覚えた場所と思い出す場所——文脈依存記憶と、本番に近い練習|武蔵野個別指導塾が薦める学習の仕方

連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第24回です。学習の仕方の目次を見る

家では言えた単語が、テストになると出てこない。ノートを見ながらなら解けるのに、白紙だと手が止まる。この落差は、覚える量の問題ではなく思い出すときの手がかりの問題です。記憶は、覚えたときの状況と一緒に保存されています。

この現象を最も鮮やかに示した実験があります。ダイバーに、陸上と水中の2つの環境で単語を覚えさせ、それぞれの環境で思い出させたものです。結果は明快でした。水中で覚えた語は水中で最もよく思い出せた

要点(結論から)

  • 記憶は、内容だけでなく、覚えたときの状況と一緒に符号化される。
  • 思い出せるかどうかは、そのときに使える手がかりが、覚えたときの符号化と合っているかで決まる。
  • 環境が一致すると再生が良くなることが、実験で示されている。

結論——思い出したい場面に近い形で、練習する

  • 記憶は、内容だけでなく、覚えたときの状況と一緒に符号化される。
  • 思い出せるかどうかは、そのときに使える手がかりが、覚えたときの符号化と合っているかで決まる。
  • 環境が一致すると再生が良くなることが、実験で示されている。
  • だから、テストで使いたい知識は、テストに近い形で練習しておく必要がある。
  • 同時に、覚える場面を複数にしておくと、特定の状況に縛られにくくなる。

理由——符号化と検索の対応

手がかりが合わなければ、思い出せない

タルヴィングとトムソンは、符号化特定性という原理を提示しました。記憶の検索がうまくいくかどうかは、検索時の手がかりが、符号化時に処理された内容とどれだけ対応しているかで決まるという考え方です。

Tulving E, Thomson DM. Encoding specificity and retrieval processes in episodic memory. Psychological Review. 1973;80(5):352-373.

この原理が示すのは、「覚えているかどうか」が二択ではないということです。同じ知識でも、手がかり次第で出てきたり出てこなかったりします。テスト中に思い出せなかった語を、帰り道で思い出すのは、このためです。

陸上と水中で覚えたダイバー

ゴッデンとバドリーは、この原理を極端な形で検証しました。ダイバーに、陸上と水中という2つの自然な環境で単語リストを学習させ、同じ環境または別の環境で自由再生させたのです。

Godden DR, Baddeley AD. Context-dependent memory in two natural environments: On land and underwater. British Journal of Psychology. 1975;66(3):325-331.

結果は、水中で学んだリストは水中で最もよく再生され、陸上で学んだリストは陸上で最もよく再生されるというものでした。さらに、環境を移動すること自体による混乱が原因である可能性は、追加の実験で否定されています。

この実験の環境の差は極端です。しかし、机の上の状態、時間帯、聞いている音、姿勢といった日常的な違いも、程度は小さいながら同じ方向に働きます。

効果の大きさは条件による

スミスとヴェラは、環境の文脈依存記憶に関する研究を集めて、総説とメタ分析を行っています。

Smith SM, Vela E. Environmental context-dependent memory: A review and meta-analysis. Psychonomic Bulletin & Review. 2001;8(2):203-220.

この分野の知見として重要なのは、文脈の効果が常に同じ強さで出るわけではないという点です。強い手がかりが他にある場合や、覚える段階で複数の文脈にさらされている場合には、環境の効果は小さくなります。

具体例——テストに近い形とは何か

練習の形 使っている手がかり 本番で使えるか
ノートを眺める ページの配置、色、見た目 使えない
赤シートで隠して答える 並び順、前後の語 部分的に使える
白紙に書き出す 問いの言葉だけ 使える
過去問の形式で解く 本番と同じ問いの形 最も近い

上から下へ行くほど、練習時の手がかりが本番に近づきます。上2つで「できた」と感じても、本番では出てこないことがあるのは、使っている手がかりが違うからです。

今日からできること

  1. 最後の確認は、白紙で行う。 見て確認するのではなく、書き出して確認します。
  2. 問いの形を、本番に合わせる。 用語を答えさせる試験なら用語で、説明させる試験なら説明で練習します。
  3. 覚える場所を1か所に固定しすぎない。 机、図書館、教室。複数の場所で触れておくと、場所への依存が薄まります。
  4. 並び順に頼らない。 単語帳の順で覚えると、順序が手がかりになります。時々順番を入れ替えます。
  5. 時間帯も変えてみる。 夜だけ勉強していると、その状態が手がかりになります。

学年で変えるところ

  • 小学生——音読や口頭での確認が中心になります。書く形式の試験があるなら、書く練習を別に入れます。
  • 中学生——定期テストの形式は予測しやすいので、形式を合わせた練習が有効です。
  • 高校生——入試の形式が多様です。志望する方式の問いの形で練習することが、そのまま文脈を合わせる作業になります。

手がかりは、自分で作れる

符号化特定性の原理を裏返すと、実用的な技術が出てきます。思い出したい場面で使える手がかりを、覚える段階で一緒に入れておくことです。

たとえば英単語を覚えるとき、単語カードの表に語だけを書くと、手がかりはその語の見た目だけになります。そこに「この語が出てきた文」を添えておくと、文脈が手がかりとして加わります。長文の中でその語に出会ったとき、思い出せる確率が変わります。

数学でも同じです。公式だけを覚えると、手がかりは公式の形しかありません。「この形の問題を見たら使う」という条件を一緒に覚えておくと、問題文が手がかりになります。使いどころとセットで覚えることには、この根拠があります。

社会や理科の用語も同様で、用語と定義だけの対応で覚えると、用語を見たときにしか出てきません。「どの場面で出てくるか」を添えると、場面のほうからも引けるようになります。試験では、用語そのものではなく場面が問われることが多いので、この方向の手がかりが要ります。

白紙に書くことが効く理由

この連載では何度か「白紙に書く」ことを勧めてきました。ここで、その理由を整理しておきます。

第一に、手がかりが最小になることです。ページの見た目も、並び順も使えません。残るのは、問いの言葉だけです。本番に最も近い条件になります。

第二に、できないことが可視化されることです。眺めているときの「分かる」は、再認——見れば分かる——の感覚です。白紙は再生を要求するので、再認では通らなかった部分がはっきりします。

第三に、書き出す作業そのものが練習になることです。取り出す作業を繰り返すと、取り出しやすさが上がります。これは検索練習として広く研究されている現象で、この連載でも別の回で扱っている内容と重なります。

白紙に書くという作業は、地味で、しかも気分が良くありません。書けない部分が目に見えるからです。ただ、書けないことは本番前に分かったほうがよい情報です。気分の良さと、得られる情報の量は、しばしば逆になります。

2つの方針は矛盾しない

ここまでで、2つの方針が出てきました。第一に、本番に近い形で練習する。第二に、覚える場面を複数にする。一見すると反対のことを言っているようですが、担当している問題が違います。

第一の方針は、検索の手がかりを本番に合わせるためのものです。問いの形、答え方、白紙であること。これらは本番と揃えます。

第二の方針は、特定の状況に縛られないようにするためのものです。場所、時間帯、姿勢。これらは変化させます。どの環境でも取り出せるようにしておけば、本番の環境が予想外でも困りません。

整理すると、問いの形は揃え、周辺の状況は散らす。これが実務的な結論になります。

状態も文脈に含まれる

文脈という語は、周囲の環境だけを指すのではありません。覚えたときの内的な状態——眠気、空腹、気分——も、手がかりとして働きます。

実務的に意味があるのは、極端な状態で覚えないほうがよいという点です。深夜の眠い状態で覚えたことは、その状態と結びつきやすくなります。試験は日中に、覚醒した状態で受けます。状態が大きく離れているほど、手がかりの一致は弱くなります。

この観点からは、試験と同じ時間帯に、同じ科目を練習しておくことにも一定の合理性があります。午前中に数学の試験があるなら、午前中に数学を解く日を作っておく。大がかりな準備は要りません。

よくある失敗——「見て分かる」を「できる」と数える

この回の知見が最も効くのは、理解度の見積もりの場面です。ノートを見ながら「うん、分かる」と感じるとき、使っている手がかりは目の前のページです。本番にそのページはありません。

この誤りは、手応えと結果のずれとして現れます。勉強した時間は長いのに点が伸びない、という相談の一部は、この形をしています。量が足りないのではなく、練習の形が本番と違うだけです。

判定は簡単で、白紙に書けるかどうかを試せば分かります。10分でできます。そして、この確認を挟むだけで、次に何を復習すべきかが具体的に決まります。

本番の緊張も、文脈の一部である

文脈には、外の環境だけでなく、その人の状態も含まれます。落ち着いた状態で覚えたことが、緊張した状態では出てこない。この落差も、同じ枠組みで理解できます。

完全に再現することはできませんが、近づける工夫はあります。時間を計って解く、他人がいる場所で解く、模試を受ける。いずれも、本番に近い状態を作る作業です。

試験不安が強い場合、この種の練習は不安そのものを下げる効果も期待できますが、そちらは別の研究が扱う領域です。ここで言えるのは、取り出す練習を、取り出したい状態に近づけておくほうが確実だということです。

保護者ができること——「見せて」ではなく「書いてみて」

家庭での確認の仕方にも、この知見は使えます。次の3つが実行しやすい形です。

  1. ノートを見せてもらうのではなく、白紙に書いてもらう。 見せる形式だと、ページが手がかりになります。
  2. 問いの形で聞く。 「今日やったところを説明して」ではなく、「この語の意味は?」のように、試験と同じ形で聞きます。
  3. 場所を変えて聞いてみる。 机の前ではなく、食卓や移動中に。出てこなければ、場所に依存している合図です。

いずれも短時間でできます。そして、できなかったことが分かるのは失敗ではなく、本番前に気づけたという成果です。

家と教室で思い出し方が変わる——手がかりを替える

思い出すときの手がかりという考え方は、勉強だけでなく、日常生活のさまざまな場面に当てはめることができます。たとえば買い物の場面では、家で覚えた買う物の一覧が、店に着くと出てこないことがあります。メモを取る、店の入り口で一度確認するといった手がかりがあると、思い出しやすくなります。

人の名前を思い出す場面も同じです。会った場所や話した内容と一緒に覚えていると、その状況をたどることで名前が出てくることがあります。逆に、名前だけを繰り返し唱えても、なかなか定着しないことがあります。覚えるときの状況が、後で思い出す助けになるという点は共通しています。

楽器の練習でも、本番の会場で弾くと、練習室では出なかったつまずきが生じることがあります。会場の広さや音の響きが、普段と違う手がかりになるためです。発表の場を想定した練習を重ねることで、本番の状況に慣れていくことが考えられます。場面が変わっても、思い出す状況を整えるという発想は役立ちます。

白紙のテストで手が止まる——ノートの手がかりが消える

本番に近い形で練習しようとしても、思うようにいかないことがあります。よくあるのは、時間を測らずに練習してしまう場合です。本番では制限時間があるのに、普段はゆっくり解いていると、時間の感覚が身につきません。時計を置いて、区切りを意識しながら解く練習が考えられます。

また、白紙に書く練習を始めても、書けない箇所で止まってしまい、そのまま諦めてしまうことがあります。書けない箇所は、覚えられていない部分を示す手がかりになります。すぐに答えを見るのではなく、少し考えてから確認する手順を決めておくと、練習を続けやすくなります。

場所を変えて練習する場合にも注意が必要です。静かな場所と騒がしい場所では、集中の保ち方が変わります。テスト会場のような環境を完全に再現することは難しいため、すべての条件をそろえるのではなく、重要な手がかりを選んで練習に取り入れることが現実的です。

この記事で言えないこと

ゴッデンとバドリーの実験は、陸上と水中という極端な環境差を用いています。教室と自室のような日常的な差で、同じ大きさの効果が出るとは限りません。メタ分析でも、効果は条件によって変わることが示されています。

また、この知見は記憶の取り出しに関するものであり、理解の深さや応用力を保証するものではありません。形式を合わせた練習は、思い出しやすさを高めますが、初めて見る形式への対応力は別に育てる必要があります。

当塾の立場

白紙で確認する、問いの形を合わせる、場所を散らす。いずれも費用はかかりません。今日からできます。

武蔵野個別指導塾では、確認の場面で教材を閉じさせてから聞くことを原則にしています。開いたまま答えられることは、できることの証拠になりません。加えて、定期テスト前は出題形式に合わせた形で確認します。同じ内容でも、問いの形が違えば別の練習になるためです。

出典

  1. Tulving E, Thomson DM. Encoding specificity and retrieval processes in episodic memory. Psychological Review. 1973;80(5):352-373.
  2. Godden DR, Baddeley AD. Context-dependent memory in two natural environments: On land and underwater. British Journal of Psychology. 1975;66(3):325-331.
  3. Smith SM, Vela E. Environmental context-dependent memory: A review and meta-analysis. Psychonomic Bulletin & Review. 2001;8(2):203-220.

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