連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第43回です。学習の仕方の目次を見る
「がんばります」という目標は、なぜ効かないのでしょうか。目標設定について35年にわたる研究を総括した論文は、この点に明確な答えを出しています。具体的で難しい目標のほうが、「最善を尽くす」より高い遂行を生む。ただし、条件があります。
目標の立て方は、勉強の相談で最もよく出る話題の一つです。この回では、何が効き、どういう条件が要るのかを整理します。
要点(結論から)
- 具体的で難しい目標は、漠然とした目標より高い遂行につながる。
- 効くのは、目標が注意の方向と努力の量と持続、そして方略の探索を動かすためである。
- ただし条件がある。能力が伴うこと、本人が受け入れていること、進捗のフィードバックがあること。
結論——「具体的で、やや難しい」目標に、条件を揃える
- 具体的で難しい目標は、漠然とした目標より高い遂行につながる。
- 効くのは、目標が注意の方向と努力の量と持続、そして方略の探索を動かすためである。
- ただし条件がある。能力が伴うこと、本人が受け入れていること、進捗のフィードバックがあること。
- 課題が複雑な場合、目標だけでは足りない。方略そのものが分かっていないと機能しない。
- 実務的には、結果ではなく行動で目標を立て、進捗が見える形にするのが確実である。
理由——35年の研究が示したこと
「最善を尽くす」は目標として働かない
ロックとレイサムは、目標設定と課題動機づけに関する研究を総括しました。
Locke EA, Latham GP. Building a practically useful theory of goal setting and task motivation: A 35-year odyssey. American Psychologist. 2002;57(9):705-717.
中核的な知見は、具体的で難しい目標が、漠然とした目標や「最善を尽くせ」という指示より高い遂行につながるというものです。理由は、漠然とした目標には達成の基準がないためです。基準がなければ、どこで満足してよいかも決まりません。
目標が遂行を高める経路としては、注意を関連する活動へ向けること、努力を引き出すこと、持続を促すこと、そして目標に適した方略を探させることが挙げられます。最後の要素は、単に頑張ることとは別の働きです。
条件が揃わないと機能しない
同時に重要なのは、目標が効くための条件です。総括では、能力、目標への関与(コミットメント)、フィードバック、課題の複雑さといった要因が挙げられています。
特に実務で問題になるのが、フィードバックと課題の複雑さです。進捗が見えなければ、目標は行動を調整する働きを持ちません。また、やり方そのものが分からない複雑な課題では、高い目標を設定しても、方略の不在を埋めることはできません。
具体例——目標の立て方を比べる
| 目標 | 具体性 | 進捗が見えるか | 評価 |
|---|---|---|---|
| 「数学をがんばる」 | 低い | 見えない | 働かない |
| 「次のテストで80点」 | 高い | 当日まで見えない | 条件が不足 |
| 「毎日ワークを3ページ」 | 高い | 毎日見える | 機能しやすい |
| 「大問3の正答率を7割に」 | 高い | 演習のたびに見える | 機能しやすい |
2行目に注意してください。点数の目標は具体的ですが、進捗が試験当日まで分かりません。フィードバックの条件を欠いています。加えて、点数は他人の出来や問題の難度にも左右されるため、本人が完全には制御できません。
今日からできること
- 結果ではなく行動で目標を立てる。 点数ではなく、やる量や正答率で。
- やや難しい水準にする。 確実にできる量では、目標として働きません。
- 進捗が毎日見える形にする。 記録をつける。第8回と第49回で扱う内容です。
- 本人が決める。 押し付けられた目標は、関与の条件を満たしません。
- やり方が分からない課題には、目標より先に方略を渡す。 複雑な課題での前提条件です。
学年で変えるところ
- 小学生——期間の短い目標にします。来週より、今日と明日のほうが機能します。
- 中学生——点数目標が持ち込まれやすい時期です。行動目標と併用し、日々の調整は行動側で行います。
- 高校生——長期の目標と日々の目標をつなぐ必要があります。志望校は方向を示し、日々の行動目標が進捗を担います。
結果の目標と、学習の目標
目標には、達成すべき結果を指すものと、身につけるべき内容を指すものがあります。この区別は、複雑な課題で特に重要になります。
結果の目標は、「テストで80点」「模試で偏差値60」のように、成果の水準を示します。分かりやすく、動機づけとして働きやすい一方で、やり方が分からない段階では効きません。目標を高くしても、方略が生まれないからです。
学習の目標は、「この単元の解法を3つ使えるようにする」「長文を段落ごとに要約できるようにする」のように、身につける内容を示します。やることが具体的に決まるため、複雑な課題でも機能します。
実務的な使い分けとしては、その内容についてまだ型がない段階では学習の目標を、型ができてからは結果の目標を使います。第38回で述べた段階の判定と同じ観点です。段階を見ずに結果の目標だけを置くと、努力の行き先が決まりません。
目標と記録は、セットで初めて働く
この回で繰り返し出てきた条件がフィードバックです。目標があっても、進捗が分からなければ調整ができません。逆に、記録があっても目標がなければ、記録は単なる履歴になります。
両方が揃うと、次の運用が可能になります。
- 目標と実績の差を見る。 差が大きければ、量か水準を調整します。
- 差の方向を見る。 いつも下回るなら水準が高すぎ、いつも上回るなら低すぎます。
- 調整の履歴を残す。 何回調整したかが分かると、自分の見積もりの癖が見えます。
3つ目は、第33回で扱った較正の訓練そのものです。目標設定は、動機づけの道具であると同時に、自分の実力を測り直す道具でもあります。
そして、この運用に必要なのは紙1枚だけです。左に目標、右に実績。週の終わりに見る。手間の少なさが、続くかどうかを決めます。
「やや難しい」とはどのくらいか
難しい目標のほうが高い遂行につながる、という結果は、無制限に当てはまるわけではありません。達成が不可能な水準では、関与そのものが失われます。
実務的な目安は、現状のわずかに上です。第5回で述べた基準点の話と同じ考え方になります。いま1日2ページ進んでいるなら3ページ。正答率が5割なら6割。届いたら上げる。
この更新を繰り返すほうが、最初から高い水準を置くより確実です。高すぎる目標は、達成できない日が続き、記録をつけること自体が苦痛になります。第32回で述べたとおり、効く方法でも続かなければ結果は出ません。
押し付けられた目標は働かない
関与という条件は、家庭では最も見落とされやすい部分です。保護者が設定した目標は、本人にとっては外から与えられた基準です。
関与を作る方法は、いくつかあります。最も簡単なのは、本人に数字を決めさせることです。範囲や方向は大人が示してよく、具体的な数字だけを本人に決めてもらう。第6回で述べた「候補を絞ってから選ばせる」形と同じです。
もう一つは、理由を共有することです。なぜその目標なのかが分かっていれば、押し付けとして受け取られにくくなります。ただし、説得の長さは関与の強さと比例しません。短く一度説明すれば足ります。
長期の目標と、日々の目標をつなぐ
志望校や将来の進路は、遠い目標です。第1回で述べたとおり、遠い報酬は現在バイアスによって軽く見えます。長期の目標だけでは、今日の行動は決まりません。
一方、日々の行動目標だけでも不十分です。方向が示されないため、何のためにやっているのかが曖昧になります。第12回で述べたとおり、志望と見通しが揃って初めて行動に結びつきます。
両者をつなぐ方法は、中間の目標を1つ置くことです。次の模試、次の定期テスト、この参考書の第3章まで。期間としては数週間から数か月です。
この中間の目標が、長期の方向を日々の行動に翻訳します。志望校が決まっている場合、必要な得点率から逆算して中間の目標を作る。決まっていない場合でも、次の試験を中間の目標として使えます。
実務的には、3階層で管理します。長期は年単位で方向だけ、中間は数週間で数値、日々は行動。第8回で述べた口座の考え方と同じで、階層を分けると管理が軽くなります。
数値目標の副作用に気をつける
目標が行動を動かす力を持つということは、間違った方向にも動かしうるということです。第10回で述べた誘因の設計ミスと同じ問題が、目標設定でも起きます。
典型的なのは、測りやすい行動への偏りです。「1日3ページ」という目標は、ページ数を稼ぐことに注意を向けます。難しいページを飛ばし、簡単なページで数を埋める、という行動が起きえます。
対処としては、量の目標と質の目標を併用します。「3ページ」に加えて「間違えた問題は型を書く」。後者が、質の担保になります。
もう一つの副作用は、目標の達成そのものが目的化することです。記録を埋めることが楽しくなり、内容が薄くなる。第40回で述べたとおり、時間や回数は配分の単位であって、達成の評価には成果物を使うほうが正確です。
よくある失敗——目標を増やしすぎる
目標が効くと知ると、教科ごと、単元ごとに目標を立てたくなります。しかし、目標が多いと注意が分散し、進捗の管理も負担になります。
実務的には、同時に追う目標は2つまでにします。1つは日々の行動(毎日やる量)、もう1つは期間の成果(この単元の正答率)。それ以上は、記録の手間が学習時間を圧迫します。
もう一つの失敗は、達成できなかった目標をそのまま残すことです。第3回で述べたとおり、外れたら計画ではなく見積もりのほうを直します。目標も同じで、届かなかったら水準を調整します。調整は敗北ではなく運用です。
保護者ができること——進捗が見える形を用意する
目標の条件のうち、家庭が最も貢献できるのはフィードバックです。進捗が見える形を用意することは、内容の知識を要しません。
- 記録用の紙を1枚用意する。 カレンダーに丸をつけるだけでも足ります。
- 週に一度、一緒に見る。 評価ではなく、数を確認するだけです。
- 届かなかったら、水準を下げる相談をする。 責めるのではなく、運用の調整として扱います。
3つ目が要点です。目標が届かない状態が続くと、記録をつけること自体が止まります。記録が止まれば、フィードバックの条件が失われ、目標は機能しなくなります。
目標が効いていないときの点検
目標を立てたのに行動が変わらない場合、条件のどれかが欠けています。順に確認できます。
- 具体的か。 「がんばる」になっていないか。数と期限が入っているか。
- 進捗が見えるか。 毎日、達成できたかどうかが判定できるか。
- 本人が決めたか。 押し付けになっていないか。
- やり方が分かっているか。 方略が無い状態で、目標だけを高くしていないか。
- 水準は適切か。 届かない日が続いていないか。
この5つのうち、実務で最も多く欠けているのは2番目と4番目です。目標は立てたが記録がない。あるいは、やることは決まったが、その内容のやり方が分からない。前者は紙1枚で解決し、後者は第38回で述べた段階の判定に戻ります。
目標設定の考え方を別の場面に当てはめる——部活と家の役割
この記事で扱った考え方は、定期試験の対策だけでなく、日々の宿題や部活動の練習にも当てはめて考えることができます。たとえば、漢字の書き取りを毎日行うとします。「がんばって覚える」ではなく、「今日は新しい漢字を五つ、ノートの左ページに書く」と決めておくと、始めるかどうかの迷いが減ることがあります。
また、読書感想文のような長い課題では、結果の目標と学習の目標を分けて考えることが役立ちます。「よい感想文を書く」という結果は、その日の努力だけでは決まりません。一方で、「本文から印象に残った箇所を三つ、付箋に書き出す」という学習の目標は、その場で達成できるため、進み具合を確かめやすくなります。
さらに、目標は一人で立てるだけでなく、友達と互いに見せ合う場面でも使えます。ただし、他人の目標をそのまま借りると、自分の状況に合わないことがあります。同じ教科でも、苦手な単元や使える時間は人によって違うため、目標の数や難しさを調整する必要があります。
目標が大きすぎて動けない——具体と難度の調整
この記事の内容を実際の勉強に生かそうとすると、いくつかのつまずきが生じます。まず、目標を立てること自体が目的になり、立てたあとに何も変わらない場合です。ノートの見開きに目標を書き込んで満足してしまい、その日の学習が始まらないことがあります。目標は、記録と組み合わせて初めて働くと考えられます。
次に、目標の数を増やしすぎる点です。国語、数学、英語それぞれに三つずつ目標を置くと、どれも中途半端になりがちです。その日の時間割に合わせて、重点を置く教科を一つか二つに絞るほうが、達成感を得やすいことがあります。
また、目標が効いていないときに、目標そのものを疑わずに、自分の努力不足だと結論づけてしまう場合もあります。進まない原因は、目標の難しさ、記録の方法、時間帯、場所など、複数考えられます。一つずつ条件を変えて試すほうが、原因を特定しやすいと考えられます。
この記事で言えないこと
目標設定理論の研究は、産業組織の場面を中心に蓄積されてきました。学校の学習に、同じ条件がそのまま当てはまるとは限りません。特に、課題の複雑さが高い学習では、目標より方略の指導が優先されます。
また、目標の効果には副作用も指摘されています。数値目標を追うことで、測りやすい行動に偏る、質より量に流れるといった現象です。第10回で述べた誘因の設計ミスと同じ構造が起こりえます。
当塾の立場
行動で目標を立てる、やや上の水準にする、進捗を見える形にする。いずれも紙1枚でできます。
武蔵野個別指導塾では、目標を点数ではなく行動と正答率で設定しています。点数は本人が制御しきれない要素を含むためです。加えて、目標の数字は本人に決めてもらいます。こちらが決めると、関与の条件を満たしません。届かなかった週は、水準を下げる相談から始めます。
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出典
- Locke EA, Latham GP. Building a practically useful theory of goal setting and task motivation: A 35-year odyssey. American Psychologist. 2002;57(9):705-717.

