが何を結びつけるかが見えます。κ>0 を熱拡散率、c>0 を波の速さとします。
熱方程式:∂u/∂t=κ∂²u/∂x²
波動方程式:∂²u/∂t²=c²∂²u/∂x²
ラプラス方程式:Δu=0
平面の関数 u(x,y) に対しては、Δu=∂²u/∂x²+∂²u/∂y² と定めます。Δ はラプラシアンと呼ばれる微分作用素です。開いた領域で2階までの偏導関数が連続で、Δu=0 を満たす関数を、その領域の調和関数といいます。これがポテンシャルの数学の基本となる定義です。
例えば u(x,y)=x²-y² では、x に関する2階微分が2、y に関する2階微分が-2なので、Δu=0 です。一方、x²+y² では Δu=4 となり、調和関数ではありません。調和という名前は、波が時間的に振動することを意味しているわけではありません。ここでの式には時間変数がなく、空間内でのつり合いを記述しています。
熱方程式の右辺は温度の高さそのものではなく、空間方向の曲がり方です。なめらかな山の頂上では2階微分は0以下となります。熱方程式によりその点の時間微分も0以下であり、2階微分が厳密に負の場合には、その瞬間に温度が下がります。波動方程式では、同じ曲がり方が速度ではなく加速度を決めます。この違いにより、熱は平らになる方向へ進み、理想的な弦はつり合いの位置を通り越して振動します。
方程式を満たす候補は一つとは限りません。熱方程式なら、温度分布を表す任意の定数関数も解です。どの解を求めるかを決めるため、初期条件 u(x,0)=f(x) を与えます。波動方程式の場合には、初期の変位に加え、初期速度 ∂u/∂t(x,0)=g(x) も与えるのが標準です。時間について2階であることと、位置と速度の両方が必要なことが対応します。
境界条件は、領域の端で課す条件です。区間 0<x<L で u(0,t)=u(L,t)=0 とすれば、値を指定するディリクレ境界条件です。棒の端を基準温度に保つ場合や、弦の端を動かないように固定する場合に対応します。∂u/∂x(0,t)=∂u/∂x(L,t)=0 のように端での微分を指定するものは、この区間ではノイマン境界条件の例です。熱の流れが温度勾配に比例するモデルでは、これは両端から熱が出入りしない条件になります。
境界条件は、計算の最後に付け足す飾りではありません。熱方程式を区間全体で積分すると、滑らかな解について次が成り立ちます。
d/dt ∫[0,L]u(x,t)dx=κ{∂u/∂x(L,t)-∂u/∂x(0,t)}
両端が断熱なら右辺が0になり、積分で表した総量は保存されます。端の温度を0に保つ場合には、一般に総量は保存されません。途中の方程式が同じでも、境界が変われば現象が変わるのです。

正弦波で解を組み立て、一意性を確かめる
変数分離法では、解を u(x,t)=X(x)T(t) という積の形で探します。すべての解が一つの積で書けると決めつけるのではなく、まず解の材料となる特別な形を探す方法です。熱方程式に代入し、X と T が0でないところで整理すると、次の関係を得ます。
T′(t)/(κT(t))=X″(x)/X(x)=-λ
左側は t だけ、右側は x だけに依存します。独立に動かせる x と t のすべてで等しいためには、共通の定数でなければなりません。これが変数を分けられる理由です。分母が0になる点では割り算を使わず、得られた関数を元の方程式へ代入して確かめます。
区間 0<x<1 で X(0)=X(1)=0 を課すと、λ>0 の場合に X(x)=A sin(√λx) が候補になります。端の条件から sin(√λ)=0 が必要なので、非自明な解では √λ=nπ、n は正の整数です。λ=0 なら X は一次関数となり、両端の条件で0になります。λ<0 の指数関数の組合せも、両端の条件を課すと0だけです。したがって非自明な材料には離散的な値 λ=(nπ)² が現れます。
熱の場合、これに対応する時間の式は T′=-κ(nπ)²T です。κ=1 とすれば、材料となる解は exp(-(nπ)²t)sin(nπx) になります。n が大きいほど山と谷が細かく、減衰も速くなります。細かな温度のむらから先にならされるという特徴が、指数の中の n² に表れています。
具体的に初期条件を f(x)=sin(πx)+(1/2)sin(2πx) とすると、解は次の有限和で書けます。
u(x,t)=exp(-π²t)sin(πx)+(1/2)exp(-4π²t)sin(2πx)
微分が足し算と定数倍を保つため、各項が方程式を満たせば、その和も満たします。これを重ね合わせと呼びます。ただし、非零の同じ境界値を持つ解を単純に足せば、境界値まで2倍になることには注意が必要です。ここでは境界値が0なので、和も同じ境界条件を満たします。
t=0.1 では、第1項の振幅は約0.373、第2項の振幅は約0.00965です。初期振幅の比は1対0.5でしたが、時間の経過後には第2項が大きく弱まります。例えば x=1/4 での温度差は、初めに約1.207、t=0.1 では約0.273になります。単に全体が同じ割合で縮むのではなく、含まれる波の成分ごとに減り方が違うため、分布の形も変わります。
一般の初期分布へ進むときに使うのが、フーリエ正弦級数です。区間 [0,1] では、正の整数 m,n に対して次の直交関係があります。
∫[0,1]sin(mπx)sin(nπx)dx=0 (m≠n)
∫[0,1]sin²(nπx)dx=1/2
f(x)=∑[n=1,2,…]bₙ sin(nπx) と展開でき、積分と和を交換できる条件のもとでは、両辺に sin(mπx) を掛けて積分することで、他の項を消せます。その結果は bₘ=2∫[0,1]f(x)sin(mπx)dx です。先ほどの f では b₁=1、b₂=1/2、他は0になります。係数の公式は暗記だけでなく、「別の波どうしの積分が0になる」ことから再現できます。
無限和の場合には、収束と項別微分を正当化する必要があります。例えば連続な f が f(0)=f(1)=0 を満たす場合、対応する正弦係数を熱の減衰因子と組み合わせた級数は t>0 で滑らかな解を与えます。任意の ε>0 について t≧ε に限れば、指数的減衰が高い周波数の項を抑えるため、必要な微分を項ごとに行えます。t=0 の扱いには初期値への収束を別に確認します。有限和でできた操作を、その理由を考えず無限和へ移さないことが大学数学の重要な区別です。
同じ両端固定の区間でも、波動方程式で c=1 とし、初期変位を sin(πx)、初期速度を0とすると、解は次になります。
w(x,t)=cos(πt)sin(πx)
時間で2回微分しても、空間で2回微分しても -π²w になるので、方程式を満たします。中央は t=0 で1、t=1/2 で0、t=1 で-1となり、周期2で振動します。減衰の項がない理想化した式なので、熱のように振幅が消えてはいきません。また、端のない直線全体では、十分滑らかな任意の関数 F,G に対して F(x-ct)+G(x+ct) が波動方程式を満たします。連鎖律で2回微分すれば確かめられ、左右へ速さ c で進む形を表せます。
ここで定理を一つ、条件を付けて述べます。κ>0、L>0、T>0 とし、閉じた長方形 [0,L]×[0,T] 上で u、∂u/∂t、∂u/∂x、∂²u/∂x² が連続である解を考えます。同じ熱方程式、同じ初期値、同じ両端のディリクレ境界値を満たすこのような解は、存在するなら一つだけです。これはこの滑らかな解のクラスでの一意性の定理です。
証明の要は、二つの解の差 v を取り、その二乗の積分を見ることです。差の初期値と境界値は0です。E(t)=(1/2)∫[0,L]v(x,t)²dx と置き、部分積分をすると、境界項が消えて次を得ます。
E′(t)=κ∫[0,L]v∂²v/∂x² dx=-κ∫[0,L](∂v/∂x)²dx≦0
E は負になれず、最初は0で、しかも増えません。したがって E(t)=0 であり、v の連続性から v=0 です。この議論は、解を具体的に求めずに一意性を示しています。また境界値が一致する二つの解について、初期値が異なっていても差の二乗積分は増えないので、初期値の誤差に関する安定性も読み取れます。
もう一つ、ラプラス方程式には最大値原理があります。有界な連結開集合 Ω 上で調和、閉包上で連続な実数値関数 u は、その最大値と最小値を境界上でとります。特に内部で最大値をとれば定数です。この仮定のもとでは、同じディリクレ境界値を持つ調和関数の差に最大値原理を使うことで、一意性が従います。境界値が0の差は最大も最小も0になるからです。例えば単位正方形の境界に x²-y² の値を指定すれば、内部の解は先ほどの x²-y² です。境界の値が内部のつり合いを決めることが、定理として保証されます。
熱の分解と弦の振動が、解の意味を広げた
偏微分方程式の歴史を読むときは、方程式を立てること、解を計算すること、その計算を正当化することを分けると流れがつかめます。熱や振動の観測から局所的な法則を考え、その法則を満たす関数を探し、最後に「どのような初期分布でも同じ考え方を使えるか」を問う、という順序です。実際の発展ではこれらが行き来しながら深まりました。
熱伝導の方程式とその影響や他分野とのつながりを扱う歴史的な論考に、Narasimhan の研究があります(Narasimhan, 1999)。ここで注目したいのは、熱の方程式を解くために関数を三角関数へ分解するという発想です。一つの正弦波に限れば計算は短く済みますが、棒の温度が平らな台形だった場合にも使いたいとなると、有限個の波だけでは足りなくなります。関数を無限個の成分へ分け、各成分の時間変化を計算する必要が出てきます。
その瞬間に、物理の問いが解析学の問いへ広がります。無限和はどの意味で元の温度分布に近づくのか。角のある分布を微分してよいのか。端の温度と初期の温度が食い違うとき、どこまで連続な解を期待できるのか。例えば初期値 f(0)=1 と境界値 u(0,t)=0 を同時に課した場合、角の点 (0,0) まで連続で両方を満たす解は存在しません。式の計算以前に、条件どうしの整合性を点検する必要があります。
波動方程式にも、ダランベールを中心とする論争や見解の相違を扱った歴史研究があります(Oliveira, 2020)。波形を「式で表した関数」と見るか、「任意に与えた弦の形」と見るかでは、出発点となる関数の範囲が違います。現在の学習では、十分滑らかな関数に対する直接の微分計算と、角や不連続を含むデータを扱う議論を区別することで、その問題意識を追体験できます。
古典解とは、方程式に現れる微分が必要な意味で存在し、方程式を各点で満たす解です。一方、より粗いデータを扱うためには、微分を積分の関係として読む弱解という考え方へ進みます。熱方程式なら、領域の内部に台を持つ滑らかな試験関数 φ を掛けて積分し、部分積分によって u の微分を φ の側へ移すことが出発点です。これにより、u 自身を各点で2回微分できなくても意味を持つ関係が得られます。ただし解の範囲を広げた後には、その範囲での存在や一意性を改めて調べなければなりません。
高校では「答えの式が得られた」で一区切りになりやすい問題も、大学では「その式は何を意味し、どの条件で正しいか」まで問います。偏微分方程式の歴史は、微分計算が増えていく歴史であると同時に、関数と解の意味を細かく確かめていく歴史でもあります。
予測の安定性から、金融と観測の逆問題へ
実際の計算では、解が存在し、一つに決まるだけでは足りません。測定に少し誤差が入ったとき、答えが大きく変わらないことも必要です。データを入れる空間と解を測る空間を定めたうえで、解の存在、一意性、データへの連続依存性がそろうことを、問題の適切性と呼びます。連続依存性は、データ d の列 dₖ が d に近づくなら、対応する解 S(dₖ) が S(d) に近づく、という形で書けます。ここでの「近づく」は、それぞれの空間のノルムなどで定めます。
先ほど熱方程式で得た積分の不等式は、差を ∫|u-v|²dx の平方根で測ると誤差が増えない、という安定性を与えます。ただし、一意性と安定性の証明だけで存在まで証明したことにはなりません。正弦級数から解を構成する議論と、それが必要な条件を満たすことの確認が別に必要です。
熱の計算を逆向きにして、後の温度分布から初めの温度分布を求めると様子が変わります。時刻 T>0 の第 n 成分に含まれる誤差は、初めへ戻すと exp((nπ)²T) 倍されます。T=0.1 とすると、第1成分では約2.68倍ですが、第4成分では約721万倍です。後の分布に第4成分の誤差が0.000001あるだけで、初期分布の復元誤差は約7.21になってしまいます。
これは特定の小数の例だけの問題ではありません。各 n について、時刻 T の誤差を exp(-(nπ)²T)sin(nπx) とします。n を大きくすると、この誤差の二乗積分の平方根は0へ近づきます。しかし逆向きに戻した誤差は sin(nπx) であり、そのノルムはいつも1/√2です。したがって、この測り方では逆向きの写像は0で連続ではありません。誤差を小さくしても復元誤差が小さくなるとは限らず、「逆の式が書ける」と「安定して復元できる」は別の性質なのです。
波の観測から内部の情報を推定する逆問題でも、一意性は主要な問いになります。Rakesh と Symes の論文は、波動方程式の逆問題における一意性を題名に掲げています(Rakesh and Symes, 1988)。例えば観測した波から媒質の性質を知ろうとする場面では、媒質を与えて波を計算する順方向と、波から媒質を決める逆方向を分ける必要があります。一つの逆問題の一意性という研究課題を、あらゆる観測配置で内部を完全に復元できるという保証に読み替えてはいけません。
別の応用に、金融の価格モデルがあります。Black と Scholes の論文は、オプションと企業の負債の価格付けを扱っています(Black and Scholes, 1973)。その名を冠する基本的な方程式では、原資産価格 S>0 と時刻 t に依存する価格 V(S,t) を未知関数とします。原資産価格を幾何ブラウン運動で表し、配当なし、取引費用なし、連続的な取引によるヘッジが可能で、金利 r と変動の大きさ σ>0 が一定という理想化のもとで、標準的な式は次の形です。
∂V/∂t+(1/2)σ²S²∂²V/∂S²+rS∂V/∂S-rV=0
ここでは価格付けの実務へ踏み込まず、熱方程式との数学的な関係を計算してみます。満期を T として τ=T-t、x=log S、W(x,τ)=V(exp(x),T-τ) と置きます。連鎖律から、S∂V/∂S=∂W/∂x、S²∂²V/∂S²=∂²W/∂x²-∂W/∂x なので、a=r-σ²/2 と書けば次になります。
∂W/∂τ=(σ²/2)∂²W/∂x²+a∂W/∂x-rW
さらに W(x,τ)=exp(-rτ)Z(x+aτ,τ) と置いて代入すると、1階微分の項と -rW の項が打ち消され、Z は熱方程式 ∂Z/∂τ=(σ²/2)∂²Z/∂y² を満たします。ここで y=x+aτ です。満期の支払額が τ=0 の初期値となるため、満期から現在へ戻る操作は、この変数では熱方程式を前向きに解くことに対応します。先ほどの不安定な逆熱問題と、時間の向きだけを見て混同しないようにします。
物理と価格モデルで未知関数の意味は違いますが、変数変換によって同じ型の方程式が現れます。この共通性によって、ある分野で学んだ境界条件や安定性の考え方を、別の分野の数学にも持ち込めます。
微分の記号より先に、条件と図を並べる
偏微分方程式でつまずきやすいのは、微分計算そのものよりも、何を求める問題かを途中で見失うことです。式を解いたつもりでも初期条件が合っていない、端の条件を無視している、時間と場所のグラフを取り違えている、といったずれが起こります。計算の上手さだけでなく、現象、式、条件、図を結びつける練習が必要です。
Myers、Trubatch、Winkel は、熱方程式と波動方程式を物理現象のモデル化から教える方法として、差分方程式を表計算で扱う方法、数値解を求める方法、理由を考えながら解の材料を組み立てる方法を論じています。早い段階でグラフを得て、条件を変えたらどうなるかを試すことも扱っています(Myers et al., 2008)。研究が対象とするのは熱・波の偏微分方程式の導入と指導方法であり、高校生に対する一定の学習効果を保証する比較結果としては扱いません。この考え方を学習に取り入れるなら、図を眺めるだけで終わらず、図が変わった理由を式へ戻って説明するとよいでしょう。
最初の手順は、未知関数の意味と変数を書くことです。「u は温度差、x は棒の位置、t は時刻」のように書き、その下へ領域、初期条件、境界条件を並べます。時間微分が2階なら初期速度が与えられているかも確認します。ここで条件の不足や食い違いを見つけられれば、長い計算のやり直しを減らせます。
次の手順は、候補の解を元の式へ戻すことです。熱方程式なら時間微分と空間の2階微分を別々に計算して照合し、その後に端と初期時刻を代入します。「方程式を満たす」「端を満たす」「最初を満たす」を別の検査にすると、何が違っているかを特定しやすくなります。三角関数の係数を一つ落とした誤りも、この順序なら見つけやすくなります。
その次に、式を図と小さな数値計算へ移します。熱方程式を等間隔の格子で近似する場合、格子間隔を h、時間刻みを Δt とし、μ=κΔt/h² と置きます。時刻ごとの格子値について、前進オイラー法と中央差分を組み合わせると、内部の点の更新式は次のようになります。
次の中央の値=(1-2μ)×今の中央の値+μ×今の左の値+μ×今の右の値
μ=1/4 なら、係数は1/2、1/4、1/4で、すべて非負、和は1です。左から0、1、0という値なら、中央の次の値は1/2になります。一方、μ=1なら中央の次の値は-1です。温度差が0以上の初期値と境界値から、近似計算だけで負の値を作ってしまいました。固定境界を持つこの標準的な1次元の陽的差分法では、0≦μ≦1/2 が安定性を確保する基本条件になります。グラフが乱れたとき、現象が不安定なのか、数値計算法の刻みが不適切なのかを区別する必要があります。
最後に、使った定理の仮定を言葉で説明します。熱の一意性の証明なら、部分積分できる滑らかさと、差が端で0になることがどこで必要だったかを指で追います。公式を覚えている状態から、条件を変えても考え直せる状態へ進む練習です。
高校生のうちには、sin(ax) の2階微分、指数関数の微分、部分積分を確実にし、関数のグラフと導関数の符号を往復してください。さらに、同じ式で x を固定する場合と t を固定する場合の表を小さく作ると、多変数への抵抗を減らせます。先へ急いで難しい記号を覚えるより、微分が何の変化を表すかを毎回書き添える方が、この分野では確かな準備になります。
塾で担いたいのは、途中式のどこで意味を見失ったかを一緒に特定することです。条件を書き忘れたのか、合成関数の微分を取り違えたのか、無限和で有限和と同じ操作をしたのかでは、戻る場所が違います。家庭では、お子さまが「今は温度の広がりを式にしている」「端の条件で使える波が決まる」と短く説明する時間を持てれば十分です。専門的な証明をその場で評価する必要はなく、何を考えているかを言葉にする相手がいることが学習の支えになります。
ここで手が止まるなら、止まった単元まで一緒に戻ります。武蔵境の数学塾(1 対 1)/お問い合わせ
熱と波の違いを、自分の式で説明するための質問
偏微分方程式は、必ず式で解けますか
初等関数や扱いやすい級数で解を書けるとは限りません。形が複雑な領域や係数が変わる問題では、数値計算が必要になることもあります。それでも存在、一意性、誤差の評価を調べる意味は残ります。計算結果の見た目が滑らかでも正しいとは限らないため、方程式への代入、条件の照合、近似を細かくしたときの変化を組み合わせて判断します。
熱・波・ラプラスの3種類は暗記すれば十分ですか
まずは左辺の時間微分が1階か2階か、あるいは時間が含まれないかを説明してみてください。熱では分布の曲がり方が変化率を決め、波では加速度を決めます。熱の状態が時間に依存せず、内部に熱源がない場合には、熱方程式からラプラス方程式が出てきます。ただし、時間微分を0に置くだけで実際の解が必ずその定常状態へ近づくと証明したことにはなりません。近づくかどうかには、境界条件などを含めた別の検討が必要です。
初期条件と境界条件は、好きに指定してよいですか
どんな指定でも解があるわけではありません。初期時刻の端で矛盾がないことに加え、方程式の種類に合った条件が必要です。例えば閉じた領域のラプラス方程式で境界値を与える問題と、波の初期変位と初期速度を与える問題では、指定する場所も内容も違います。条件を増やせばよいという発想ではなく、その条件を満たす関数が存在するかを考えます。
理科室の古いオシロスコープの前に戻り、写した波の横に u(x,t) と書いてみます。画面の横軸が時間なら、そこには空間のある位置で起きた変化が映っています。その1本の線の背後には、隣の位置との関係、端での反射、最初に与えた状態があります。光の線だけでは見えなかった条件を、数学は言葉と式で取り出します。
正弦波を2回微分する計算から始めても、到達する問いは「どの関数が解か」「なぜ一つに決まるか」「測定誤差に耐えられるか」まで広がります。計算した式を現象と条件へ戻して確かめるたびに、高校の微積分は予測を支える数学へと育っていきます。一本の波の変化を自分の式で説明するとき、偏微分方程式の学びはもう始まっています。
- 前の回: 常微分方程式 変化の法則から未来を決める
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あわせて読む(数学の地図・高校数学の単元解説)
参考文献
- TN Narasimhan(1999)「Fourier’s heat conduction equation: History, influence, and connections」Reviews of Geophysics. https://doi.org/10.1029/1998rg900006
- ARE Oliveira(2020)「D’alembert and the wave equation: Its disputes and controversies」Advances in Historical Studies. https://doi.org/10.4236/ahs.2020.94019
- Fischer Black, Myron Scholes(1973)「The Pricing of Options and Corporate Liabilities」Journal of Political Economy. https://doi.org/10.1086/260062
- Rakesh, William W. Symes(1988)「Uniqueness for an inverse problem for the wave equation」Communications in Partial Differential Equations. https://doi.org/10.1080/03605308808820539
- Myers, Joseph, Trubatch, David, Winkel, Brian(2008)「Teaching Modeling with Partial Differential Equations: Several Successful Approaches」PRIMUS. https://doi.org/10.1080/10511970701643889
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