同じ結果でも言い方で行動が変わる——損失回避とフレーミング|武蔵野個別指導塾が薦める学習の仕方

連載「学びの意思決定——行動経済学・社会学・認知心理学から考える」全50回の第5回です。学習の仕方の目次を見る

「あと10点取れば目標に届く」と言われるのと、「あと10点落とすと届かない」と言われるのとでは、同じ状況なのに身の入り方が変わります。人は利得より損失を大きく感じる——損失回避と呼ばれるこの性質は、行動経済学でもっとも再現性の高い発見の一つです。

そしてこの性質は、勉強の場面で二つの顔を見せます。うまく使えば行動を動かし、間違って使えば不安だけを増やして手を止めさせます。どちらになるかは、何を「失うもの」として置くかで決まります。

この記事では、損失回避とフレーミングの基本を押さえたうえで、教育現場で実際に検証された使い方と、家庭でやると裏目に出る使い方を分けて示します。

要点(結論から)

  • 同じ内容でも、言い方(フレーム)が変われば選択が変わる。これは錯覚ではなく、安定して観測される現象である。
  • 教員への報酬を先に渡して、成果が出なければ返させる形にした実験では、算数の得点が上がった。同じ金額を後払いにした条件では効果が見られなかった。
  • つまり効いていたのは金額ではなく、すでに自分のものになったと感じたものを失うという構造だった。

結論——「失う形」にすると行動は動く。ただし置き場所を間違えないこと

  • 同じ内容でも、言い方(フレーム)が変われば選択が変わる。これは錯覚ではなく、安定して観測される現象である。
  • 教員への報酬を先に渡して、成果が出なければ返させる形にした実験では、算数の得点が上がった。同じ金額を後払いにした条件では効果が見られなかった。
  • つまり効いていたのは金額ではなく、すでに自分のものになったと感じたものを失うという構造だった。
  • 一方、子ども本人への金銭的な誘因は、学力への効果がほぼゼロだった研究がある。誘因は万能ではない。
  • 家庭で使うなら、失う対象は成績や愛情ではなく、本人が積み上げた記録にする。連続記録の途切れは、健全な損失回避の使い方である。

理由——同じ事実が、言い方で別の選択になる

価値は、水準ではなく変化で感じられる

カーネマンとトベルスキーのプロスペクト理論は、人が結果を「絶対的な水準」ではなく「ある基準点からの変化」として評価すると述べました。そして、同じ大きさなら損失のほうが利得より強く感じられます。

Kahneman D, Tversky A. Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica. 1979;47(2):263.

ここで効いてくるのが基準点です。偏差値55の生徒にとって、55は「達成した水準」にも「落ちてはいけない下限」にもなりえます。どちらに置かれているかで、同じ模試結果が喜びにも損失にもなる。基準点は事実ではなく、置かれ方の問題です。

続く1981年の論文で、二人は同じ問題を「助かる人数」で表すか「死ぬ人数」で表すかによって、選択が逆転することを示しました。

Tversky A, Kahneman D. The Framing of Decisions and the Psychology of Choice. Science. 1981;211(4481):453-458.

内容はまったく同じです。変わったのは記述だけです。だからこそ、保護者や指導者が何気なく選ぶ言葉は、情報の伝達だけでなく、選択そのものに影響します。

教室で実際に試された「先渡し」の実験

フライヤーらは、教員への成果報酬を2つの形で比べました。一方は通常どおり年度末に払う形、もう一方は年度初めに先渡しし、成果が基準に届かなければ返還させる形です。

Fryer RG, Levitt SD, List J, Sadoff S. Enhancing the Efficacy of Teacher Incentives through Loss Aversion: A Field Experiment. NBER Working Paper 18237. 2012.

損失フレームの条件では、担当クラスの算数の得点が0.201(標準誤差0.076)から0.398(0.129)標準偏差ぶん上昇しました。一方、金額も基準も同じで支払い時期だけを通常どおりにした条件では、効果は小さく統計的に有意ではありませんでした。同じ制度で、渡す順番を変えただけです。

ただし、子どもに金を払っても学力は動かなかった

ここで即座に「では生徒にも先渡しすればよい」とはなりません。フライヤーは3都市・200校を超える無作為化実験で、生徒への金銭的誘因の効果を検証し、学力への効果はいずれの都市でも統計的にゼロと推定しました。

レビットらの一連の現地実験も、誘因に効果はあるものの、非金銭的な誘因のほうが費用対効果が高いこと、そして効果の出方が条件に強く依存することを示しています。誘因は「効く・効かない」の二択ではなく、何に対して、いつ、誰に与えるかで結果が変わります。

Levitt SD, List JA, Neckermann S, Sadoff S. The Behavioralist Goes to School: Leveraging Behavioral Economics to Improve Educational Performance. NBER Working Paper 18165. 2012.

なお、同じ枠組みは職場でも検証されています。ホサイン(Hossain)とリスト(List)は工場の生産性を対象に、単純なフレーミングの違いが成果に影響することを報告しました。人の反応の仕方は、教室に限った話ではありません。

具体例——家庭と自習で、何を「失うもの」に置くか

置き方 失うものとして提示されるもの 起きやすいこと
成績を基準点にする いまの順位・評定 下がることへの不安で、挑戦的な選択を避ける
親の評価を基準点にする 認められている状態 結果の隠蔽、質問しなくなる
連続記録を基準点にする 続けてきた日数 短時間でも机に向かう。復帰も早い
先に渡した時間を基準点にする 確保済みの自由時間 先に予定を入れた分を守ろうとする

今日からの手順

  1. 記録を「連続」で見えるようにする。 カレンダーに丸をつけるだけで、続いた日数が基準点になります。途切れることが損失として感じられ、行動が続きやすくなります。
  2. 自由時間を先に確保する。 「勉強が終わったら遊ぶ」ではなく、「この時間は遊ぶと決め、その前の30分を勉強に充てる」。先に手に入れたものを守る形にします。
  3. 模試の結果は、基準点を明示して読む。 「前回より下がった」だけでは損失の話になります。「どの単元が、目標から何点足りないか」と置き換えると、これから先の話に戻ります。
  4. 損失フレームを人格に向けない。 「このままだと落ちる」ではなく「このままだとこの単元が間に合わない」。対象を能力ではなく範囲に限定します。

学年で変えるところ

  • 小学生——連続記録が最も素直に効く時期です。ただし途切れたときに責めると、記録そのものを嫌がるようになります。途切れたら次の日から数え直す、と最初に決めておきます。
  • 中学生——評定という強い基準点が外から与えられます。だからこそ家庭ではもう一つ別の基準点(学習時間や演習量)を置くと、成績の上下に振り回されにくくなります。
  • 高校生——模試の判定が基準点になりがちです。判定は母集団と時期で動くので、基準点としては不安定です。志望校の過去問の得点率のほうが、基準点として扱いやすくなります。

よくある失敗——不安を燃料にしようとする

損失回避の話を知ると、「危機感を持たせればよい」と考えたくなります。ここが最大の落とし穴です。損失フレームが行動を動かしたのは、失うものが具体的で、手の届く行動で守れる場合でした。教員の実験でいえば、返還を避ける方法が明確でした。

一方、「このままでは落ちる」という言い方は、失うものが大きすぎ、守るための行動が特定されていません。この形の不安は、行動ではなく回避を生みます。試験不安の研究が示すとおり、不安が高すぎる状態では、覚えたことを取り出す働き自体が落ちます。

見分ける基準を一つ挙げるなら、その言葉の後に、今日できる行動が1つ決まるかどうかです。決まらないなら、その損失フレームは使わないほうがよいということになります。

保護者ができること——同じ事実を、行動が決まる形で伝える

フレーミングは技術です。嘘をつくことではありません。同じ事実を、どの側面から述べるかを選ぶだけです。次の3つは、内容を変えずに置き方だけを変えた例です。

  1. 「40点も落とした」→「この大問2つで24点分。ここだけ直せば戻る」。失点の合計ではなく、取り返せる単位で示します。
  2. 「毎日やらないと間に合わない」→「今週は3日分の余裕がある。どの日に入れる?」。締切までの残りを、失うものではなく配れる資源として示します。
  3. 「このままだと志望校は無理」→「この志望校の合格者は、この時期にこの範囲を終えている。いまの差は2単元」。距離を数えられる形に変えます。

いずれも、事実は変わっていません。変わったのは、聞いた後に何をすればよいかが決まるかどうかです。そして、誘因の研究が繰り返し示してきたのは、金銭のような強い外的報酬より、行動が特定できる形の情報のほうが、教育の場面では扱いやすいということでした。

提出物の締切と小テストの伝え方——損失の言い方に変える

この記事で扱った考え方は、家庭の声かけだけでなく、学校の提出物や小テストの場面にも当てはめられます。たとえば、締め切りの近い提出物を前にしたとき、「今日中に終わらせれば余裕が生まれる」と考えるより、「今日終わらせないと明日の時間が削られる」と捉えるほうが、手が動きやすいことがあります。同じ作業でも、失うものの形で見えたほうが、行動につながりやすいと考えられます。

小テストの準備でも似たことが起きます。範囲を覚える量として捉えると、どこから手をつけるかで迷います。一方、覚えていないまま当日を迎えると、その後の単元でつまずく場面が増える、という形で捉えると、取りかかる理由が具体的になります。失うものを、遠い未来ではなく、次の授業や次の単元に置くのが要点です。

ただし、置き場所を誤ると効果は長続きしません。失うものを成績や評価そのものに置くと、不安が先に立ち、手が止まることがあります。失うものを、明日の自分の時間や、次の単元の理解という身近なものに置くほうが、行動につながりやすいと考えられます。

不安が先に立つ場面——脅しの言葉が手を止める

この記事の内容を試すとき、つまずきやすいのは、失うものの形が強くなりすぎる場面です。たとえば、模試の結果を「落とすと取り返しがつかない」という形で伝えると、机に向かう前に気持ちが重くなり、勉強そのものを避けることがあります。損失を意識させることと、不安を大きくすることは、似ているようで異なると考えられます。

もう一つのつまずきは、同じ言い方を毎日繰り返すことです。最初は行動を促しても、繰り返すうちに言葉が背景に溶け、聞き流されるようになります。特に、夜の遅い時間帯に伝えると、その日の疲れと結びつき、翌朝まで持ち越されることがあります。伝える時刻や場面を変えるだけでも、受け取り方は変わることがあります。

避けたいのは、損失の形を使うこと自体を目的にしてしまうことです。大切なのは、行動が決まる形で事実を伝えることであり、不安を大きくすることではありません。伝えた後に、その日のうちに一つでも手をつけられたなら、その形は機能したと考えてよいでしょう。

この記事で言えないこと

先渡しと返還という設計は、教員を対象とした実験で効果が示されたものであり、そのまま子どもに適用してよいという根拠はありません。むしろ子ども本人への金銭的誘因については、効果がゼロと推定された研究があります。家庭で金銭を使う設計を導入する前に、この違いを踏まえてください。

また、フレーミングの効果は文脈に依存します。同じ言い方が、ある生徒には行動を促し、別の生徒には不安だけを残します。ここで示した置き方は候補であって処方ではありません。実際に使ったあと、机に向かう回数が増えたかどうかで判断してください。

もう一点、基準点は一度置くと動かしにくくなります。高い目標を基準点に据えると、そこに届かない日々がすべて損失として蓄積し、やがて記録を見ること自体を避けるようになります。基準点は、現在の実力のわずかに上に置くのが実務的です。届いたら少し上げる。この更新を繰り返すほうが、最初から高い基準を置くより長く続きます。

当塾の立場

言い方を変えることに費用はかかりません。連続記録を作るのも、自由時間を先に確保するのも、今日から家庭でできます。塾は必要ありません。

ただ、基準点を家庭の中だけで維持するのは難しいところがあります。成績が下がった日に、冷静なフレームを保ち続けるのは、当事者には負担が大きいからです。武蔵野個別指導塾では、模試や定期テストの結果を返すときに、順位や判定ではなく、失点を取り返せる単位に分解して示すことを手順にしています。事実は変えず、次の行動が決まる形に置き直す。それだけのことですが、家庭の外に1つあると、家庭の中の会話も変わります。

出典

  1. Kahneman D, Tversky A. Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica. 1979;47(2):263.
  2. Tversky A, Kahneman D. The Framing of Decisions and the Psychology of Choice. Science. 1981;211(4481):453-458.
  3. Fryer RG, Levitt SD, List J, Sadoff S. Enhancing the Efficacy of Teacher Incentives through Loss Aversion: A Field Experiment. NBER Working Paper 18237. 2012.
  4. Levitt SD, List JA, Neckermann S, Sadoff S. The Behavioralist Goes to School: Leveraging Behavioral Economics to Improve Educational Performance. NBER Working Paper 18165. 2012.
  5. Hossain T, List JA. The Behavioralist Visits the Factory: Increasing Productivity Using Simple Framing Manipulations. NBER Working Paper 15623. 2009.
  6. Fryer RG. Financial Incentives and Student Achievement: Evidence from Randomized Trials. The Quarterly Journal of Economics. 2011;126(4):1755-1798.

Warning: Attempt to read property "show_author" on false in /home/c1531448/public_html/musasinokobetu.com/wp-content/themes/heal_tcd077/single.php on line 165

関連記事

PAGE TOP
お電話