意志力は本当に消耗するのか——自我消耗と、知識の更新の仕方|武蔵野個別指導塾が薦める学習の仕方

連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第42回です。学習の仕方の目次を見る

「意志力は筋肉のようなもので、使えば消耗する」。この説明は広く普及し、多くの自己啓発書に引用されました。ところがこの説は、心理学の再現性をめぐる議論の中心に置かれた説の一つでもあります。

この回は、学習法の話であると同時に、知識をどう更新するかの話でもあります。有名な説が揺らいだとき、実務の側はどう振る舞えばよいのでしょうか。

要点(結論から)

  • 自我消耗の説は、自制を要する作業の後に、次の作業での粘りが下がるという一連の実験から提唱された。
  • この効果については、事前登録による多施設の追試が行われ、再現性が検証されている。
  • したがって、「意志力の残量」を前提にした計画は、根拠が確かとはいえない。

結論——「意志力が減る」を前提に計画を立てない

  • 自我消耗の説は、自制を要する作業の後に、次の作業での粘りが下がるという一連の実験から提唱された。
  • この効果については、事前登録による多施設の追試が行われ、再現性が検証されている。
  • したがって、「意志力の残量」を前提にした計画は、根拠が確かとはいえない。
  • 一方で、疲労や睡眠不足が遂行を下げることは、別の研究群が支持している。両者を混同しない。
  • 実務的な結論は変わらない。意志の量に頼らない設計にする。

理由——提唱と検証

ラディッシュの実験

バウマイスターらは、選択、能動的な反応、自己制御といった意志的な働きが、共通の内的資源を使っているのではないかという仮説を立て、一連の実験を行いました。

Baumeister RF, Bratslavsky E, Muraven M, Tice DM. Ego depletion: Is the active self a limited resource? Journal of Personality and Social Psychology. 1998;74(5):1252-1265.

実験1では、目の前のチョコレートを我慢してラディッシュを食べた人たちが、その後に与えられた解けないパズルを、我慢しなかった人より早くあきらめました。実験2では意味のある個人的な選択が、実験3では情動の抑制が、同様に後続の遂行を下げました。

この結果は直感に合い、説明も明快でした。だからこそ広く普及しました。

追試による検証

その後、この効果については事前登録による多施設の追試が実施されました。

Hagger MS, Chatzisarantis NLD, et al. A Multilab Preregistered Replication of the Ego-Depletion Effect. Perspectives on Psychological Science. 2016;11(4):546-573.

事前登録とは、分析の方法を結果を見る前に公開しておく手続きです。後から都合のよい分析を選ぶ余地を減らします。多施設で同じ手続きを行うことで、単一の研究室の条件に依存しない結果が得られます。

この種の検証が行われたこと自体が、重要な情報です。有名な説であっても、検証の対象になる。そして検証の結果は、説の扱い方を変えます。

具体例——「意志力の残量」を前提にした計画の危うさ

前提 導かれる行動 問題
朝は意志力が多い 難しいことを朝に置く 朝型・夜型の個人差を無視する
我慢すると減る 誘惑に耐えた日は勉強を諦める やらない理由として使われる
鍛えれば増える あえて我慢する訓練をする 時間の使い道として不確か

2行目が実務上いちばん問題になります。「今日は我慢が多かったから、もう無理」という説明が成り立ってしまう。第14回で述べたとおり、原因を変えられない状態に置くと、対処が消えます。

今日からできること

  1. 「意志力が切れた」を理由にしない。 代わりに、環境か手順の問題として見ます。
  2. 難しい作業の時間帯は、記録で決める。 一般論ではなく、自分の実測で判断します。
  3. 我慢の量を減らす設計にする。 第7回のデフォルトの話です。誘惑を遠ざければ、我慢そのものが不要になります。
  4. 疲労と意志力を区別する。 眠い、体調が悪いは別の問題で、対処も別です。
  5. 説の流行に左右されない手順を持つ。 記録と環境設計は、どの説が正しくても有効です。

学年で変えるところ

  • 小学生——そもそも自己制御に頼る設計が難しい年代です。環境と順番で決めます。
  • 中学生——「意志が弱い」という自己評価が生じやすい時期です。第14回のラベルの話と合わせて扱います。
  • 高校生——長時間の学習で、疲労と意志力の混同が起きやすくなります。睡眠と休憩の記録を分けて取ると判断できます。

説が揺らいだとき、実務はどうするか

心理学の有名な説が検証で揺らぐ例は、この連載でも何度か出てきました。第6回の選択過多、第14回の教師期待、そして今回です。

そのたびに実務の側が方針を変えていては、何も続きません。かといって、古い説に固執するのも誤りです。では、どうするか。

実務的な原則は、説に依存しない手順を中心に据えることです。記録を取る、環境を整える、間を空けて確認する。これらは、意志力の理論が正しくても誤っていても有効です。理論が変わっても影響を受けません。

逆に、特定の説にだけ依存する手順——「意志力を鍛えるために毎日あえて我慢する」——は、説が揺らげば根拠を失います。手順を採用するときに、この手順は何に依存しているかを意識しておくと、情報の更新に強くなります。

事前登録という手続き

この回で出てきた「事前登録」は、研究の読み方を知るうえで覚えておく価値のある言葉です。

通常の研究では、データを取った後に分析の方法を選べます。複数の分析を試して、良い結果が出たものだけを報告することも、技術的には可能です。意図的でなくても、結果を見てから解釈に合う分析を選んでしまう傾向は生じます。

事前登録は、仮説と分析の方法を、データを見る前に公開しておく手続きです。後から選ぶ余地が減るため、結果の信頼性が上がります。多施設で同じ手続きを実施すれば、特定の研究室の条件に依存しないかどうかも確かめられます。

学習法の情報を読むときにも、この観点は使えます。「効果があった」という報告を見たとき、事前登録された研究か、追試が行われているか。第6回で述べた「同じ結果を別の研究者が再現しているか」という点検の、より厳密な形です。

なお、事前登録された追試で効果が小さく出たからといって、元の研究が不正だったという意味ではありません。条件の違い、対象の違い、偶然。理由はいくつも考えられます。分かるのは、その効果を前提に行動を決めるのは早いということだけです。

揺らがない部分を選んで使う

この連載で紹介してきた知見の中にも、確からしさの差があります。整理しておきます。

比較的確からしいのは、複数の方法で繰り返し確認され、メタ分析でも一貫している知見です。第40回で扱った練習テストと分散学習は、この部類に入ります。

条件つきなのは、効果の存在は支持されているが、大きさが条件で変わるものです。第6回の選択過多、第7回のデフォルト、第14回の教師期待などが該当します。

慎重に扱うべきなのは、有名だが検証が続いている説です。今回の自我消耗はここに入ります。

実務では、1つ目を軸にし、2つ目は条件を確かめて使い、3つ目は前提にしない。この使い分けができれば、新しい情報が入っても手順を大きく作り直す必要がなくなります。知識の更新に強い手順とは、そういうものです。

疲労と意志力は別の話

自我消耗の説が揺らいだからといって、「何時間でも同じ質で勉強できる」という結論にはなりません。疲労、睡眠不足、空腹が遂行を下げることは、別の研究群が扱っています。

区別のしかたは単純です。休めば回復するか。 睡眠や休憩で回復するなら、疲労の問題です。回復しないなら、別の原因——興味の低下、課題の難度、環境——を探します。

実務的には、記録で判定できます。時間帯ごとの進み具合を数日分記録すれば、自分の傾向が見えます。第3回で述べたとおり、自分についての推定は記録で更新するのが確実です。一般的な説より、自分の記録のほうが精度が高くなります。

この説が急速に広まった背景には、説明の便利さがあります。うまくいかなかったことを、資源の不足として説明できる。本人の人格を否定せずに済むため、受け入れやすい面もありました。

しかし、便利であることと正しいことは別です。そして、便利な説明には固有の副作用があります。対処が「資源を増やす」か「使わない」の二択になることです。どちらも具体性に欠けます。

この連載で一貫して勧めてきたのは、別の説明の仕方です。行動が起きなかったとき、原因を環境、手順、締切の距離、前提知識といった観察できるものに置く。観察できるものは、変えられます。

第1回の現在バイアスも、第31回の誤りの分類も、同じ構造をしています。人の内側にある量ではなく、外側にある条件を見る。この見方を採れば、心理学の説が更新されても、実務の手順は揺れません。

結局、何をすればよいのか

この回の実務的な結論を、3行にまとめます。

第一に、我慢する回数を減らす設計にする。誘惑を遠ざけ、判断の回数を減らす。第2回と第7回で扱った内容です。意志力が消耗するかどうかにかかわらず、我慢は少ないほうが実行されます。

第二に、疲労は疲労として扱う。睡眠と休憩を確保する。回復するかどうかで判定する。心理学の説の当否とは独立した話です。

第三に、自分の記録で時間帯を決める。朝がよいか夜がよいかは、一般論では決まりません。数日分の記録を取れば、自分の傾向が見えます。

この3つは、どれも特定の理論に依存していません。だから、今後この分野の議論がどう進んでも、そのまま使い続けられます。

よくある失敗——理論を言い訳の道具にする

心理学の用語は、しばしば行動しない理由として使われます。「自我消耗だから」「今日は認知資源が足りない」。用語を使うと説明した気になりますが、対処は生まれません。

判定は簡単です。その説明の後に、今日できる行動が1つ決まるか。 決まらないなら、その説明は使う必要がありません。第5回で述べたフレーミングの基準と同じです。

逆に、「机の上に教材が5冊あるから決められない」という説明なら、片づけるという行動が決まります。説明の良し悪しは、正しさだけでなく、行動に接続するかでも測れます。

保護者ができること——「意志が弱い」と言わない

家庭で最も避けたいのは、意志の強弱を人格の評価として使うことです。理論的な根拠が確かでないうえに、第14回で述べたラベルとして働きます。

  1. 状態ではなく状況を聞く。 「どこでやってた?」「何が視界にあった?」
  2. 時間帯の記録を一緒に見る。 一般論ではなく本人の傾向で判断します。
  3. 疲労の可能性を先に確認する。 睡眠時間、体調。意志の話にする前に潰します。

いずれも、原因を人格から状況へ移す問いです。状況なら変えられます。

意志力の話を別の場面に置き換えてみる——誘惑と我慢

この記事で扱った考え方は、勉強の場面だけでなく、部屋の片づけやスマートフォンの使い方にも当てはめて考えることができます。たとえば、帰宅後に机の上を片づけてから宿題を始める習慣があるとします。この順番を「意志力の残量」で説明しようとすると、片づけで力を使い果たしたから宿題に取りかかれない、という筋書きになります。

しかし実際には、片づけの量が同じでも、宿題に取りかかれる日とそうでない日があります。その違いは、その日の予定や、教科書を開く位置、椅子の高さなど、環境の細かな条件にあることがあります。意志力という一つの説明でまとめると、こうした手がかりが見えにくくなることがあります。

また、朝の時間帯と夜の時間帯では、同じ課題でも取りかかりやすさが変わります。夜に数学の応用問題を解こうとして進まないとき、それを「気力が尽きた」と説明するより、時間帯を変えて朝に回すほうが現実的な解決になることがあります。説明の仕方を変えるだけで、打てる手が増える場合があります。

消耗を前提に予定を組む——疲れの言い訳になる

この記事の内容を実際に使おうとすると、いくつかのつまずきが生じます。まず、「意志力に頼らない仕組みを作る」という方針が、単なる環境整備の羅列になってしまうことがあります。付箋を貼る、タイマーを置く、机を片づける、と道具だけが増えていくと、どれが効いているのか分からなくなります。

次に、うまくいかなかった理由をすべて環境のせいにしてしまう点です。環境を整えても取りかかれない日はあります。そのときに「仕組みが足りない」とさらに道具を足すより、課題の難易度や量を見直すほうが有効なことがあります。原因の候補を一つに絞らないほうが安全だと考えられます。

また、この説が揺らいでいることを知ったあとで、かえって何も決められなくなる場合もあります。確かな部分だけを使おうとして基準を厳しくしすぎると、簡単な工夫まで避けてしまいます。たとえば、英語の単語帳をいつも同じ場所に置く、といった小さな工夫は、理論の当否にかかわらず続けやすいものです。

この記事で言えないこと

自我消耗の研究は現在も続いており、効果の有無や条件について議論があります。ここで述べたのは「効果は存在しない」という断定ではなく、実務の前提として使うには根拠が確かでないという判断です。

また、追試の結果の解釈にも複数の立場があります。研究の状況を正確に知りたい場合は、原典と、その後の議論を直接確認してください。この記事は、実務上どう扱うかという観点からの整理です。

当塾の立場

環境を整える、記録を取る、疲労と区別する。いずれも、どの説が正しくても有効です。

武蔵野個別指導塾では、生徒の意欲や意志の強さを指導の前提に置いていません。置けないからです。代わりに、来る曜日と時間が決まっていること、机の上に今日の1冊があること、次にやることが決まっていることを前提にします。構造で担保できる部分を増やせば、意志に求める量が減ります。

出典

  1. Baumeister RF, Bratslavsky E, Muraven M, Tice DM. Ego depletion: Is the active self a limited resource? Journal of Personality and Social Psychology. 1998;74(5):1252-1265.
  2. Hagger MS, Chatzisarantis NLD, et al. A Multilab Preregistered Replication of the Ego-Depletion Effect. Perspectives on Psychological Science. 2016;11(4):546-573.

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