連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第25回です。学習の仕方の目次を見る
「深く理解しなさい」と言われても、具体的に何をすればよいのかは分かりません。ところが心理学には、この「深さ」を操作して結果を測った実験があります。同じ語を、見た目について考えさせるか、意味について考えさせるか。それだけで、後の記憶が大きく変わりました。
この枠組みは処理水準と呼ばれます。記憶に残るかどうかを決めているのは、覚えようとした意志でも、眺めた回数でもありません。そのとき何をしたかです。
要点(結論から)
- 記憶は、覚えようとする努力の産物というより、行った処理の副産物である。
- 処理が意味に関わるほど、記憶の持続性は高くなる。
- 10の実験を通じて、参加者は語について異なる問いに答えることで、異なる深さの処理へ導かれた。
結論——覚えようとするより、意味について作業する
- 記憶は、覚えようとする努力の産物というより、行った処理の副産物である。
- 処理が意味に関わるほど、記憶の持続性は高くなる。
- 10の実験を通じて、参加者は語について異なる問いに答えることで、異なる深さの処理へ導かれた。
- したがって「覚えよう」と念じる時間より、意味を扱う作業をした時間のほうが結果に効く。
- 実務的には、問いの立て方を変えることが、そのまま処理の深さを変える。
理由——深さはどう操作されたか
記憶は作業の副産物である
クレイクとロックハートは、記憶を貯蔵庫の比喩で語る従来の枠組みに対し、処理の深さという見方を提示しました。情報は、その処理のされ方に応じて、痕跡の持続性が変わるという考え方です。
Craik FIM, Lockhart RS. Levels of processing: A framework for memory research. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior. 1972;11(6):671-684.
この転換が実務的に効くのは、記憶を直接ねらわなくてよいという点です。狙うべきは処理のほうです。適切な処理をすれば、記憶は結果としてついてきます。
問いを変えて深さを操作する
クレイクとタルヴィングは、この枠組みを検証するために10の実験を行いました。参加者に語を提示し、それぞれ異なる問いに答えさせることで、処理の深さを操作したのです。
Craik FIM, Tulving E. Depth of processing and the retention of words in episodic memory. Journal of Experimental Psychology: General. 1975;104(3):268-294.
問いの例としては、文字の見た目について尋ねるもの、音について尋ねるもの、意味について尋ねるものがあります。参加者は覚えるよう指示されていないのに、意味を扱う問いに答えた語ほど、後によく記憶されていました。
ここが重要です。覚えようとしたかどうかではなく、何をしたかが結果を決めていました。記憶痕跡は、認知システムが行った操作の、いわば副産物として残ります。
具体例——同じ教材で、処理の深さを変える
| 作業 | 扱っているもの | 深さ |
|---|---|---|
| 教科書を音読する | 音と字面 | 浅い |
| 蛍光ペンを引く | 見た目、位置 | 浅い |
| 自分の言葉で言い換える | 意味 | 深い |
| 例を自分で作る | 意味と適用範囲 | 深い |
| 他の単元と関係づける | 意味と構造 | 深い |
上2つは、勉強している感覚が強いのに結果につながりにくい作業です。時間はかかり、手も動いていますが、扱っているのは意味ではありません。
今日からできること
- 読んだ直後に、一言で言い換える。 教科書の言葉ではなく、自分の言葉にします。これだけで処理が意味に向かいます。
- 例を1つ自分で作る。 教科書の例ではなく、自分の例です。作れなければ、理解が足りていない合図になります。
- 「なぜ」を1回だけ挟む。 なぜその手順なのか、なぜその答えなのか。1回で構いません。
- 前の単元と結びつける。 「これは先週の○○と同じ形だ」。関係づけは深い処理です。
- 蛍光ペンを引いたら、その理由を余白に1行書く。 引く作業自体は浅いので、意味の処理を1つ足します。
学年で変えるところ
- 小学生——「どういうこと?」と聞き返すだけで、言い換えの作業が起きます。長い説明は要りません。
- 中学生——暗記事項が増える時期です。語呂合わせは浅い処理に見えますが、意味の構造と組み合わせると有効に働きます。
- 高校生——扱う概念が抽象化します。具体例を自分で作る作業が、最も効率のよい深い処理になります。
「覚えるつもりがなくても覚えている」ということ
クレイクとタルヴィングの実験で重要なのは、参加者が覚えるよう指示されていなかった点です。彼らは単に問いに答えていただけでした。それでも、意味を扱う問いに答えた語はよく記憶されていました。
この結果は、日常の経験ともよく合います。興味を持って読んだ文章は、覚えようとしなくても内容が残ります。逆に、覚えようと念じながら眺めた語は、驚くほど残りません。
ここから導かれる実務的な帰結は、「覚えよう」という構えを、「何かをしよう」という構えに置き換えることです。念じるのをやめて、作業を決める。言い換える、例を作る、誰かに説明する。作業が決まれば、記憶は後からついてきます。
この置き換えは、勉強が苦しくなりにくいという副次的な利点もあります。「覚えられているだろうか」という不安は、確認するまで解消されません。一方、「言い換える」という作業は、やったかどうかがその場で分かります。第8回で述べたとおり、行動は測れますが、状態は測りにくい。測れるものを目標にするほうが、続きやすくなります。
教科ごとの「深い処理」の形
意味を扱うといっても、教科によって具体的な作業は違います。目安を挙げます。
- 数学——「なぜこの式変形が許されるのか」を1行で言う。答えが合ったかどうかより、根拠を言えるかどうかを確認します。
- 英語——語を訳すのではなく、その語が使われる場面を1つ言う。文法なら、同じ構造の文を自分で1つ作ります。
- 国語——段落ごとに、筆者が何をしているかを一言で書く。「例を挙げている」「反論している」のように、内容ではなく働きを書きます。
- 理科——公式の各文字が何を表すかを言う。式の形ではなく、意味の対応を確認します。
- 社会——出来事を年号で覚える前に、前後の因果を一言でつなぐ。第23回のまとまりを作る作業と重なります。
いずれも、1項目あたり数十秒で終わります。時間の追加は小さく、処理の性質は大きく変わります。
「深さ」という概念への批判
この枠組みには、早い時期から批判もありました。最大の問題は、深さを独立に定義できるかという点です。記憶がよかったから深かったのだ、と説明するなら循環論になります。
その後の研究では、符号化と検索の対応——前回扱った符号化特定性——のほうが重要だという議論も強まりました。意味処理が常に有利なのではなく、テストの形式が意味を問う場合に意味処理が有利になる、という整理です。
実務的には、この批判を踏まえても結論はあまり変わりません。学校の試験の多くは意味の理解を問います。したがって、意味に関わる処理をしておくほうが、対応する確率が高い。ただし、綴りを正確に書かせる試験に対しては、綴りを扱う練習が要ります。問われる形に合わせて処理を選ぶというのが、2つの知見を合わせた結論になります。
よくある失敗——手を動かすことを深さと混同する
「ノートにまとめる」という作業は、時間も手間もかかるので、深い処理をしているように感じられます。しかし、教科書の文をそのまま書き写しているだけなら、扱っているのは字面です。
見分ける質問は一つです。その作業の途中で、意味について考えたか。 書き写しながら「なぜこうなるのか」を考えていれば深い処理です。考えずに写していれば、手だけが動いています。
まとめること自体が悪いのではありません。まとめる過程で、順序を変える、言葉を置き換える、例を足す。こうした操作が入れば、意味の処理になります。原文のままの書き写しは、そのどれも含んでいません。
深い処理は、時間の使い方を変える
浅い処理は速く、深い処理は遅い。この非対称が、実際の勉強の設計に効いてきます。同じ1時間で、教科書を3回読むこともできれば、1回読んで言い換えと例づくりをすることもできます。
どちらが有利かは、何が問われるかによりますが、定着という観点では後者が有利になる場面が多くなります。理由は単純で、前者は同じ浅い処理を3回繰り返しているのに対し、後者は意味に関わる操作を実際に行っているからです。
ただし、注意点があります。深い処理は前提知識がないと成立しないことです。意味を扱うには、意味を構成する要素を知っている必要があります。まったく未知の単元でいきなり「例を作れ」と言われても、作れません。
したがって、順序があります。まず用語と手順を通す。次に意味の処理に入る。第21回で述べたとおり、前提が欠けている状態では、どれだけ丁寧に説明されても追えません。深い処理を求める前に、前提が揃っているかを確認する必要があります。
この順序を誤ると、「考えさせる指導」が空回りします。考える材料が手元にない状態で考えさせても、時間だけが過ぎます。逆に、材料が揃っているのに浅い処理を繰り返しても、定着しません。どちらの段階にいるかを見極めることが、時間配分の判断になります。
どこまで深くすればよいか
深い処理には時間がかかります。すべての内容に対して例を作り、関係づけていたら、範囲が終わりません。優先順位が要ります。
実務的な目安は、試験で問われる形から逆算することです。用語の意味を問われるなら、言い換えまでで足ります。適用を問われるなら、例を作るところまで要ります。説明を書かせるなら、関係づけまで必要です。
そして、深い処理をした内容は、浅い処理の内容より少ない回数で残ります。総時間で見ると、必ずしも損ではありません。眺める回数を増やして定着しない状態が続いているなら、回数ではなく処理の質を変えるほうが早い。
保護者ができること——問いの形を変える
処理の深さは、かける言葉で変わります。次の3つは、内容を知らなくても使えます。
- 「どういうこと?」——言い換えを促します。最も汎用性が高い問いです。
- 「例を1つ挙げると?」——適用範囲を扱わせます。
- 「前にやったことと似てる?」——関係づけを促します。
いずれも、答えの正誤を判定する必要がありません。判定すると、第11回で述べたとおり、次から話さなくなります。問いを投げるところまでで、処理は起きています。
なお、深い処理と浅い処理は、良い勉強と悪い勉強という区別ではありません。音読も書き写しも、目的によっては適切です。綴りを正確に書けるようにしたいなら、書く練習が要ります。問題は、意味を問われる試験に向けて、字面を扱う作業だけを繰り返してしまう場合です。作業と目的の対応を確かめるところが、判断の要になります。
漢字の形と意味を結びつける——処理の深さを変える
意味について考えるという方針は、暗記科目だけでなく、技能や表現を扱う教科にも当てはめることができます。たとえば音楽の鑑賞では、曲の速さや楽器の名前を覚えるだけでなく、旋律の動きや和音の変化に注目すると、曲の印象が残りやすくなります。音の並びを意味のある流れとして捉えることが、深い処理にあたります。
美術の鑑賞でも同じです。作品の題名や制作年を覚えるだけでなく、色の使い方や構図に目を向けると、作品の意図を考えやすくなります。作者が何を伝えようとしたのかを自分なりに言葉にしてみることで、単なる知識ではなく、印象として残りやすくなります。
体育の場面でも、動きの名前を覚えるだけでなく、なぜその動きが有効なのかを考えることがあります。体の使い方と目的を結びつけて捉えると、別の場面でも応用しやすくなります。教科が変わっても、表面だけでなく意味を考えるという方針は共通しています。
深く考えようとして固まる——具体策が見えない
深く考えようとしても、実際には時間がかかりすぎることがあります。よくあるのは、すべての用語を同じ深さで扱おうとする場合です。重要度の低い用語まで詳しく調べていると、肝心な内容に使う時間が足りなくなります。扱う範囲と深さのバランスを考える必要があります。
また、深く考えるつもりが、感想を述べるだけになってしまうこともあります。感想は大切ですが、教材の内容と結びついていないと、理解にはつながりにくいことがあります。本文のどこを根拠にそう考えたのかを確認する手順を入れると、考えが内容に沿いやすくなります。
時間帯によっても、深い処理のしやすさは変わります。疲れているときは、意味を考えるよりも用語の確認など負担の軽い作業のほうが進むことがあります。集中できる時間帯に深い処理を行い、それ以外の時間は確認や復習に充てる、といった使い分けが考えられます。
この記事で言えないこと
処理水準の枠組みは、深さを独立に測る指標が確立していないという批判を受けてきました。したがって「この作業は深さ3」といった定量的な扱いはできません。ここで示した分類は、実務的な目安です。
また、意味処理が常に有利とは限りません。前回扱ったとおり、検索時に何が問われるかによって、有利な処理は変わります。綴り、発音、正確な数値が問われる場面では、それらを扱う処理が必要になります。
当塾の立場
言い換える、例を作る、関係づける。いずれも道具は要りません。今日からできます。
武蔵野個別指導塾の授業で最も多く発している問いは、「どういうこと?」と「例を挙げると?」です。解けたかどうかの確認だけなら、答え合わせで済みます。指導の時間を使う価値があるのは、意味を扱う作業を、その場でさせることだと考えています。書き写しは家でもできますが、言い換えを引き出す問いは、相手がいるほうが起きやすい作業です。
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出典
- Craik FIM, Lockhart RS. Levels of processing: A framework for memory research. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior. 1972;11(6):671-684.
- Craik FIM, Tulving E. Depth of processing and the retention of words in episodic memory. Journal of Experimental Psychology: General. 1975;104(3):268-294.

